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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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お弁当を届けに

朝、どうしても日の出前の早い時間に起きてしまう。そのあと眠れたらいいのだが、どうしても体が起きてしまっているようで再び就寝することはできない。

何かすることでもないかと考えたところ、以前私がお弁当作りを行っていたという話を思い出して、もしかしたらそのために早く目を覚ましているのでは、と気づく。

クッキーの時のように記憶が戻るかもしれないので、起き上がって身支度を行い、厨房へと向かった。厨房は竈に火が入っていたが、まだ料理人たちが朝の支度をする時間帯ではないらしい。

とりあえず、弁当を入れる籠を棚から出す。調理台の前に立てば何をすればいいのかが不思議と分かった。パンを切って香辛料を振った燻製肉を焼き、葉野菜と一緒に挟んで紙で包む。酢漬け野菜の瓶と果実汁を詰め、果物も入れる。これが、私の作っていたというお弁当がやんわりと完成した。


「ああ、お嬢様、こんなところに」

「あ、マリリンさん、おはようございます」

「おはようございます」


本日もぴしっと背筋が綺麗の伸びているマリリンさんが登場した。寝台の上に私が転がっていなかったので、心配して探してくれていた模様。「心配しました」と言いつつも、目は安堵の色に染まっていない。「勝手なことをしやがって」と言わんばかりの妙に力強い圧力をひしひしと感じていた。


「そちらのお弁当は?」


完成したのは良かったが、特に記憶も戻らなかったことに気が付く。やっぱりこれは気まぐれに作って自分で食べる用? でも、なんだかしっくりこない。


「えーっと、これは」

「この寒い中、外で召し上がるのですか?」

「いや、それ違うと。中見も、レグルスさんが好きなものを詰めただけです、し?」


あら、やっぱりこれはレグルスさんのお弁当? 自分で口走ってから、首を捻ることに。


「あのお方ならもうお出かけになりましたよ」


だったらこれは自分で食べることになるのか。パンの包みは全部で六つ。三食お弁当にしないと全部食べられそうにない。


「――ですが」

「なにか秘策が!?」

「ええ。差し入れとして持って行ってはいかがでしょう?」


というわけで、私はレグルスさんの元にお弁当を差し入れすることにした。


ガタゴトと馬車に揺られ、レグルスさんの謎の仕事場に向かう。一体どこまで行くのかと思っていたが、それ以上に不可解な存在が私の前に鎮座していた。

短い金色の髪に、青空色の澄んだ目。人懐っこい微笑みを浮かべる男装の麗人。

ラウルス・ユースティティア。名前から察するにレグルスさんのお姉さんかと思いきや、母親だと名乗った時はひっくり返りそうになった。ぱっと見た感じの年齢は三十前後。レグルスさんのお父さんの再婚相手らしい。


「ユードラ、元気になって本当に良かったよ」

「ありがとうございます」


無駄に男前な容姿をしているラウルスさんは、大げさな振る舞いで私の完治を喜んでくれた。

彼女も記憶がなくなる前に知り合っていたらしい。ラウルスさんのように印象的な女性なんて一度絡んだら忘れそうにないのに、やっぱり何も覚えていない。


「あなたが怪我をした日のレグルスは本当に気落ちしていて、まるで最後の審判で死刑判決を受けた罪人のような顔をしていた。だが、彼も元気を取り戻しつつあるから、私は嬉しいよ」


確かに目覚めたばかりの時のレグルスさんは死ぬほど暗かった。何かあったのかもしれないが、怖くて聞けない。ラウルスさんと会話をしているうちに馬車は止まった。

下ろされた場所は森の中。ここはまだ目的地ではないという。森の中を少しだけ歩いた先にレグルスさんの職場があるらしい。森の中は雪が降り積もっていたが、歩く道のりは綺麗に整えられていた。


「今日は雪かきがされているから、ラピスが来ているのかもしれない」

「ラピスさん、ですか」

「ああ。働き者なんだ」


女性の細腕で雪かきをしたなんて。いろんな人がいるんだなあとしみじみ思ってしまう。

ラウルスさんの先導で辿りついた場所はどこにでもあるような山小屋。


「えーっと、レグルスさんは、ここで、樵をなさっているのですか?」

「いや、違う」


無言のままのラウルスさんに手を引かれて山小屋の中へ。そこは、ただの山小屋ではなく、謎の地下施設への隠し扉がある場所だった。薄暗い階段を降りつつ、ラウルスさんは事情を説明してくれた。


