断章 楽園創設編 第23話 楽園の始まり ――最後の始まり――
エリザがガブリエルとの会合を得て、更に数十年。17世紀に入り、エリザでさえ、人間に手を焼くようになっていた。
『はぁ・・・』
無数の死骸を前にして、エリザは疲れた顔で溜め息を吐いた。いや、ここ当分はずっと、疲れた顔だった。
『何時まで、続くのかしら・・・』
流石に疲れきった顔でエリザは愚痴を言う。厄介なのは数。それを否が応でも理解させられた。その数を生み出した最大の原因は何なのかというと、彼らの持つ武器だ。遂に銃火器が登場し、普及したのである。
その結果、大して訓練もせずに戦場に出れる様になり、見境のない貴族が平然と徴兵して、平然と戦場に銃を持つ兵士を出す様になったのである。
『撃て、撃て、撃て、撃て!』
『私には、効かないわ』
なおも撃ち込まれる銃弾の雨を前にして、エリザはため息混じりに呟いた。確かに、エリザには寝ていても銃弾は効果が無い。純粋な物理攻撃であれば、意味は無い。だが、それでも彼らは銃弾を撃ち続ける。それが、貴族の命令だからだ。
『なぜ、そこまでして貴方達は死にたいのかしら・・・?』
来るならば、討たねばならない。討たねば死ぬのは此方だからだ。そして、逆に言えば、来なければ、死ぬことは無い。エリザは彼女の基準では、無駄な殺生はしない主義だ。
そんな死にたいとしか思えない敵に、エリザは精神を摩耗させていく。おそらくここ当分の彼女の死にたがりとも言える行動も、彼らのその無謀さが感染したのだろう。
『いいわ・・・そんなに死にたいのなら、殺してあげる』
次の瞬間。いつぞやと同じく、赤い光が迸る。あれから、数十年。数々の戦いを経て、彼女は<<血の崩壊>>についてなら口決無しで使える様になっていた。そして、出来る様になったのは、これだけでは無い。
『<<血の宮殿>>』
空気中に撒き散らされた血液を以って作り上げた巨大で鋭利な血の刃を、無数に地面に向けて降らせていく。そうして刃が降り注いだ後にあるのは、降り注いだ血と流れた血で出来た巨大な血の宮殿だった。
これは、彼女が独自に完成させた術だ。数多の戦いの中で、彼女は母と同じく絶大な吸血姫としての戦いの才能を開花させ始めていたのである。
『なんだ・・・これは・・・』
どうやら、数人は生き延びられたらしい。その顔は総じて、絶望と恐怖を目の当たりにした者の浮かべる、歪んだ表情だった。
『貴方達はまだ・・・やるのかしら?』
『み、見逃してくれ! 俺達は単にこの男爵に強制させられただけだ! 奴が死んだなら、俺達にあんたと戦う理由は無いんだ!』
『頼む! もう絶対にあんたに手出しはしない! 家に妻も娘も待ってるんだ!』
恐怖に顔を歪め、地にひれ伏してエリザに懇願する相手にエリザは興味は無い。なので、そのまま踵を返して、歩き出す。それを見て、生き残れた男達は、なんとか生き延びれたと安堵する。だが、次の瞬間。張り倒す様な音が響いた。
『・・・え?』
「逃げるな。戦え。悪魔を前にして、膝を屈する事は許されん」
いきなりの悲鳴と僅かな血の匂いにエリザが振り返れば、そこには先の男達と、先ほどは見なかった奇妙な服装の少し小柄な男が細長い奇妙な剣を持ち、立っていた。どうやら彼が男の一人を叩いたらしく、男の一人が頬を押さえていた。
「デモンが一人、エリザ・べランシアと見るが・・・」
『何? 何を言っているの?』
奇妙な言葉――日本語――で、エリザには理解が出来ない。理解が出来たのは、自分の名前とデモンという悪魔を指す単語だけだ。それ以外は何を言っているのか、全く理解出来なかった。
彼の言葉は西洋系でも無ければ東欧系でも無い。少し前から流入する様になっていたインド系でも中国系でも中南米系の言葉でもなかった。エリザにとってはまさに、未知の存在だった。
「高山が一子・ミハエル。主への信仰心と民草への安堵をもたらさんが為、推して参る!」
『つぅ!?』
早い。いきなりの攻撃に、エリザが目を見開く。明らかに彼女の知る剣筋とは違う剣技とその力量に、エリザは苦戦を強いられる。だが、それでもエリザも伊達ではない。互角の戦いを行う。そうして戦いの果て。疲労からか、エリザは疲れた顔で問いかける。
