第122話 聖女はやっぱり聖女だった
披露宴会場である、ミラディア大聖堂前の広場に到着しました。
義弟のジルに手を取られ、わたくしは馬車から降り立ちます。
会場には、水色の絨毯が敷いてありました。
この上をエスコート役と一緒に歩いて会場入りするのが、ミラディア式披露宴の習わしです。
披露宴は、なるべくミラディア神聖国の流儀でやろうというお話になっています。
後回しになっている結婚式は魔国ヴェントランで行われるので、そちらを魔国の作法に則って行う計画なのです。
1日で2カ国間を移動して挙式するなんて、前代未聞らしいですわ。
ジルと共に、絨毯の上を歩きます。
するとわたくし達の進み具合に応じて、絨毯に光の紋様が浮かび上がりました。
アナスタシアお母様の魔法による、演出ですわ。
聖歌隊の歌声が風に乗り、広場に響いています。
とても耳に心地よく、心に染みてきました。
絨毯の両脇には大勢の参列者達が集まり、笑顔と拍手で祝福してくれます。
聖騎士団長のヘンリー様や、その奥方の姿もありました。
国境付近のフリードタウンからも、マスターのママさんをはじめとする冒険者の皆様が駆けつけてくださっています。
……ギルド所属の冒険者、ほぼ全員ではありませんの?
ギルドを空にして、大丈夫なのでしょうか?
会場の奥には祭壇が立てられ、その前では聖女服姿のお母様が待っていました。
現役時代の聖女服は、ウエストがキツくなっていたそうです。
この日のために、お母様は教会聖騎士並みの鍛錬でダイエットしたのですわ。
普通だったら、夫となるリュウが祭壇前で待っているはずです。
しかし祭壇前には、お母様しかいません。
参列者の皆様も、戸惑っていらっしゃるようです。
ですがこれは、リュウとお母様が話し合って決めた演出なのですわ。
進行役であるお母様が、天を指差します。
それに合わせ、地面から何条も光の柱が伸びました。
光の柱は、青空の一点を指し示します。
赤い鱗が、キラリと輝きました。
リュウですわ。
赤竜の姿になったリュウが、凄い勢いで降下してきます。
もちろん事前に届け出をしているので、国際問題になったりはしません。
「魔王竜は人前でむやみに竜化してはいけない」というルールは、魔王就任時に撤廃してしまったそうです。
軍事的な意味合いもあったのですが、1番の理由は魔王竜が国中を飛び回れないと不便だからと言っていました。
地上近くまで高度を下げたところで、リュウは人型に戻りました。
膝を曲げた姿勢で着地し、ゆっくりと立ち上がります。
いつものように、露出度の高い火竜領ファッションではありません。
キッチリとした、黒いジャケット姿です。
同色のマントをひるがえす姿は、魔王としての威厳に満ちています。
わたくしが見惚れていると、リュウと視線が合いました。
途端に彼は、固まってしまいました。
心ここにあらずといった様子です。
「き……、綺麗だ……」
確かにそう聞こえました。
嬉しくて、わたくしの心もどこかに飛んで行ってしまいそうです。
数秒後。意識を取り戻したリュウは、咳払いをしてから語り始めました。
いかにも魔王といった感じの、大仰な喋り方ですわ。
「我が名は魔王、リュウ・ムラサメ。聖女ヴェリーナを、攫いにきた」
一斉に、ブーイングが巻き起こります。
もちろん、サクラの皆様です。
しかしジルをはじめとした何人かは、本気でブーイングしているような……。
「どこの馬の骨とも知れない輩に、大切な娘はやれません」
あらまあ。
お母様がノリノリですわ。
本気っぽくて、ハラハラしてしまいます。
「攫われるぐらいなら、閉じ込めてしまいましょう」
……え?
