第109話 聖女は吐き気をもよおす邪悪を知る
※ショッキングな表現がございます。ご注意ください
ドーズギールの強さは圧巻でした。
ヤマタノオロチが暴れている上空まで行くと、白竜はいきなり光の息吹を吐いたのです。
光は途中で分かれると、それぞれが8つの頭を貫通しました。
恐らくヤマタノオロチは、ドーズギールの存在を認識する間もなく死んだのではないでしょうか。
ミランダとの約束どおり、ドーズギールは肉を持ち帰ります。
どうやら空間魔法を使えるようですわね。
ヤマタノオロチの巨体が、フッと掻き消えました。
異空間に収納したのでしょう。
そこからの撤収は早かったですわ。
ヤマタノオロチの被害を受けていた人々が手を振っているのに、完全無視。
急激に方向転換すると、白竜は一気に超音速まで加速しました。
衝撃波で空が揺れます。
全力飛行ですわね。
急いでミランダのところに帰りたいのでしょう。
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一刻も早く帰りたいのでしょうに、ドーズギールは人族の王国へと寄り道をしました。
律儀にも、討伐報告をするようです。
王宮庭園の真ん中に、ヤマタノオロチの頭部8つを出現させます。
「おおっ! これが極東の島国を荒らしていた、ヤマタノオロチ! 何という恐ろしき姿……。これを倒してしまうとは、さすが神竜様!」
高位神官が絶賛していました。
ねぐらの洞窟に訪ねてきていたのと、同一人物です。
『これで満足だろう? 我はもう、ミランダの待つ洞窟へと帰る』
「お待ちください、神竜様。実は晩餐会の準備をしておりまして。ミランダも参加すべく、この王宮に来ているのです」
『何? まことか?』
それを聞いたドーズギールは、人型へと変化しました。
明らかに嬉しそうです。
「ええ。ミランダは今、王宮内で準備を整えております。神竜様に、最高の姿をお見せするために」
「そうかそうか。ミランダはあれで、素材としてはなかなかのものだからな。着飾れば、さぞ美しかろうよ」
「ええ、そうですね。最高の素材です。さあさあ、神竜様。お酒でも召し上がりながら、ミランダの登場をお待ちください」
そう言って神官は、王宮中庭に用意された宴席へとドーズギールを案内します。
人型となった神竜は上機嫌で、注がれるお酒を飲み干していきました。
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宴が進み、ドーズギールも酔いが回っていきました。
神竜でも、お酒で酔うものなのですね。
高位神官が隣に付きっきりで、ドーズギールにお酌をしていました。
「ミランダはまだか?」
「もう間もなくでございます。こちらの料理でもお召し上がりになって、お待ちください」
「待ち遠しいな。……ほう? 見たことのない肉料理だ」
「いかがですか? お味は?」
「うむ。なかなか美味いぞ」
「それは良かった」
神官の顔が、醜悪に歪みました。
次の瞬間、ドーズギールは体をビクリと痙攣させます。
「ぐっ! グハッ! き……貴様ら。一体何をした!?」
「どうです? 力の弱い我々人族が、あなたのような強き存在を制するために編み出した呪法です」
「馬鹿な……。なぜこんなことを……。我は貴様ら人族に、危害を加えたことなどなかったはずだ!」
「今まではそうでも、これからも大丈夫とは言い切れない。あなたの力は、簡単に我が王国を壊滅させてしまえるほどに強い。危険過ぎるのですよ」
「なんと浅はかな……。我を殺したら、強大な魔獣に対抗できぬぞ? 次にヤマタノオロチのような魔獣が出現した時、どうするつもりだ?」
「ご心配なく。この呪法はあなたを殺すものではなく、従わせるものです。これからは王国の守護竜として、末永く働いていただきます」
「呪法など使わなくても、我は貴様らを守ってやるつもりだった。ミランダが望む限り」
「それではあの生贄娘が、生きている間に限られる。それにたかが娘1人の意思で、王国の存亡を決められてはかないませんからね」
弱き存在ゆえの怯え。
怯えからくる、御せない存在への排斥欲と支配欲。
いつの時代も、人は変わらないものなのですね。
同じ人族として、悲しくなります。
……これがミラディース様のおっしゃっていた、「見るのが辛い」という部分なのでしょうか?
