断章 楽園創設編 第20話 楽園の始まり――楽園の終焉――
リアレの研究が始まってから、十数年。その研究には、一定の目処が付く様になっていた。が、そうなるとやはり、どうにもならない問題も明らかになる。
『うーん・・・やっぱ、この大きさの魔石じゃあ、出力的な限界があるねぇ・・・』
『こぶし大ですからね・・・』
『なんかでかい鉱山でもあれば、なんとかなんだけどねぇ』
エルザの言葉に、リアレは溜め息を吐いた。魔石で出せる魔術の限界出力は、魔石の大きさに比例する。なのでこの段階で、幾ら術式を改変しても出せる出力の限界に到達したのである。
『うーん・・・この村の全周が約500メートルだから、そこまで大きくない魔石で済むのはありがたいんだけどねぇ・・・』
『いっそ、この間旅人さんが言ってたみたいに、幾つかの魔石で共鳴させて効果を増幅する、のではどうでしょうか?』
『ああ、なんか東から来た奴の地元で使われていた奴か・・・』
彼女達は知らない事だったが、この村よりも遥か東にある島国では独特な魔術体系が生まれていたらしい。そこでは単独で効果を出す物では無く、複数の術式を意味のある配置で配置させ、それらを共鳴させて効果を高めていると言う。
『うーん・・・確かに出来るかもしれないっちゃあ、出来るかもねぇ・・・そう言っても東の方の魔道書なんて手に入らないからねぇ』
『東の果てにある日本という国、でしたか・・・』
『大昔にマルコ・ポーロって奴が書いた本に記述があったのは知ってたけど・・・そこまで行けないからねぇ。まあ、簡単に目的地に行けるんなら、苦労しないか』
エルザは今までずっと村を飛ばせて終わり、だと思っていた。それに目的地があるなぞ思いもよらなかった。
『そう、なんですか?』
『ああ、あそこまでは流石に教会の騎士達も行けないだろうさ。なにせ東の果てだからね。やっこさんらは南東方面にゃ興味あるらしいんだけど、それより東にゃ流石にまだ手を出せないだろうさ・・・それに、あそこは色々と特異らしくてね。隠れるにゃあ、もってこいらしい』
遠く東を見つめながら、リアレは遠く異郷の地に思いを馳せる。
『でもまあ、その為にはこの研究を終わらせないとね』
『はい』
そうして、二人は更に研究を重ねる事、約1年。偶然ではあったが、彼女達の下に幸運が訪れた。
『リアレさん! 聞いてください!』
『ん? どうしたんだい? そんな大慌てで・・・』
『これ!』
大慌てで入ってきたエルザに首を傾げたリアレだったが、そうして掲げられた本に更に首を傾げる。だが、その次の一言に、彼女も目の色を変えた。
『日本の魔道書らしいです!』
『本当か!』
椅子に腰掛けていたリアレだったが、エルザの言葉に椅子から転げ落ちる様に立ち上がり、日本製だという魔道書の中身を大慌てで読み込んでいく。
『あいっかわらず、奇妙な文字だねぇ・・・』
『漢字にひらがな、と言うらしいですね・・・』
奇妙な文字、と言いつつも二人は日本語が読める。これは単に勉強したから、だ。いつの日か日本の魔道書を読めるように、と勉強だけは、欠かさなかったのだ。それが今日になって功を奏したのである。
それから、二人は昼夜問わず魔道書の研究を行っていく。そうして、リアレがその大半を理解出来る様になった頃に、ついに事件が起こった。
『なるほどねぇ・・・魔法陣の構造自体にもきちんと意味を持たせて、それらを共鳴させて効力を増幅させる様になってたのか』
『立体的な魔法陣に見立てているみたいですね・・・』
『こりゃ、ある種の芸術だねぇ・・・思わず惚れ惚れするよ』
どこか陶酔に近い様子を滲ませて、リアレが嘆息する。やはり、文化が違うというのは良い刺激になるらしい。リアレの中で急速にアイデアが纏まっていく。
そうして、遂に実用に足るアイデアが纏まったらしい。メモに走らせていた魔法陣のアイデアと設計図を書き終えて、歓喜の声を上げた。
『良し! これで後は試験を』
それと、同時だった。ドゴン、と明らかに人為的な爆音が鳴り響いた。
『なんだ!?』
