第14話 聖女は蹂躙劇を開始する……が
家々の屋根を足場に、わたくしは夜空を駆けました。
あっという間に、街の北端まで辿り着きます。
到着と同時に、光球が夜空に打ち上げられたのが見えました。
周囲を明るく照らし出すあれは、照明弾の魔法ですわね。
門番の中に、使い手がいたのでしょう。
この街もフリードタウンのように、木製の防護柵で周囲が囲まれています。
街と鉱山地帯の間には門が設置され、そこには門番として街の衛兵さんが配置されているのです。
「とんでもない数の魔獣だぁーーーーっ!!」
「魔獣の氾濫だぞぉーーーーっ!!」
門番さん達は警鐘を打ち鳴らしながら、大声で叫びます。
彼らの視線の先には、魔獣、魔獣、魔獣――
おびただしい数の魔獣の群れ。
先頭の数匹こそ、照明弾の魔法に照らされて姿がハッキリ見えます。
しかし後続は、月明かりの中で蠢く闇の塊と化していました。
大型のものは少なく、小型から中型の魔獣が中心ではあります。
けれどもこの数は、サレッキーノの街を崩壊させてもお釣りがくる規模ですわ。
「あの~、どなたの指揮下に入ればよろしいでしょうか?」
慌てふためく門番さん達の背後から、わたくしは話しかけました。
冒険者にはこういう時、ある程度独自の判断で戦闘を行うことが許されています。
しかし今回は土地勘のある街の衛兵さんに従った方が効率的だと思い、わたくしは門番さん達に申し出ました。
ですが――
「わっ! なんだ!? お嬢さん! どこから現れた!?」
「ここは危険だ! お逃げなさい!」
どうやら冒険者だとは、思われていないようです。
「わたくし、冒険者なのです。魔獣撃退のお手伝いを、と思いまして」
「何ぃ!? その恰好、元神官さんかなんかか? 回復魔法とか、防御結界魔法とかの使い手かい?」
若い門番さんが、目を輝かせて訊ねてきます。
「いいえ。わたくし、回復魔法とかは苦手でして」
わたくしの返答に、門番さんは2人ともズドーンと肩を落としました。
「お嬢さん。厳しいこと言うが、足手まといだ。帰れ」
ベテランらしいおヒゲのダンディな門番さんが、キリリとした表情で告げました。
これは、わたくしの説明がよくありませんでした。
ベテラン門番さんの態度は、当然です。
むしろ突き放して安全な場所に下がらせようとするあたり、好感が持てます。
ですが今、大人しく引き下がるわけには参りません。
わたくしはリュウ様から、この街の守りを託されているのですから。
ちょうどその時、上空から黒い影が襲い掛かってきました。
体長2mにも及ぶ、コウモリ型の魔獣――
マサキアの洞窟に多く生息していることから、マサキアバットと呼ばれる種です。
マサキアバットの禍々しく尖った爪が、若手門番さんの喉元へと迫ります。
ベテラン門番さんは若手さんを守ろうと、槍を構えました。
ですが、間に合いません。
間に合うのは、わたくしだけ。
身体強化魔法、【フィジカルブースト】を発動。
若手門番さんとマサキアバットの間に、わたくしは割り込みます。
ぞふりと音を立てて、貫手が大型コウモリの胸を貫きました。
マサキアバットも門番さん達も、何が起こったのか分からないといった表情です。
わたくしはそのまま、右手を一振り。
コウモリの死骸はすっぽ抜けて大きく飛び、迫りくる魔獣達の眼前に落下しました。
魔獣達が少しは怯むかと思いきや、全く意に介さないようです。
マサキアバットの体は魔獣達に踏みつけられ、潰れていくのが見えました。
「ミラディア神聖国フリードタウン冒険者ギルド所属、ゴールド級冒険者ヴェリーナ・ノートゥングですわ。誰も指揮する人がいないのでしたら、自己判断で戦わせていただきます。よろしいですね?」
若手門番さんは恐怖に震えながら、コクコクと頷きます。
目線は、わたくしの右半身に向いていました。
魔獣の血に染まった姿が、恐ろしいようです。
一方ベテラン門番さんの方は、ばつの悪そうな表情で頷きました。
足手まとい呼ばわりしたことについては、気になさらなくてもよろしいのに。
わたくしは魔獣達の前に、正面から立ち塞がりました。
「わたくし、暴力は嫌いですの。ですが……」
再び、身体強化魔法を発動。
「消えた!?」
ああ。
これは門番さん達、わたくしの姿が見えなくなりましたわね。
動きが速すぎて、目で追えなくなったようです。
わたくしはそのまま、魔獣の群れへと突撃。
先頭を走っていたオークに、ぶちかましをかけます。
衝突の瞬間、オークは即死しました。
わたくしはその死骸を振り回し、周囲の敵をなぎ倒します。
最後は群れの奥に向かって、ぶん投げました。
魔獣達が、少しだけ押し戻されます。
「この街を脅かす輩は、わたくしが力でねじ伏せます」
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戦闘開始から、1時間ほどが経過。
わたくしが倒した魔獣の数は、すでに千体を超えているでしょう。
途中から数えるのをやめてしまいましたが、討伐ペースと経過時間から計算すると間違いありません。
それでも次から次へと敵は押し寄せ、終わりが見えませんでした。
