第106話 聖女は食べられたい
『ヴェリーナ! こっちじゃねえ! 本体をやるんだ!』
リュウに言われて、急制動をかけるわたくし。
そうですわ。
この骨でできた檻を破壊しても、また同じような攻撃を受ける可能性はあります。
ならばエンシェントドラゴンの本体を倒した方が、早くて確実。
骨の檻に捕らわれたリュウの直前で、急激に進路を変えます。
狙うは屍竜の巨体。
「神剣リースディア! わたくしに力を!」
右手に嵌められた黄金の腕輪。
神剣リースディアに呼びかけます。
すると腕輪は輝く粒子となり、両手に集まり始めました。
数拍の間を置いて、ずしりとした手応えを感じます。
前回の斬竜刀と同じく、今回もずいぶん重い武器に変化したものです。
神剣リースディアは、黄金色の巨大なハンマーへと姿を変えていました。
柄だけでざっと2mはあり、ヘッドの部分はわたくしの体よりずっと大きい。
重量も非常識なものですが、わたくしには身体強化魔法があります。
「【フィジカルブースト】、上限解放」
今のわたくしなら、リュウから魔力譲渡を受けなくても上限解放が使えます。
虹色の輝きを身に纏い、大槌を振りかぶりました。
跳躍し、エンシェントドラゴンの頭上から襲い掛かります。
「かつて神竜と呼ばれし、偉大なる古の竜よ。輪廻の輪から外れし、悲しき存在よ。あなたに安らかな眠りを。慈愛と安息の女神、ミラディースの祝福があらんことを」
ハンマーと化したリースディアを、力いっぱい振り下ろしました。
ヘッドが屍竜の頭頂部を捉えた瞬間、黄金色の閃光が迸ります。
次の瞬間、屍竜の巨体はバラバラに吹き飛びました。
ワンテンポ遅れて、洞窟床面に亀裂が走ります。
亀裂からも、黄金色の光が噴き出していました。
振り返り、リュウのいる方向を見ます。
突き刺さっていた骨の檻が、灰となって消えてゆくのが確認できました。
わたくしはリースディアを、ハンマーから腕輪に戻します。
「やりましたわ! リュウ! ……リュウ?」
リュウはぐったりと地面に伏せ、鱗は所々が黒く変色したままでした。
いけませんわね。
毒でも注入されてしまったのかもしれません。
でもこの場には、フクがいます。
聖女をも超える回復魔法を使いこなすにゃんこ精霊なら、解毒の魔法もお手の物ですわ。
「フク! お願い! リュウの毒を消して!」
「分かったよ! ご主人様はソフィアとランスロットが変な真似をしないよう、見張っといて」
そうでした。
ソフィア様とランスロット様は、わたくし達を妨害しようとしてきたのです。
リュウが体を乗っ取られるかもしれないという、危機的状況だったのに……。
思い出したら、腹が立ってきました。
どうやらおはなしをする必要がありそうですわ。
「計画」や「邪竜ドーズギール」など、気になる言葉もございましたし。
わたくしは2人に微笑みかけると、両拳を打ち合わせました。
ドラゴングローブの魔鋼が衝突し、ガキンと金属音が出ます。
それを聞いて、ソフィア様もランスロット様も後ずさりしました。
あらあら。
打ったりはしませんのよ?
わたくし、暴力は嫌いですし――
「ご……ご主人様……」
「分かっていますわ、フク。リュウの治療が済み次第、尋問を始めましょう」
「ダメだ……。遅かったよ……」
「……フク? 遅かったとは一体?」
きっと脳が、受け入れることを拒否していたのでしょうね。
フクの台詞で、何が遅かったのかすぐに察しました。
でも、認めたくなかった。
『グ……ググググ。素晴らしい。素晴らしい体だ。力がみなぎってくる。何千年も、待った甲斐があったぞ』
もう、振り向かないわけにはいきませんわね。
わたくしはゆっくりと、首を向けました。
――リュウが居た方向に。
そこに存在していたのは、漆黒の鱗を持つ巨竜でした。
牙の隙間からは、紫色の炎が漏れ出しています。
「そんな……。リュウ?」
『愚かな人族よ。我はもう、リュウ・ムラサメではない。――我が名はドーズギール。貴様らが、エンシェントドラゴンと呼んでいた存在だ』
妖しく輝く紫色の双眸。
もう、黄金色ではありません。
全身から、力が抜けました。
とても立ってはいられない。
わたくしは両膝を、地面についてしまいました。
『戦意を失ったか……。所詮人族など、その程度よ。ググググ……』
「おほほほ……」
エンシェントドラゴン……いえ。
ドーズギールのくぐもった笑い声に、女性の高らかな笑い声が重なりました。
「この瞬間を、待っていましたわぁ~! 邪竜ドーズギール、覚悟するのですぅ! 次期魔王の体ごと、アタクシ達に成敗されるのですぅ!」
……ソフィア様?
正気ですか?
わたくし達が戦っている最中も、隅っこで震えているだけだったのに。
ドーズギールに、勝てるおつもりなのですか?
