第118話 聖女は魔王四竜の力を借りて
導きの杖が巻き起こす嵐のせいで、空は昼間なのに真っ暗でした。
その黒い空に、赤い流星が疾ります。
曇天を焦がしながら、急降下してくる赤竜。
リュウによく似ていますが、彼ではありません。
この赤竜は、リュウより若干細身です。
『そなたの呼び声、聞こえたぞ! 義理の娘よ。妾の魔力、存分に使うがよい。バカ息子を、叩き起こしてやってくれい!』
「ルビィお義母様! 力を取り戻したのですね」
そうですわ。
ルビィ様の力を封じていた、ドーズギールは倒れたのです。
再び竜化できるようになるのは、当然ですわ。
……ということは、あの可愛らしい幼女ルビィ様はもう見れないのでしょうか?
それは少々、惜しいですわね。
火の魔王竜、ルビィ・ムラサメ。
現魔王でもある、この方の魔力なら。
ルビィ様の全身が、燃え上がりました。
激しい炎が嵐となって、周囲に吹き荒れます。
発生した炎は、導きの杖へと吸い込まれていきました。
くうっ!
焼けつくように、強い魔力ですわ。
『……ほう。駆けつけたのは、妾だけではないようじゃ』
ルビィ様が、遠くの空へと首を向けます。
わたくしも釣られて、同じ方角を見ました。
遥か遠方に、金色の光が瞬きます。
あれは一体……?
身体強化魔法で視力を強化して、確認しようとした次の瞬間でした。
金色の光点は、あっという間に巨大な黄金竜の姿となったのです。
これは……雷の力で超加速する魔法、【インビジブルライデン】!
電光のようなスピードで、黄金竜がわたくしの側に降ります。
この美しいドラゴンは――
「ミツキ! あなた、また竜化できるように……」
『ヴェリーナ! 細かい話は後よ! 今は私の魔力を受け取って!』
雷の魔王竜、ミツキ・レッセント。
彼女が翼をはためかせると、激しい稲妻が全身から放出されました。
無数の稲妻は蛇のように空中を走り、導きの杖に吸い込まれていきます。
この魔力、痺れますわね。
「それでミツキ。どうやって竜魔核を治癒したのです? 理性を保ったまま竜化しているようですし、番でもできたのですか?」
『うっ! その……あの……。そうよ! やけっぱちで、変なのとくっついちゃったのよ! 全部あなたとリュウさんが悪いんだからね!』
「もしかして、手紙にあった……。海で拾ったトカゲさんとは、ドラゴニュート男性のことなのですか?」
『この非常時に、やけに食い付くわね……。当たりよ。ムカつく年下のドラゴニュートよ。あいつももうすぐ、ここに着くはずだわ。まったく! 飛ぶの遅いんだから!』
【インビジブルライデン】で超加速できるミツキと比べたら、どんなドラゴニュートでも遅いでしょう。
もうすぐ着く番さんも、相当に速いはずですわ。
その証拠に、魔王竜クラスの魔力を感じます。
ミツキが飛んで来た方向に、青い星が煌めきました。
やはり相当な速度です。
「……え? あの方は……?」
巨大な青竜が、滑らかな飛行で降下してきました。
金色の瞳に蒼玉の鱗。
見覚えがあります。
アヴィーナ島で行方不明になった、シュラ・クサナギ様ではありませんか。
『久しぶりだね。ヴェリーナさん』
「生きて……いらっしゃったのですね」
『かなり危なかったけど、なんとかね。君に激しく蹴っ飛ばされたおかげで、僕は新たな世界の扉を開くことができたよ。ありがとう」
リュウ以外のドラゴンは、表情がいまいち読めません。
しかし今のシュラ様は、恍惚とした表情に見えました。
蹴飛ばされたことを思い出して、喜んでいる?
まさかこの方、わたくしやレオンお父様と同じ領域に……?