この村で爆音が鳴る、という事があるとするのなら、まず間違いなく彼女の関連しか無い。だが、その原因たる彼女はここに居る。それ故にリアレは大慌てで窓を開いて、外を確認する。
すると、村の入り口の方向から爆炎が上がっていた。だが、爆音はそれだけで終わらなかった。彼女の見ている前で、左手から更に爆発が上がる。
『次はこっち・・・つっ!』
何が起きているのか、それを把握する前に、更に逆側から爆発が起こる。それに続けて、爆炎は見えないが、家の裏側でも爆発が起きた。それでようやくリアレは何が起きたのかを把握する。
『騎士達か!?』
『ここに人魚が居る! 探せ! 他にも魔女が居れば、魔道書を手に入れろ! 残りは全て殺せ!』
『どこぞの貴族連中か!』
襲撃、その判断だけは正解だった。だが、間違いもあった。それは敵だ。彼女らは教会の騎士達による急襲だと思ったが、台詞からどうやらエルザ達人魚族狙いの貴族達らしいと判断する。
『エル・・・つっ! 馬鹿! どこ行くつもりだい!』
そうしてエルザに避難を告げようとした所で、彼女が外に出ていこうとしている事に気付いた。
『彼らは私が狙いです。だから・・・時間稼ぎをします』
『馬鹿! あんただけじゃなくて、あたしのお宝も狙いだよ! 湖に居る人魚達は湖底にある通路からもう逃げてるだろ! 他にも家に居た奴らは脱出ルート使って村の外に出てくはずだよ! 外の奴らは諦めな! 完全に包囲されてる! あんたは地下行って今までの資料を纏める準備しときな! 資料まとめたら、さっさと逃げるよ! せっかく完成したんだ! こんなとこで死ぬ必要は無いだろうが!』
『あ、はい!』
救われたから、村のみんなの為に。エルザの中にそんな自己犠牲の感があったことは、元々リアレも把握していた。
だからこそ、直ぐに逃げられる様にリアレはエルザに自分がたった今完成させたばかりの魔法陣のアイデアを強引に握らせると、地下の資料をまとめさせる事にする。
地下には坑道に似た非常用の脱出通路があり、上には自分が居る。これならば、嫌でも自己犠牲に出れないと思ったのだ。
『人魚は殺すな! いや、血の一滴まで、伯爵様の物だ! 傷一つ付けるなよ! 全てが黒魔術のカテに、肉は不老不死の妙薬となる!』
『ちっ・・・外の奴らは、すまないね』
外から聞こえてくる人の物とはとても思えない台詞に、リアレは顔を顰める。
だが、これが貴族達の目的だ。ただ、彼らの耽美で背徳的な目的の為に。その為だけに、彼女ら異族は狙われるのだ。そんな所に、地下からエルザの悲鳴が聞こえてきた。
『きゃあ!』
『どうした!?』
『へへへ・・・』
『つっ!?』
エルザの悲鳴を聞いてとるものもとりあえず地下室に入ったリアレだが、そこには何と、避難道に通じるはずの扉から出て来たらしい貴族の兵隊がエルザを捕らえた姿があった。どうやら幸いにして、向こうは此方に気付いていない様子だった。
それを見て、リアレは敵に気付かれぬ様に慌てて口を紡ぎ、声を潜めて、魔術の準備を一瞬で終わらせた。
『ちっ! 離しな!』
リアレとて、攻撃系の魔術は使える。それ故に即座に攻撃系の魔術を使用する。流石に異族達の里に襲撃を掛けるとあって色々な対策を整えていたらしいが、不意を打たれてはどうしようもない。一撃で襲撃者は絶命する。
だが、これがいけなかった。坑道の更に奥に居たらしい兵隊達に、此方の存在を気付かれた。
『おい! どうした!』
『ちぃ! マークがやられた! あの坑道の先にまだ抵抗する奴が居るぞ!』
どうやら貴族の兵隊達は全ての準備を整えた上で、襲撃の計画を立てていたのだろう。避難道にも既に入り込んでいたようだ。避難道の出口にも彼らの手勢が回っているとしか思えない状況だった。
押し寄せてくる気配を見てリアレは忌々しげに顔を歪める。とは言え、いつまでもしかめっ面をしていられる状況ではない。避難道への入り口を魔術で凍結させると、即座にエルザを抱き起こした。
『エルザ! 大丈夫かい!?』
『・・・』
『つっ・・・これは、吹き矢に睡眠の魔術でも仕込んだな・・・金持ってるねぇ』
