1-35 七瀬光という少女
死者たち。その言葉が耳に入り、ヒカリは棚の人形に伸ばしかけていた手を止めた。
「その筋骨隆々の冒険者風の男は、長らく私と共に旅をした仲間でした。ある日、些細な間違いから戦いの中で命を落としました」
「そうですか。怪物にやられてですか?」
「はい。その隣にいる娘は、ある町で仲良くなった住民でした。狼に襲われて亡くなりました。その狼とて本能に従っただけでしょうけど。私がこの手でしっかり討伐しました」
きっと狼だけではない。人形になっている他の害獣や怪物も、神父様が殺してきたもの。
「そういう人たちや、殺してきた生き物を弔うために、人形を作っているのですか?」
「はい。彼らを忘れないように。そして、私自身が罪と向き合えるように」
「罪ですか? でもそれは」
「はい。誰も責めません。創造神様も私を咎めはしないないでしょう。怪物の討伐は人々のためになること。その過程で死んでいった者も、私を責めたりはしないでしょう。それでも自責の念があれば、普通の人は聖職者に懺悔して許しの言葉を乞うでしょうか」
けど、ラティスはその聖職者自身。彼が懺悔をするなら、それは誰に対してだろう。
より上位の聖職者に会う機会なんて彼にはほとんどない。神様に許しを乞うにしても、誰も咎めない罪に許しが下るだろうか。
「だから私は、人形を作って己の罪と向き合い続けることにしています。これが私の、過去に対する懺悔です」
「そうでしたか。立派ですね」
ギルがこの神父を信頼しているのがよくわかった。根からの善人だと確信できた。
それからこうも思った。この人なら、自分が抱えている想いを打ち明けられると。
「あ、あの。神父様」
「なんでしょうか」
「ええっと。この世界の宗教にも懺悔ってあるんですね」
しかし切り出せなくて、ずいぶん遠回しな言い方になってしまった。
「ヒカリさんの世界にも、懺悔を聞いてくれる聖職者がいるのですか?」
「はい。います。わたしの国ではちょっと珍しいですけど。でもそういう風習? 文化かな。それはあります。それで、あの……」
「ヒカリさんも懺悔したいことがあるのですか?」
「あー。はい。あります。なんというか、この世界に来てからずっと思い悩んでる気持ちというか。いけないとは理解しつつ、どうしたらいいかわからないことが」
「いいですよ。話せるならば、話してください」
「はい。……長い話になりますけれど、いいですか?」
ラティスは椅子を勧めてくれた。そういえばずっと、立ったままでお話ししていた。
「ありがとうございます。ええっと。どこから話せばいいかな。まず、わたしの家族についてなんですけど」
――――
七瀬光は、十四年のこれまでの人生のうち、半分を父子家庭で過ごしてきた。
かつて七瀬家は、両親と光と二歳年下の弟の四人家族だった。だけどある日、母が亡くなった。
突然のことではない。弟が生まれた直後から体調を崩しがちになり、やがて治療が困難な病と判明した。亡くなる最後の一年ほどは、ずっと入院していた。
母の死はよく覚えている。一年も病院にいれば、当時七歳だった少女にも母の最期が近いのは察せられた。唐突な死というわけでもなく、比較的冷静に受けいれられた。
それから、これからの家族について考えた。母という役目の偉大さ、大変さは理解していたから、家族の中で自分が母親の代わりになるとは簡単に言えなかった。
けど同じく母の死を察して、それを受け止めきれず大声でわんわんと泣いている弟を見て、この子を守らなければと固く誓った。姉として強くならならないと。
その決意は貫けていたと思う。幸いにして弟は聡い子で、比較的早期に立ち直り、自身も家族の一員としての役割を果たそうとし始めた。
父は仕事で忙しく、家にいないことも多い。姉弟で分担して家事をしつつ、支え合って暮らしていた。光も弟も家事が得意なタイプではなかったけれど、毎日やればなんとか上手くなっていった。
お皿は何枚か割っちゃったけど。
頼れる姉だったかはわからない。でも、そうあろうとした。弟も、光のことを頼りにしていた面が間違いなくあったはず。
ふたりが成長していっても、その関係性は変わることはなく、仲の良い姉弟のままだった。そんな日々が続くと光は思っていた。
そんなある日、光は魔法少女になった。
光が中学生になってから数カ月が経った頃。初夏の暑い日のことだった。
中学校に、周囲からの人望が厚いひとりの女子生徒がいた。三年生の彼女は生徒会長を務めていて、学業の成績は学年トップで、スポーツ全般が得意でおまけにすごく美人。
絵に書いたような完璧な先輩で、光にとっては別世界の人間にも思えた。
憧れこそすれ、お近づきになることなどできない。だから学校生活の中で関わることなんて無いと思っていたし、実際その日まではそうだった。
まさか完璧超人の彼女が魔法少女をしていて、その力を自分が受け継ぐことになるなんて想像もしていなかった。




