第108話 聖女は神竜の過去を見る
数千年前――
ドーズギールは、神々しい白き鱗を持つ竜でした。
青空を駆ける姿は美しく、優雅。
神竜と呼ばれていたのも頷けます。
当時、大陸には数多くの強大な魔獣がはびこっていました。
今でいう災厄クラスの個体がゴロゴロ。
人も魔族も弱く、魔獣の脅威に怯えていました。
年々生存圏を切り取られ、大陸の隅へと追いやられていく。
そんな時、人族や魔族の希望となっていたのがドーズギールです。
彼は強い力を持つ魔獣達を、次々と打ち倒して行きました。
人族や魔族を助けようと思って、行動したわけではありませんでした。
高い知性や理性を有していましたが、ドーズギールもまた竜型の魔獣にすぎません。
彼にしてみれば魔獣討伐は、単なる縄張り争いだったり食べるための狩りだったり。
それでも強大な敵を打ち倒してくれるドーズギールは、人族と魔族から熱狂的に支持されていたのです。
特に人族からの崇拝は顕著でした。
魔族と比べて戦闘力が低い人族にとって、強き神竜は憧れの的だったのです。
ドーズギールは人族を襲いませんでした。
エサにしようと思えばできたのですが、食いでのない小さな存在に興味を持てなかったのです。
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ある日のことです。
ドーズギールがねぐらにしている洞窟に戻ると、1人の少女がいました。
「神竜ドーズギール様。わたすはミランダと申すます。ふつつかものですが、よろすくお願いするんダス」
少女は洞窟の床に正座し、三つ指をついて深々と礼をします。
こげ茶色のおさげ髪が、床に垂れていました。
『何だ貴様は? なぜ我のねぐらに居る? 何をよろしくお願いするというのだ?』
「わたすは生贄として、ドーズギール様に捧げられたんダス。美味しく召し上がって欲しいんダス。――できればあんまり痛くないよう、食べて欲しいんダス」
ドーズギールはふんっ! と鼻を鳴らしました。
巨竜の鼻息だけで、ミランダと呼ばれた少女のおさげが揺れます。
『我は人族など食わぬ。脆弱な存在より、力の強い魔獣を食った方が強くなれるからな』
「そ……そんな……。困るんダス。わたすは生贄として差し出された以上、もう村には帰れないんダス。責任取って、食べて下さいダス」
『知るか。だいたい貴様は痩せ細って、ちっとも美味そうに見えぬわ』
ミラディース様が化けている現代のミランダと違い、大昔のミランダはガリガリに痩せて針金のような体つきでした。
おそらく、村ではろくに食べれていないのでしょう。
生贄に出されたのは、口減らしの可能性が高いです。
ミラディース様がぽっちゃり体型に化けるのは、元となったミランダを憐れんでのことかもしれません。
「そんな……。ならばわたすを、美味しそうになるまで太らせてくださいダス。いっぱいご飯を食べさせてもらえたら、肉が増えて美味しそうな女になるんダス」
『何だそれは? エサとして差し出された生贄に、なぜ我が食事を出さねばならぬのだ?』
ミランダは押し黙ってしまいました。
代わりに彼女のお腹が、グゥ~! と轟音を上げて自己主張します。
『チッ! 腹が減っているのか? 勝手に餓死するではないぞ。死体の片づけが面倒だ。――洞窟の奥に、魔獣の肉を貯蔵している。好きに取り出して食うがいい』
「あの……。わたす魔獣の生肉はちょっと……。あと、食べやすい大きさに切り分けていただけると助かるんダス」
『ええい。世話の焼ける生贄だ。この姿のままでは、調理しにくい。――ヌウン!』
白竜の巨体は閃光を放ちました。
ドラゴニュートが竜化する時の光に似ています。
閃光が収まった時、ドーズギールは人の姿へと変わっていました。
銀色の髪と青い瞳を持つ、艶やかな美青年です。
服装はミラディア聖騎士を連想させる、清潔感溢れる白い衣装でした。
「わあ。ドーズギール様、カッコいいんダス」
「くっ……。脆弱な人族の姿を取るなど屈辱だ。あんまりジロジロ見るでない」
「照れなくてもいいじゃないダスか」
「どうも貴様と話していると、調子が狂うな。――確か人族からの貢ぎ物の中に、調理器具があったはずだ。捨てなくて良かったぞ。おい、ミランダ。我は人族の料理など分からぬ。手伝え」
「初めての共同作業なんダスね」
人族の調理器具と、自らの魔法を駆使して出来上がったドーズギールの料理。
