第10話 聖女は何かやっちゃいました? (1)
フリードタウンに来て、初めての朝――
長屋の扉を開けて外に出ると、周囲の草が露に濡れていました。
朝日を反射してキラキラと輝き、とても綺麗。
なんだかわたくしの新しいスタートを、世界が祝福してくれているような気がします。
今日はリュウ様と一緒に、冒険者ギルドへと行きます。
いよいよ新人冒険者として登録し、働き始めるのです。
「おはよう、聖女様。昨夜は、よく眠れたか?」
隣の部屋のドアが開き、リュウ様が出てきました。
「おはようございます、リュウ様。わたくし今日からもう、聖女ではありませんわ」
「いや~。でも、その恰好はなぁ。少し冒険者寄りにはなったけど、まだまだ充分聖女っぽいぜ? とても、よく似合ってる」
今わたくしが着ているのは、お母様がミランダに持たせて下さった法衣。
教会の聖女服と似たデザインにはなっているのですが、色は白ではありません。
目が覚めるような、青色です。
スカートには深いスリットが入り、動きやすさは格段にアップ。
その下にはズボンを穿いているので、躊躇なく足技を繰り出せます。
「そのグローブだけは、聖女っぽくないな。でも、すげえカッコイイぜ」
これも服と一緒に、お母様が送ってくれたもの。
わたくしは胸の前で、グローブを軽く打ち合わせます。
衝突部分に埋め込まれた魔鋼同士が嚙み合い、ガチン! と金属音を鳴らしました。
「このグローブは、お父様の形見ですわ」
父、レオン・ノートゥングは剣聖。
戦場では、神剣リースディアを振るう剣士でした。
しかし手を保護するために、このグローブも愛用していたのです。
「指が出ているのは、掴み技をしやすくするためか?」
「ええ、そうです。革製ですが、防御力はとても高いんですのよ」
「へえ。その赤い革、どんな魔獣のもよを使っているんだ?」
「赤竜ですの」
ドラゴンの鱗は1枚1枚が大きく硬いので、大部分はこういう革製品として扱えません。
ですが鱗が細かく、しなやかな部位も存在します。
そういった部位は加工して、蛇革やワニ革のように革製品化できるのです。
――とても、高価にはなってしまいますけど。
「れ……赤竜か……」
リュウ様が、複雑な表情をされています。
赤竜に、何か嫌な思い出でもあるのでしょうか?
そういえば昨日、緑竜種のエルダードラゴンと戦った時、
「赤竜種の火炎に比べたら、緑竜種のブレスなんざ子供の火遊びよ」
と、仰ってましたわね。
やはり、何か因縁が?
いつか、訊いてみましょう。
「リュウ様。ギルドへ向かう前に、ちょっと準備運動をしてもよろしいですか?」
初めての服装で、どれだけ動けるか試しておく必要があるでしょう。
リュウ様は快く了承し、見物のために長屋の壁へと寄りかかりました。
それでは、早速――
わたくしは眼前に、敵の姿を想像しました。
細かくステップを刻み、仮想の攻撃をかいくぐりながら様々な軌道の拳打を放ちます。
闘技場の拳闘士達が行う、シャドーボクシングという訓練法です。
続いて行うのは極東の島国より伝来した格闘技、空手の型稽古。
決められた順序通りに移動しながら、突き、蹴り、受けや払いを繰り出しました。
最後に上段蹴りを放った姿勢で、ピタリと静止します。
いいですわね。
とても動きやすい。
服の機能性に満足していると、拍手の音が聞こえました。
見物していた、リュウ様からですわ。
「聖女様って、身体強化魔法なしでもそんなに動けるのか。体術は専門じゃねえが、かなりの使い手だっていうのは俺でも分かるぜ」
「実は魔法より、体術の方がずっと経験が長いんですの」
わたくしが本格的に魔法修行を始めたのは、聖女見習いになった10歳から。
それに比べて体術の修練は、物心つく前から行っておりましたの。
修練――というより、お父様と遊びの一環として。
お父様は剣士でしたが、無手の格闘術も研究していました。
戦場で剣を折られたり、落としたりで使えなくなった時のためにだそうです。
賭け試合が盛んな拳闘。
極東の島国由来の武術、空手・柔道。
異界より来た覆面の勇者が広めたという、興行と格闘技が融合したプロレス。
それらの技を取り入れ、娘のわたくしにも教えて下さったのです。
教会に入ってからも魔法修行や勉強の合間に、シャドーボクシングや型稽古をして気分転換を図っておりましたの。
「さて。準備運動は、もういいのか?」
「はい。それでは、行きましょうか」
わたくしはリュウ様の近くに駆け寄ったのですが、なぜかススッと距離を取られてしまいます。
そ――そんな。
わたくし何か、嫌われるようなことをしたのでしょうか?