そんな台詞、打ち合わせには……。
怪訝に思っていると、お母様は魔法を展開しました。
光の結界で、わたくしを包み込んでしまいます。
うわぁ。この強度、全力の結界魔法ですわね。
閉じ込められてしまいました。
わたくしはけっこう焦っていますのに、リュウは全く動じておりません。
犬歯を覗かせるいつもの笑みを浮かべると、パチンと指を鳴らしました。
するとガラスが割れるような音と共に、光の結界が粉々に砕け散ります。
相手の魔法を打ち消す、【ディスペルマジック】ですわ。
結界の残滓が蛍火みたいに舞い散って、とても綺麗。
「くっ! さすがは魔族の長! 竜人族の頂点たる魔王! 元聖女である私の力でも、止めることができない!」
……何となく、お母様の意図が分かってきました。
この披露宴には、ミラディース教会関係者が多く参列しています。
魔王の力を示すことによって、わたくしを危険視する派閥を自重させる狙いがあるのですわ。
「元聖女アナスタシアよ。そなたの娘、力づくでいただいていくぞ」
いちいちマントをバサッとひるがえすリュウは、かなり悪役顔です。
お母様と同じく、楽しんでいますわね。
わたくしはリュウの側へと歩み寄ろうとし……、踵を返しました。
そのままお母様の胸に飛び込んでしまいます。
「お母様……。今までありがとうございました」
「お礼を言うのは私の方よ。私とレオンの娘として生まれてきてくれて、ありがとう」
涙をこらえきれませんでした。
雫がぽろぽろと、頬を伝ってゆきます。
「あらあら。せっかくのお化粧が、台無しよ」
「お母様もですわよ」
わたくしと同じく、アナスタシアお母様も涙を流しておられました。
お互い相手に浄化魔法を発動して、お化粧の崩れを直してしまいます。
聖女の魔法は万能です。
「さあ、行きなさい。幸せになるのですよ」
「ええ、もちろんですわ。もう充分、わたくしは幸せです」
「おっと。これぐらいで、満足してもらっちゃ困るぜ。ここからスタートなんだ。おかしくなるぐらい幸せにしてみせるから、覚悟しておきな」
背後から、リュウが声をかけてきます。
振り返り、わたくしも宣言してやりました。
「ふふふ……。『幸せにしてみせる』は、こっちの台詞ですわ。わたくし、あなただけの『聖女』ですもの」
ウェディングドレスの裾をひるがえし、リュウの側へと走り寄ります。
腰に手を添えられた状態で、アナスタシアお母様から祝福の魔法をかけていただきました。
昼間なのに、青空には流れ星が見えます。
あの流星には、実体がありません。
教会神官が結婚披露宴で行使する、祝福の魔法です。
さすがはアナスタシアお母様。
空を埋めつくさんばかりの流星雨ですわ。
「もうひとつおまけよ。これは私が編み出した、オリジナルの祝福魔法」
お母様が魔法を発動した瞬間、わたくしの背中から光の翼が生えました。
「あなたはどこへでも飛んで行ける。それを忘れないで」
頷いた瞬間、背中の翼もはためきました。
どうやらわたくしの感情変化に合わせて、翼が動くようですわ。
リュウと寄り添いながら、会場中を回ります。
色んな人から、祝福の言葉をかけていただきました。
特にフリードタウン冒険者ギルドの皆様は、お祭り騒ぎで祝って下さいます。
「聖女ちゃ~ん! よがったわねえ~! グスン。リュウもしっかりやるのよぉ~。聖女ちゃんを泣かせたら、すり潰しちゃうんだからね!」
邪竜戦役では男装モードだったママさんですが、今日は華やかなドレスに身を包んでの参列でした。
主役であるはずのわたくしより派手かも?
「……ったく。騒がしい連中だぜ。だけど……ありがとうよ、みんな」
「みなさんと過ごした、フリードタウンでの日々……。忘れません。冒険者になって、良かった」
名残惜しいのですが、わたくし達はそろそろ会場を去らなければなりません。
これから魔国ヴェントランに移動して、向こうで結婚式を挙げるのですわ。
ルビィ様やクレイ団長、ミツキとシュラ様。
アーウィン様とイーリス様の兄妹が、首を長くして待っているはずです。
「行こうか……、ヴェリーナ。一緒に、どこまでも」
「はい。行きましょう、リュウ。一緒に、いつまでも」
リュウに手を取られると、思い出します。
聖都東門で出会った、あの日のことを。
リュウが耳のカフスを外しました。
閃光が走り、赤竜の姿へと変化します。
変化し終えた時にはもう、わたくしはドラゴンの背に乗っています。
ヒラヒラしたウェディングドレス姿でも、全く問題はありません。
リュウが風よけの魔法で、守ってくれますもの。
『いくぜ、ヴェリーナ』
返事をする代わりに、リュウの首へと腕を回しました。
がっしりしがみついて、意思表示をします。
「もう離さない」と。
火の魔王竜は、大空へと飛び上がりました。
ぐんぐん加速し、高度を上げます。
お母様から距離が離れたためか、光の翼から羽根が抜け落ちてゆきました。
「いままでありがとう。ミラディア神聖国」
わたくしの呟きは、青い空に溶けてゆきました。
次回、最終話 聖女は家族と一緒に