それは、ずっと疑問だった事。もしかしたら、これの答えを知る為に、彼女は旅を続けていたのかもしれない。それぐらいに心の奥底に眠っていた疑問だった。
『貴方達はなぜ、私達を害するの・・・?』
「・・・何を言っているんだ・・・?」
だが、その悲痛な叫びにも似た問いかけは、ミハエルには通じなかった。当たり前だ。言葉が通じないのだ。だから、彼は少し訝しんだだけで、再び攻撃を放つ。
「<<火聖刀>>!」
ごう、と奇妙な剣に炎が宿り、ミハエルはそれを以って斬撃を放つ。炎の斬撃はエリザへと向かい、だが、エリザが周囲の血で創り出した膜で防がれる。
「ダメか・・・申し訳ありません。でも、どうしても・・・そうですね。私の悪い癖です」
次の一手を悩んでいたらしいミハエルだが、唐突に誰かと会話を始める。だが、この場には既に誰もいない。巻き込まれた男達は既にどこかに逃げ去っていた。そんなミハエルを訝しむエリザだが、次の瞬間に、その疑問は溶解する。
『使徒化!?』
白炎を纏い、金色に髪を染めたミハエルに、エリザが驚愕する。
使徒化とは、現代において教会が最大勢力になれた最大の理由だ。天使が自分達を信奉する者に対して特殊な加護をもたらす事によって起こる現象。ただでさえ数に劣る天使達が考えだした、ある種のパワーアップ術だった。
これは誰でも良いわけではない。使徒化が出来るということは、その信心が天使からも認められた、という事にほかならない。それだけの強く、純粋な信仰心が必要だった。
『誰・・・いえ、そう・・・最悪ね・・・』
使徒であるならば、その加護を授けた者が居るのだ。そして使徒化では、その天使がわかる加護でなければならない。そしてここで特徴的なのは、その白炎。それを授けられる者は、エリザは一人しか知らない。
そしてそれを知る以上、戦闘は無理と判断する。なのでエリザは逃げるべく翼を広げたが、それを制する様に、その加護を授けた相手が現れた。
『<<真紅の女王>>が娘よ・・・貴様はやり過ぎた。もはや、見過ごせん』
『ミカエル・・・そう・・・ここまで、ね・・・』
ミハエルの真横に現れた一人の若い女に、エリザは全てを諦める。生きる事も、死ぬことも、全て、だ。エリザはこの時、単なる肉を持つだけの人形に成り下がる。相対しただけで、絶望する。相手はそれだけの存在だった。
金色の髪に、綺麗な褐色の肌。そして端正な顔。柔らかでありながら靭やかさの失われていない肢体に金色の鎧と眩いばかりの光を身にまとった姿。そして腰には彼女の象徴である金色の剣と、金色の天秤。背中には当然だが、褐色の肌とのコントラストが美しい純白の翼があった。
ガブリエルを上回る実力を持つ、天使の中で最強の存在にして、全ての異族の天敵。天使達の長。喩え母であっても、いや、数多神様であっても、勝てぬ存在。ガブリエルと同じく熾天使であり、彼女とは違い、人間と天使を除く全ての他種族にとって最悪の敵だった。
どれだけの実力かというと、それは当時の地球で二番目だ、と言えば簡単にわかるだろう。更に上が居るには居たが、そのもう一人は封じられて、今は居なかった。ちなみにガブリエルが第三位だ。
彼女は本来はこんな東に居る相手では無い。彼女は今大揉めしている西の新大陸に居たはずだったが、なんらかの理由で戻ってきたのだろう。
『討て、我が使徒よ・・・と言いたいが、無理か』
「申し訳ありません・・・」
申し訳無さそうに項垂れたミハエルに対して、エリザ達異種族に向ける事のない柔らかな笑みを浮かべたミカエルはミハエルの肩に手を置いた。
『良い。無抵抗の相手は如何な存在であれ切らぬという貴様のその高潔な武士道を、私は買っている。無抵抗の女に暴力を振るう趣味も無いだろう。近隣の村へと連れて行き、神父達に処罰させる。そこまでは、連れていけるな?』
「はい。罪人を連れて行くのは、迷い無く」
ミカエルの言葉に、使徒化を解いたミハエルは恭しくうなずいた。天使達は、自らの使徒と意思を交わす力を持つ。それ故に、ミハエルはミカエルの意思を聞ける。だからこそ、ミカエルが英語を話そうと、ミハエルが奇妙な言葉を話そうと関係がなかった。
