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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第5章 日本騒乱編

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断章 遭遇編 第17話 晴れる

 瞬の案内で鞍馬寺までの参道を駆け上ったソラだったが、一息ついて顔を上げて見たのは、作務衣姿で境内の掃除を行う掃除の姿だった。


「おま・・・なんでこんなとこいんだよ?」

「ん・・・ああ、まあ俺の生まれはこっちでな。少し自分のルーツを調べるのを含めて、ここに滞在している。これは清掃作業のバイトだ」


 まさかリベンジの為に鞍馬寺の大天狗に弟子入りしました、なぞ言えるはずもなく、総司は当たり障りの無い言い訳をしておく。それに、ソラは少し納得しない様な顔だったが、希達が京都に集まっているのはその関係か、と思えば納得が行ったため、とりあえずは納得する。


「まあ、良いか・・・」

「それで? お前は何をしに来たんだ?」

「あ・・・そういや、ここで座禅ってできんのか?」

「ああ、何だ・・・珍しいな」


 どうやらソラと座禅の組み合わせの意外感は、総司に笑いをもたらした。彼は少しだけ笑う。


「うっせーよ。で、できんのか? バイトしてんなら、わかんだろ?」

「ああ、いや、すまん。ちょっと待っていてくれ。今本間さんを」

「ここじゃ座禅はやっとらんで。兄さん、バイトやいうてもそんぐらい把握しとかなアカンで」


 総司が箒を置いて立ち去ろうとしたのだが、そこに横合いから苦笑混じりの声が掛かる。それを聞いて、ソラは横の総司を再び見ると、彼は少し申し訳なさ気に答えた。


「え? マジ?」

「ああ、いや・・・悪い。俺はまだ入ったばかりだ」

「はは、そうみたいやな」


 横合いに声を掛けたのは、なんと鏡夜だった。彼も彼でこの間のヨミからのアドバイスを受けて、鞍馬寺にやって来ていたのであった。


「ここで受け付けとるのは、座禅やのうて写経や。お経の一文を写す、つー奴やな」

「げっ! まじかよ!」

「はは、何や。そんなんも知らんでここに来たんかいな?」


 ソラの魂消た様子に、鏡夜は笑いながら問いかける。ソラはつい有名なお寺ならどこでもやっているだろう、と思って鞍馬寺にやってきたのであった。


「いや、どこでもやってんじゃないかなーっと」

「んなわけあるかい・・・えっと、確かやな・・・あー・・・あそこは金取られるし・・・あそこは予約要る言うてたか・・・あ、そういや・・・ああ、あれは朝無茶苦茶早かったか・・・あっちは今日は休みやし・・・」


 ソラの言葉を受けて、暫く鏡夜は自分が懇意にしているお寺の中で座禅が出来る所をリストアップしていく。そうして暫くの間リストアップしていったのだが、少しして、頭を振った。


「あー、アカンな。今日はどこも休みか、こっからやと終わっとるはずや」

「げ・・・まじかよ・・・」

「はは、まあ、そう落ち込むなって・・・ああ、そや。それやったらせっかくやから、写経でもしてくか? ここもホントはやってくれへんのやけど、俺はちょっと住職と知り合いでなぁ。まあ、言うたら一緒にやらせてくれるかもしれへんで?」


 落ち込んだ様子のソラに、鏡夜がせっかく来てくれたのだから、と自分と一緒の写経を提案する。

 ここは知っての通り、鞍馬寺。鞍馬天狗の本拠地だ。それ故に鏡夜の本来の仕事を知る住職が期間外でも写経をやらせてくれていたのである。とは言え、別に何か特別な事をするわけでは無いので、一緒にどうか、と提案したのであった。


「え、マジ? 頼んで良いか?」

「おうおう。ちょっと待っといてくれや・・・ってことで、兄さん。悪いんやけど、本間さん呼んでくれるか?」

「本間なら、今はおらんよ」


 そんな鏡夜の言葉に答えたのは、総司ではなく嗄れた老人の声だった。その声を聞いて、総司が思わず目を見開く。声の主はなんと袈裟を着た老人状態――と言っても顔色は普通で、鼻も長くない――の鞍馬だった。


