第117話 聖女は3人もいます
杖の柄で、大地にそっと触れました。
そのまま少し動かすと、白く輝く光の線が描かれます。
「お母様! 2番と4番、6番の集積魔法陣をお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、よくってよ。ヴェリーナは1番、3番、5番ね」
いつの間にかアナスタシアお母様も、長い杖を両手に抱えていました。
視線を合わせて頷き合った後、お互い逆方向に向かって走り出します。
死者蘇生魔法【リザレクション】は、とてつもなく大規模な魔法。
大きくて複雑な魔法陣を、地面にいくつも描く必要があります。
頭の中には、その構造が完璧に入っています。
お母様と一緒に、必死で研究した術式ですもの。
ハイエルフの古文書により、ところどころ改良が加えられてはいます。
ですがその部分も、しっかりと憶えました。
わたくしは迷いなく、ローラステップの草原を駆け巡ります。
「導きの杖」で、光の線を引きながら。
遠くで魔法陣を描くお母様を見れば、わたくしよりもずっと速いペースで集積魔法陣を描き上げていました。
すごい……。
身体強化魔法を使っているわたくしの方が、ずっと足が速いはずですのに……。
お母様は魔法陣を描く段取りに、全く無駄がないのですわ。
……いけませんわね。
わたくしがペースを上げなくては。
このままでは、魔法陣全体の完成が遅れてしまいます。
【リザレクション】の発動が遅れれば遅れるほど、リュウの蘇生確率は下がってしまう。
せめてもう1人、術者がいれば……。
ふと、視界の端で何かが光りました。
そちらを見やれば、光の線が草原に描かれています。
わたくしでもない。
アナスタシアお母様でもない。
あれは……。
「こ……これで魔境の洞窟でのことは、水に流してくれますわよねぇ? アタクシ、頭のイカレた教皇の手先ではありませんことよぉ!」
ランスロット様に背負われ、強風吹き荒れる草原を駆けているのはソフィア様でした。
お2人とも、いつの間にか目覚めていたのですわね。
右手には、聖騎士団魔法部隊から借りたと思わしき杖。
左手には、お母様の魔道書が開かれています。
杖はショールにより、手に括りつけられておりました。
長い杖を片手で扱っても、取り落さないようにでしょう。
……あら?
あの特徴的な柄のショールには、見覚えがあります。
雷竜領でにゃんこマスクの衣装を作ってくださった、仕立て屋のお姉さんが身につけていたものでは?
「仕立て屋の女めぇ! 約束通り、にゃんこマスクの手助けをしてやりますのよぉ。これでスカートの借りは、チャラですのよぉ!」
ソフィア様が何を言ってるのかさっぱり分かりませんが、手伝ってくださるのは確かなようです。
これなら……いける!
人並外れた回復魔法により、奇跡を起こす存在。
それがミラディース教会の聖女。
そんな聖女が3代にわたって、このローラステップに集結しているのです。
死人ぐらい、目覚めさせて当然ですわ。
「ヴェリーナ! 魔法陣の構築は私とソフィアに任せて、あなたは術式の展開に入りなさい」
指示を出す間も、お母様の手と足が止まることはありません。
本当に凄い……。
わたくしもあんな風になりたい……。
いえ……なってみせます!
わたくしは、大規模魔法陣の真ん中へと走りました。
そこに杖を突き立て、術式を編み始めます。
しかし――
ダメです!
まだ全然魔力が足りない!
「導きの杖」で、世界中から莫大な魔力を掻き集めているというのに。
もっと大量に、魔力を集める手段を考えなくては。
両手で杖を強く握り、思考に集中しようとした時でした。
「ボクも力を貸そう! 竜滅の巫女……いや、ヴェリーナ!」
轟々と唸る強風の中に響く、鈴の音を思わせる声。
わたくしの正面に舞い降りたのは、慈愛と安息の女神ミラディース様でした。
「脳筋な妹の神器だけでは、足りないはずだ。使え!」
……やはり姉妹仲が、あまりよろしくないのでしょうか?
