任務に協力します!
私に任された役割は『虹の道化師』扮する商人の取り巻きその一、というもの。大きなカバンと頭巾付きの外套、眼鏡などの変装道具も渡されて身に纏う。特別に行うことなどはない。ただ、後ろにいるだけでいいらしい。
「準備は出来たか?」
奥の部屋から出てきたのは四十代後半くらいの髭面の男。『虹の道化師』が変装した姿だった。
今日は同性の姿なので前回程驚きはしなかったが、それでもやっぱり見事なものだなあと思ってしまう。そして、最後に現れたのは局長。
「完璧だ」と『虹の道化師』は言うが、私は首を捻る。局長は茶色の鬘を被り、全身煤と乾いた泥まみれの恰好で出て来た。顔の上半分は頭巾に覆われているので見えない。
「もしかして、作戦変更ですか?」
「見て分かるだろうが」
局長は薄汚れた旅人のような扮装をしている。理由は分からなかった。
『虹の道化師』は昨晩の活動で、人身売買の取引に使っている場所を発見したらしい。こんなにふざけた性格をしていても、実力はあるのだろう。
「でも、女の人を目当てにしているのに、連れていくのは局長で大丈夫なんですか?」
「まあ、素人はそう思うわな」
カツカツと偉そうに踵を鳴らしながら歩き、局長に近づく軽薄道化男。そして、作戦についての話を語った。
「――局長は、俺の店の商品を奪おうとした盗人。利き手である右腕は折れているという、設定だ」
おっさん商人となった『虹の道化師』は、手にしている杖の先端で局長の頭巾を少しだけずらす。露わになった顔にも、泥が付着していた。
「どうだ。薄汚れてはいるが、綺麗な顔をしているだろう?」
なるほど。局長ほどの美貌をもつ男性だったら、商会側も欲しがると。
「ここでゆっくりしている時間もない。行くぞ」
あっさりと、その辺に買い物にでも出かけるような口ぶりで作戦開始となった。
◇ ◇ ◇
向かった先は王都の影とも言える下町の路地裏通り。日の光が差し込まないような薄暗い道を通り抜けた。『虹の道化師』は局長の首元を掴み、引きずるようにして歩く。局長扮する手負いの男は、左右の手首を縛られた状態で、折れた右腕を庇うような体勢で進んでいた。私はその二人から離れないように早足で続く。
あまり清潔には見えない酒場へと到着をすると、ジョクラトルは引き連れていた局長を机と椅子に向って乱暴に放り投げた。
されるがままに床に投げ出される局長。椅子を倒してごろごろと地面を転がりながら壁に激突。折れているという設定の腕に衝撃があったために、唸り声を上げながらのたうち回る。大粒の汗が浮かび、頭巾で隠れて口元しか見えていなかったが、それだけで苦痛が読み取れた。一連の行動のすべてが演技なので、開いた口が塞がらない状態となる。
そんな中で、偽商人『虹の道化師』は周囲に聞こえるように毒づいた。
「クソ、この盗人が! わしの店の品を掻っ攫いやがって!!」
罵声を浴びせれば、もっとやれ、いいぞという声が聞こえた。店内に居る客層も人相が悪い人たちが多いのは気のせいではないだろう。ここはそういうならず者が集まる店なのだ。
「おい、ドラ! こいつはなにを盗もうとしたのか?」
ジョクラトルは私の方を振り向きながら聞いてくる。『ドラ』って私のこと? 役名も決まっていなかったし、台詞があるとも聞いていなかった。
『虹の道化師』は私の顔を見ながら、口の端だけを愉快そうに歪めている。もしかして、試されているのだろうか。それとも楽しんでいるだけか。このまま馬鹿にされたように見下ろされているのも面白くない。なので、私は床に倒れている局長を指さしながら言った。
「――こいつは、仕入れたばかりの絨毯を四本も盗もうとした!」
私の咄嗟に思いついた言葉に、『虹の道化師』も反応をしてくる。
「はん、とんだクズ野郎だ! 腕一本駄目にしただけでは気が済まねえよ!」
『虹の道化師』は蹲っている局長に向って蹴りを入れる。局長扮する手負いの男は再び苦悶の声を上げていた。先ほどの暴力によって頭を隠していた頭巾が外れ、顔が剥き出しとなった。周りでニヤつきながら野次を飛ばしていた男の中の一人が、こちらに近づいて来る。
「この男はこれからどうする?」
