第15話 聖女は抱きつき、ハスハスする
スライムの体を構成する粘液は一瞬で沸騰し、蒸発していきます。
ですが中にいるわたくしは、全然熱くない。
これは、魔法による炎。
熱がわたくしまで伝わらないよう、術者がコントロールしているのですわ。
あの方は、様々な種類の魔法を使いこなします。
その中でも、炎や氷など熱を操る魔法は得意中の得意。
出会った日、あの方はエルダードラゴンの火炎吐息で火傷を負っていました。
ですがあの時、わたくしが背後にいなければどうだったのでしょう?
魔法で熱をいなして、無効化できていたのではないでしょうか?
そう思うと、申し訳ない。
やがて魔法の炎は、スライムを焼き尽くしました。
わたくしの法衣には、まったく粘液が残っていません。
すべて、焼失しています。
わたくしは、髪1本焦げていないというのに――
「よう。生きてるか? 聖女様」
わたくしは地面にへたり込んだ姿勢から、声の方向を見上げます。
そこには、いつもの不敵な笑みを浮かべたお顔がありました。
燃える赤髪も鋭い金色の瞳も、なんだか懐かしい。
最後に会ってから、まだ数時間しか経っていないのに。
「リュウ様に美味しいご飯を奢っていただくまでは、死ねませんもの」
リュウ様はわたくしの手を取り、立ち上がらせてくださいました。
わたくしはそのままリュウ様の胸に、ポフッと顔を埋めてしまいます。
「お……おい、聖女様?」
「怖かった……。怖かったんですのよ? 戻ってくるのが、遅いですわ」
「悪い。やっぱり鉱山は、迷宮化しててよ。んで調査中に怪我したアイツの治療に、時間がかかっちまってたんだ」
リュウ様が顎でしゃくった方向に、わたくしは視線を向けました。
サレッキーノ冒険者ギルドのエースである犬耳獣人さんが、曲刀を振り回して魔獣と戦っています。
肩に包帯を巻いてはいるものの、動きに不調は見られません。
リュウ様が回復魔法で、完全に治療してしまったようです。
「聖女様よ。怖かったのは分かるんだが、いつまでもこうしていると……。戦闘中だし、周囲の冒険者達からの目がな……」
「もうちょっとだけ」
わたくしは再びリュウ様の胸に顔を埋め、深呼吸をします。
いえ。
別にリュウ様の体臭を嗅いでいるとか、そういうわけではないのです。
非常時につき、仕方なくこうしているのですわ。
「ああ、なるほど。そういうことか。魔力の回復を、図っているんだな?」
わたくしは無言のまま、コクコクと頷きます。
返事をしている暇があったら、少しでも多く魔力を体内に取り込まなければ。
魔道士や神官が魔法を使う際は、魔力というエネルギーを使います。
魔力は普段、体内に溜め込まれているものです。
ですが魔法を使って消費した分は、外部から取り込まなければなりません。
薬などによって強制的に魔力を回復させる方法もありますが、一般的な回復方法は大気中から取り込むこと。
深呼吸を行ったり瞑想で集中力を高めたりすれば、魔力の回復速度をわずかに上げることができるのです。
この辺りの大気は、魔力の残滓に満ちています。
リュウ様が放った、火炎魔法のおかげですわ。
おまけに強い魔力を持つリュウ様の周囲は、魔力濃度が高いのです。
「そういうことなら、手伝うぜ」
リュウ様は、右手を頭上に掲げました。
すると風が騒めき、集まり始めます。
意図的に、周囲の魔力を掻き集めているのです。
続いてわたくしの背中に回されたリュウ様の左手から、何かが流れ込んできました。
温かくて優しいこれは、高濃度に圧縮された魔力?