右手にある金色の杖が、怒ったように輝きます。
ミラディース様はご自分の長い銀髪を1本摘まむと、プツリと抜き取りました。
それをわたくしに向かって投げつけます。
銀髪は光の矢となって、右手にある導きの杖に吸い込まれました。
すると杖が色を変えてゆきます。
金色から、白金色に――
すごい……。
強風に乗って集まる魔力が、濃度のあまり可視化されています。
帯状の光となって、導きの杖に吸い込まれてゆきました。
魔力だけではありません。
白金色に進化した導きの杖は、声を集め始めたのです。
世界中から届く、心の声――祈りを。
(姉御! 聞こえるかい!? 俺だよ。サレッキーノ冒険者ギルドのエースだ!)
まあ! あの時の犬耳獣人さん。
ちょっと功を焦り過ぎて怪我したところを、リュウに助けられた。
……それにしても、姉御という呼び方はどうなんですの?
(女神様から聞いたぜ! リュウの兄貴が死んじまって、それを生き返らせるって。兄貴と姉御は命の恩人だ。俺の魔力を、めいっぱい使ってくれ! サレッキーノ冒険者一同、姉御の蘇生魔法が上手くいくように祈っているぜ!)
リュウが兄貴……。
なんだか薔薇の香りが……。
いえいえ。
こんな時に何を考えていますの?
犬耳獣人さんはリュウを敵視していましたのに、今は慕ってくれているのですね。
あなた方の魔力、使わせていただきます。
次に聞こえたのは、老紳士の声でした。
(ヴェリーナ様。私のことを憶えていらっしゃいますか?)
あなたは!
ブライアン・オーディータ様のお屋敷に居た、片目にモノクルを着けた執事さん。
竜車の御者として、わたくしとリュウをお屋敷やワイバーン飼育場に連れて行ってくださった。
(ミラディース様が、すべて教えてくださったのです。我が主達の死にまつわる陰謀も、ヴェリーナ様が無念を晴らしてくださったことも)
いいえ。
わたくしは何もできませんでした……。
あの時【リザレクション】が使えていれば、オーディータ夫妻は……。
(リュウ様は、まだ取り戻せるのでしょう? オーディータ邸に仕えていた者達や緑竜騎士団は、あなたの成功を祈っております。私達の魔力、使ってくだされ)
ありがとうございます。
オーディータ夫妻の時に力が及ばなかった分も、今ここで――
執事さんの次に聞こえたのは、母性溢れる女性の声です。
(お客様、お久しぶりです。商品には満足いただけておりますか?)
宝飾店「アカシック・テンプレート」の店員さんですわね。
赤髪に、ひと房の青いメッシュが印象的だった。
(お客様が当店の首輪をお買い上になった時、確信しました。この方達は、結ばれる運命にあるのだと)
結ばれる運命……ですか。
今は離れ離れですけどね。
(大丈夫です。パートナーの方は、きっと蘇ります。あの日、私は目撃しました。「イフリータ・ティア」の中に吸い込まれる、不死鳥の姿を。不死鳥は、復活と再生の象徴です)
開いてる左手で、首元のイフリータ・ティアをそっと撫でます。
わたくしには、復活と再生の象徴がついている……。
(またお2人でお越しくださいませ。宝飾店アカシック・テンプレートをごひいきに)
ええ。素敵なお店でしたものね。
必ずまた、伺わせていただきます。
リュウと一緒に。
次に聞こえたのは、飄々としたオジサマの声でした。
(聖女ちゃん、ワシの声聞こえる? アヴィーナ島冒険者ギルドのカモン・ブーバーンだけど)
カモン様!
