任務再び!
局長は厨房の使用許可を出してくれた。これで昼食は温かいものが食べられることに。翌日からさっそく使わせてもらうことにした。
食事は前日に申告して外から届けてもらうか、自分で作るかの二択らしい。ただ、ほとんどの局員は労働時間がきちんと決まっておらず、はるばる食事を持って来ても口に入る前に想定外の事態に直面することが多いので、食事のお届け希望を出す人はいないという。
豊富な食材が届けられるにもかかわらず、局員の皆様はパンにチーズを挟んだだけという簡単な料理しか食べないらしい。とてももったいない。
午前中の仕事を済ませたあと、時計を見ればお昼前だったので食堂に移動をした。局長も一緒に来て、食卓に書類を持ち込んで仕事をしている。部屋で待っていてもいいと言ったが、私の近くにいた方が落ち着くと言っていた。私の服の袖を掴みながらそんなことを言うので、なんだか子猫を育てる母猫のような、ほっこりとした気分となる。そんな子猫さんにはお魚料理を作ろうと思った。
まずは時間のかかる煮込み料理から。もちろん新鮮な生魚などあるわけがない。使うのは魚の缶詰だ。見たことのない高級そうな缶詰は辛うじて帝国産とだけ読み取ることができた。他は難解な異国語なので読み取りは不可能となる。まあ、外装に描かれた魚は良く見る種類なので問題ないだろうと、缶切りで開封して中身をすべて鍋の中へと入れた。
缶詰以外に入れるものは水にお酒、数種類の香草に根菜。鍋が沸騰してきたら瑞々しい真っ赤な野菜を角切りにして、あとはひと煮立ちさせるばかりだ。
次は野菜の取り合わせを作る。使うものは魚の燻製とチーズに野菜。魚の燻製は軽く火で炙ってからみじん切りにしてチーズに混ぜる。皿に盛り付けて、周囲に葉野菜などを並べ、香草、香辛料、塩、豆油などで作ったとろみのある調味汁をかければ完成となる。
三品目は瓶詰を使ったお魚料理。油と香草に漬かっている魚の白身は表面がカリッとなるまで焼くだけ。上に薄く切った酸味の強い果物を乗せればでき上がりとなった。
以上の品々にパンを添えれば昼食の準備は終了。食卓に持って行っていただくことにする。
局長は何を作っても美味しいと言ってくれる。素材が素晴らしいだけだが、褒められると嬉しい。
食事が終わればまたお仕事。局長は外回りに出かけてしまったので一人でお留守番となる。
夕刻になれば局長が帰って来た。おかえりなさいと言って出迎えたら、顔面蒼白状態で扉の前に突っ立っていた。
「どうかしましたか、局長?」
心配は要らないと首を横に振っているが、とても大丈夫だという風には見えない。
「お茶を淹れてきましょうか?」
温かい飲み物を口にすれば少しは落ち着くと思って言ったのに、局長は手を振ってお断りをする。ならば椅子にでも座って休めばいいと手を引いて執務部屋の中へと引き入れ、長椅子に腰かけてもらった。それにしても、一体何があったのか。重たい空気を背負って帰って来た局長は暗い表情をしながら、机の上を見つめたまま動こうとしない。
とてもじゃないが、安易に「元気を出して下さい」なんてことは言えない。私と局長では背負っているものが違う。でも、少しでも元気になってもらいたかったので、非常食用に置いていたお菓子の包みを机の上に置いた。
局長はお菓子に気がつくとパッと私のいる方向を見たので、どうぞお召し上がりになってと手で示す。局長はお菓子の包装を剥ぎ、木の実が入った焼き菓子を不思議そうに裏返しながら見ていた。そして、それを二つに割り、片方を私に差し出してくれる。お礼を言って受け取り、局長の隣に座って焼き菓子を食べる。
お菓子のお陰で多少元気になったのか、局長の虚ろだった目にも光が差し込んだように見えた。そんな中で、そろそろ帰りましょうかと聞いてみる。局長は消え入りそうな声で返事をした。
「――でも、その前に」
差し出された一通の封筒。宛名は『黄薔薇の貴婦人様へ』というもの。私宛の手紙だった。封筒の表面には銀の染料で印刷された王家の紋章がある。裏返せば、差出人として書かれてあるのは国王陛下の御名前。
「こ、これは!?」
「……多分、任務を命じるものだと」
国王様は私という存在をごぞんじだったらしい。驚き過ぎて言葉が出てこない。
震える手で開封をしようとするが、王家の紋章入りの封蝋に触れることすら恐れ多いと思ってしまう。そんな私を見かねてか、局長がナイフで封を切ってくれた。
中にあったのは厚紙と一枚の便箋。厚紙には、私を隠密機動局の一員として認めるという内容のものが、国王様の直筆で記されていた。
「き、局長、どうして、このようなものが」
分からないと首を振る局長。国王に私のことは秘書だと言っただけで特別な説明はしていないという。ばくばくとうるさい鼓動を打っている心臓を押さえ少しだけ落ち着いてから、二つに折り曲げられた便箋を開く。
――『黄薔薇の貴婦人』へ
十日後に遂行される『小さな王』の偵察活動に付き添い、妻の役を演じるように命じる。
見間違いかと思って何度も読み直すが、書いてあるものは私が局長の任務に同行して、しかも妻の役を演じるようにせよ、というものだった。
局長と目を合わせながら二人であわあわとしてしまう。どうしてこうなってしまったかは、局長も分からないらしい。
「もしかして、お祖母様が裏で暗躍を……」
「え!?」
「いえ、なんでも」
相変わらず局長の喋りはぼそぼそと囁くようなので、気を抜けばあっさりと聞き逃してしまう。たいてい聞き返しても「なんでもない」と言って首を振るだけなので、ひと時もぼうっとすることはできないわけだが、今回ばかりはまさかの事態なので呆然とするのも仕方がない。
局長は心底申し訳ない、といったような表情で話しかけてくる。
「なんでしょうか?」
「このお仕事は、国王からの勅令なので――」
「断ることはできないんですよね」
首をゆっくりと縦に振る局長。そう、王様の命令(言うことは)は絶対、なのだ。
「局長の奥さんの振りをするというのは、一体どのようなことを?」
「そこまで、難しいことではないと思いますが……」
街歩きをする時は一人で行動をするよりも、複数で動く方が馴染みやすいらしい。私の役目は他国の市場に紛れ込む局長の近くを歩いているだけだと。
「まあ、それだったら私にもできそうな気も」
申し訳なさそうに謝る局長に、とんでもないと首を振る。行先は帝国の都。移動手段は馬車と船だと言っていた。
「危険なことは、何もないとは思いますが」
けど、異国なので価値観や文化、言語など、何もかもが違う国だ。観光気分で行っていいわけがない。即座に腹を括って顔を上げれば、同じくいい意味で緊張感のある顔となった局長と目が合う。そして、一言、私にあることを約束してくれた。
「ユードラさんのことは守りますから」
言われた瞬間にまたしても胸がドクリと強い鼓動を打ったが、その動揺の理由をうまく分析できないでいた。
軽薄道化男にも同じことを言われた時は何も感じなかったのに、どうして?




