第13話 聖女は月夜の空に舞う
2日間かけて、わたくしとリュウ様は目的地へと到着しました。
国外とはいっても、そこまで時間はかかりませんでしたわ。
出発地のフリードタウンも目的地も、かなり国境寄りでしたので。
乗っていたルドランナーの足も、速かったことですし。
本当はわたくしがリュウ様をおぶって走れば、もっと早く着くことができたのですが――
「いや。そりゃ、絵面的にちょっと……」
と、却下されてしまったのです。
魔国ヴェントラン地竜領、鉱山の街サレッキーノ。
ここが、今回の仕事場です。
サレッキーノは、谷の合間に作られた街。
斜面には石造りの建造物が立ち並び、煙突からもうもうと煙や水蒸気が吐き出されています。
この街は製鉄業や、金属加工業が盛んなのです。
谷の奥にある鉱山からは、鉄鉱石が大量に採掘されます。
それだけではありません。
金、銀、銅、宝石、石炭など、様々な地下資源の鉱山が、有り得ないほど密集しているのです。
さらにこの街には、ドワーフと呼ばれる魔族の皆様が数多く暮らしています。
ずんぐりむっくり体型で、大変手先が器用な方々です。
そんなドワーフ達が豊富な鉱物資源をふんだんに使って生み出すアクセサリーは、この地竜領だけでなく国境を越えたミラディア神聖国でも大人気でした。
お仕事が済んだら、そういった商品を扱う露店を巡ってみたいものですわ。
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わたくし達は今、サレッキーノ冒険者ギルドのロビーにいます。
フリードタウンのギルドと違い、事務所然としていて食事スペースなどはございません。
簡素なカウンターの前で、地元冒険者達との打ち合わせが行われていました。
「何ぃ? 夜間調査を行うだと?」
声を上げたのは、リュウ様です。
「そうだ。今回の魔獣どもは、昼行性の奴が多いみたいだ。夜間なら、鉱山の奥まで調査できるだろう」
リュウ様と話している男性は、このギルドのエース。
頭上に犬の耳、腰にフサフサの尻尾を生やした魔族さんです。
彼のような種族は、魔族の中でも獣人と呼ばれるんだとか。
犬耳獣人さんは得意げにおっしゃいましたが、リュウ様は彼の意見に難色を示していました。
街からちょっと離れたところにある鉱山に、魔獣が大量発生しつつあるのです。
まだ原因が判明しておらず、犬耳獣人さんはそれを調査しようと主張しています。
「視界の悪い夜は、危険過ぎるだろうが。調査は緑竜騎士団が到着してから、合同調査隊を組んだ方がいいだろ?」
リュウ様は、慎重論を唱えました。
そもそも今回わたくし達冒険者が集められているのには、理由があります。
地竜公オーディータ様率いる緑竜騎士団と合同で、魔獣の駆除と大量発生の原因調査を行うためなのですわ。
なのに冒険者だけで独自調査を開始するなど、先走り以外の何物でもありません。
「なんだぁ? ミラディアの冒険者は、腰抜け揃いかよ? わざわざ国外から、何しにやって来たんだ?」
犬耳獣人さんは嘲りの笑みを浮かべながら、リュウ様を挑発します。
サレッキーノギルド所属の男性冒険者達は、それに同調して野次を飛ばしてきました。
あ~。
これはリュウ様、嫌われていますわね。
仕方ありませんわ。
リュウ様は美形ですし、腕利きのプラチナ級冒険者。
ここに来てからというもの、女性冒険者・職員の視線を独り占めしてしまっています。
男性陣は、面白くないのでしょう。
犬耳獣人さんをはじめとする男性冒険者達は活躍して、リュウ様より自分が上だということを見せつけたい。
だから、夜間調査を強行しようとしているのでしょう。
冒険者歴の短いわたくしでも、分かります。
それは、あまりに無謀だと。
「とにかく俺達は今夜、調査を決行する。腰抜けどもは、宿屋で布団被って寝てろ」
「そういうわけにも、いかねえんだよ」
リュウ様の言う通りですわね。
無謀な夜間調査隊に全滅でもされたら、冒険者ギルドとしては大損害です。
後日行う魔獣討伐にも、支障が出てしまいます。
「分かったよ。地元冒険者の意見に従う。俺は暗視魔法が使えるから、ついていくぜ」
ついに、リュウ様が折れてしまいました。
自分が同行すれば、犠牲を防ぐことができるとお考えなのでしょう。
犬耳獣人さんはリュウ様を言い負かしたと思ったらしく、妙に誇らしげな顔をしています。
はあ――
まったく。
リュウ様の気も知らないで。
わたくしとリュウ様はギルドの建物から出て、街路を歩き始めました。
少し、日が傾き始めています。
調査隊の出発は今夜。
これから準備を整え、宿屋で仮眠を取らなければなりません。
「聖女様は、お留守番な」
「えっ? リュウ様、何をおっしゃいますの?」
「夜更かしは、美容によくねえんだ。それにな……」
周囲に聞えぬよう、リュウ様はこっそりわたくしに耳打ちします。
