第七百七十四話 ハプニングのち
「……こいつが俺らが倒したやつです」
「ど、ドラゴンですかっ!!」
カナタはドラゴンの死骸をオーナーの前に差し出した。自分が予想していたより高等なの魔物が出ていたのだということに、彼は驚いている。
「たしかフォレストドラゴンだったはずです」
「温泉に現れたんですよね? ど、どうなりましたか…?」
「見ての通り、ドラゴンは外傷を与えずに倒したのでさほど温泉は汚れていません。ただ男女を隔てる木の壁が粉々になりました」
「その程度なら問題ありませんね。ありがとうございました」
木の壁程度だったらすぐに直せるのだろう、被害が最小に済んだのが相当嬉しいのか、オーナーである彼はひどく喜んでいる様子だった。しかし対極的にカナタは青い顔をしている。
「……こっちは問題大有りだったんですがね……」
「……ん? どうかされましたか? さっきから動きもなんだかぎこちないですし」
「まあ……たぶん……大丈夫……」
「そうですか。ああ、魔物の死骸と報酬とかの方はどうしましょうか」
「すいません……明日お願いできます?」
「明日ですね。何があったのかわかりませんが、とりあえずお体にはお気をつけて」
話し合いが終わると、カナタは一心不乱にトイレに駆け込んだ。個室にこもり、マジックバックから布を取り出すと、鼻を抑えた。
その布は赤く染まった。
「はぁ…はぁ…くそっ」
カナタは完全に冷静ではなくなっている。意図せずにサクラの裸を見てしまい、その上それによって互いに数秒間硬直、結果、余すところなく目に収めてしまった。
ないがしろにされたフォレストドラゴンによる攻撃でやっと自我を取り戻し、素手で殴り殺した後、まだ固まっていたサクラから逃げるように、カナタは死体を回収し依頼主に報告するまでを済ませたのだ。
ほとんど一連の行動を反射的に行なっていたが、トイレに駆け込んだ今、その緊張が一気にほぐれたのだ。
「見ちゃった……」
個室故に意味はないが、罪悪感からカナタはキョロキョロとあたりを観察する。
「(女の人の体って、生で見るとああなって……いや、違う、そうじゃなくて……ミカ姉から桜はDカップって聞いてたけど、普段の感触からの想定よりかなり大き……でもなくて、考えるべきはお尻! ……でもなくて、ダメだ、何を考えてもあのシーンが浮かんでくる……ううっ)」
さらに布は赤く染まる。
カナタの顔も負けないくらいには赤い。
「(まずはそう、謝ろう。謝らなければ始まらない。そのためにはこの興奮を抑え、冷静にならなければ)」
全力で深呼吸をしているカナタ。一分ほどそれを繰り返すと、少しは落ち着いたのか便座に座り、考察し始めた。
「多少、高鳴りは収まったとはいえ……だめだ、まだ目に焼き付いている。というか忘れる方が無理だ。……桜、泣いてないかな。嫌だったよね……謝らなきゃ。
鼻血も気持ちも、残る他のも何もかも無理やり落ち着かせることに成功したカナタはトイレを出た。
そしてただひたすらまっすぐにあてがわれた部屋に向かう。部屋の鍵はあいており、すでに中にサクラが居ることは一目瞭然だった。
固唾を飲み、カナタはあくまで冷静にその戸を開ける。
「ただ……いま……?」
「………っおかえり」
いつもとは違う雰囲気のサクラの声のトーンが心臓の鼓動に拍車をかける。カナタは靴を脱ぎ、部屋に入った。
サクラは温泉に入る前に着ていた服を着なおし、ベッドに突っ伏していた。
「ふ、フォレストドラゴン……預けてきた」
「……うん」
そっけなく答えるサクラに、カナタはさらにドギマギする。ベッドの近くにあった椅子にすり、また一つ深呼吸をする。そして、覚悟を決めた。
「サクラっ」
「ん……?」
「ごめんなさいっ」
「ん…」
ちらりとだけ、サクラはカナタの方を見た。涙目であり、顔も真っ赤になっているのをカナタは見逃さなかった。さらに謝るという選択肢以外は思い浮かばない。
「ごめん、本当に……その、嫌だったり不快だったりしたと思う」
「んっ?」
「えっ?」
何言ってるの、と言いたげな顔で、もう一度サクラはカナタを見た。
「嫌だったり……不快? ……それは違う。恥ずかしいだけだから。そんな風に言わなくて大丈夫」
「で、でも前、服の時は怒ってたし」
「あの時は付き合ってなかったし。でも、今は違うじゃない。み、見られて不快だと思う人と結婚しようとしたりしないわよ」
「そ、そりゃそうかもしれないけど」
カナタがそう言うと、サクラはまたベッドに突っ伏した。そしてまた三十秒後に顔を上げ、質問をしてくる。
「ね、どうだった?」
「どうだったって?」
「わ、私」
二人の間に沈黙が流れる。
その質問にカナタが反応するのに五分かかったが、なんとか口を開き始める。