そうして捕らえられたエリザは、再度使徒化したミハエルに連れられて近くのそれなりに大きな村へと移送される。どうやらその村にはミハエルの従者達も居たらしく、通訳などは全て彼らがやっていた。
「では、お願いします。私達はこれから急ぎ教会の本拠地に行かねばなりません」
『ありがとうございます、ミカエル様、使徒様・・・』
通訳を介したミハエルの言葉に、村の住人たちは総出で感謝を示す。ミカエルは流石に姿を現せぬと隠れていたが、それでも感謝されていた。
それを手短に受けると、どうやらミハエル達はかなり急ぎの旅らしい。エリザを引き渡すと、早々に馬車に乗り込んだ。
そうすれば、後に残るのはエリザと、村の住人だけだ。それから暫くはエリザを怖がっていた人々だが、次第に慣れ始める。すると、馬鹿を為そうとする者も出始めた。
『へへへ・・・こんな綺麗な嬢ちゃんなら、悪魔だってかまやしねぇ』
『おう』
最早捕らえられている相手に怯える必要はない、とばかりだった。いや、実際に、今のエリザに科せられている鎖には彼女の魔術を阻害する力があり、今のエリザは単なる一人の女に過ぎなかった。
それに、最早生命さえも諦めたエリザは、ただただ為すがままになるだけだ。もう死ぬのだから、何をやっても一緒だ、と。
『なんだよ、声の一つも上げやがらねえ』
服を脱がせる際も抵抗せず、裸体をさらされても声一つ上げないエリザに男達は興奮と同時に幾ばくかの興ざめを感じる。だが、それを差し引いても、エリザの裸体は美しかった。それこそ、彼らの劣情を催すくらいには。
『まあ、関係ねえや! 悪魔の声なんぞ聞いて呪われてもたまったもんじゃねえしな!』
『おい、やるんなら早くしろよ! 後がつかえてるぞ!』
男達の数は、10を上回っていた。それを、諦めの中、エリザは把握する。だが、彼らが事に及ぶ事どころか、裸身を晒すエリザに触れる事さえ、叶わなかった。なぜなら。彼らは全て、水に溺れたからだ。
『良かった・・・助けられた・・・』
エリザは、自分を助けようとしている女が居る事をどこか遠い所から眺めていた。全てを諦めたが故に、助けるのも好きにしてくれ、という感じだった。
『大丈夫ですか?』
エルザの問いかけに、エリザは何も答えない。もう答えるだけの気力が残されていなかった。
ミカエルという最恐の敵は、一合と斬り合うこと無くエリザの肉体を殺さなくても、その精神を蝕んだのである。
『・・・行きましょう』
エルザはエリザに服を着せると、どうやら奪い取ったらしい鍵を使いエリザを開放する。そうして動かないエリザを見てリアレから学んだ術式を使い支えると、共に牢屋を脱出する。
『偶然、この街に来た時に貴方が捕らえられたのを見たんです』
教会から出る直前、エルザが微笑みながら告げる。そう、まさに偶然だ。人に紛れて今の世界を探ろうと向かった村が、まさにこの村だったのだ。
ミハエルがエリザの討伐に出て行ったのは、エルザが村に入る十数分前だった。早くても遅くても、この幸運はありえなかった。
早ければエルザが街に滞在するミハエル達に見つかり、遅ければ、エリザが無事ではなかった。奇妙な言い方だがまさに、天がもたらした幸運だった。
『もう、私の目の前では誰も死んで欲しくない』
ついさっき、リアレを失ったばかりなのだ。これ以上、恩人を失うのは嫌だった。だからこそ、エルザはエリザを支えたまま、教会の出入り口に手をかける。外には無数の鎧の音がしていた。
ここに来るまでにもエルザはかなり強引な手段を取ったのだ。既にこの教会も包囲されている事ぐらい、想像には難くない。
『あの時とは違う。今度は、私が貴方を助けます』
そうして、意を決してエルザは扉を開いて、戦いの中を進むのだった。
それから、エリザからすれば簡単な、エルザからすればとてつもない激戦が繰り広げられた。エルザは最早自分と敵の血で血塗れだったが、それでも、ただの一撃もエリザに傷をつける事はなかった。その献身が、エリザの中に僅かに活力を取り戻させる。
『貴方は・・・どうして私を助けてくれるの?』
『・・・え? きゃあ! <<ディバークル>>!』
戦闘中、いきなりの問いかけにエルザが危うく攻撃をくらいかけるが、鉄砲水を以って敵を吹き飛ばす。
『・・・嫌なんです。もう知っている人が死ぬのを見るのは・・・』
『そう・・・でも、もう私は疲れたのよ・・・』
