第105話 聖女は恐るべき真実を知る
そういえばわたくし、エンシェントドラゴンに尋ねなければならないことがあったのでした。
「お話の途中で失礼します。エンシェントドラゴンよ、わたくしの名前はヴェリーナ・ノートゥング。あなたの大嫌いな、忌々しい人族ですわ」
わたくしが会話に割り込むと、エンシェントドラゴンは眼窩の紫炎をより激しく燃やしました。
――怒っていますわね。
『……チッ! さっきからやたら臭いと思ったら、人族も一緒だったのか。何用だ?』
臭いのはご自分の腐臭では? と思いましたが、話が進まなくなりそうなのでスルーしてしまいます。
いま口にしなければならないのは、別のことですわ。
「質問があります。なぜあなたは、『人族を滅ぼせ』などと魔王候補者達に言ったのですか?」
『ググググ……。そんなことか。それが太古の昔より我が抱き続けた、悲願だからだ』
「そんなに人族を滅ぼしたいのですか? 一体どうして……? かつてあなたが神竜と呼ばれていた時代に、何かひどい目に遭わされたとか?」
『神竜……か……。ずいぶんと懐かしい呼び名よ。人族共も最初は我のことを神竜と呼び、崇めておった。だが、すぐに邪竜呼ばわりへと変わったがな……』
神竜から邪竜へ?
太古の昔に、何があったというのでしょうか?
人族が、エンシェントドラゴンを裏切った?
事実はどうなのかわかりませんが、少なくともエンシェントドラゴンはそう感じているのかもしれません。
『人族という種族は、どうしようもなく醜い……。この星から、消し去ってしまった方がよい存在だ』
「そんなことはねえよ。人族にだって、いい奴はいっぱいいる。ここに居るヴェリーナや、俺の親父だってそうだ。あんたがどれだけ『人族を滅ぼせ』と言っても、聞き入れられねえな」
リュウは耳のカフスに指をかけながら、きっぱりと言い切りました。
この場で竜化して、戦う覚悟もあるのでしょう。
『グッ……ググググ。最後の魔王は、なかなか血気盛んだな。それでこそ、長年かけて魔王選で育ててきた甲斐があるというもの』
育ててきた?
魔王選で?
意味深な言葉ですわ。
でも確かに魔王選の中で、リュウは強くなりました。
「まさか……。エンシェントドラゴン。魔王選というのは、戦いの中で竜人族を……」
『……ふん、勘のいい人族だな。察しの通りよ。競い合い、殺し合う中で、より強い種族へと進化させるための制度だ』
この場に居る誰よりも、リュウが衝撃を受けた表情をしていました。
当然でしょう。
自分達のリーダーを決めるために行われていたはずの魔王選が、より強いドラゴニュートを生み出すための実験場だと明らかになったのですから。
「聞いてて胸糞悪い話だぜ。だがよ、残念だったな。せっかく魔王選で強いドラゴニュートを生み出せても、そいつに人族を滅ぼす意志がなけりゃどうしようもねえだろ? 何千年かけた計画だか分からねえが、あんたの目論見は大外れだ」
『ほう? なぜ大外れだと言い切れる?』
「あんたは自分が強く育てたドラゴニュートに、ここで焼き尽くされるからだ。人族を――ヴェリーナ達を滅ぼすなんて、絶対にさせねえ」
闇を照らす閃光。
リュウが巨大な赤竜へと、姿を変えたのです。
洞窟の中なのに、この最下層はとても広いですわね。
全力戦闘形態で体を最大化したリュウでも、充分戦闘を行えそうな空間があります。
『やっぱ不死者には、これが1番だな。俺が火葬してやるから、いい加減成仏しな! フク! 今回は皆の保護、任せたぜ!』
「まかせてよリュウ! 全力でぶちかましちゃえ~!」
眼前に、フクの強力な結界魔法が展開されます。
まあわたくしはイフリータ・ティアがあるので平気なのですが、ソフィア様とランスロット様は余波で消滅してしまいますものね。
フクに守ってもらわなくては。
リュウ・ムラサメが放つ、全力の息吹からは――
顎から吐き出される、光の奔流。
一瞬で屍竜の巨体が、炎の嵐に包まれました。
暗闇に染まっていた洞窟内が、眩しく照らし出されます。
「あっつーーーーい!! 何をするんですのぉ! このバ火力トカゲーー!!」
ソフィア様の悲鳴で、鼓膜が震えました。
余波の炎が吹きつけてきますが、フクの強固な防御結界魔法が守ってくれています。
……にもかかわらず、肌がちりつくほどの熱量が押し寄せてきました。
イフリータ・ティアによる加護がないソフィア様とランスロット様は、相当熱いのかもしれません。
熱風と炎が渦巻く嵐の中で、リュウは緊張を解いてはいません。
もちろんわたくしも。
そしてフクもですわ。
ランスロット様は……。
「やったか?」などとおっしゃっています。
いけませんわ。
物語において「やったか?」は、やってない時のお約束なのです。
ほら。
炎の壁の向こうに魔力反応。
強大で、禍々しい魔力ですわ。
『グッググググ……。素晴らしいブレスだ。その力があれば人族を焼き払い、この星を浄化できる』
やはりエンシェントドラゴンには、ブレスが効いておりません。
炎の向こうで、巨大なシルエットが動きます。
ほとんど骨だけになった翼をはためかせると、炎の嵐は全て掻き消えてしまいました。
くっ……。
何ということでしょう。
元がボロボロに朽ち果てているので判断が難しいですが、エンシェントドラゴンは全くダメージを受けていないようです。
……あら?