幸いにも他の冒険者や衛兵さん達が駆けつけてくれたので、なんとか街への侵入は防げています。
「危ない!」
女性の声と同時に、背後から迫る何か。
それをわたくしは、身を捻ってかわします。
銀色に輝く、金属製の矢でしたわ。
矢はわたくしの体から数mmの近距離を掠め、近くにいた小鬼の右目を貫きました。
「すまん! 大丈夫か!?」
声のした方にチラリと視線を向ければ、耳長魔族の女性冒険者さんがいました。
弓を放った姿勢のまま、心配そうな表情をしています。
わたくしは軽く手を上げて、怪我がないことを伝えました。
「こちらこそ、ごめんなさい!」
そう――
今のは彼女ではなく、わたくしのミスですわ。
矢が放たれてから、射線上に入ってしまった。
実は今ので、3回目。
彼女の矢だけでなく、魔道士の方々が放った魔法も何度か背中に当たりそうになっています。
遠距離攻撃で支援して下さる後衛の方々と、息が合っていないのです。
リュウ様とだったら、こんなことにはならないのに――
わたくしは頭を振って、浮かんだ不満を打ち消します。
彼らは何も、悪くありません。
分かっていますとも。
わたくしの戦闘経験が、不足しているのですわ。
それに彼らの技量が足りないのではなく、リュウ様が凄かったのです。
速いだけで、配慮が足りないわたくし。
その動きに合わせるのは、至難の技だったことでしょう。
リュウ様は恐るべき先読みの速さと的確な判断で、それを成し遂げていたのです。
「……まずいですわね。戦線が少しずつ、押し込まれ始めている」
近接格闘戦を行う前衛は、わたくしだけではありません。
街の衛兵さんや戦士タイプの冒険者さん達も、必死で魔獣を押しとどめています。
しかしそれでも、ジリジリと押され始めているのです。
こうなったら――
「おい! お嬢さん! 無茶をするな!」
隣で槍を振るっていた衛兵さんが、声を掛けてきました。
先ほどの、ダンディベテラン門番さんですわ。
彼の静止を振り切って、わたくしはさらに魔獣の群れ奥深くへと突貫しました。
一瞬、リュウ様のお顔が脳裏に浮かびます。
リュウ様もまた、
「俺が戻ってくるまで、絶対に無茶はするなよ?」
と、仰っていましたわね。
ふふっ。
これは、叱られてしまうかもしれません。
しかし、こうするのが1番でしょう。
突出したわたくしに魔獣達が集中してくれれば、他の冒険者達の負担が軽くなる。
後衛との連携も、気にしなくて良い。
わたくしは四方八方から迫る魔獣を蹴り砕き、手刀で切り裂き、投げ飛ばして地面に叩きつけます。
分かってはいたことですが、わたくしは集団を相手にする戦いが苦手。
リュウ様の大魔法みたいに、広範囲を攻撃する手段を持っていないのです。
数体程度なら、パワーとスピードに物を言わせて圧倒できます。
しかし、これだけの大群が相手となると――
「はっ、はっ、はっ……。ちょっと息が、上がってきましたわね……」
わたくしの心肺能力は、【フィジカルブースト】の魔法により強化されています。
しかしその魔法を維持するための魔力が、底を尽きかけているのです。
これもまた、わたくしの未熟ゆえ。
魔力保有量の多さに胡坐をかいて、ペース配分を考えておりませんでした。
身体強化魔法の発動・停止を細かく行えば、戦闘可能時間はもっと伸びたはず。
経験不足ゆえに、力を抜いていいタイミングを計れませんでした。
そろそろ一旦後退して、呼吸を整えなければ。
そんなことを考えながら、熊型の魔獣ヒューゴーベアを倒した瞬間でした。
わたくしの拳で内臓が破裂し、崩れ落ちる熊の巨体。
その陰から、スライムが飛び出してきたのです。
「キャッ!」
かなり大きなスライムでした。
粘液でできた体に、わたくしはスッポリと取り込まれてしまいます。
このまま消化されては、かないません。
服が溶けて、全裸になってしまいますわ。
わたくしはすぐさま脱出すべく、スライムの体内から突きや蹴りを放ちます。
ですが手応えは全くなく、ゴボゴボと粘液をかき回すだけです。
そうしているうちに、肌がピリピリしてきました。
身体強化魔法で防御力が上がっているわたくしの肌を、スライムの強酸が溶かし始めているのですわ。
全裸になってしまうなどと、悠長なことを考えている場合ではありません。
わたくし、ここで死ぬの?
全身を、溶かされて?
恐怖に、体中が粟立ちました。
そんなの嫌です!
まだ、死ねません!
新しくできた義弟とは、まだ何も話していません。
お母様ともしっかり話して、以前みたいに仲の良い関係を取り戻したい。
こんなに若くして娘が来てしまったら、あの世にいるお父様だって嘆くはず。
ミランダには、お土産を買って帰ると言ってしまいました。
フリードタウン冒険者ギルドのみんなだって、待ってくれている。
そして、リュウ様――
わたくし、約束しましたの。
成人のお祝いをしてもらうと。
手足を振り回してもがいていると、苦しくなってきました。
そういえば、呼吸もできていませんものね。
もう――
ダメかも――
最期に――会いたいな――
朦朧とした意識の中で、リュウ様の笑顔を思い浮かべた瞬間――
わたくしとスライムの体は、激しい炎に包まれました。