「鞍馬さん!」

「なっ!?」


 鏡夜は鞍馬寺に出入りしている関係から、鞍馬天狗を知っている。なので総司が名前を呼んだので、彼は単なるバイトの清掃員では無い事を、この時把握した。


「ふぉふぉ・・・久しいな、草壁の小童」

「鞍馬殿こそ、お久しゅう・・・で、本間さんがおらん、ってほんまですか?」

「おうおう・・・丁度腰をやったらしくてな。昨日病院に運ばれていきおったわ」


 鏡夜の問いかけに、鞍馬が笑いながら頷いた。とは言え、これは総司が知らないのは無理も無い。なにせ彼はその間は山で修行の真っ最中だったのである。


「丁度総司がぶっ倒れておる間に運ばれていきおった。朝に連絡などを受け取るのを忘れるでない。人付き合いが苦手なのも、小僧の悪い癖よ」

「ぐっ・・・すいません」


 鞍馬から出て来た苦言に、総司が少しうなだれる。この時点で、鏡夜は最近鞍馬に弟子入りした者が居る、という噂の人物が彼である事を把握した。秋夜がその弟子と話したということで、そこから聞いたのである。


「気をつけよ・・・それで、座禅じゃったな。どれ、儂が見てやろう」

「え! マジで?」

「おぉおぉ・・・良かろう。儂は本来隠居しておったんじゃが・・・何、たまさか出てくれば楽しげな声に引き寄せられての」

「ラッキー! 爺さん、ありがとう!」


 気前よく笑う鞍馬に対して、ソラが笑いながら頭を下げた。当たり前だが、この中で唯一ソラだけが鞍馬が鞍馬天狗である事を知らない。なので単なる隠居老人が気まぐれを起こしただけ、としか思っていなかった。


「ほれ、小僧。お主はどうする?」

「え・・・俺も一緒して・・・ええんですか?」


 鞍馬の言葉に、鏡夜が少し驚いた感を出して問いかける。それに、鞍馬は笑って頷いた。彼は総司の一件を見れば分かるように、かなり面倒見が良い。それ故、迷いを抱えている若者を見ると手を貸さねばならないのだった。


「うむ。小僧の中にも迷いが見える。共に見てやろう・・・総司。お主は丁度良い。精神鍛錬じゃ。加われ」

「はい・・・」


 このお寺では、鞍馬こそが絶対の主だ。なので総司が鞍馬を連れて行った所で、何も言われない。なので総司も箒を片付けて引き継ぎを済ませる、と一同から離れていった。


「さて・・・座禅は組んだの?」

「おう」

「はい」


 鞍馬の問いかけに、ソラと鏡夜の二人は瞑目して頷いた。流石に本堂では、ということで鞍馬が使っているという仏間に移動した一同だが、意外な事になんとソラも普通に座禅を組めていた。

 それも俄仕込みでは無く、それなりに様になっていた。これは彼が古武術を嗜んでいた頃の、所謂、昔取った杵柄、というやつだった。


「では・・・始め」


 その言葉を合図に、二人は意識を落ち着かせて瞑想を始める。お互いに、考える事は今の自分の悩みだ。それから暫く、二人はただただ自らの悩みに向き合うのだった。




「いっつ!・・・ありがとうございます」


 ある時、ソラが姿勢を崩して鞍馬の警策を与えられる。どうやら少し姿勢が悪くなっていたらしい。それに、ソラが姿勢を正す。

 それから更に暫くの間。更に総司を交えて三人は瞑想を行っていた。そうして総司はともかく、鏡夜も幾度か打たれた所で、鞍馬から声が掛けられた。


「ふむ・・・珍しいな。草壁の小童。何か深い悩みを抱えておると見える」

「おわかりですか?」


 鞍馬が声を発したのを一時中座の合図と見て、問いかけられた鏡夜も、他の二人も目を開く。すると、目の前にはあぐらをかいて座っていた鞍馬の姿があった。


「とは言え・・・小童。もう答えは見えておるのでは無いか?」

「・・・ええ。なんとなし、ですが・・・」

「ふむ・・・友と義。その狭間で揺れておると見るが・・・如何に?」

「・・・ご明察です」


 鞍馬は鏡夜の瞳の中に、大昔に居た弟子と似た光を見る。それ故に問いかけたのだ。そして、それを言い当てられたからと言って、鏡夜に驚きは無い。

 これは別に情報屋だから知っているのだ、という意味では無く、無数の若者や弟子達を見てきたが故に理解出来るのだ、と把握していたからだ。


「うむ・・・その道を進むが良い」

「ほんまに・・・それでええんですやろか?」


 鞍馬は自身の悩みを把握しているのだ。ならば自分が為そうと思っている事を把握していないとは思わない。鏡夜は鞍馬の言葉に、再度の問いかけを投げかけた。だが、その問い掛けに、鞍馬は笑って答えた。


「ふぉふぉ・・・そんなもんはわからんよ。そもそも何を為すつもりかもわからん。じゃが、とりあえず、やってみよ。お主にはそれを為すだけの力があるじゃろう。ならば、それを為すということも、運命なのやもしれん」