「くっ……すげえな。絞り尽くされちまいそうだ」
わたくしの体は周囲の大気とリュウ様の左手から、無尽蔵に魔力を吸い上げます。
わたくしはこの吸い上げる力が異常に強い体質らしく、魔力回復も人並外れて速いのですわ。
「……ぷはぁっ! 御馳走様でした」
全回復には程遠いですが、2割程度まで魔力を取り戻すことができました。
これでまだ、戦える。
「聖女様、もう大丈夫なのか?」
「1人だと、大丈夫ではないかもしれませんわ。リュウ様、わたくしをエスコートして下さいませ」
「なるほどな。それではお嬢さん、俺と1曲踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで。1曲といわず、朝まで踊り明かしましょう」
そう。
これから始まるのは、わたくしとリュウ様によるダンス。
2人の息を合わせて行う、戦いの舞踏。
魔獣達に向かって、煌々と燃える炎の矢が放たれました。
その数、20本以上。
リュウ様の魔法、【フレイムアロウズ】ですわ。
わたくしは炎の矢を背負いながら、魔獣に向かって突撃します。
その間も次から次に炎の矢が撃ちだされますが、背中に危険を感じることはありません。
わたくしがどう動くのかは、全て手に取るように分かる。
炎の矢の軌道は、そう言っているように見えました。
【フレイムアロウズ】の直撃を受け、燃え上がってもがく魔獣達。
それをわたくしの拳が、蹴りが、打ち砕いてゆきます。
炎の矢が、明るく周囲を照らしてくれる。
おかげで敵が、とても見えやすい。
リュウ様はそこまで考えて、炎の魔法を選択しているのですわ。
わたくしの後方で、今度は違う種類の魔法が発動されようとしていました。
標的は、狼男。
人型に近い魔獣だけあって知能が高く、動きも素早い。
遠くから放つリュウ様の魔法は、避けられてしまいそうですわ。
なのでわたくしは、わざと射線上へと飛び込みます。
打ち込むフェイントを見せてから、クルリとターンを決めて離脱。
わたくしの体が目隠しになって、狼男はリュウ様の魔法が見えませんでした。
氷の槍に貫かれ、息絶えます。
ここで身体強化魔法を一旦停止して、休憩です。
わたくしが神経を緩め、息を吸い込んだ瞬間でした。
身長4mを超える巨人、トロルが棍棒を振り下ろしてきたのです。
ですがわたくしは、何もしません。
身体強化魔法も、発動しないまま。
光の盾が、休憩中のわたくしを守ってくれていますもの。
これは、リュウ様の防御結界魔法。
わたくしの貧弱な結界魔法と違い、惚れ惚れする強度ですわね。
トロルの棍棒は、甲高い音を立てて弾き返されました。
さて。
再び身体強化魔法を発動し、反撃開始ですわ。
トロルの頭を狙いたいなと思っていたら、足元の大地がせり上がりました。
これも、リュウ様の土魔法。
まあ。
本当に、心が読まれているかのようですわ。
トロルの顔面近くまで持ち上げられたわたくしは、踵落としで巨人を真っ二つに切断しました。
リュウ様が支援して下さるようになってから、ビックリするぐらい戦いやすいです。
本当に、ダンスみたいですわ。
巧みなリードでわたくしを支え、導いて下さる。
きっと、本当のダンスもお上手なのでしょうね。
実をいうとわたくしの方はなんちゃって貴族令嬢なので、社交ダンスの腕前はイマイチだったりするのですが――
戦況は、わたくし達が押し始めていました。
魔獣達の群れは、後退しつつあります。
しかし――
「キリがありませんわ」
わたくしは後退し、リュウ様の側に戻って告げます。
魔獣達は、際限なく迷宮から湧き出しているのです。
こちらが疲弊してくれば、戦線もいずれ押し返されてしまうでしょう。
「焦るなよ、聖女様。もう少しだ。もう少しだけ、粘ればいい。そしたら……お?」
リュウ様の言葉が、途切れました。
同時に、夜の闇が深くなります。
――おかしいですわ。
今宵は月が近く、明るい晩だったはずなのに。
疑問に思いながら、わたくしは夜空を見上げました。
「そ……そんな……」
口から、絶望が零れてしまいました。
翼をはためかせた巨大なドラゴンが、月を覆い隠しています。
かつて倒したエルダードラゴンより、ずっと大きい。
悠々と夜空に浮かんでいますが、迸る魔力の波動に地上のわたくしは圧殺されそう。
なんですの――
あれは――
あまりの迫力に、膝が震えます。
――ですが同時に、見惚れてもいました。
月光を反射して輝く翠玉のような鱗は、ため息が出るほどに美しい。
緑竜種のエルダードラゴンよりずっと明るく、鮮やかな緑色ですわ。
鋭く光る爪は、磨き上げられた刀剣のよう。
こんなとてつもない怪物と戦わなければならないのかと、喉を鳴らした直後です。
共闘していた冒険者達と街の衛兵達から、大歓声が巻き起こりました。
どういうことですの?
強大な魔獣が出現したのいうのに、なぜみんな喜んでいますの?
わたくしが戸惑っていると、隣にいたリュウ様が唇の端を吊り上げました。
そして夜空の巨大ドラゴンに向かい、大声で叫びます。
「遅えぞーーーー!! 領主なら、もっと早く来やがれ! オーディータのオッサン!!」