エルザの状況を観察して、リアレは思わず苦笑に近い笑みを零す。どうやら彼らの指示だけは、全ての兵隊に行き届いていたらしい。エルザは人魚だと見ると、傷一つ付けられていなかった。単に魔術で意識を奪われただけの様子であった。
使われたのは、吹き矢の鏃の部分に魔石を仕込み、対象に発動と同時に魔術を発動させる物だ。当たり前だが魔石を使う分、更には小さな物に魔術を刻むと言う高度な技術が必要がある分、かなり費用が掛かる。これを末端の兵士にまで行き届かせている所を見ると、どうやら金に糸目をつけずに襲ってきたらしい。
ちなみに、この吹き矢はゼロ距離で魔術が発動する分かなりの効力があり、金に糸目を付けないのなら、十分に選択肢になり得た。だが、これは同時にかなりの資金源を持つ貴族がバックに居る、という事に他ならず、得物の側であるリアレにとっては、厄介さが増した、という程度にしかならなかった。
『さて・・・時間は無いけど、置いてくわけにもいかないからねぇ・・・』
当たり前だが、資料を抱えながら、エルザを抱えながら、の逃避行は幾らリアレでも不可能だ。どれかを捨てないといけない。だが、彼女とてエルザも資料も捨てるつもりは無い。
まあ、それに幾ら人間達に高度な魔術とは言え、魔女からしてみれば簡単な手慰み、だ。なので解呪は集中してやれば、直ぐに終わる。だが、この集中したのが、命取りだった。彼女を狙う襲撃者の存在に気付けなかったのだ。
『良し! 起きたね!』
『ん・・・んん・・・あれ・・・』
『エルザ! 寝ぼけてる暇は無いよ! さっさと立つ! そんでにげ』
笑って立ち上がり、エルザの手を取ろうとしたところで、いきなりリアレが口から血を吐いた。そうして、生暖かい血が、エルザの顔を濡らした。
『・・・え?』
『く・・・くそ・・・しくったね・・・』
『危ない・・・魔女だったか・・・この一瞬を狙い打てたのは神の御加護の賜物か。不意打ちは騎士道に反するが・・・貴様ら悪魔には関係あるまい』
ドサリ、とエルザに向かってリアレが倒れこむ。そうして彼女が倒れた後ろには、一人の騎士らしき男が剣の血糊を払っていた。それは、エルザにとって、数十年ぶりに見るあの騎士達に、良く似ていた。
『あ・・・あぁああああ!』
『こっちは・・・人魚か。ふん。売女が・・・こんな物を欲しがるなぞ、伯爵はどうかしている』
エルザの絶叫が、地下室の中に木霊する。それに一切斟酌すること無く、男はエルザを一瞥して、悪態をついた。
どうやら、数十年で彼らはとんでもない進歩を遂げていたらしい。たった一瞥するだけで、エルザを人魚と見抜いていた。
『む・・・しまった!』
そうして仲間にどうするかを相談していた騎士だが、エルザの絶叫の所為で、一つの事を見逃していた事に気付いて、思わず顔を顰める。いや、それだけでは無く、大慌てで更に声を上げた。
『総員退却! 魔女が自爆するぞ!』
男が大慌てに避難道に声を掛けて、更に自身は地下室から上に出る。そう、彼が見逃していたのは、死んだ、と思っていたリアレに魔力が集まっていた事だ。死んだ事を確認しなかった所為で、自爆される、と思ったのである。
魔族の中には、自爆に似た事を起こせる種族も居て、魔女族もその一つ――と言っても彼女らの場合、魔術で似たような事を起こせるだけだが――だった。もう既に殺せばそれだけで暴発しかねない量の魔力が蓄積されたのを見て、思わず彼は逃げる事を選択したのだ。
『ふ・・・ふふふ・・・』
どうやら今までずっと黙って身動き一つ取らなかったのは、騎士を騙す為だったらしい。騎士が慌てふためいて逃げていったのを見て、エルザの耳に小さな笑い声が聞こえてきた。それに気付いて、エルザは我を取り戻してリアレを抱き起こす。
『リアレさん! しゃべってはいけません!』
『けふ・・・大丈夫さ・・・』
血の泡を吐きながら、リアレは弱々しく笑みを浮かべる。エルザはなんとか止血を行おうと研究用の布を使って止血を行おうとするが、その前に、リアレにとんでもない握力で掴まれた。そうしてエルザを押しとどめると、再び握力は弱々しくなり、口を開いた。
『待ちな・・・そこの資料とってくれ・・・』
『これ、ですか?』
