最終話 聖女は家族と一緒に
どこまでも続く、雲ひとつない青空。
あの結婚式の日と、同じ空です。
リュウと結婚してから、早くも1年半が過ぎようとしていました。
現在わたくしは、オーロラリリィの高原に来ています。
ちょっとしたピクニックですわ。
レジャーシートを地面に広げ、寝転んで空を見上げておりました。
「はぁ~、いい天気じゃのう。煩わしい魔王の仕事から解放されて、妾は最高に幸せじゃ」
上体を起こし、声の主を見ます。
おやつに持ってきたドーナツを頬張りながら、幸せそうな笑顔を浮かべているのはルビィお義母様でした。
ドーズギールが倒れて力の封印は解けたはずなのに、なぜか幼女モードです。
なんでも幼女モードで生活していた方が、魔力や体力を消耗せずに楽なのだとか。
正直わたくしも、その方が助かります。
大人形態のルビィ様は覇気が凄くて、いつも近くに居られると緊張してしまいますもの。
それに幼女ルビィ様は、凄く可愛らしいですし。
わたくしは魔王城から持ってきた手紙に、目を通します。
まずはミツキからの手紙です。
「ふむ。雷竜公ミツキ・レッセントの近況はどうなっておる? 領地経営は上手く行っておると聞いているが」
「ええ、お義母様。そちらはシュラ様が補佐に入っているので、まったく問題ないそうです。仕事が捌ける方ですから、自由な時間が取れるのだとか」
「けっこうなことじゃな」
「ただ……。ミツキは、シュラ様の仕事ぶりが『生意気』だと」
「おうおう、生意気なのはどっちじゃ。シュラの奴も苦労するのう。じゃじゃ馬の番になってしもうて」
――ルビィお義母様の番になった、タツミ様の方が大変だったのでは?
一瞬そんなことも考えましたが、嫁姑問題に発展するといけないので飲み込みます。
「あとクサナギ家が、色々と干渉してきているようです」
「跡継ぎ息子を、他家に取られたようなもんじゃからな。まあ分家筋が水竜公を引き継ぐじゃろうから、問題あるまい」
リュウはシュラ様のことを、「跡継ぎ意識が強い」とおっしゃっていました。
そんなシュラ様が、あっさりレッセント家への婿入りを決めた時には驚きましたわ。
クサナギ家の後継ぎとして色々重圧を感じていらしたみたいですし、きっとこれで良かったのでしょう。
(あ……アイツがどうしてもっていうから、仕方なく婿にしてあげるのよ。感謝して欲しいものだわ!)
わたくしが訪問した時、ミツキは顔を真っ赤にしてそう語っていました。
素直じゃありませんわね。
ミツキからの手紙を置き、次の手紙を読みます。
こちらは義弟のジルからです。
「そういえばジルは、養成学校を卒業して聖騎士になったのじゃったな。聖騎士団には、慣れたかのう?」
「あの子は優秀なので、任務をそつなくこなしているそうですわ。ですがちょっと、面白くないことがあるようで……」
「元剣聖のランスロットが、部下として配属されたのじゃろう? いびってやると、張り切っておったではないか」
「それが……その……、『いじめ甲斐がない』と」
元剣聖のランスロット様は、最下級である5級聖騎士に降格されました。
プライドの高い彼のこと。
さぞ屈辱的に感じているのかと思いきや、そんなことはないそうです。
部下を管理する必要がなくなり、空いた時間で黙々と剣の修行に励んでいると。
ジルが嫌味を言っても、剣に関係ないことは受け流してしまうためつまらないのだとか。
「ランスロットは脳筋の剣術馬鹿」と、手紙には記されていました。
ええ、知っていますとも。
わたくしが嫌いではなかった剣術少年に、立ち戻られたのですわね。
神剣リースディアに再び選ばれる日も、近いのかもしれません。
最後の手紙を開きます。
これはアナスタシアお母様からのものです。