耳に息がかかって、くすぐったいです。
「俺は鉱山が、迷宮化している可能性もあると考えている」
――迷宮。
魔獣が無尽蔵に生み出される、不思議な空間です。
誰が建設したという訳でもないのに、扉や階段、罠が設置されていたり、財宝の類が置いてあったり。
発生原理は不明。
ある日唐突に洞窟や森、遺跡などが迷宮化してしまう。
この迷宮を探索して財宝を持ち帰るのも、冒険者の仕事の内です。
迷宮は人々の成長を促す試練として、神が作り出しているという説があります。
挑戦者が魔獣や罠で命を散らすのを見て、邪神が楽しむために作り出しているという説も。
魔界の入口だと、唱える学者もいます。
とにかく迷宮とは、自然発生する危険な迷宮なのです。
「迷宮があるってことは、アレが起こる可能性もあるだろ?」
「……魔獣の氾濫ですわね」
「ご名答。聖女様は、よく勉強しているな」
迷宮で湧く魔獣は時々爆発的に増え、大群となって人里を襲撃することがあるのです。
それが、魔獣の氾濫。
魔獣の氾濫で村や街が壊滅してしまった例は、枚挙に暇がありません。
「もちろんそんなものが発生したら、すっ飛んで帰ってくるがよ……。街の守りに、戦闘力のある冒険者を残しておきたい」
正直、リュウ様が側にいてくれないということに不安も覚えます。
ですが冒険者として頼られている、アテにされているというのは、とても誇らしい。
「俺の取り越し苦労かもしれねえ。だから騒ぎ立てて、住民を不安にさせるわけにもいかねえ。かと言って全く備えをしないと、いざという時に取り返しがつかねえだろ? バランス取りの難しい局面だが、やれるか?」
「お任せ下さい」
わたくしは、両手のグローブを打ち合わせました。
魔獣の氾濫、どんと来いですわ。
「……心配だな」
むっ?
それは、どういう意味ですの?
わたくしを信頼してくれたからこそ、街の守りを任せてくれたのではありませんの?
「わたくしでは、力不足だと?」
「いいや、そんなことはねえ。だが今の聖女様は、鼻息が荒すぎると思ってよ。……いいか? 俺が調査から戻ってくるまで、絶対に無茶はするなよ?」
「もちろん、分かっておりますわ」
「魔獣の氾濫に警戒するとは言っても、睡眠はちゃんと取るんだぞ? 寝る前には、歯を磨くんだぞ? 知らない人に、ついて行ったらダメだぞ?」
最後の方は、ニヤリと笑いながらでした。
もう!
リュウ様ったら、わたくしをからかって。
でも唇の間から覗く尖った犬歯が素敵なので、条件付きで許してあげちゃいましょう。
「淑女をお子様扱いするなんて、ひどい人です。わたくし3日後には、15歳になりますのよ? 成人ですのよ? 罰として、ご飯を奢って下さい」
「マジか? そいつはめでたいな。償いじゃなくてお祝いとして、なんでも奢るぜ」
「ふふふ……。言いましたわね? うんと高いものを、奢らせてしまいますよ? ……だからリュウ様、無事に戻って来て下さいね?」
「ああ、分かった。いい子で待ってるんだぞ」
もう!
また、子供扱いして!
わたくしグレて、悪い子になってしまいますわよ?
――ひょっとしてリュウ様は、わたくしが未成年の子供だから守って下さるのでしょうか?
大人になったと思われてしまったら、もう側にいてくれないのでしょうか?
だとしたらもう少しの間、子供扱いされてもいいかもしれません。
もう少し――
もう少しだけ――
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リュウ様達が夜間調査で鉱山へ出発してから、4時間後のことでした。
わたくしは自然に目を覚まし、宿屋のベッドから身を起こします。
「……来ましたわね」
まだ、騒ぎにはなっていません。
しかし、感じるのです。
魔獣達が放つ、魔力の波動を。
人類全てに向けられる、殺気を。
さらにこの1ケ月の冒険者活動で培われた嗅覚が、危険の臭いを嗅ぎ分けたのです。
それらがわたくしの体を戦闘モードに切り替え、意識を眠りから覚まさせます。
魔獣達の襲撃に備え、わたくしは寝間着ではなくいつもの服装で眠りについていました。
聖女風の青い法衣ですわ。
お母様、わたくしを守って――
竜革のグローブにも指を通し、手の平を開閉させて感触を確かめます。
お父様、力を貸して――
ブーツを履き、戦闘準備完了ですわ。
わたくしは部屋のドアではなく、窓を開け放ちました。
今夜は月がとても明るく、そして近い。
わたくしはリュウ様のような暗視魔法は使えませんが、けっこう夜目は効くのです。
これだけ明るければ、充分に戦える。
窓の縁に足をかけ、身体強化魔法を発動。
この部屋は2階ですが、そんなの気にしません。
わたくしは夜空へと、その身を踊らせました。
目指すは街の北。
鉱山地帯への入り口。
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