『それでも、私は貴方を見捨てません』
だが、そういう彼女が死にそうだった。既に魔力の使いすぎで、殆ど威力のある魔術は使えていない。使えている魔術だって、殆ど生命を削っている様な物だ。
『もう、良いわ・・・貴方一人で逃げなさい・・・』
『つっ』
人が必死で戦っているのに、なんという言い草だ、とエルザは柳眉を逆立てる。そうして、残る力を振り絞って、エリザに文句を言う為に、周囲の敵を豪水で無作為に押し流す。そして、エルザはエリザの頬をあらん限りの力でひっぱたいた。
『巫山戯ないで! エリザ・べランシア! 私は貴方を置いて行かない! 貴方が死ぬ時が、私が死ぬ時よ!』
おそらく、彼女がこんな口調になったのは、後にも先にもこの時だけだ。それほどまでに、エルザは怒っていた。おそらく、エリザを救ったのは孤独と言う同族相憐れむに似た感情で、怒ったのは自己犠牲にも似た行動という同族嫌悪に近い感情だろう。
自分が死ぬのは許せるが、他人が死ぬのは許せない。そんな歪さを、エリザはこの時、エルザの中に垣間見た。
『だから・・・あれ?・・・あはは・・・馬鹿をしちゃいました・・・』
どしゃり、とエルザは血の海の中に膝を屈する。魔力の使いすぎだった。本来はもう立っているだけの気力も残されていなかったのに、そこに更にエリザにビンタした挙句に怒鳴ったのだ。逆によくもまあ怒鳴れた物だ、と称賛されるべきだった。
『あはは、ごめん・・・なさい・・・でも、今なら・・・貴方一人でも・・・逃げられます・・・』
浅い呼吸で、エルザはエリザに告げる。だが、それでもエリザは動かない。そんな二人に、周囲の兵隊達は包囲網を縮めていく。
『死んだ・・・か?』
『あまり近づくな! 相手は人魚と吸血姫! 操られるか、血を吸われるぞ!』
包囲網を縮めつつも、最後の一歩が踏み出せない兵隊達は油断なく弓矢をつがえる。近づいてはならないなら、近づかないまでだ。そうして、何ら動きを見せない二人に対して、無数の矢が放たれた。
『<<真紅の屋根>>』
だが、それが二人に命中することには、なり得なかった。二人の身体を覆うように、真紅の屋根が出来上がったからだ。
『なっ! 生きてるぞ! 総員気をつけろ!』
『<<真紅の海>>』
騎士達の驚きと注意喚起の声をバックに、エリザの口決が続く。するとまるで血の海は本当の海の様に、深みを持った。
『な、なんだ! 沈む!』
『およげ! いや、およ、ごぼっ!』
抜けだそうにも、まるで底なし沼の様に抜け出せない。泳ごうにも、まるで泥の様にへばり付いて泳ぐことも出来ない。そうして、彼らは血の海に沈んでいく。そんなあっけない戦いの幕切れに、今までの必死の戦いは何だったのか、とエルザは疲労感もふっとんだ。
『・・・え?』
『・・・痛かったわ・・・でも、ありがとう』
『・・・え?』
声に気付いてエリザを見たエルザの目に、光を取り戻したエリザの瞳が見えた。
『行きましょう・・・エルザ。今度は私が支えてあげるわ』
『・・・はい・・・お願いします』
自分の名前を知っていた事は驚きだが、とりあえず、エルザはエリザに自身の身を預け、脱出を図る。
この時は知り得なかったが、後に聞けばエリザはエルザが無事に帰れたかと彼女の故郷と思しき場所にまで行ったらしい。それ故に、エルザの名前を把握していたのである。
『ここまで来れば、もう安心よ』
『ええ』
二人はミハエル達が向かった西とは逆の東に逃げ続ける事にすると、エリザの翼――戦闘の衝撃でエルザの歩行補助の魔道具は破壊された為、徒歩では逃げられなかった――で数時間飛んだ所で、一息つくことにした。如何に使徒といえど、この当時では飛ぶ事は容易では無いのだ。それ故に飛んで逃げる事にしたのである。
一息入れるのに合わせて二人はこれからを話し合う前に、お互いの現状を話し合う事にした。そしてその全てを語りを得て、エリザが微笑みと共に告げた。
『そう・・・なら、私が貴方を守ってあげるわ』
『え?』
『名前、似てるでしょう? なら、姉妹みたいな関係でも良いじゃない。私がお姉さんで、貴方を守ってあげるわ』
『え、いえ、あの・・・』
困惑した様なエルザに、エリザが微笑みを浮かべる。とは言え、これは建前だ。純粋に、エルザの存在はエリザにとって希望に近かった。