「アナスタシアは、ソフィアを修道院から連れ出したのじゃったな」
「そうですわ。色々とやらかしてしまいましたが、ソフィア様が優れた回復術士という事実は変わりません」
なんでも修道院に多額の寄付をしている貴族が、アナスタシアお母様のご友人だそうです。
そこでお友達のコネを使ったり教会上層部に圧力をかけたりして、ソフィア様を修道院から出してしまったのです。
もちろん、再び聖女に据えてこき使うためですわ。
ソフィア様は鞭を振り回すお母様に見張られながら、神聖国各地で怪我人や病人を治療して回ったそうです。
その後、彼女がどうなったのかというと……。
「最近、魔国にも噂が流れてくるのう。聖女達の活躍が」
「こちらでも人気がありますものね。『ミラディアセインツ』は」
アナスタシアお母様は教会を少しづつ掌握し、発言力を高めていました。
そしてある日、画期的な提案をしたのです。
「教会の看板回復術士が、聖女1人である必要はないでしょう? それに女性である必要もないわ」
お母様はそう言って、広報や慰問を担当する特殊部隊を編成したのです。
それが聖女・聖人によるトップヒーラーチーム、「ミラディアセインツ」。
聖女の男性版である聖人に美形マッチョが多いのは、お母様の趣味だそうですわ。
回復魔法で治療を行うだけでなく、ステージで歌や踊りを披露して国民を元気付けるのも仕事のうち。
その人気は凄まじく、魔道具カメラで撮影された写真集がこの魔国でも販売されていたりします。
表紙の写真は、リーダーのソフィア様でした。
メンバーの中ではだいぶ薹が立っているはずなのに、可愛らしいフリフリの衣装を着せられて恥ずかしそうに写っているのが印象的でしたわ。
似合っているので、別に恥ずかしがることはないと思うのですが……。
「……アナスタシアお母様ったら、教会をほぼ手中に収めつつあるようですわ。この調子でいけば、将来は女性初の教皇になるかもしれません」
「ん? ミラディース教会は、女性も教皇になれるんじゃったかのう?」
「現行の教会法では、女性は枢機卿にもなれません。ですがアナスタシアお母様なら、教会法ぐらい改正してしまいそうですわ」
「いやはやアナスタシアは、とんでもない行動力じゃのう」
「お母様は、昔からこうなのです。……そうよね? ミランダ?」
わたくしはレジャーシートの隅に座っている、メイドさんの方を振り返りました。
彼女は瓶底眼鏡を縁を指2本で持ち上げつつ、誇らしげにいいます。
「その通りなんダス。アナスタシア奥様なら、教皇になるぐらいやってのけるんダス」
まったく……。
ミランダには驚かされますわ。
世界樹ユグドラシル内にある「魂の回廊」で別れた時には、生まれ変わるまで会えないような雰囲気でしたのに。
お手伝いさんを募集したら、真っ先に応募してくるんですもの。
相変わらずバリバリと働いてくれるので、とても助かっています。
何でまた、わたくしのもとで働いてくれているかというと……。
「ふふふ……。ラインハルトは可愛いねえ……。思わず食べちゃいたくなるよ」
「ミランダ。口調がミラディース様に戻っていますわよ。わたくしの息子を、食すのはやめて下さい」
ベビーバスケットの中ですやすやと眠っている赤ん坊は、わたくしとリュウの息子ラインハルト。
そのラインハルトを、ミランダは舌なめずりしながら見つめています。
「ものの例えってやつだよ。キミはボクを何だと思ってるの? 女神に対して、失礼な教徒だなぁ……」
ブツブツと文句を言いながら、ミランダ・ドーズギールは慈愛と安息の女神ミラディース様のお姿に戻っていました。
動きやすさを重視してか、地面まで届く銀髪は腰までに。
服装は漆黒の衣ではなく、メイド服のままになっています。