リアレの蔵書数はとんでもない数で、応急処置をする魔術が存在していても可怪しくはない。そう思ったエルザは、急いでリアレが指定する資料を持ってくる。
『持ってな・・・それと、あたしを抱き起こしてくれ・・・』
『はい』
確かに、このままでは読めないだろう。そう思ったエルザはリアレを抱きかかえる。そして、次の瞬間。今まで溜めに溜めていた魔力を持って、リアレは最後の手段を使う。
『え・・・?』
『く・・・くくく・・・奴らもバカだねぇ・・・自爆なんてするはずないじゃないか・・・まあ、家は爆発してるはずだから、逃げた事はバレないはずさ・・・』
困惑するエルザの声と、痛みと笑いに堪えるリアレの独白が闇夜の中に響き渡る。どうやら今日は満月らしく、周囲を月明かりが照らしていた。そこはどこかの丘の上らしく、周囲が良く見えた。
『あの・・・ここは・・・?』
『森の外・・・さ。正確な場所は、わかんないけどねぇ・・・流石に村から普通に逃げたんじゃ、逃げられないだろうからね・・・』
焦点の合わない目で、リアレがエルザに状況を説明する。流石に湖底から川に続く逃げ道のある人魚達や空を飛んで逃げる者達は逃げられるだろうが、それ以外は普通に徒歩で逃げるしか無い。そんな徒歩での逃げ道をまさか敵が見逃してくれるとは思わなかった。
それ故に、彼女は秘蔵の転移術を使い、脱出したのだ。転移術は、地球でも変わらず最上位の困難さを誇る術だ。如何に魔女族であっても出来る者はごく一部に限られる。それを瀕死のリアレが出来るとは襲撃者達も思わないだろう。
これはひとえに、数百年もの間村を隠し通せたリアレという地球の歴史上有数の知性を持つ魔女だからこそ、出来た事だった。
『あ・・・そうだ! 直ぐに止血を!』
『やめな・・・』
流石に転移のショックで呆然としていたエルザだが、直ぐに我を取り戻して止血しようとする。だが、リアレはそれを押し留めた。
『無理さ・・・流石にあいつらの使う剣はただもんじゃあ無い・・・こりゃ多分、どっかの異族固有の毒でも塗りこんでるね・・・けふっ・・・良く、お聞き・・・』
それでもなんとか止血をしようとしているエルザをなんとか押しとどめ、リアレは先程まで纏め上げていた魔術とその系統の説明を行っていく。
それは簡潔で、手短だったが、元々伝えられる様に情報をまとめていたらしい。それだけで研究の手伝いをしていたエルザにも理解出来た。それを、エルザは無力感と、絶望の中、必死に聞き覚える。これは遺言だ、と本能が悟ったのだ。エルザは決して一字一句忘れぬよう、必死で覚えた。
『後は・・・これに最適な道具を探しな・・・はぁ・・・疲れたねぇ・・・そういや、ここ当分寝てなかったっけ・・・』
『リアレさん! 寝てはダメです! 意識をしっかり!』
段々と薄れていく意識に、エルザは必死で声を掛ける。だが、既にその声は届いていなかった。
『あぁ・・・そういえば・・・一つお願いだよ・・・エルザ。あたしが死んだら、火葬、しといてくれ・・・せめて、死んだ後ぐらいは空を飛びたいからねぇ・・・』
『そんな・・・リアレさん! お気を確かに!』
『ふぅ・・・エルザ・・・そういえば、さ・・・あんた、人魚だろ? 一曲、子守唄頼むよ・・・』
もう、何の言葉も届いていない。それを、エルザはリアレの様子から把握する。
『・・・はい』
涙を流しながら、エルザは子守唄を歌う。そうして、それが終わると同時に、滝の様に涙を流して、更に続けて、レクイエムを歌うのだった。
翌朝。流石に闇夜に火葬をすると敵に見つかるかもしれない、と夜明けと共にエルザはリアレから教わった魔術で彼女の遺骸を火葬して、その遺灰を全て、風の魔術で空高く吹き飛ばす。
『リアレさん・・・私も、後からきっと、貴方の願った大地と共に行きますから』
そうして、飛んで行くリアレの遺灰を最後まで見送って、エルザは旅に出る。やることは多い。そして、逃げ込める場所も無い。
彼女は覚悟を決めて、少し先にうっすらと見える大きめの街へと、足を進める。リアレの遺言に従って道具を集めようにも、まずは情報だ。そうして、そこで、彼女はついに運命の再会を果たすのだった。
お読み頂きありがとうございました。