よく見ると薄い黒色の光が、半球状にエンシェントドラゴンを覆っています。
防御結界魔法のようなものでしょうか?
あれがリュウのブレスを防いだとみて、間違いなさそうです。
『ケッ! だから言ってんだろ? 俺は絶対に、人族を滅ぼしたりなんかしねえとな』
『貴様の意思など関係無い。我が欲しいのは、強きドラゴニュートの肉体のみ』
ぞわりとした感触が、背中を走り抜けました。
エンシェントドラゴンは気が遠くなるような年月をかけて魔王選を繰り返させ、ドラゴニュート達を強化してきました。
それは何のために?
この星から人族を排除するためとは言っても、強く育てたドラゴニュートが言うことを聞いてくれるかは分かりません。
現にリュウは、エンシェントドラゴンに牙を剥きました。
こういう状況を、想定していないはずがありません。
――欲しいのは、強きドラゴニュートの肉体だけ。
その意味を理解したわたくしの中で、恐怖が爆発しました。
「リュウ! 逃げ……」
言い終わる前に、大地が爆ぜました。
リュウが居る周辺の床です。
『ガアッ!』
念話魔法を通じて届く、苦悶の声。
鮮血が飛び散り、洞窟の床を叩きました。
巨大なレッドドラゴンの姿をしているリュウ。
そのリュウが、さらに巨大な檻に捕らわれていました。
骨でできた檻です。
骨は大地から円周状に飛び出して、リュウを取り囲んでいました。
そのうち何本かは、鋭く尖った先端をリュウの鱗に食い込ませて。
骨が刺さったところから、リュウの鱗が変色してゆきます。
紅玉のように赤い鱗から、闇夜を連想させる黒色に。
『ググググ……。いただくぞ。当代最強ドラゴニュートの体をな』
――やはり!
エンシェントドラゴンは、魔王選で育てたドラゴニュートを乗っ取るつもりだったのですわ。
いちどは死んで、朽ち果てつつある自分の体。
その代わりにするために。
『ぐふっ! 何だ? 体に力が……入らねえ……』
『貴様らドラゴニュートの力は、我に効かぬ。そういう風に作った』
――作った?
確かにエンシェントドラゴンは、ドラゴニュートの始祖という説もあるそうです。
しかし作ったというと、意味合いが違ってくるような気がします。
「リュウ! 待っていて下さい! すぐ助けに……」
身体強化魔法を発動。
リュウへと近づき、骨の檻を破壊しようとした瞬間でした。
わたくしは何かに、行く手を塞がれてしまったのです。
「くっ! これは……。結界魔法!」
光の壁に衝突し、後ろによろめきます。
かなり強固な結界魔法です。
一瞬、エンシェントドラゴンが使った魔法なのかと思いました。
しかしこの魔法から感じる魔力は、古代竜のものではありません。
「おほほほ……。アタクシ達の計画を、邪魔はさせませんわぁ! ヴェリーナ・ノートゥング! あのトカゲがエンシェントドラゴンに乗っ取られるところを、大人しく見ていなさぁい」
「ソフィア様!?」
そんな!? どうして彼女が!?
愕然としていると、茶色い物体が飛んできて床に叩きつけられました。
「ぎにゃっ!」
「フク!」
フクが飛んできた方向を見れば、ランスロット様が立っていました。
鞘に納めたままの聖剣を、振り切った姿勢です。
ひどい!
あれでフクを叩いたというのですか!
「にゃんこも大人しくしているのですわぁ。見なさぁい、……邪竜ドーズギールの復活ですわぁ」
――ドーズギール?
それがエンシェントドラゴンの、本当の名前?
よく知っているメイドの家名と、同じ名前ですわ。
これは偶然なのでしょうか?
――いえ!
今はそんなことを、考えている場合ではありません。
リュウがエンシェントドラゴンに取り込まれることを、なんとしてでも阻止しなければ!
わたくしは、身体強化魔法の出力を上げました。
ソフィア様が作り出した光の壁を、前蹴りで粉砕してしまいます。
一刻も早く、リュウのところへと駆けつけなくては!
「リュウ~!!」
【フィジカルブースト】の魔法で加速したわたくしは、自分の叫び声を追い越しました。




