第12話 聖女は聖女と呼ばれたくない
■□ヴェリーナ・ノートゥング■□
冒険者登録3日目
デプセーヴンの森にて、高級食材「メキミ・ビーの蜂蜜」を採集。
冒険者登録4日目
サンドライワ渓谷にて、熊の魔獣ヒューゴーベア3体を討伐。
冒険者登録5日目
マサキアの洞窟にて、ニャッポリート鉱石を大量採集。
冒険者登録7日目
タダーノ砂漠にて、巨大砂なまこを撃破。
冒険者登録10日目
クレイーザ墓地にて発生した、不死者軍団を殲滅。
わたくしは冒険者として、次々と依頼をこなしていきました。
どの仕事でも、リュウ様がついてきてくれます。
戦闘時は、魔法で的確に援護してくださいますの。
まるでわたくしの思考を、全部読んでいるかのように。
まさかわたくしの知らない、心を読む魔法とか使っていませんわよね?
――やだ。
そんなの恥ずかし過ぎます。
リュウ様は、冒険者としての知識も豊富。
魔獣の生態。
薬草の効能。
ミラディア神聖国や魔国ヴェントラン周辺の地理。
聞けば、大抵のことは教えてくれる。
いつかは冒険者として独り立ちしないといけないのに、ついついリュウ様の技量と知識に頼ってしまいますわ。
基本はリュウ様との2人パーティなのですが、他の方とも組んで大所帯になることもあります。
みなさん、わたくしに良くして下さいました。
ですが男性冒険者の方々はあまり近づかないよう、リュウ様がガードしてしまいます。
きっとウチのミランダから、そうするように言われているのでしょうね。
まったく、もう――
ミランダもリュウ様も、過保護なんですから。
わたくしみたいな女にその気になるのは、教皇猊下のように物好きなお方だけですわ。
女性冒険者のお姉さま方なんか、それはもう可愛がってくださいます。
彼女達との会話は、とてもとても楽しいです。
聖都で流行っているファッションの話題ですとか、フリードタウンにある色んなお店のお話ですとか、恋愛話ですとか――
こんなに楽しくお仕事をしてお金までいただけるなんて、なんだか悪い気がしますわ。
そして冒険者登録をしてから、1ケ月が過ぎた朝――
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フリードタウン冒険者ギルドのロビーには、たくさんの冒険者が集まっていました。
皆がわたくしに、注目しています。
カウンターの奥から足音が聞こえると、視線はそちらの方へと移りました。
出てきたのは我らがギルドマスター、ママさんです。
「聖女ちゃん、おめでとう。1ケ月でゴールド級への昇格は、当ギルド最速記録よぉ」
わたくしはママさんの大きな手から、金色に輝くカードを受け取りました。
――ゴールド級冒険者証。
6階級ある冒険者ランクの中で、上から3番目のランクですわ。
わたくしは1番下のアイアン級からスタートして、ブロンズ、シルバーと駆け上がり、気づけばゴールド級への昇格条件を満たしていました。
ゴールド級は、このギルドに数人。
これより上は、プラチナ級のリュウ様がおひとりだけ。
ママさんが冒険者として現役だった頃は、最上位ランクのミスリル級冒険者だったとか。
ミスリル級は、歴史上数えるほどしか存在しないそうですわ。
ゴールド級ともなると、かなり報酬の高い依頼を受けることができます。
代わりに危険が増え、責任も重くなるのですが。
「昇格できたのは、皆様のおかげですわ。これからも、精進して参ります」
歓声と、拍手が巻き起こりました。
皆が昇格を自分のことみたいに喜んでくれて、わたくしもまたその反応が嬉しい。
「よお、聖女様おめでとう。頑張ったな」
やっぱりこの方から祝っていただけるのが、1番嬉しいですわ。
「もう、リュウ様。まだわたくしのことを、聖女呼びなさるんですから」
「悪い、悪い。どうしても、最初の癖が抜けなくてな」
リュウ様はイタズラっぽく片目を閉じながら、頬をポリポリと指で掻きます。
そろそろ「ヴェリーナ」と、名前で読んで下さってもよいのではありませんか?
他の女性冒険者達のことは、名前で呼んでいるのに。
「さぁて、さっそく仕事の話よぉ。プラチナ級冒険者リュウ・ムラサメとゴールド級冒険者ヴェリーナ・ノートゥングに、指名依頼が入っているわぁ」
――指名依頼。
それは名前の通り、依頼主が任務を遂行する冒険者を指名するもの。
その代わり、依頼料は跳ね上がります。
冒険者が受け取る、成功報酬の額も。
「……依頼主が誰か、見当はつくな。あのオッサン、聖女様がゴールド級になるのを待っていやがったな?」
指名依頼が受けられるのは、ゴールド級以上。
オッサンという呼び方や、わたくしとリュウ様を指名したということから理解しました。
依頼主は――
「ええ、そうよ。今回の依頼主は、地竜公ブライアン・オーディータ様。仕事場所は、魔国ヴェントラン地竜領。聖女ちゃんにとって、初の国外任務ねぇ」
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翌日――
わたくしとリュウ様は旅支度を終え、長屋の前に立っていました。
メイドのミランダ・ドーズギールに見送られながら、今からお隣の魔国ヴェントランへと旅立ちます。
「カメムシ様。くれぐれも、よろしくお願いするんダス」
「カメムシに様づけって、変じゃねえか? ……分かってるぜ、ミランダさんよ。聖女様のことは、俺に任せろ」
「違うんダス。2人きりの旅だからといって、変な真似しないように釘を刺しているんダス」
「俺は聖女様の保護者だ。そんな真似はしねえよ」
「ふーん? 信用できないダスねえ。お嬢様の魅力にやられない男なんて、聖都ミラディアのぺったんこ至上主義者どもぐらいのもんダス」
「……やっぱ聖都とか、ミラディア中心部だけだよな? ああいう風潮」
保護者――
リュウ様はわたくしのことを、そういう目で見ていたのですね。
守って下さっていたことに対する感謝と同時に、モヤッとした感情も湧き上がってきます。
なんなのでしょう?