「レグルスは国の機密機関、『隠密機動局』の局長をしている。――ここで見たり聞いたりしたことは、口外してはいけないよ」

「は、はあ、分かりました」


なんというところに連れて来てくれたのか。迷宮のような仕掛け付きの廊下を潜り抜けながら思う。

地下の部屋は何の変哲もない内装をしていて、人の気配もあまり感じないような殺風景な場所に行きつく。


「ああ、レグルスは今、出かけているようだ」

「左様でございましたか」


別に暇だったからついて来ただけで、直接渡したいわけでもないのでお弁当をレグルスさんの部屋に置いて帰ることに。ここに来て、レグルスさんについての謎が更に深まってしまった。一つ、引っかかっていることがあったのでラウルスさんに聞いてみた。


「一つ、質問をしても?」

「なんだい?」

「レグルスさんは私の下僕だと名乗りました。あの人はお屋敷の召使いではないのですか?」

「ああ、召使いではないな」


やっぱり変な人だ。下僕とご主人様という設定だなんて、記憶を失う前の私とどういう付き合いをしていたのやら。そこまで質問をして回答を頂くのは怖かったので、何も聞かなかったことにする。


「レグルスが変なことを言って悪かった。起きぬけのユードラを混乱させてはいけないと、思ったのだろう」


ああ、そういうことか。びっくりした。だったら、私とレグルスさんは他の関係にあると。けれど、また一から悩まなければならないのか。

ラウルスさんは事情に詳しい人であることは分かっていたが、これは人に聞くべきことではない。自分で思い出さなければならないことだと考えていた。

ラウルスさんが帰ろうかと言ったので、私も立ち上がる。扉を開いて一歩踏み出そうとすれば、大きな壁が前にあったので、思わず悲鳴を上げそうになった。

よくよく見れば、目の前にあったのは壁ではなく、強靭な体を持った強面のおじさんだった。

すいと、突然差し出されたのは茶器一式。

恐る恐る顔を上げれば、ぎょろりと迫力のある黒い眼と視線が交わってしまった。


「……茶だ」

「わ、わあ!」


漆黒の鎧を纏い、背中には大きな戦斧(せんぷ)を背負っている。唯一剥き出しとなった頭部には、左右に竜の羽が付いた額当てを装着していた。それよりも気になったのは、頬にある大きな十字型の傷跡だ。

だが、最大の突っ込み所は明らかにただ者ではない猛者が、ひらひらのフリルが付いたエプロンをかけてお茶を持っている姿だろう。一体何を目的にエプロンを着けているのかが謎だ。鎧を着ていれば、エプロンをかける必要などないだろうに。呆然としている私の背後から、ラウルスさんは顔を出す。


「ああ、ラピスか、久しいな」


この人が、ラピスさん!? 

名前からして女性かと思っていた。この人なら、雪かきも問題なく行えるなと思った。

せっかくお茶を淹れてもらったので、三人でお茶会をすることにした。


「あ、美味しいです!」

「相変わらずいい腕だな」


ラピスさんは先ほどからラウルスさんの言葉に頷くだけだったり、短い返事をするだけだったり、見た目に反して大人しい人物だった。

爽やかな男装の麗人に、フリルエプロンを纏った屈強な中年戦士と、部屋の中は非常に濃い面々ばかり集まった状態で、私は色んな意味でお腹がいっぱいになってしまった。そろそろお(いとま)を、と思ったその時、出入りの扉が開かれる。

今度は一体誰が、と思ったが、ラウルスさんが「レグルスか」、と呟いたのでその姿を確認しようと振り返った。


「あ、おかえりなさい」


私は立ち上がってレグルスさんの元へ駆け寄ったが、私の姿を確認した途端に顔を両手で隠してその場にしゃがみ込んでしまった。どうやら馬の頭部を被っていない状態だったらしい。


「レグルスさん?」


こちらに背中を向けて私から顔を隠そうとするレグルスさん。そんなにまでして見られたくないのか。


「あの、馬は?」

「さ、三段目の引き出しに」


ここはレグルスさんの執務室だったようで、言っていた通り机の中から馬の被り物が出てきた。

それを渡せば、扉の陰でごそごそと装着をしている。馬の頭部をきっちり被った状態のレグルスさんに用件を伝えた。


「お弁当を作って来たので」

「あ、ありがとうございます!」


手渡した弁当の入った籠をまるで赤子を抱くかのように抱えている姿を見ていたら、色々とどうでも良くなってしまった。

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