第100話 聖女は魔王と踊る
「俺は魔王になんて、なる気はねえ。オフクロが続投しろよ」
リュウは渋面を作りながら、ルビィ様にそう訴えます。
しかし幼女魔王様は、残念そうに首を横に振りました。
「そうしたくてもできぬ。古代竜エンシェントドラゴンが、妾の退位を決定したのじゃからな。力を封印されては、どうしようもなかろう」
「そんな……マジかよ? 俺が魔王になっちまったら、ヴェリーナとの結婚はどうなる? ミラディア神聖国の田舎に家を買って、2人でひっそりと暮らす計画だったのによ……」
「この国に、嫁いできてもらえばよかろう? 妾は大歓迎じゃ! ヴェリーナのことは気に入ったぞ!」
ルビィ様が、腰に抱きついてきました。
そのままスリスリと頬ずりされます。
やっぱり可愛い――
「リュウ。わたくし、魔国に嫁いでも構いませんわ。こんなに可愛らしいお義母様と暮らせるなんて、楽しそうですもの」
頭を撫でると、ルビィ様はとても心地よさそうに目を閉じます。
――ハッ!
これって失礼には当たらないのでしょうか?
外見は幼女でも、ルビィ様はわたくしよりずっと年上なのです。
でもまあ……。
ウットリしておられるので、ヨシなのでしょう。
どうやら肉体年齢だけでなく、精神年齢まで若返っていらっしゃるようです。
「ヴェリーナとオフクロ、ベタベタし過ぎじゃねえか?。ちょっと妬けてくるぜ。ヴェリーナは、俺の番だっての」
不貞腐れ気味な視線を、ルビィ様に向けるリュウ。
あらあら。
ひょっとして、嫉妬ですの?
相手はお義母様ですのに。
うふふ……。
独占欲剥き出しで拗ねるリュウもまた、可愛らしいですわね。
「まったく。出会ったばかりなのに、仲のいいこった。種族差とか生まれ育った国の差とかを心配していた、俺が馬鹿みてえだ。……おっ、そういえばオフクロ。夢で聞こえたっていう、エンシェントドラゴンの声についてなんだけどよ」
そこで少し、リュウは言い淀みます。
わたくしの方を、ちらりと盗み見てもいました。
「エンシェントドラゴンの声は、他に何か変なことを言っていなかったか? 例えば……その……何かをどうかしろとか……」
抽象的過ぎて、さっぱり要領を得ません。
ルビィ様も、何のことやら全然分かっていないようです。
ですがわたくしには、何を尋ねたいのか分かってしまいました。
別に気を遣わなくても、構いませんのに。
「『人族を滅ぼせ』と言っていなかったか。リュウはそれを知りたいのでしょう?」
ぎょっとした表情で、リュウは見つめてきます。
わたくしの膝上に戻ってきていたルビィ様は、あっけらかんと答えました。
「そういえば昔、そんな声を聞いたこともあったのう。『うるさい! 黙れ!』と答えたら、それ以来聞こえなくなったのじゃ」
……さすがは魔王様。
夢の中の出来事とはいえ、かつて神竜と呼ばれたエンシェントドラゴンを一喝して黙らせるとは。
しかし、なぜ?
なぜエンシェントドラゴンは、「人族を滅ぼせ」などと……。
その言葉を聞いたのは、リュウ、ルビィ様、シュラ様のお父上であるセス・クサナギ、ミツキ……。
もう確認することはできませんが、オーディータ様も聞いていた可能性が高いですわね。
共通することは、魔王だったり魔王の候補者であったことでしょうか?
これだけでは、まだ判断できない。
不明なことが多すぎますわ。
「ルビィ様。エンシェントドラゴンの亡骸は、魔境の奥深くに横たわっていると聞いております。その具体的な位置を、教えていただけないでしょうか?」
幼女魔王様は金色の瞳をスウッと細め、わたくしを見上げてきました。
「ほう? ヴェリーナはエンシェントドラゴンの亡骸に、直接会いに行くつもりじゃな?」
「ええ。『人族を滅ぼせ』などという物騒な発言。その真意を、問いただしてきますわ」
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――その晩、宴が催されました。
リュウの帰還祝い。
わたくしとフクの歓迎会。
それらを兼ねた大宴会です。
豪華絢爛な魔法灯シャンデリアは、夜の城内を真昼のように照らしていました。
魔王城の広大な広間に、これでもかと敷き詰めらた料理の数々。
お酒も沢山用意されておりました。
ルビィ様は、のんべえさんらしいです。
「酒じゃ! 酒じゃ!」とはしゃぎながら、酒瓶を給仕さんから受け取ります。
ところがリュウがその酒瓶を、ひょいっと取り上げてしまいました。
「幼女の体で酒なんて、ダメに決まってんだろ?」
「何をするんじゃ馬鹿息子ー! 母の楽しみを奪うとは、親不孝者めー!」
ぴょこぴょこ跳ねながら、酒瓶を取り戻そうとしていたルビィ様。
ですがリュウとは、圧倒的にリーチが違い過ぎます。
頬を膨らませながら、渋々と諦める様は可愛らしいですね。
ルビィ様がお酒を飲めないのなら、わたくしが代わりに……。
「ヴェリーナもやめとけ。こっちにしな」
「あーん。わたくしもう、成人ですのに。無茶な飲み方なんて、しませんのに」