この気持ちは――
「とにかく俺は、保護者としての責務を果たす。行こうぜ、聖女様」
ルドランナーに騎乗したリュウ様が、わたくしに手を差し伸べてきます。
「……ミランダのことは、名前で呼ぶくせに」
「ん? どうした聖女様? ご機嫌ナナメだな?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
いけませんわ。
こんな些細なことで心を乱しては、冒険者としての仕事にも差し支えます。
気を取り直して、「聖女ちゃんスマイル」発動です。
リュウ様と共にルドランナーへと跨り、彼の背中にしがみつきます。
「ぐえっ! 聖女様、ちょっと苦しいぜ」
「あら、ごめんなさい」
頼り甲斐のある、リュウ様の背中。
それが今朝はなんだか憎々しげに思えて、ついサバ折りを掛けてしまいましたわ。
うっかり身体強化魔法を発動させなくて、良かった。
ミランダに軽く手を振ってから、リュウ様はルドランナーを走らせました。
いつもと同じように、風よけの魔法を発動。
今日はちょっと日差しが強くて暑いので、少しだけ魔法を緩め風を入れて下さいます。
なんと器用な。
やはりリュウ様は、凄い魔道士です。
草原の真ん中を走る街道を、巨大鳥は風のように駆けて行きます。
雲ひとつない青空と、活力溢れる草原の緑。
天地のコントラストが、とても綺麗。
「なあ、聖女様」
「なんですの? リュウ様?」
突然リュウ様に話しかけられて、少しビックリしてしまいました。
ひっそりと背筋のすてきん(素敵な筋肉)度数を鑑定していたのが、バレたのでしょうか?
「ありがとうよ。俺はいつも、聖女様に救われているんだぜ」
「え? それは、わたくしの方ですわ。冒険者として仕事を教わるだけでなく、フリードタウンでの暮らしについても色々と気にかけていただいて……」
「そんなのは、些細なことさ。それぐらいじゃ返しきれねえほど、俺は救われている。聖女様と一緒にいると、心が安らぐんだ」
わたくしと一緒いると、心が安らぐ?
そそそそそれって異性として、好意を持っているとかそういう?
ひょっとして今、わたくしは口説かれているのでしょうか?
いや――
まさかそんな――
わたくしみたいな、可愛くない女を――
それにわたくしはまだ、14歳。
リュウ様は立派な大人、24歳。
こんな小娘、相手になど――
「俺は……自分の『力』が怖い」
そう言ってリュウ様は、ご自分の耳に嵌っている黄金のカフスをひと撫でしました。
あ――
これは口説かれてるとか、そんな感じじゃありませんわね。
自意識過剰でしたわ。
恥ずかしい。
「フリードタウン冒険者ギルドの奴らは、いい奴らばっかりさ。俺の『力』について知っても、距離を置いたりなんかしねえ」
リュウ様の「力」について、わたくしはまだ何も知りません。
他の冒険者の皆様に聞くのも、なんだかためらわれてしまうのです。
その話は、リュウ様本人から聞きたい。
今、話して下さるのでしょうか?
「いつか俺は、そんないい奴らを殺してしまうんじゃねえかと思っていた。俺の『力』ってのは、そういうもんだ。今はまだ、制御が利かねえ」
リュウ様の背中が、強ばったのを感じました。
「聖女様ぐらい強けりゃ、俺の『力』が暴走しても簡単にやられたりはしねえだろう。それどころか、ぶん殴って正気に戻してくれるんじゃねえかって思ってな」
――なんですの?
それ?
「……リュウ様のバカ」
思わず、汚い言葉が出てしまいました。
「……え? 聖女様?」
わたくしがそういう言葉遣いをするとは思っていなかったらしく、戸惑いが背中から感じられます。
はぁ~。
わたくし、嬉しかったのですよ?
「一緒にいると、心が安らぐ」と言われて。
自分が、リュウ様の癒しになっていると思って。
なのに「簡単にはやられない」とか、「殴ってでも止めてくれそう」とか、人をなんだと思っていますの?
ガッカリして、全身の力が抜けました。
脱力感に任せ、前方にあるリュウ様の背中に寄りかかります。
そのままコテンと、額をくっつけてしまいました。
「リュウ様は凄い魔道士で、凄い冒険者なんですもの。『力』とやらに、負けたりはしませんわ」
「……やっぱり、ありがとうよ。聖女様」
「もう、聖女ではないと言っているのに……」
「俺にとって、あんたはいつでも聖女様なのさ」
草の香りを含んだ風が、優しく吹き抜けてゆきます。
わたくしの長い黒髪と、リュウ様の燃える赤髪を梳りながら。
今回ご登場いただいた地名&魔獣の元ネタになっていただいた方々↓
デプセーヴンの森&メキミ・ビー
https://mypage.syosetu.com/1619624/
サンドライワ渓谷&ヒューゴーベア
https://mypage.syosetu.com/1318751/
マサキアの洞窟&ニャッポリート鉱石
https://mypage.syosetu.com/1201215/
タダーノ砂漠&砂なまこ
https://mypage.syosetu.com/1339485/
クレイーザ墓地
https://mypage.syosetu.com/405654/