焦げ目だらけでグチャグチャな形のそれを、ミランダは美味しそうに食べました。
神竜の唇がわずかに吊り上がったのを、わたくしは見逃しませんでした。
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その後ミランダは、ドーズギールの巣穴にすっかり居ついてしまいました。
頼まれてもいないのに、洞窟中を掃除。
人族達からの貢ぎ物にあった装飾品で、巣穴を改装。
ミランダの手により、巨竜のねぐらは人が暮らすのに快適な空間へと変わっていました。
「ミランダ、帰ったぞ。魔獣の肉を取ってきた」
「お帰りなさいダス。ドーズギール様。わあ、すごい量のお肉なんダス。すぐに料理するんダス」
「待て、我に作らせろ。最近料理というものが、かなり分かってきたのだ。今日こそ美味しく作ってみせる」
「ドーズギール様の料理は、最初から美味しいんダス」
2人はとても楽しそうに過ごしていました。
「そういえばドーズギール様。今日は王都から、高位の神官様が訪ねてきたんダス。神竜様は留守だって伝えたら、また出直すって言ってたんダス」
「何? 本当か? 危害は加えられておらぬだろうな? 貴様はか弱い人族なのだ。我の留守中に、賊に入られたりしてはひとたまりもない。出かける時は、洞窟入口に結界魔法でも張るか?」
「そんなことをしたら、わたすも出入りできないんダス。そんなに心配しなくても……」
「貴様は生贄に捧げられし存在。つまりはもう、我のものだ。勝手に死んだり、攫われることは許さぬ」
「ふふふ……、わたすも死にたくないダス。このままずっと、ドーズギール様と暮らしたいダスから。もしわたすが死んだら、亡骸を食べて欲しいんダス。そうしたらずっと、お腹の中で一緒に居られるんダス」
「縁起でもないことを言うな」
心配してプリプリと怒るドーズギールを、ミランダは優しく微笑みながら見つめていました。
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数日後――
巣穴には、再び高位の神官が訪ねてきました。
穏やかそうな物腰の方ですわね。
現代のフレデリック・デュランダル教皇を思い出させます。
もっともあの方は、わたくしが思っていたのとは違うお方だったようですが……。
ドーズギールは人型となり、ミランダが設置したテーブルに着いて応対していました。
「ヤマタノオロチ……だと?」
「はい。東方にある島国で、猛威を振るっている魔獣です。8つの頭から炎を吐き、いくつもの国や村を焼き尽くしました」
「そいつを倒せというのか? 我に?」
「極東の島国からの使者が、わが国に助力を求めています。ですが我々の力では、返り討ちに遭うのが目に見えております」
「ハッ! 都合のいい話だな。我には何の利益もない」
「無論、神竜様に満足していただけるような捧げものをします。例えば生贄の女などどうでしょうか? そこの貧相な村娘だけでは、物足りないのではありませんか? 余ったら、食すれば無駄がないかと」
ミランダはよく意味が分かっていないのか、きょとんとしています。
代わりに激怒したのは、ドーズギールでした。
溢れ出る殺気だけで、洞窟に亀裂が入ります。
神官は椅子ごと倒れ、床に這いつくばって震えていました。
「ミランダの前で、殺しはしたくない。――今のは聞かなかったことにしてやるから、大人しく帰れ」
「そ……そんな! ヤマタノオロチ討伐は……?」
「ミランダを置いて、海の向こうまで行きたくない。貴様ら人族だけで、勝手にやれ」
すごすごと神官が帰ろうとした時、口を開いたのはミランダでした。
「わたすは大丈夫ダスよ。ドーズギール様、どうか行ってらっしゃいませ」
「ミランダ?」
「放っておいたら、多くの人が亡くなるダス。他人でも、それは辛いんダス。それにヤマタノオロチなんて強力な魔獣を食べたら、きっとドーズギール様はますます強くなれるんダス」
「うむ……。それは確かにそうなのだが、しかし……」
「あと、ヤマタノオロチのお肉を食べてみたいんダス。お土産に少し、持って帰ってきて欲しいんダス」
「……わかった、全速力で行ってくる。大人しく、我の帰りを待っているがいい」
翌朝――
白竜の姿へと戻ったドーズギールは、東の空に向かい飛び立ちました。
ねぐらである洞窟の前では、ミランダが手を振って見送ります。
神竜ドーズギールの姿が見えなくなるまで、彼女は手を振って見送り続けました。