ミラディース様はラインハルトの近くに居たくて、子守り役に応募してきたのですわ。
ラインハルトもわたくしと同じで、未来視しにくい存在なのだそうです。
なのでわたくし達親子の近くにいると、何が起こるのかわからなくて楽しいのだとか。
ミラディース様が、食べちゃいたくなる気持ちも分かります。
本当にラインハルトは可愛いらしくて、ぷにぷにしてて……たまりません。
ルビィお義母様も、1日に20回は「孫は可愛いのう」と言いますし。
「いいなぁ……。ボクも赤ちゃんが欲しい」
「女神様も結婚したり、子供を作ったりできるんですの?」
「できるよ。ウチの妹は、結婚してるしね。――リースディースときたら、会うたびに『姉者もそろそろ結婚したらどうだ?』なんて言ってくるんだ。余計なお世話だよ。ボクは適当な結婚で、自由神フリードみたいなロクデナシと一緒になるのはゴメンだ」
あー。
ミラディース様が、リースディース様と仲が悪そうな理由がわかってしまいました。
妹神の旦那様を悪く言うのは、よろしくありませんね。
「ミラディース様なら、周囲に素敵なお相手がいらっしゃるのではありませんか?」
「いやいや。ひとり身の男神って、ロクな奴がいないんだよ。魔神ヴェントレイは陰キャだし、樹神レナードはモータースポーツ馬鹿だし、マサキ・マサキはドMだしね」
うーん。
「陰キャ」とか「モータースポーツ馬鹿」とかは意味が分かりませんが、なかなかヒドイ言われようみたいです。
どうやらミラディース様は、選り好みし過ぎ……いえ、理想が高いようですわね。
「ふーむ。女神様も、色々と大変なのじゃな」
ルビィ様はクッキーをポリポリと食べながら、どうでもよさげに呟きます。
「そうだよ、大変なんだよ。男運がないボクを、癒しておくれよ。ねえ、フク」
ミラディース様は、ベビーバスケットの隣で丸くなっている猫に話しかけました。
茶トラ柄に青い瞳。
猫型の精霊だったフクにそっくりです。
こちらは精霊ではなく、普通のにゃんこですけど。
尻尾も3本ではなく、1本ですわ。
あまりにそっくりだったので、拾った時に迷わずフクと名付けました。
精霊だったフクの生まれ変わりかどうかはわかりません。
しかし明らかに、わたくしやリュウのことを憶えているような素振りを見せるのです。
ミラディース様は真相を知っているはずですが、教えてはくれません。
フクは大きくあくびをすると、また寝入ってしまいました。
代わりに最愛の息子、ラインハルトが目を覚まします。
寝起きは機嫌が悪い子なので、すぐにぐずり始めました。
「あらあらラインハルト、ごめんなさいね。おばあちゃんとメイドさんがうるさくて、起きちゃいましたね」
「待てヴェリーナ。ボクらが起こしたような言い方をするな。ラインハルトに嫌われちゃうじゃないか」
「そうじゃそうじゃ。それに妾をおばあちゃんと呼ばせるなと、いつも言っておるじゃろう」
わあわあと騒ぐ2人を無視して、わたくしはラインハルトを抱き上げました。
やさしくあやしながら、オーロラリリィの花畑を歩きます。
「ほ~ら、ママはここにいますよ~。何も怖くなんてありませんよ~。それにほら、パパも帰ってきました」
遠くの空を見上げます。
蒼穹を引き裂いて、赤い光が尾を引いていました。
魔王の仕事で、地竜領へ出かけていたリュウです。
オーロラリリィの花びらが舞う中、わたくしは大きく手を振りました。
愛する番、心優しき火竜に向けて。
【聖女はドラゴンスレイヤー】
―――完―――
ご愛読ありがとうございました。
本作はこれにて完結となります。
また、次回作でお会いしましょう。
次回作の情報などにつきましては、活動報告にてお知らせいたします。




