第16話 聖女は性癖が父親似
『待たせたな、皆の衆。よくぞ、ここまで持ちこたえてくれた』
脳裏に直接響くこれは、念話の魔法でしょうか?
落ち着きのある低い声には、聞き覚えがあります。
確かに、地竜公ブライアン・オーディータ様のものでした。
労いの言葉に、再び皆が歓声で応えます。
念話はこの場にいる冒険者、街の衛兵全員に聞えているようです。
「ま、遅れたのはしょうがねえ。オッサン達魔王四竜は、むやみにあの姿を晒しちゃいけねえって決まりだからな。さすがに魔獣の氾濫の鎮圧となりゃ、やむを得ねえ。魔王ルビィも、文句は言わねえだろう」
「魔王……魔王四竜……。わたくしも、聞いたことがあります。巨大な竜に姿を変える、魔族達の話を……」
――竜人族。
彼らはそう呼ばれます。
魔族の中でも、特に人口が少ない種族なのだとか。
長く尖った耳を持つ魔族、エルフ。
獣の耳と、尻尾を生やした獣人。
ずんぐりむっくり体型で、筋肉質なドワーフ。
明らかに人族と異なった容姿を持つ彼らと違い、通常時の竜人族は人族とほとんど見分けがつきません。
ですが一度力を解放すれば、その身は天を駆ける巨大な竜と化し、一騎当千の戦闘力を発揮するという。
中でも魔王四竜と呼ばれる竜人族達は単独で国家を亡ぼすほどの力を持ち、5日もあれば大陸を焦土に変えると言われています。
まさかオーディータ様が、その魔王四竜の1人だったとは――
『ぬん!』
巨竜の姿をしたオーディータ様が、魔獣の群れを睨みつけます。
たったそれだけで、大地が割れました。
しかも幅数十m、長さは数百mに渡って。
ぽっかりと口を開けた大地の裂け目は、次々と魔獣達を飲み込んでいきます。
わたくし達があんなに苦労して押しとどめていた大群を、あっさりと――
『ふむ……。鉱山が、迷宮化しているようだな。探索したかったが、魔獣の氾濫が起こっては致し方ない。……山ごと潰すぞ。誰か、逃げ遅れはいないか?』
『大丈夫だぜ、オッサン。迷宮化した鉱山周辺には、誰もいねえ。おまけにあの山は廃坑になってるらしいから、経済的損失もねえってわけだ』
『リュウ・ムラサメか? 情報提供、感謝する』
リュウ様も、念話の魔法が使えるようです。
頭の中に、直接声が響いてきます。
夜間調査隊に参加していたリュウ様が言うのだから、本当に逃げ遅れはいないのでしょう。
それにしても、山ごと潰すとはいったい?
わたくしが疑問に思っていると、大地がビリビリと震え始めました。
いえ。
大地だけではありません。
空も激しく震えています。
あまりにも強大な魔力が、オーディータ様から発せられているのです。
『【グラビトンマッシャー】』
念話で、魔法名が告げられます。
同時にオーディータ様は、つんざくような咆哮を上げました。
鼓膜よりも、お腹に――魂に響く轟音。
夜空に浮かぶ星々や月すらも、その咆哮に震えているかのよう。
そして――
山が消えました。
確かに一瞬前までは、そこに700m級の山が存在していたのに――
あり得ない光景に、わたくしは思わず目を瞬かせてしまいました。
「……え?」
声を漏らした次の瞬間、衝撃波が到達しました。
急いで身体強化魔法を発動し、踏ん張ります。
リュウ様が防御結界の魔法を張って下さいましたが、それでも法衣の裾や袖が激しく揺れました。
まるで大嵐と大地震が、同時に襲ってきたみたいですわ。
衝撃波によって巻き上げられた砂埃が収まったあと、残されたのはやたらと不自然な平地のみ。
【グラビトンマッシャー】は超重力場を作り出し、標的を圧殺する魔法。
確かに強力な攻撃魔法ですが、山ひとつ押し潰すなど聞いたことがありません。
「ひゅ~、派手にかましやがって。領民の前だからって、カッコつけてんじゃねえぞ?」
リュウ様はオーディータ様の恐るべき魔法に驚くこともなく、犬歯を剥いて楽し気に笑っておられます。
いくらお知り合いとはいっても、これだけの強大な力を前にしてこの反応とは――
わたくしはまだ、足が震えているというのに――
『まもなく、我が緑竜騎士団が駆けつける。後処理は、彼らに任せてよい。勇敢なるサレッキーノの守護者達よ、ご苦労であった。今はただ、勝利の美酒に酔いしれるのだ』
天から降り注ぐ勝利宣言に、皆が沸き立ちます。
夜空はオーディータ様コールと地竜公コールに埋め尽くされました。
『オッサン! 領主で緑竜騎士団の親玉なんだから、当然現場に残って事後処理するんだよな?』
『リュウ・ムラサメ。悪いが私はもう、屋敷に帰らねばならぬ。妻が、不安な思いをしてるのでな』
ええっ!?