「ありがとうございます」


 鞍馬の言葉を聞いて、鏡夜は深々と頭を下げる。そうして顔を上げた彼の顔は、何かを決心した一人の男の顔であった。それを見て、鞍馬は微笑んで頷いて、更にソラの瞳を覗き込む。


「ふむ・・・小童の悩みはまだ晴れておらん様じゃな」

「ああ・・・どうするべきか全くわかんねえんだよ・・・」

「ふむ・・・大方怒りに猛り、いらぬ暴力でも振るったか」


 ソラの方は、大して見通す必要も無い事だったらしい。鞍馬は殆ど見通すまでも無く、ソラの悩みを言い当てる。


「つっ・・・ああ・・・つい、やり過ぎちまった」

「そう思えるのなら、大丈夫じゃろう」

「・・・え?」


 沈痛な表情で告げた告白に対して、鞍馬は含蓄のある柔和な笑みを浮かべながらソラに告げる。


「スマヌ、と思っておるということは、怒りに自制が付きつつある・・・たまさか沸点を超えたからというて、それを思い悩んだ所で無駄じゃ。そんな事は誰にでもある・・・そも、横の総司なんぞ年上の癖してもっと沸点が低いし、自制が出来ておらん。とは言え、遥かに長く生きておる儂でさえ、時に怒り狂う。怒りに我を忘れよ、とは言わん。じゃが、怒る事に怯えるのは、間違いじゃ」

「そう・・・なのか?」


 ソラは鞍馬の言葉に、一筋の光を見た気がした。今まではずっと自制の出来ない自分では怒ってはならない、と思っていたのだ。そんなソラに、鞍馬は安心させるように、言い聞かせた。


「怒りに我を忘れることは、おそらく小童はもうならんよ。そうやってスマヌ、と思うておるということは、逆に言えば気をつけようと次からは思っておる証じゃ」

「そう・・・か。ありがとう、爺さん」


 鞍馬の指摘に、ソラは自分が次は気をつけようと思っている事を始めて自覚した。それ故、彼も険の取れた表情で礼を言う。だが、それに鞍馬は更に続けた。


「うむ・・・おぉ、とは言え、一つ言っておかねばならん。それでも、人は怒りに我を忘れることはある。それが如何な時か。それが分かる様になれば、お主は確かに、成長しておるよ」

「ああ、わかった。覚えておくよ」


 鞍馬の言葉を、ソラは素直に受け入れて、心に刻みこむ。それに、鞍馬は柔和な笑みで、頷いた。そうして次に見るのは総司だ。だが、此方は見て早々に、溜め息を吐いた。


「はぁ・・総司よ。お主に一つ聞いておく。何か忘れておりはせんか?」

「ん? 何か・・・いや、思い出せんが・・・」

「はぁ・・・」


 どうやら鞍馬はそれを思い出させるために、総司に精神修練を課したらしい。尚も思い出せない総司に、鞍馬は深く溜め息を吐いた。


「ほれ、もう暫く待っておれ。お主が何を忘れておるか、それで判明しよう」

「? ああ・・・」


 完全に忘れている総司には言われた意味は理解出来ないが、どうやらもう暫く待っていると分かるらしい。なので、彼は暫く待っていると、急に声が響いた。


「あぁー! 総司、てめっ! こんな所で何呑気に座ってやがる!」

「ん? ああ、希か。こんな所にまで、どうした?」


 馴染みの声に気付いて総司が後ろを振り向けば、そこにはやはり希が居た。その近くの烏に鞍馬がここまで案内させたのである。


「どうした、じゃねーよ! てめえが全然連絡取りやがらねえから、探しに来たんだろうが!」

「ん・・・あ・・・すまん! 修行でぶっ倒れていたらすっかり忘れていた!」

「はぁ・・・全く。だから若造はまだまだ修練が足りておらん」


 言い合いを始めた弟子を見ながら、鞍馬はため息混じりに呟いた。実は鞍馬は早くから希達の事も把握しており、京都に来ていた事も知っていたのだ。

 それ故、すっかり集会を忘れていた総司の為に、鞍馬寺までの参道を見て渋る希をここまで案内したのであった。


「小僧。お主は今日の訓練は免除してやる。それ故、一度下山して仲間達に事情を説明してくると良い」

「も、申し訳ありませんでした・・・」


 どうやらすっかりほっぽり出してしまったことは総司でも恥ずかしかったらしい。鞍馬の言葉を受けて、かなり照れながら頭を下げる。それを見て、苦笑気味に鞍馬はその横の二人に問いかける。