「貴様ら! ミランダに手を出しておらぬだろうな!? あやつは我のものだ! 何かしたら、本当に貴様らの王国を灰にして……」
「ははっ! 何をおっしゃる。自分で食べておいて、心配するなど滑稽だ」
何を……?
この神官は、一体何を言っていますの?
あまりの嫌悪感に、精神が軋みます。
肉体を現代に置いてきていなければ、嘔吐していたかもしれません。
「なっ……! グッ! ゲホッ!」
わたくしの代わりに、ドーズギールが吐こうとします。
ですが呪法の影響か、胃液すら出てきません。
「おやおや。吐いてしまっては、もったいないですよ? 美味しいと、あなたも言っていたではありませんか。それに吐き出したところで、今さらあの娘は生き返りません」
「あ……、あ……、ああああーーーーっ!! ミランダ!! ミランダーーーー!!」
わたくしは後悔していました。
ミラディース様に、過去を見せて欲しいとお願いしたことを。
泣きたいのに……。
叫びたいのに……。
精神だけの状態では、涙も声も出てきません。
「……殺してやる。貴様らを絶対に殺してやる! 人族は皆殺しだ!! この大陸に、1人も残さぬ!」
ドーズギールは巨大な白竜の姿に戻りました。
しかし――
「呪法隊、前へ!」
合図により、大勢の神官がドーズギールを取り囲みます。
彼らが放った魔力を受けて、神竜の巨体は大地に縛り付けれられました。
『があああっ! 何だこの呪法は!? なぜ人族が、こんなに強力な呪法を!』
「ふふふ……。この呪法は、人肉を媒介として発動しています。媒体と被術者の絆が深いほど、強力な呪法となる。あなたとミランダは、よほどお互いを大切に思っていたようですね」
何という外道な術!
そもそも神に仕える神官が、呪法に手を出すなんて!
彼らはミラディース教の神官ではなさそうです。
ですが仕える神が違っても、元神官のわたくしとしては許せません!
『……そうか。我はミランダを、大切に思っていたのか。側に置きたい、誰にも奪われたくないという想い。顔を見ているだけで、胸が温かくなる感触。これが貴様ら人族のいう、「愛」という感情なのか』
「ははっ! 魔獣風情が愛を語るなど、片腹痛い」
ドーズギールの中で、何かが切れるのを感じました。
感じたのは、わたくしだけではなかったようです。
ドーズギールと会話していた高位神官も。
周りを取り囲んでいた神官達も。
禍々しい魔力に気圧されて、後ずさりします。
「……っ! 何という邪悪な魔力! それがあなたの本性か。……邪竜め!」
白く輝いていた神竜の鱗は、闇よりも暗い漆黒に染まってゆきました。
『グ……ググググ……。我などより、貴様ら人族の方がよほど邪悪よ。さあ、滅ぶがよい』
邪竜ドーズギールの暗黒の息吹により、王国の半分が消滅しました。
彼を取り囲んでいた、神官達も一緒にです。
その後ドーズギールは人型になり、わざと消滅させなかった王宮内を探索します。
ミランダが生きている可能性もあると思ったようです。
しかし彼が、地下牢で見つけたものは――
王国の残り半分も消滅しました。
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その後ドーズギールは、大陸にある人族の国家を滅ぼして回りました。
多数の国家が連合を組んで邪竜討伐に挑みましたが、全て返り討ちに遭います。
大陸の人族は、半分ほどにまで人口を減らしていました。
しかしドーズギールもまた、危機的状況だったのです。
邪悪な呪法は、彼の身体を蝕んでいきました。
徐々に自我が消え始めたのです。
ドーズギールは、自ら命を断つことを決めました。
自分が自分でなくなる前に。
彼が自らの墓標に選んだのは、ミランダと過ごした洞窟でした。
『ミランダ……帰ったぞ……。ああ、そうか……。ミランダは、もういないのだったな……。死ねば我の魂も……、貴様と同じ場所へ行けるのだろうか……? 今から我も……同じ場所……へ……』
暗黒魔法で、自分の心臓を握りつぶしたドーズギール。
しかし彼は死ねませんでした。
あまりに人族に対する憎悪が強すぎて、魂がこの世に縛りつけられてしまったのです。
こうしてドーズギールは、悠久の時を生きるドラゴンゾンビ――古代竜エンシェントドラゴンとなりました。