それって、領主としてどうなんですの!?
しかも、この念話での会話――
この場にいる全員――いえ。
下手したら、サレッキーノの住民全員が聞いているのでは?
ところが街の衛兵達も冒険者達も、口笛を吹いたり拍手をしたりと囃し立てるばかり。
不満の声は、上がっていないようです。
「さっすがオーディータ様! 愛妻家!」
「早く戻って、安心させてあげて下せえ!」
「カーラ様によろしく!」
聞こえてくる言葉は、オーディータ様に好意的なものばかり。
どうやら領民に、愛されているようですわね。
『それでは、さらばだ。……ああ。ヴェリーナ・ノートゥングとリュウ・ムラサメは、帰国する前に我が屋敷まで来てくれ。明後日、迎えを寄越す』
『おーい! オッサーン! 勝手に決めんなー!』
リュウ様の呼びかけを無視して、オーディータ様は翼をひと振り。
月に向かって、飛び去ります。
ご自宅があちらの方角なのでしょうが、まるで本当に月まで飛んで帰る勢いです。
なんだかその背中は、妙にウキウキしているような?
奥様の元に、早く帰りたいのでしょうか?
そう思うと、今まで恐ろしくてたまらなかった巨大な緑竜の姿が可愛らしく見えます。
「ちっ、しゃーねえなぁ。俺は怪我人に回復魔法かけて回るから、聖女様は先に宿屋に帰って寝てな」
「怪我人の搬送ぐらいなら、わたくしでもできますわ。お手伝いさせて下さい」
わたくしの申し出に、リュウ様は少し考え込みます。
ちょうどその時、横から男性の声が聞こえました。
ベテラン門番さんです。
どうやら彼も、無事に生き延びたようですわね。
良かった――
「お嬢さん。あんたが強いのはよく分かったが、無茶な突貫をして疲れているだろ? 彼氏さんの言う通り、早く帰って休みなさい」
やだ――
彼氏さんだなんて――
そんな誤解をしたら、リュウ様にご迷惑――
わたくしの背中を、ツゥーっと汗が伝いました。
魔王竜姿のオーディータ様に、匹敵する圧力を感じます。
――隣にいる、リュウ様から。
「へえ? 無茶な突貫……ねえ。俺が駆けつけた時に1人だけ妙に突出しているなとは思ったが、ありゃあ不可抗力で取り残されたとかじゃなかったわけだ」
「あの……その……」
「俺、言ったよな? 『戻ってくるまで、絶対に無茶はするなよ』って」
「は……はい……」
あわわわ。
リュウ様が、怒ってらっしゃいます。
氷の魔法でも使ったかのように、全身から冷気が溢れ出ていました。
「これは、お仕置きが必要だな」
わたくしの顔面近くまで、ずいっとリュウ様のお顔が寄せられます。
嗜虐的な笑みも、これはこれで素敵なのでは?
お仕置きという単語を聞いて、なぜかちょっとゾクゾクしてしまいましたわ。
静まれ、わたくしの体に流れるレオンお父様の血よ。
リュウ様の右手が顔に伸びてきて、思わず身がすくみます。
両目も閉じてしまいました。
何をされるかと思いきや、額に軽い衝撃。
「いった~い!」
「聖女様みたいなじゃじゃ馬は、デコピンの刑だ」
実際はそんなに痛くはなかったのですが、大きな声が出てしまいました。
額をさすって痛がってみせたのに、リュウ様は涼しい顔。
むしろ、楽しそう。
むむむ――
女の子に手を上げておいて、酷い男です。
こういう人を、若者言葉で「ドS」というのですわね。
「とにかく、早く宿屋に帰って寝るんだ。言うこと聞かねえと、ベッドに縛り付けんぞ?」
リュウ様の「縛り付ける」宣言に、わたくしは「あ、それちょっと楽しそう」とか思ってしまいました。
ですがこれ以上ゴネて、リュウ様を煩わせたくもありません。
わたくしは大人しく戦場を後にし、宿屋に向かって歩き始めました。
「あら? 服が……」
いつの間にかわたくしの法衣は、綺麗になっていました。
まるで、洗いたてのように。
魔獣の返り血や体液で、かなり汚れていたはずなのに。
デコピンで目をつむった際に、リュウ様が浄化の魔法をかけて下さったようです。
なんという早業。
わたくしは出てきた時と同じように、2階の窓から宿の自室に戻ります。
ああ――
なんだか、眠くなってきました。
自分で思っていたより、遥かに疲労していたようです。
リュウ様が浄化魔法で綺麗にして下さったので、お風呂に入ったり体を拭いたりしなくても良さそう。
寝間着に着替え、ベッドに入った瞬間――
わたくしの意識は、闇の中へと落ちていきました。