彼女ならば、全ての異種族を住まわせる事の出来る避難地を作り上げられるかもしれない、と思ったのだ。そして、それは今回の一件を聞いたある天使にとっても、同じ思いだった。
『なら、これを使いなさい』
『・・・ガブリエル?』
『え・・・?』
現れたのは、他ならぬミカエルと同じ熾天使であるガブリエルだった。彼女は20個程の巨大な魔石をエリザ達に差し出す。
『・・・一体、どういうつもりですか?』
『聞く必要は無いでしょう? 彼女は多分、私達を害するつもりは無いわ』
当たり前だが、普通はエリザの様にガブリエルに心を許すわけではない。それ故に警戒感を最大にして意図を探るエルザに対してエリザは頭を振るい、魔石をそれを収納する為の道具と共に受け取る。
『どこへ逃げるつもりですか?』
『・・・日本、という国です。そこなら、貴方達も手は出せない』
ガブリエルの問いかけに、エルザは警戒しながら答える。それを聞いて、ガブリエルは更にアイデアを二人に授ける。
『ええ。どう足掻いても今の私達の力では及びません。あそこは特異過ぎる・・・ここから東にある一帯を使いなさい。元々村があったのですが、今は疫病にやられ廃村になっています。あそこなら、教会の者達も近づきません・・・エリザ、場所は知っていますね?』
『あら、あの森一体はオスマン国の配下じゃなかったの?』
東、つまりは随分昔に彼女が行くな、と言った土地だった。だが、エリザとて、これが何を言わんとしているのか理解出来た。だから、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。その笑みが意味する事を同意するように、ガブリエルもまた、ほほ笑みを浮かべ呑気に言った。
『それは、昔の事ですよー?』
『ふふ。あら、そうだったかしら・・・エルザ。闇夜の内に移動した方がいいわ・・・ガブリエル。貴方達・・・いえ、貴方が何を思っているのかは、知らない。けど、今回は、礼を言わせて。ありがとう』
『・・・貴方達も、ご武運を』
警戒するエルザの手を引いて、エリザは移動を始める直前、ガブリエルに礼を告げる。それを受けて、ガブリエルもまた、夜空に消え去るのだった。
それから、約5年。エルザとエリザは密かに準備を進め、行き場を失った異族達を集め続けた。エリザの言葉ではどうやらガブリエルが密かに手を回しているらしく、その間一度も目立った襲撃を掛けられた事はなかった。あっても時折警戒中の下級の天使達に見つかるぐらいで、それにしてもエリザの範疇だった。
「エリザ。準備はいいですか?」
「ええ・・・」
あの後一度だけガブリエルが闇夜に乗じて密かにやってきて、二人に日本語を記録したという魔石を渡してくれた。聞けばミカエルにバレない様に密かにミハエルに接触し、日本語の情報を入手した、とのことだった。お陰で、今ここに居る異族達は全員、日本語を覚えられた。
そうして、遂に。後は、リアレを信じるだけになる。どの異族にも、不安が見えた。それこそ、エリザにも、だ。だが、エルザには、不安は一つもなかった。
「リアレさん・・・今、行きます。ここは、私達の最後の楽園。<<最後の楽園>>・・・<<浮上>>!」
轟音と、異族達の感動の声を響かせて大地が浮上していく。それに、エルザが満面の笑みを浮かべる。これは今は亡き恩人の夢だ。それが遂に、実を結んだのだ。
「・・・これで、もう良いわね・・・」
そんなエルザの横で、エリザは安堵を得て、こう、思った。もう、やりたいことは無くなった。やるべきことも、と。
ガブリエルの言葉はおそらく、真実だろう。東の果ての島国には、彼女らの手は及ばない。だからこそ、ガブリエルはこの<<最後の楽園>>の計画を見過ごすどころか、手を貸したのだ。
何のために。逃がす為に、だ。なぜなのかは、エリザにはわからない。だが、結果が全てだ。これで、エルザの安全は確保された。
そうして、これから約400年の間で、生きる目的を失ったエリザはゆるやかに、生きる気力を失っていく事になる。そう、彼女らの根本の原因を正す事の出来る、彼女らを変える男に出会うまで。
お読み頂きありがとうございました。




