2-34 屠殺
この街の中心部まで馬車で運んでくれた牧場の女性は、今日もやはり馬車に乗っていた。
「皆さん、この宿にお泊りですか?」
「ええそうです。ええっと。実は色々込み入った状況で。領主様の案件に巻き込まれてしまいまして」
「そうなのですか? それは大変ですね……」
僕たちはこんな高い宿に泊まるような財力を持っていない。
カミリアさんがそれを不思議そうに思っていたらしく、シャロが簡単に説明した。
あまり突っ込まれると説明が面倒なんだけどな。
「では宿代は領主様持ちということですか?」
「ええ。そうなります。色々面倒なことがあって。……カミリアさんはお仕事ですよね?」
話を逸らすために、シャロは逆に質問をする。
「はい。この宿に肉の提供をするために」
返事をしながら、カミリアさんは馬車の荷台をちらりと見る。
生きた牛は乗っていない。その代わり、大小の箱が置かれていた。
箱の中身は肉ではなくチーズとかバターとか。牛はこの前乗せてもらった時のように、生きた状態で載せられていたはず。
「納入した後ですか? 牛が載ってないですし」
気になったから尋ねた。
「いいえ。これからです。……街の中に屠殺場を持っていまして、職人さんがそこで牛を屠ります。生きたままこの手の宿屋に納入することはないですよ」
「宿屋の厨房で屠殺は面倒ですものね。この手の高級な場所なら余計に。お客さんの目に留まると面倒ですし。それでも屠殺後すぐに店に納入するためには、こういう方法を取るのだと思いますよ」
シャロが補足してくれた。
なんとなく納得できた。牧場で殺してここまで持っていくと、時間もかかるし味が落ちるかもしれない。
生きたまま運んで街の中で屠殺した方が新鮮とか、そんな理屈。
食べるのはお金持ちで味を追求するような人たちだから、少しでも新鮮なうちに調理したものを食べたいとか、そんな需要があるのかな。
けどお金持ちは同時に、牛が殺されるところなんか見たくないのかも。
だから屠殺専用の施設を持っている。
勝手な話とは思うけど、妙な金を持ってると変なこだわりも持ってしまうのはよく知っている。
「その屠殺場ってカミリアさんの牧場が持っているんですか?」
彼女はさっきも、持っているという表現をしていた。
牧場が屠殺場を持ってるのは珍しくないけど、普通は牧場の敷地内にあるはず。
離れた場所、しかも土地代のかかりそうな街中にあるのは珍しいと思ったから。
「ええ。そうですよ。この宿屋や、他のお金持ちの家に納入するようになってから、需要に応えて持つことになりました」
なんだろう。この違和感。
その正体がなんなのか、今すぐにはわからなかった。
「そうですか。新鮮さが大事な商品なら、ここで待たせるわけにはいきませんね。わたしたちも後でいただくと思います」
「カミリアさんのおにく、たのしみ」
シャロの言うとおり、引き止めるのも悪い。僕たちの背後に立っている城の職員も所在なさげだし。
さすがにこの前と同じ部屋ってわけじゃないけど、同じ大きさ同じ内装の部屋に通される。
居心地が悪いわけじゃないけど。
「それで、これからどうする? なにかあるまで待機でいいの?」
ベッドの上に座りながらヒカリが尋ねてくる。
倒すべき相手をこっちから探すのはひとつの手だ。だけど、遅かれ早かれ奴らは姿を表すはず。
ヘテロヴィトが街中で潜伏し続けるのは困難なはず。
城の兵士に探されていずれ見つかるならば、向こうから仕掛けて状況を打破しにかかることはありえる。
誘拐されたフレアの行方はわからない。それも探されるだろう。手がかりはないし、僕たちが下手に動く意味はあまりない。
だから、今のところは待機でいいはず。
「そっかー。わかった。じゃあ待機で」
どこか残念そうな口調で言いながら、ヒカリはベッドに仰向けで寝転がる。なにか含みのある言い方だ。
「探しに行きたいの?」
「んー。ちょっとだけ。ヘテロヴィトが暴れるとしたら、また誰かが犠牲になるかもって。別に生意気なお金持ちが怪我するのは大して気にならないけど、誰かが死んで悲しむことは避けたいかなって。ほら、魔法少女としてというか、姉としてというか」
魔法少女としての戦いを一度怠けた結果、ヒカリの弟は死んだ。
そのことを気にしているのかも。
「それにフレアは誘拐されてるわけじゃん? 攫った意味もわからないから、無事か心配だなーって。あいつだって、ムカつく金持ちとはいえ、誰かの娘だったり、妹や姉だったりするから」
「そうだよね。じゃあ、探しに行く?」
「うーん。でも手がかりがないからなー」
「結局どうしたいのよ」
どっちつかずの態度にリーンは呆れた声を出すけど、ヒカリの気持ちは僕にもなんとなくわかる。
闇雲に動いていいのかってことだ。
「手がかりは大事ですよね。探すにしても、今の状態だと成果は見つかりにくいです。ヘテロヴィトが潜伏してそうな場所、フレアさんが連れて行かれそうな場所を推測するところから始めましょう」
「シャロは、どう思っているの?」
「わたしてすか?」
ライラに尋ねられて、シャロは少しだけ考える様子を見せた。それから。
「食事にしませんか? お腹もすきましたし。続きは食べながらお話しします」
直後、シャロのお腹がぐうと鳴った。
わからないから話を逸したのではなくて、本気で空腹だったのかも。
街に来て以来、不規則な生活をしていた。今日だって、長い間食事をしていない気がする。