わたくしも、酒瓶を取り上げられてしまいました。
代わりに渡されたのは、人の頭ほどもあるココナッツの実。
中の果汁を啜る、ココナッツジュースですわ。
……ふむ。
お酒が飲めないのは残念ですが、ジュースもまた美味しい。
魔王城の方々は、心からリュウの帰郷を喜んでいる方が多いですわね。
番であり婚約者である、わたくしも歓迎されているようです。
次々と挨拶に来てくれました。
宴が進んで行くと、やがて音楽が鳴り響き始めました。
風を思わせる、自由で爽やかな笛の音。
聴いているだけで体が踊り出す、楽しい太鼓のリズム。
「ダンスの時間じゃ! 踊るぞ、ヴェリーナ!」
「おい! オフクロ! ヴェリーナは最初に俺と……」
「行動が遅い奴が悪いのじゃ!」
ルビィ様はわたくしの手を引き、宴会場の中心へと連れ出してしまいました。
「あのう、ルビィ様。わたくし火竜領の踊りは、あまりよく分かっていなくて……」
「ミラディア神聖国の社交ダンスみたいに、決まったステップや振り付けはない。音楽に合わせて、心の赴くままに舞うのじゃ」
「はぁ……。それにしても、わたくしとルビィ様では身長差がありすぎます。一緒に踊るのは、無理があるかと……」
「心配には及ばぬわい。……ぬん! 退け! 古代竜の呪いよ! 妾と義理の娘の楽しいひと時を、邪魔するでないわ!」
宣言と共に、ルビィ様の体内で魔力が爆発的に高まってゆきます。
竜人族達が竜化する時のような、閃光が走りました。
光が収まったあと、正面に立っていたのは妖艶な美女。
背もわたくしより少し高く、色んなところがバインバインです。
このお姿は、肖像画で拝見したことがあります。
魔王ルビィ様、大人モードですわ。
「ヴェリーナ、呆けてる場合ではないぞ。この姿に戻れるのは3分間。その間、楽しく踊ろうぞ」
踊り子風衣装のルビィ様は、実際の踊りも素晴らしい腕前でした。
激しい情熱的なステップ。
流れる水のごとく、変幻自在にくねる全身。
見ているだけで、吸い込まれそう。
「ほれほれ、ヴェリーナも。頭で考えず、本能に身を任せるのじゃ」
言われてわたくしも、音楽に乗り始めます。
決まったステップや、振り付けはないとのお話でした。
ですが最初はルビィ様や、周りの踊り手達の動きを真似してみます。
わたくし、他人の動作を観察して再現するのは得意なのです。
レオンお父様から、体術を教わっていた効果でしょう。
「ほっほー! 良いセンスをしておるな。その調子じゃ」
未来のお義母様に褒められて、思わず笑みがこぼれてしまいます。
火竜領の踊りは、わたくしに合っているようです。
ダイナミックな動きは、各種格闘技に共通するものがある。
あとはそれを、音楽に乗せて行うだけ。
とても自然に、体が動きます。
ミラディア神聖国の社交ダンスは、家庭教師の先生を苦笑いさせるような出来栄えでしたのに……。
わたくしの踊りに触発されたのか、ルビィ様の踊りもますますキレと激しさを増します。
周囲を炎の玉が飛び回り始めました。
これは火の魔法を使っていますわね。
大人の姿に戻った時は、魔法も使えるようですわ。
艶やかな炎のダンスが最高潮に達したところで、突然ポンと音がしました。
同時に煙が立ち込めます。
「……時間切れじゃ」
煙が散ってしまったあとに残されていたのは、幼女モードに戻ってしまったルビィ様。
「い……いかん。力を使った反動で眠気が……」
眠たそうに金色の瞳をこするルビィ様を、リュウが軽々と抱き上げてしまいます。
「……ったく。いい歳して、しょーがねえ魔王様だな。ほれ。いい子はもう、寝た寝た」
「ふわぁ……、馬鹿息子……、母をお子様扱い……するで……ないわ……」
眠気が限界に来ていたルビィ様は、リュウ様の腕でコテンと眠りに落ちてしまいました。
すぐに侍女さん達がやってきて、ルビィ様を寝室に運んで下さいます。
「さて、子供は寝かしつけた。あとは大人達だけで、夜を楽しもうぜ」
そう言ってわたくしの手を取ると、リュウも華麗に踊り始めます。
いつの間にか、会場中の視線がわたくしとリュウのペアに集まっていました。
フクが魔法で色とりどりな光線を飛ばし、踊りを演出してくれています。
わたくしもそれに応えるべく、さらに振り付けを過激にしていきます。
身体強化魔法を発動。
宙返りを入れたり、大胆に前後開脚して床にペタっと張り付いてみたり。
リュウの股下を、滑りながらくぐり抜けたりもしました。
振り付けのひとつひとつに、歓声が巻き起こります。
ラストは竜巻のような高速スピンを決め、リュウの腕の中でがっちりホールド。
曲がピタリと終わり、フィニッシュですわ。
一瞬の静寂。
そしてすぐに大歓声が巻き起こります。
「魔王様」、「魔王妃様」と――
「だから俺は魔王にならねえし、ヴェリーナも魔王妃にはならねえっての」
迷惑そうな台詞を口にするリュウでしたが、その表情は照れたような笑顔でした。
わたくしもこの国に受け入れてもらえたような気がして、正直嬉しかったのです。