「では、二人も迷いは晴れたのう?」

「はい、有難う御座いました」


 鞍馬に問いかけられたソラと鏡夜は、揃って頭を下げる。彼のお陰で、最後の一歩を踏み出せたと言って良かった。それに、鞍馬は総司に向けるのとは違う柔和な笑みで頷いた。


「では、今回の座禅はこれで終わりじゃ。気をつけて、下山を・・・と、客人か」

「おーう、鞍馬殿。何か用と聞いたが?」


 そうして二人に終会と下山を知らせようとした所で、折しも客がやってきた様だ。その言葉に、一同が声のした方を振り向いた。


「・・・は?」


 そうして驚いたのは、なんと客人の方だった。まあ、当たり前だった。なんとその客人にとって、ここにいる全員が知り合いだったからだ。その客人とは、言うまでもなく、カイトだった。その姿に気付いて、希が嫌そうに問いかけた。


「あ? なんでてめえまでこっちに居るんだよ」

「あ? そりゃ、オレの実家がこっちだからに決まってんだろ。里帰りだよ、里帰り。お前はあれか? 御子柴に会いに来たのか?」

「いや、まあ、そうっちゃそうなんだけどよ・・・てか、ちょっと待て。貴様も知ってたのか?」

「おう・・・あ、もしかし」

「って、待て! カイト、今お前、御子柴、言わんかったか!?」


 カイトと希の会話の中から気になる単語を見つけて、鏡夜がカイトの言葉を遮って思わず問いかける。今までずっと鞍馬が総司で通していた上、ソラの方も総司に呼びかける事はなかった為、彼の姓を把握していなかったのである。


「ん、ああ。御子柴 総司・・・であってるよな?」

「ああ・・・それがどうかしたのか?」

「その名前・・・間違いや無いんやな?」

「ああ・・・」


 驚愕する鏡夜に対して、意味が理解出来ない総司は煮え切らない答えを返した。その返事に、鏡夜がまるで真偽を確かめるかの様に観察を始める。


「兄さん・・・親は?」

「は? なぜ貴様にそんな事を言わないといけないんだ?」


 当たり前だが、捨てられた総司にとって親について聞かれるのはあまり嬉しい事では無い。それ故に、鏡夜のいきなりの不躾な質問に、不快感を露わにする。だが、鏡夜は鏡夜でそれを見過ごせぬ理由があった。だから彼は謝罪して、更に問い直そうとした。


「いや、すまん。せやけどこりゃ、重要な」

「これ、そこまでにしておけ」


 鏡夜の言葉を遮って、苦笑した鞍馬が口を挟む。口調は柔和だがその眼には、有無を言わせぬ圧力があった。彼も当たり前だが、鏡夜が気付いた事と同じ事に気付いている。それ故に、今のこの場で鏡夜が口に出すのを警戒したのだ。


「鞍馬殿・・・そりゃ、把握しとる、ちゅーことでよろしいか?」

「ふぉふぉ・・・儂を誰だと思うておる」

「わかりました。せやけど、上に報告はさせてもらいます」

「好きにせい」


 鏡夜の剣呑な雰囲気なぞどこ吹く風、という感じで鞍馬は笑いながら鏡夜の申し出を受け入れる。しかし、勝手に納得されて納得出来ないのは、総司だ。


「一体、どういうことだ?」

「ふぉふぉ・・・何、気にするでない。気にせんでも、遠からず、わかろう」

「・・・分かりました」


 納得は出来ないが、鞍馬が今は話してくれないだろう事は理解出来た。なのでそれで総司は溜飲を下げる。そうしてそれを見て、鞍馬が三人に告げる。


「ほれ・・・儂は少し客人と話がある。しばしの間、出て行け」

「悪いな・・・あ、ソラ。後で話あるから、ちょっと待っといてくれ。親父さんから連絡があってな」

「おう」

「何やお前、カイトと知り合いかいな」

「まあな・・・って、お前も!?」

「おりゃ、幼なじみや・・・そういうお前は?」


 鞍馬に言われて外に出て行く最中。どうやら二人共カイトが共通の友人だと気付いたらしい。外に出てからも楽しげに話し合っていた。それを背に、カイトは鞍馬の前に座る。


「でだ・・・何の用事だ?」

「ふぉふぉ・・・何。一つ頼みごとを頼まれて欲しいのよ。きちんと、礼はするぞ?」

「なら、聞こうか」


 そんなソラと鏡夜をバックに、二人は相談を始めるのだった。ちなみに、その間にソラと鏡夜は仲良くなったらしく、携帯のアドレスを交換しあっていたことは、横に置いておく。

 お読み頂きありがとうございました。

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