1-40 政略結婚
「この街に、咆哮同盟のクラウスという名を知っている人間はいないはずです。だから奴はパブロに恐怖を与えるために、署名をするのをためらわなかった。しかし私がこの街にいたのが誤算でした」
ニヤリと、シャロはどこか邪悪さすら感じさせる笑みを浮かべていた。
「兵士の皆さんに、クラウスと思しき人間がいれば門から出さないようにお願いしました。私にはそんな権限はありませんが、犯人の目星がついたと言えば聞いてくれました」
咆哮同盟に詳しい人間からの助言だから、兵士たちも聞いてくれたのだろう。パブロの捕縛と馬の怪物の討伐の立役者でもあるし。
「背の高い男で、瞳の色は鮮やかな青です。色白で痩せた男。昨日から今日にかけて、そのような男が街から出たという情報はありません。なのでまだ街にいる可能性が高いです。馬のヘテロヴィトが討伐された今、この街にいる意味はなさそうですが」
「ああ。それなんだけど」
ヒカリが、さっきライネスにもした説明を繰り返す。狼のヘテロヴィトも森に潜んでいるかも。シャロはこくこくと頷いた。
「ありえますね。ヘテロヴィトが二体も住んでいる森なら、同盟は人員を近くの街に常駐させるでしょう。クラウスもまだ、この街にいる可能性が高い」
「探すの?」
「もちろんです。しかし、先にヘテロヴィトの討伐を優先すべきですね。人的被害が出やすいのはそちらなので」
本当はクラウスを捕まえたい気持ちの方が強いだろうに。シャロはきっぱりと言い切った。
じゃあ、ライネスが書類を作成して依頼が出るまでにリーンとも合流しよう。
ところがギルドから出ようとした所で、さっきと同じようなことが起こった。
リーンの方からこっちに来た。しかも相当慌てて、息を切らして。
「た、助けて! ギル助けて! 匿って!」
「ちょっと、リーンどうしたのさ!?」
「追われてるの! 家族に! なんか、なんか結婚しなさいって言われて!」
うん。事情がさっぱりわからない。
落ち着かせて話しを聴けばこうだ。
嫌々ながら実家の屋敷に帰ったリーンは、父の書斎に呼び出された。
この父親だって大規模な商会の会長なわけで。多忙だろうから挨拶だけして帰りますねでは! とリーンは即時の退散を試みたらしい。
けど引き止められた。大事な話があると。お前に縁談の話が来ていると。
相手は街一番の魔法家の名門、ラトビアス家の嫡男、ガイバート・ラトビアス。
「えっと。つまり?」
「僕の兄だよ、ヒカリ」
「ああ。ギルのこと嫌ってて悪く言う、嫌な奴だっけ」
「まあそうかな」
間違ってはいない。けど、どうして急にそんな縁談の話が来たのか。
「どうもお父さん、あの商人の顧客だった家の引き抜きにさっそく動き始めたらしいの」
「ああ……それで、両家に繋がりを作るために政略結婚を」
僕の家はあれでも、街有数の実力者で金持ち。リーンの家だってお得意さんにしたいだろう。大きな利益が出るだろうから。
だから政略結婚。両家の子が婚姻関係を持てば繋がりが強くなる。お互いに街の有力な家と繋がれるという意味で、利点しか無い結婚だろう。
本人の意志は別として。
一応、両家の子供たちは幼い頃からお互いを知っているという関係はあるけど。
「もちろん、あたしとしてはそんなこと認められないわ。だから言ってやったの」
「だろうね。リーンの性格的にそうだろうね。お断りしますって言ったよね」
「ギルとなら喜んで結婚しますって」
「なんでそうなるのかな!?」
「だって。ガイバートとか絶対無いから。あんなのと結婚とか無理よ。それよりはギルみたいに、頭が良くてかっこいい男と痛たたたた!」
「あのねマリリーン。万一ギルと結婚したら、ギルは大嫌いな家に連れ戻されて一生そこに閉じ込められるの。せっかく冒険者として生活できてきたのに。それをわかってるのかな、マリリーン?」
「ごめんごめん! あたしが馬鹿でした許して! お父さんもそれは許さなかったし!」
ヒカリがリーンの頬をつねりながら言い聞かせる。それはやめさせたけど、ヒカリの言う通りだ。
両家の関係を深める婚姻なら、夫婦は当然家にいないといけない。
それは絶対に嫌だ。幸いにして、リーンの提案は却下されたようだけど。
「お父さんってばギルのこと、魔法家の面汚しとか生きてる意味が無いとか、ひどいこと言うのよ? 自分だって魔法使えないくせにね。だから言ってやったの」
「今度は何を言ったの? また話をこじれさせることじゃないよね?」
「違う違う。この分からず屋がーって言いながらお父さんの顔を殴って、その後投げ飛ばして机の上に背中から叩きつけてやって、止めようとした執事たちの制止を振り切ってここまで逃げてきました」
悪びれずに言い切った。なんと実力行使してしまったらしい。
「リーン、すごい。おとうさんをなぐるの、ふつうはできない」
「でしょー? ライラちゃんは偉いね。素直に人を褒められて」
「えへへー」
「いやいやいや。それはまずいよ。お父さん、すごく怒ってるんじゃないの?」
「そうね。困ったわ、ギル。今頃使用人を総動員させて、あたしを探してるでしょうね」
だから匿ってと言ったのか。とはいえ隠し場所なんて思い浮かばない。というかリーンが逃げたとして、どこから探せばいいかなんて家は把握している気がする。
「やはりここにいらっしゃいましたか、マリリーン様!」
「げ」
やっぱり、まずはギルドから探すよね。
案の定、複数人の執事と思しき男がリーンを見つけて駆け寄ってきた。
「ああっ! ギル助けて! このままだとあたし、あんな男のお嫁さんになっちゃう! 絶対やだ! なんとか阻止してください! あーれー!」
そんなことを叫びながら、リーンはふたりの執事に両腕を抱え込まれ、屋敷の方へと連れられて行った。