「はあ、お前誰だよ」
「そちらの言い値で買い取らせてくれないか?」
「ほう?」
「この男、よく見たら綺麗な顔をしている。いい仕事をしてくれそうだ」
釣れた!! 悪徳商人の一本釣り。さすが局長。素晴らしい釣果を上げてくれた。
一瞬にして価値のある商品となった局長は、大きな麻袋に詰め込まれて運ばれて行った。私は『虹の道化師』のあとを追って先へと進む。
怪しい建物に通されたが、実は自分たちを追い詰める罠だった! ということはない。目の前では普通に取引が交わされていた。言い値で買い取ると言ってもこちら側が思いつく限りの莫大なお金を請求するわけではない。人身売買にはその筋の人たちが定めている査定金額というものがあるので、その常識に従う形で取引がなされるという。
取引はサクサクと進んでいく。『虹の道化師』はその辺に知識にも精通しているのだろう。相手の男とよく分からない話で盛り上がっていた。
「ああ、そうだ。お金でなくとも人と交換でもいいが」
「どんな人材を希望しているんだ?」
「できれば、従順でよく働く、都会に慣れていない女がいい。よく働くし、夜も楽しめる、と」
「旦那はよく分かっている!」
褒め言葉に気を良くした悪徳商人の男は「こっちだ」と言って別室に案内をした。通された部屋に居たのは、十数名の女性たち。怯えた表情でこちらを見上げている。
「この女たちは?」
「地方からはるばるやって来た女達だ。あの男と交換なら、これほどでどうだ」
部屋の中の女性達の事情を語りながら、男は指先で交換人数を示す。
「交換人数は、それでいいだろう」
「ありがたい」
取引が決まってどの女性を連れて行くかと決める間も、『虹の道化師』はそれとなく話を振って情報収集をした。ここは先ほど局長を麻袋に入れて運んだ男二人と、目の前で下品な笑みを浮かべている代表格の男の三人で商売を行っているという。
「では、そこの女とそこの女、あっちの女に――」
持ち帰る女性が決まれば取引完了。書類を書くので元の部屋に、と言われて扉を開けば、なんとまあ、武装をした複数の男たちが。
こちらにギラついた目と刃の先端を向けている。背後では悪徳商人の男も大振りの短剣を抜いて、私達に突きつけていた。
「おい、そっちの地味な眼鏡女は傷つけるなよ。生娘ではないだろうが、商品になるからな」
なんということだ。私もここで商品にされる破目になるとは。しかも、勝手に生娘ではないという扱いになっていた。酷い話である。
『虹の道化師』は私の首根っこを引っ張り、耳元で囁く。「向こうの扉が開いたら、部屋の隅に行って耳を塞いで蹲っておけ」と。
その言葉を言い終えるのと同時に扉が誰かによって蹴破られた。私は言いつけ通り、脇目も振らずに部屋の隅に走って行って、部屋に背中を向けてしゃがみ込んだ。もちろん、耳を両手で覆うのを忘れない。
防音対策をしていても、刃と刃が重なってぶつかる音や、誰かの悲鳴、殴る蹴るの鈍い音などが聞こえてきた。私は見ない・聞かない・叫ばないと何度も自分に言い聞かせながら耐える。幸い、こちらへ被害が及ぶことはなかった。
それからどれだけの時間が経ったか分からなかったが、トントンと肩を叩かれてビクリと肩を揺らす。とっさに両手で頭を抱え込み、衝撃に備えたが、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。
だが、とてもじゃないが振り返る勇気はない。そんな風に思っていたら、優しい声で私の名前を呼んでくれる人がいた。
「もう大丈夫ですよ、ユードラさん」
首を少しだけ動かして後方確認。その場にいたのは、間違いなく局長だ。安心できたので立ち上がり、すっかり荒れ果ててしまった部屋を見渡した。
部屋の中には騎士団の方々が武装した男たちを連れて歩いている。すべては片付いたのだと、安堵することができた。
「危険な目に遭わせてしまって、申し訳ありませんでした」
「い、いえ、そんなことは」
こうなることは想定内だったのか。だが、もしも事前に聞いていたら挙動不審になってついて回ることはできなかったと思う。なんだかわけも分からぬまま、その場に立ち尽くすことになった。