もちろん、聞こえております。
(なんだかすっごい大変みたいね。ワシらは今から神聖国に向かっても間に合わないから、アヴィーナ島で応援させてもらうよ。なんか魔力を送れるみたいだから、じゃんじゃん使っちゃってね。ウチの冒険者達も、筋肉を強調するポーズ取りながら成功を祈ってるよ)
……え?
アヴィーナ島ギルドの冒険者達と言えば、フンドシマッソーズのみなさま?
いけませんわ。
わたくし想像して、興奮してしまいました。
集中、集中。
雑念を見破られたのか、お母様が魔法陣を描きながら睨んできますし。
カモン様の次は、若い男性の声です。
しかしこの方は、見た目より実年齢が上ですわね。
(よォ、ヴェリーナお嬢ちゃん。兄ちゃんが死んじまって、生き返らせるんだって? あんたら2人には、恩があるからよォ。俺達の魔力で良けりゃあ、干からびるまで使ってくれや)
エルフの技術者、アーウィン・フェイルノート様!
妹さんやお弟子さんとは、無事に再会できましたの?
疑問に思っていたら、すぐに声が聞こえました。
(お姉ちゃん、聞こえる? 私はアヴィーナ島で奴隷にされていた、エルフだよ。そしてアーウィン・フェイルノートの妹、イーリスだよ。ありがとう。アーウィンお兄ちゃんと再会できたのは、お姉ちゃんのおかげだよ)
ああ、良かった。
アーウィン様と、再会できていたようですね。
(私、お姉ちゃんからは助けてもらってばかりだよね。今度は私が助ける番。エルフは保有魔力量が多い魔族。だからお姉ちゃん、私達兄妹の魔力をいっぱい使って)
ありがとうイーリス様、アーウィン様。
あなた方の魔力、使わせていただきます。
少し気になるのが、アーウィン様はお弟子さんとも再会できたのでしょうか?
(おお、言い忘れてた。お嬢ちゃんのおかげで、馬鹿弟子とも再会できたぜェ。もう会ったかぁ? マシンゴーレムで、ぶんぶん飛び回っている奴だ)
あのマシンゴーレムは、やっぱりアーウィン様の関係者でしたのね。
……って、ええっ!?
あれには、騎士団長夫人が乗っていらっしゃるのでは?
ということは、アーウィン様のお弟子さんと騎士団長夫人は同一人物!?
……後で詳しく、お話を聞いてみましょう。
次は誰の声でしょうか?
(にゃんこマスクさん! 私よ! シーナ=ユーズの仕立て屋!)
まあ、あなたまで……。
作っていただいたにゃんこマスクの衣装、大事に取っております。
いずれリュウに、見せようかと思いまして。
(すごいよね! にゃんこマスクさんは、プロレスラーってだけじゃなくて聖女様なのね。婚約者の「死」なんて理不尽な運命には、得意のジャーマン・スープレックスをかましちゃって)
ええ、そうですわね。
会場が暖まっていますものね。
観客の声援に応えなくては、プロレスラーではありません。
「死」をマットに沈めてみせましょう。
そろそろ知り合いの声は打ち止めでしょうか?
(ヴェリーナ様。私の声が聞こえますか?)
頭の中に響く、低いバリトンボイス。
赤竜魔法兵団のクレイ・ムラサメ団長ですわね。
(女神様のお声により、状況は把握しております。リュウ様の蘇生を試みているのですよね? 魔力量は足りていますか?)
いいえ。
導きの杖が強化されたことにより、かなりの魔力が集まってきてはいます。
しかし、もう少し欲しい。
それも世界の隅々から集めたのでは、間に合わない。
強い魔力を持った存在が、近くから供給してくれないと……。
(少し前に、あの方がそちらへと向かいました。むやみに竜化した姿を、晒してはいけないという決まりを完全に無視して)
人前でむやみに竜化してはいけない?
それは普通の竜人族には適用されない、魔王竜のみの決まりだったはず。
ということは、こちらに向かってきているのは……。
わたくしが空を見上げると、空を切り裂く赤い閃光が見えました。