「アタクシとランスロット様は、教皇猊下から密命を帯びてヴェリーナ達に同行していたのですぅ。神剣リースディアの回収など、建前に過ぎませんわぁ」
ああ、どうりで。
危険な魔境にまで同行するのは、不自然だと思いましたもの。
「目的はエンシェントドラゴン――邪竜ドーズギールとの接触。教皇猊下は、全てお見通しでしたわぁ。ドーズギールがリュウ・ムラサメの体を奪って、復活しようとすることは。1度復活しませんと、完全に滅ぼすのは無理だそうですわねぇ?」
そんな……リュウはドーズギールを滅ぼすために、利用されたというのですか?
フレデリック・デュランダル教皇猊下は、非道な行いなどしない方だと信じておりましたのに。
「邪竜ドーズギール! あなたはアタクシ達人族にとって、危険な存在。滅びなくてはならないのですぅ。ついでに次期魔王も一緒に滅ぼせて、一石二鳥ですわぁ。神聖国が大陸の覇権を握るためには、魔国と魔王は邪魔ですものぉ」
『ふむ。貴様達の目的は分かった。だが、どうやって我を倒すというのだ? そこで戦意喪失している人族よりも、貴様は遥かに弱いだろう?』
「アタクシ達には、これがあるのですわぁ。ランスロット様!」
ソフィア様の呼びかけに応じて、ランスロット様が前に進み出ました。
手には鞘から抜き放たれた、聖剣イネイブラーが握られています。
「おほほほ……。この聖剣イネイブラーにはあなたの力を封じ、従わせる効果があるのですぅ」
『ほう、面白い。人族が作ったナマクラで、我を従わせるだと? やってみるがいい』
聖剣イネイブラーを前にしても、ドーズギールは余裕を崩しません。
正直わたくしも、通用するとは思えませんわ。
「イネイブラー! 私に力を! 邪竜の力を封じ、従わせよ!」
ランスロット様の叫びに応じ、聖剣から帯状の光が放たれます。
ここまでは、虹色の砂漠で使用した時と同じ。
しかし――
「イネイブラー!?」
驚きの声を上げるランスロット様。
聖剣イネイブラーは、液体状に姿を変えました。
そのまま持ち主の体にまとわりつき、動きを封じてしまったのです。
「聖剣イネイブラー! 何をやっていますのぉ! 封じる相手はランスロット様ではなく、あっちの大きな邪竜――きゃああああーーーーっ!!」
液状化したイネイブラーは、ソフィア様にも伸びました。
そのままグルグルと巻き付き、ランスロット様の近くへと引き寄せてしまいます。
『……何をやっているのだ? 貴様らは?』
勝手に拘束されてしまったソフィア様とランスロット様。
そんなお2人を、ドーズギールは呆れたように見下ろしています。
「い……いやぁ……! 殺さないでぇ……。ドーズギール様ぁ……」
先ほどまでの強気な態度は何だったのでしょう?
ソフィア様は泣きじゃくり、鼻水を垂らしながら助命を嘆願していました。
ランスロット様も青ざめた表情で、何とか拘束を解こうともがいています。
――いけませんわ。
助けなければ!
このままだとお2人は……。
ですが、足に力が入りません。
「ひっ! ひいいいいーーーーっ!!」
ソフィア様の絶叫と共に、お2人は姿を変えました。
青い光の塊へと変化したのです。
光は猛スピードで邪竜ドーズギールへとぶつかり、吸い込まれてゆきました。
あっという間すぎて、助けに入る暇もありませんでした。
『……? 結局何だったのだ? 自ら我に吸収されたがったようにしか……。ほう? ただの雑魚かと思いきや、なかなかの力を秘めていたようだな』
ドーズギールは洞窟の天井を見上げると、顎を大きく開きました。
『暗黒の息吹』
紫色の炎が吐き出されました。
一瞬にして天井が蒸発します。
凄まじい熱と、瘴気の入り混じった余波が襲い掛かってきました。
熱はイフリータ・ティアが防いでくれますが、瘴気には無防備です。
フクが防御結界魔法で守ってくれなかったら、死んでいたかもしれません。
『やはりな。リュウ・ムラサメの体を奪った直後より、力が増している。これは得をしたな』
洞窟天井には、巨大な穴が開いていました。
少し日の光が差し込んでいます。
地表まで貫通しているのでしょう。
『さて。残されているのは、貴様らだけだな。憐れな人族と、小さき精霊よ』
エンシェントドラゴンの首が、ゆっくりとわたくし達の方を向きます。
このままでは、殺されるでしょうね。
ですが……。
もうどうでもいいことです。
「ご主人様! このままじゃ殺されちゃうよ! 戦うか逃げるかしないと! ……ご主人様?」
フクの声が、やけに遠く聞こえます。
逃げる? 戦う?
生き延びるために?
生き延びて、何になるというのです。
彼のいない世界で、生きていくなんて……。
耐えられそうにありません。
ああ、よい案を思いつきましたわ。
どうせなら――
「ドーズギール……。わたくしを食らってください」




