無茶ぶり注意報
翌朝、今日も気合を入れて一日頑張ろうと思っていたのに、マリリンから「本日は休みと聞いています」と言われてしまう。何故と聞けば、頭を打ったので安静にしておくよう、医者から指示があったとのこと。
昨日強打した頭も今日はすっきりはっきり。痛みもないから大丈夫! と言ってもマリリンは「私は医者ではないので判断はできかねます」と冷たく言い放って部屋から出て行った。
今日は局長が休みの日なので、召使いの食堂でのんびり楽しく食事をしようと思っていたのに、盆に載った病人食のようなものを用意されてしまう。ちびちびと食事を取りながら、外の景色を見て溜息。今日みたいな天気の良い日はお散歩日和なのに、なんてことだ。いきなり休めと言われても困ってしまう。籠の中に用意されていた着替えも寝間着。部屋から出るなということなのだろう。
仕方がないので新しい寝間着に袖を通し、寝台の上に寝転がる。……が、眠れない。仕方がないので途中だった編み物をしながら暇を潰した。
夜には局長より具合はどうかという内容の手紙が届いた。明日は大丈夫そうですというお返事を書いてから一日は終わる。
翌日からは朝から元気に出勤。
身支度は全て整えたあと、向かった先は厨房。出入り口に置いてあるエプロンをかける。
お弁当はいつも通り、短時間で簡単に作るを目標に。燻製肉を焼き、パンとチーズ、野菜を挟んで弁当箱に詰める。つけ合わせは野菜の酢漬け。朝食は以上で完成。次は昼食の準備。
前日にお願いして集めてもらっていた材料の入った籠を引き寄せる。作るのはキノコの乳煮込み(ベシャメルソース)。パンに塗って食べると美味しいアレだ。
まずはキノコ、香草、玉ねぎなどの材料をみじん切りにして、先ほど燻製肉を焼いた鍋の中に入れて火を通す。次はベシャメルソース作り。材料が焦げないように炒め、最後に先ほどのキノコなどを投入して、もったりするまで煮込めば完成。仕上がったものは瓶の中に詰めて持っていく。
パンの付け合わせは完成。
次は昨晩から下味を付けておいたお肉を焼き、最後に串に刺して完成。
今日はもう一品作る。午後の休憩時に食べるお菓子だ。
小麦粉、卵、砂糖、家畜の乳などを混ぜ、平らに延ばしてから干した果物を表面に振りかけて竈で焼く簡単なもの。このお菓子は焼きたてよりも時間をおいて食べた方が美味しい。干した果物の甘みや風味が生地にじんわりと広がるからだ。仕上がったものは紙袋に入れて籠の中へ。
あとは果物と果実汁を二本用意。お弁当の準備は終わり。時計を見ればもうすぐ出勤時間だ。洗い物は女中にお願いをして、籠を抱きかかえて屋敷の裏にある出入り口まで走る。
……とまあ、毎朝このようにバタバタとしながらお弁当作りを行っていた。厨房の方々の協力あってのものなので毎日感謝の気持ちでいっぱいだった。
職場へ辿り着けば、まず先に朝食をいただくことにする。パンを齧りつつ、野菜の酢漬けや果物で一日元気に働くために必要な水溶性の栄養分もしっかり補給をした。
今日も半日分の書類を私に手渡した後に局長は外回りの仕事へ向かった。お弁当も小分けにしたら持って行ってくれた。ちなみに午後からのお仕事は誰かが届けてくれるらしい。
任された仕事はさくさくと進めていたらお昼前には終わってしまった。このままぼけ~っとしておくのも性に合わない。空いた時間は執務室の掃除を行う。
局長の仕事は夜までなので、お昼は一人で食べなければならなかった。そろそろ時間かなと時計を見ていたら、どんどんと扉が叩かれて、飛び上がるほど驚いてしまった。
「おい、局長! ちょっと顔を貸せよ!」
思わずヒイ、と小さな悲鳴をあげる。扉を元気良く叩いているのは、『虹の道化師』。この職場に初めて来た日、挨拶をした長髪の軽薄男だ。こちらが反応を示さないでいると、今度はドアノブをガチャガチャと激しく回し始めた。
残念ながらこの部屋は局長が鍵をかけて行ったので開かない。内側から解錠出来る仕組みではないので、私にはどうすることも出来なかった。いつまでもガタガタと扉に暴力を振り続けていたので怖くなり、局長は外のお仕事に行っていると伝えたら、盛大な悪態と舌打ちが返ってきた。
局長は夜には帰ると伝えれば、「遅い!」と叫んでいた。そんなこと、私に言われても困る。何か急ぎの用事なのだろうか?