横で見ていたミツキが、『キモっ!』と顔を背けました。
蔑まれたシュラ様は、何だか嬉しそう。
これは重症ですわね。
『とにかく今は、リュウ兄さんを蘇生させなくては。僕の魔力も使ってくれ』
水の魔王竜、シュラ・クサナギ。
彼が咆哮を上げると、大量の水が出現しました。
水は竜巻となって天に舞い上がったあと、わたくしに向かって落ちてきます。
それらは全て、導きの杖へと吸い込まれました。
全てを押し流してしまいそうな魔力ですわ。
3体の魔王竜から、莫大な魔力を受け取ったわたくし。
しかしまだ、終わりではありませんでした。
「感じる……、あなた方の力を。あなた方の想いを」
大地を伝って、魔力が集まってきます。
温かく、力強く、どっしりとした魔力。
それはすぐ近くにある、世界樹ユグドラシルから流れ込んできていました。
「見守っていてください。わたくし達は、あなた方の分も生き続けます」
地の魔王竜、ブライアン・オーディータ。
その妻カーラ夫人と、お腹の中にいたお子さん。
世界樹となった彼らが見守る前で、わたくしは呪文の詠唱を始めました。
戦闘時は短縮詠唱や無詠唱で、素早く魔法を発動できた方がよい。
しかし今回は、素早さよりも効果優先。
呪文をフルに詠唱し、魔法効果を最大限まで高めます。
「微睡みに身を任せし、眠り人よ。生と死の狭間で揺蕩いし、迷える魂よ」
杖の柄を、強く大地に突き立てます。
完成した大規模集積魔法陣が、さらに強く輝き始めました。
ぐっ!
体内の魔力が、一気に吸い取られてゆきます。
必要な魔力の大部分は、導きの杖から供給しているというのに。
「我は汝に問う。その静寂は、心の底より望みしものか」
ローラステップの草原が、光に満たされてゆきます。
聖騎士団も冒険者ギルドの皆様も、【リザレクション】が放つ魔力の波動に気圧されているようでした。
魔法陣を書き終えたアナスタシアお母様とソフィア様は、草原にへたり込んでいます。
あのお2人でも、大変な作業だったようです。
魔力をくださったルビィ様達も、少し離れたところまで退避しています。
「耳を澄ませ、現からの呼び声に。目を見開け、己の生をしかと見よ」
わたくしの目の前に横たえられた、リュウの亡骸。
その体を、虹色の光が包み始めました。
フクが回復魔法を使う時と、そっくりな光です。
やはり居るのですね。
わたくしの中にはフクが。
「我は認めぬ、汝の終焉を。我は歪める、汝の運命を」
リュウの肉体が地面から少し浮き上がり、治癒されていきます。
胸に開いていた穴が塞がり、血色もよくなってきました。
いよいよ【リザレクション】も大詰めです。
正直、気が遠くなってきました。
大がかりで複雑な術式を、構築するための集中力。
そして何より魔力が、限界に近づきつつあります。
しかし今、気を失うわけには……。
その時、絶望的な事実に気付きました。
このままでは、リュウを目覚めさせられない!
彼の体には、魔力が一滴も残っていないのです。
覚醒には、彼自身の魔力が必要なのです。
そうですわ。
ルビィ様の魔力を、リュウに送り込めば……。
一瞬そんな考えも頭をよぎりましたが、やはりダメです。
リュウとルビィ様の魔力は、親子だけあってよく似ている。
しかしそれでも、やはり別人の魔力。
代用はできません。
何か……、何か方法はないのでしょうか?
リュウ自身の魔力が込められた、魔道具などがあれば……。
(不死鳥は、復活と再生の象徴です)
脳裏に響いたのは、宝飾店アカシック・テンプレート店員さんの声でした。
ありました!
リュウ自身の魔力が込められたもの。
思い出の品なので残念ですが、リュウの命には代えられません。
わたくしは左手を、首元のイフリータ・ティアに伸ばしました。
お願い不死鳥。
力を貸して。
身体強化魔法を発動。
首輪にあしらわれた赤い宝玉を、指で握りつぶします。
パキリという手応えと共に、イフリータ・ティアは砕け散りました。
同時に大量の炎が噴き出します。
全然熱くはありませんでした。
むしろ温かくて心地いい。
炎は不死鳥の形を取り、リュウに向かって飛んでゆきます。
燃え盛る翼が、彼の体を包み込みました。
イフリータ・ティアに、耐火魔法を付与した時のことを思い出します。
イフリータ・ティアに込められていた魔力が、リュウの体に流れ込みました。
今ならいける!
彼を取り戻せる!
わたくしは、最後の詠唱を口にしました。
これは異界よりきた歌姫、セイレーンのセーラ様から教わった祝詞。
「命の灯火よ! 魂の煌めきよ! 何度でも燃え上がり、闇を照らせ!」
リュウの体が、激しい輝きを放ちます。
リュウ……。
戻ってきてください。
ああ、魔力切れで意識が飛びそう。
もう少し……。もう少しだけ……。
「【リザレクション】!!」
魔法名を唱えた瞬間、わたくしの意識は真っ白になりました。