一瞬ヘコみましたが、すぐに距離を取られた理由が分かりました。
長屋のドアが少し開き、中からミランダがリュウ様を睨んでいたのです。
ドラゴンでも逃げ出しそうな、強い殺気を撒き散らしながら。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「なあ、新人の聖女様よぉ」
「はい、なんでしょう? 先輩のリュウ様?」
「本っ当にそれ、丸ごと全部持って帰るつもりか?」
わたくしは冒険者として最初の依頼を受注し、小さな村へとやってきていました。
フリードタウンから、距離はそんなに離れておりません。
リュウ様が新人教育係を買って出てくださり、2人で魔獣討伐です。
わたくしの背後には大きな牛の魔獣、エビルバッファローが地面に横たわっています。
ちょっとばかり大きくて重いので、持ち帰るのが大変ではないかとリュウ様は心配してくださっているのです。
しかし、わたくしは全部持ち帰りたい。
素材を換金したり、お肉を食べてしまわないと、奪った命に申し訳ありません。
エビルバッファローのお肉って、とても美味しいという評判ですし。
村人の皆さんに食べてもらおうかとも思いましたが、エビルバッファローは解体経験のある者がいないとのこと。
やはりギルドまで持ち帰らないと、無駄になってしまいます。
本当は、こんなに大きな魔獣を狩る依頼ではありませんでした。
畑の作物を荒らす小型の魔獣を排除するという、新人に相応しい簡単なお仕事のはずだったのです。
しかし現場に行ってみれば、小型の魔獣はもっと大きなエビルバッファローに食べられて全滅しておりました。
「ギルドへの依頼内容を変更しなければ」と焦る村人達を尻目に、わたくし達はサクッと牛型魔獣を狩ったのですわ。
リュウ様が土魔法で地面を掘って足止めし、わたくしが拳で眉間を1撃。
苦しまないように、即死させました。
昨日のエルダードラゴンみたいにバラバラになってもいけないので、身体強化魔法の出力をコントロールしながら。
「そういやよ……聖女様は身体強化魔法を使ったあと、筋肉痛にはならねえのか?」
「……? いいえ。なったことは、ありませんが」
「マジかよ? 普通は、酷い筋肉痛に襲われるもんだけどな」
そういえばお父様も、身体強化魔法を使った翌日は痛がっておられました。
お母様に甘えて、回復魔法をかけてもらっていたのを憶えています。
「仕方ない人ね」
とか言いながら、お母様も楽しそうでしたわね。
実はわたくし、14年間の人生でいちども筋肉痛になった経験がありませんの。
お父様に話したら、驚いておられました。
お母様は原因が思い当たるらしく、
「なるほど……。そういうことなのね……」
と、何やら納得されていましたが。
「それじゃ、そろそろ引き上げるがよ……。本当に、担いで帰るんだな? 大丈夫なんだな?」
「ええ。エビルバッファローの体重は、せいぜい2tぐらいでしょう? 大きくて、担ぎにくいというのはありますが……えいっ!」
身体強化魔法を発動させたわたくしは、魔獣の巨体を頭上へと担ぎ上げてしまいます。
見物していた村人たちが、「おおっ!」と歓声を上げました。
怪力を怖がられないかちょっぴり不安だったのですが、みなさん割と好意的なようです。
二足歩行する巨大鳥ルドランナーに跨ったリュウ様と共に、わたくしは村を後にします。
「聖女様~! 魔道士様~! また来てください~!」
「今度来るときは、歓迎の宴を開かせてくだせえ~!」
「聖女様~! どうか、ウチの孫の嫁に~!」
背後から聞こえる村人たちの声が、あっという間に小さくなっていきます。
わたくしもリュウ様のルドランナーも、馬以上のスピードで走っているから当然ですわね。
次に来るときは、もう聖女ではないと言い聞かせないといけません。
聖都ミラディアで人気になっている小説の真似をして、「わたし、聖女じゃありませんから」とでも言ってやりましょう。
「思ったより、時間がかかっちまったな……」
「リュウ様、大変ですわ。このままでは、ギルドの窓口が閉まってしまいます」
草原の彼方に、太陽が落ちつつありました。
なんとか今日中に、このお肉――
エビルバッファローを、ギルドにある大型冷凍庫に入れてしまいたいものです。
氷の魔法を活用して低温に保たれているあそこなら、お肉の鮮度も維持できるというもの。
仕方ありませんわ。
このままリュウ様と、並走して帰りたかったのですが――
「わたくし先に帰って、エビルバッファローの引き渡しを済ませておきますわね」
「先に帰るって、まさかここからさらに……」
「スピードアップですわ。それでは、お先に失礼します」
わたくしは、身体強化魔法【フィジカルブースト】の出力を上げました。
リュウ様とルドランナーの姿が、一気に後方へと飛んでいきます。
実際には、わたくしが加速したのですけれども。
むう。
風の抵抗が大きくなって、走りにくいですわね。
それでも強引に大気の壁を突き破りながら進んでいると、なんだか慣れてきてしまいました。
その後わたくしは、なんとか窓口が閉まる前にフリードタウン冒険者ギルドまで帰還することができました。
新人のわたくしが大物を倒したせいか、ギルドは大騒ぎです。
「先輩のリュウ様が、的確な援護をして下さったおかげですわ。わたくしだけの力ではございません」
ギルドマスターのママさんにそう告げたら、なぜか呆れ顔をされてしまいました。
「そういう問題じゃないのよぉ。倒したことも凄いけど、運搬方法がねぇ……」
周りにいた冒険者の皆様も、ママさんに同意してウンウンと首を縦に振ります。
わたくし、何かやっちゃいました?
聖都で大人気の小説、「わたし、聖女じゃありませんから」はこちら。
https://book1.adouzi.eu.org/n2195gj/
もちろん、長月 おとさんから許可を得て書きましたとも。
【聖ドラ】は、長月さんからの圧ry……リクエストにより連載化された作品です。