「おい、ユードラとか言ったな。ちょっと顔を貸せ」
局長から誰かが来ても扉は開けなくていいと言われている。追加で届けられる書類も壁にある細長い穴からスコーンと落とされると聞いていた。もしも何かがあって局長がここに帰れない事態となれば、公爵家の人が鍵を開けに来てくれるとも言われていたので閉じ込められることもない。
「……そういうわけですので」
「人手が足りないから、そんなこと聞いてられるか!」
虹の道化師は扉の前から離れろと言う。嫌な予感がしたので、壁際まで下がって様子を窺った。一体どうするつもりなのかと思っていたところにドン! という衝撃音が。なんとまあ、道化師様は出入り扉を蹴破ってくれた。
しかしながら、扉の外にいると思っていた軽薄男の姿はない。代わりに美人なお姉さんの姿があった。目が合ったので、どちら様で? と訊ねる。
会っていない局員は二人。『鉄の淑女』に『漆黒の石』の二人。名前からしてどちらも女性なので、目の前の女性はフェーミナさんかラピスさんということになる。
「ど、どうも」
「どうもじゃねえよ、急いでいるから来い!」
美人のお姉さんから発せられたのは男性の低い声。しかもあの、『虹の道化師』の声だった。
「もしかして、ジョクラトルさん、ですか?」
「他に誰がいる!?」
目の前の人物は『虹の道化師』本人で間違いない模様。軽薄そうな印象から、派手系の美女に変装しているらしい。見れば見るほど、別人にしか見えなかった。
そんな『虹の道化師』は、こちらに断りもせず部屋にずんずんとやって来る。そして、「来い!」と言って私の腕を乱暴に掴み取る。抵抗しつつ何かと聞けば、今から仕事を手伝えと言ってきた。
「今から潜入任務について来てもらう」
「はあ!?」
「心配はいらない。身売りに出された田舎娘役だからお前には適任だろう」
「な、いきなり何を言っているのですか!? 私はただの秘書なので無理です!!」
「『漆黒の石』にはその役が無理だから仕方がないだろう!!」
「どうしてですか?」
私の腕を引いていた『虹の道化師』の動きがぴたりと止まる。振り返って真面目な顔で言った。
「ラピスはガタイの良いおっさんだから田舎娘の役は無理だ」
確かに! いやいや、だからと言って代わりなんてできるわけがない。それよりも、潜入調査なんて無理だと思い、私は必死に抵抗をして部屋から出ないと主張した。
「いいからさっさと来いよ!」
「嫌って言っているじゃあないですかーー!」
お綺麗な女性の姿をしていても、力は男のもの。か弱い私はいとも容易く引き摺られてしまう。
これでは本当に身売りに出されていく田舎娘のようではないか。なんとかこの場に留まるために思考を巡らせるが、混乱した頭の中では何も思いつかない。
「この、意外と力強いな、クソ!」
「だって任務とか、無理ですもの!」
「お前、局長の女だろう? だったら国のために働けよ」
「何言っているんですか! 私はただの秘書です!」
私が局長の女だと!? とんでもない勘違いをしてくれる。
「局長の女じゃなかったら、どうしてここに入れたんだよ!」
「知りませんよ、そんなの! お仕事下さいって言ったら連れて来てくれたんです!」
初日は無理矢理ついて来たわけだが、わざわざ説明してやるのも面倒臭い。
「こうなれば理由なんてなんでもいい。つべこべ言わずに手伝え!」
「嫌ですってば!!」
ぐぐぐ、と足先に力を入れて抵抗していると、あるものが視界の隅に入ってくる。それは扉の近くにあるお弁当。これだ! と思って相手に弁当があることを伝えた。
「あ、あの、お腹空きませんか!? お弁当、ほら、食事があるんですよ!」
お弁当情報を聞いて軽薄誘拐男の動きが止まる。
「白いパンとか、お肉の串焼きとか、なんか適当に色々作ってきました」
「局長がいつも持って来ている、あの愛妻弁当か!」
「愛妻ではありませんが、局長に渡しているお弁当です」
動きが止まった隙を見て拘束から逃れ、お弁当箱を取りに行く。とりあえずここに留まってもらおうとお弁当の中身を広げて見せた。
軽薄腹減り男は「大したことないな」と言いながらお弁当を食べている。私はお昼過ぎの休憩時間に食べようと思っていた焼き菓子をちみちみと摘む。が、一個食べきった後、二個目に手が伸びなかった。目の前の男との攻防で食欲も失せてしまったらしい。
「――それで、まあ、お前は持ち前の貧乏臭さを売りにして、注目を浴びるわけだ」
「ああ~、なるほど。貧乏臭さを売りにね。それなら私にもでき……」
いやいや、しないから! それに持ち前の貧乏臭さって何だ! 失礼にもほどがある。
「娘役だったらあなたがすればいいではありませんか!」
「いや、そう思って女装したけれど、ほら、この通り洗練された美しい娘になってしまって」
今回の任務は地方からやってきた娘を騙して誘い込むという、悪質な商館をあぶり出すための潜入任務を行うらしい。商館と言っても売るのは娘の生涯労働権。人身売買は重犯罪とされている。
「お前が拒否すれば、また罪もない田舎娘がどこぞの成金ハゲ親父の手に売れてしまう。突っ立っているだけでいい。下手な演技なんかいらないから」
そう、重要なのはいかに騙されやすそうな間抜け面をしているか。いかに、貧乏臭くて都会に不慣れな感じなのか、だ。
「あの、私、王都生まれの王都育ちなんですけれど」
「安心しろ。今回の件でははまり役だ。心配はしなくていい。絶対バレないから」
こいつは、なんて失礼な奴なんだ。なんでも思ったことをズバズバと言いやがって。局長の慎み深さを見習って欲しいものである。
「分かりました。けれど、この件については局長の許可を頂いてからにして下さい」
「急いだ方がいいとは思うが。まあ、そうだな。今日のところは見回りを強化してもらって、潜入は明日でもいいか。局長の女を勝手に連れ出したあとにこっちが解雇になったら嫌だし」
「だから局長の女じゃありませんって」
「ああ、分ったよ。うるさい女だ」
軽薄失礼男は私の料理に文句を言いながらもすべてたいらげ、部屋から出て行った。




