断章 遭遇編 第12話 調査員とその娘
ソラは知らない事だったのだが、実はソラのアメリカ行きは直前で取りやめになる可能性が高かった。それはなぜか。それは実は、彼らの子供世代の突飛な行動にこそ、存在していた。それはソラが家出をした数時間後の事だ。星矢はとある人物と会合を行っていた。
「では、アレクセイ殿、ヨハン殿。良い旅を」
「ええ、ありがとうございます。天城大臣。では、我々はこれにて」
「お送りしなさい」
星矢が面会していたのは、英国からの調査員であるアレクセイとヨハンの二人だった。流石に調査だと言うのに揉め事にしたくない英国政府の思惑を受けて、『秘史神』の幹部であり内閣の大臣の一人である星矢にお目通りときちんとした許可を得に来たのである。
一応、この間の誕生日会でお互いに面通しはしている。だが、あれはあくまでも非公式の口約束だ。なので、感心はされないだろうし心象は損なうだろうが、最悪反故にする事も出来る。それ故、きちんとしたお互いの身分で面会し、許可を得るのは普通だった。
「ふぅ・・・天瀬、居るか?」
「あ、はい。先生、なんでしょうか?」
「色々と遅れたが、覇王にソラは欠席する、と連絡を送ってくれ」
「はい、分かりました」
「先生、すいません! 御当主から連絡が入りました! 今直ぐおでになってください!」
「はぁ・・・」
天瀬が行動に移ろうとした所で、別の秘書が星矢に大慌てで報告を入れる。それを受けて星矢は天瀬に手で制止を命じて、内線の受話器を取る。
『おーう。わりいな、今大丈夫・・・じゃなきゃ取ってねえか』
「なんだ?」
『ああ、いや・・・そっちにアレクセイ来てるか? 奴に連絡があるんだよ。神宮寺経由で奥方から、だ』
「ああ、ちょっとまってくれ・・・天瀬、今直ぐ先のお客人を呼び戻してくれ。ご実家から連絡があったらしい」
「あ、はい! わかりました。」
星矢の言葉を受けて、天瀬は小走りについ先ほど出て行ったアレクセイ達を呼び戻しに行く。その間、覇王に対して星矢は伝えるべき事を伝える事にした。
「ああ、覇王。悪いが、ソラは次のアメリカ行きは欠席だ。煌士くんにも悪い、と伝えておいてくれ」
『あ、マジか。そりゃ、丁度良かった。丁度煌士はアメリカ本土に、桜も神宮寺の瑞樹ちゃんも日本に帰国させた所でな。話せそうな相手は居なかったんだよ』
「どういうことだ?」
丁度良い、そう言った覇王に対して、星矢が眉の根を付けて訝しみの表情を浮かべる。それに、覇王が少し苦い笑いを浮かべた気配があった。
『まあ、桜達はともかく、煌士はアメリカの国務省から呼び出し食らってな・・・どっちも次のパーティには欠席する。まあ、煌士は国務省は隠れ蓑で、呼び出したのは国防総省だろうな。あの技術を軍部がえらく気にしている。あまり自分達の目の届かない所に置いておきたくないんだろうよ。ついこの間論文が危うく流出しそうになった所だからな』
「ウチのソラがすまない」
『いや、どじったのはウチのだ。気にすんな・・・って、まさかそれでってわけじゃねえだろうな?』
「違う」
『さよか』
二人は短いやり取りだけで、真実ソラの欠席の理由が別にある事を把握する。星矢が言葉数が少ないのはいつものことだし、それをいつものことと理解しているので、覇王がさっさと流すのはいつものことだ。そこまで話した所で、アレクセイが戻ってきた。
「先生、お連れ致しました」
「私の妻が何か用事、とのことでしたが・・・」
「ああ、申し訳ない。電話先は天道社長だ。彼が伝言を受け取った様子だ。代わりましょう」
戻ってきたアレクセイの顔に若干の訝しみと警戒があったのは、致し方がないだろう。なので彼はかなり警戒しながらではあったが、星矢から受話器を受け取った。
どうやら覇王の方も彼の妻に変わる手筈になっていたらしく、電話を代わると直ぐに安心して、柔和な笑みを浮かべる。
「・・・え?」
だが、柔和な笑顔は1分ぐらいだった。その後は直ぐに真っ青な顔色で凍りついた。
「・・・ああ、わかったよ。僕の方で探しておくよ。だから、安心しておくれ・・・ああ・・・うん。君はこれから仕事だろう?・・・うん、愛してるよ」
どうやら何か一大事が起きたらしい。彼は顔を真っ青にしていたが、なんとか妻を落ち着かせる様なセリフを言って、受話器を置いた。そうして、その顔に思わず星矢が心配して問いかけた。
「どうされました?」
「実は、エリナが一人で日本に来た様子でして・・・どうやら私が向かう、と言っていたのを聞いていたらしく、私を驚かせようと一足先に一人で京都入りした様子です・・・」
「なっ・・・」
「申し訳ありません。では、これにて」
星矢に碌な挨拶もせず、アレクセイは顔を真っ青にしたまま足早に部屋を後にする。当たり前だが、お互いに京都が今大揉めしていることは百も承知だ。それ故、アレクセイは真っ青になったのである。それを絶句していたが故に見送る形となった星矢だが、気を取り直すと即座に受話器を取った。
「・・・ああ、雷蔵さん。申し訳ないが、天城からも人員を供出して、エリナ嬢の捜索にあたってくれ」
『かしこまりました、若旦那』
「・・・はぁ」
珍しく星矢が溜め息を吐いた。だが、流石にこの状況は仕方がなかった。だが、仕事の方はそれを待ってくれない。次の来客が直ぐに現れた。
「天城大臣。草壁家御当主が来られました」
「入ってもらってくれ」
息をつく間もないな、そう星矢が思ったかどうかはわからないが、その返事と共に、涼夜が入ってきたのであった。
そんな事があってから数日後。流石に国の一大事が関わる仕事と私事を一緒には出来ず、アレクセイ親子はこの日の夕方になって、ようやく再開を果たした。
『エリナ! ダメだろう? お母さんを困らせる様な事をしちゃあ』
『ごめんなさい、お父様』
エリナはまるで西洋人形の様に愛らしい子供だった。とは言え、どこか、アレクセイと似ていない雰囲気があった。
だが、これは仕方がない。実はアレクセイにはかなり祖先のロシア系の血が現れているらしく、どこかイギリス人っぽくなかった。アレクセイの名がロシア系なのは、その名残だった。
まあ、そう言ってもロシアの血はかなり遠いらしく、エリナはハーフである事を差し引いても、どこからどう見てもイギリス人だ。アレクセイの中に僅かながらにでも発露したのは、おそらく一代限り、偶然の祖先帰りだろう。似ていないのは、そこに起因していた。アレクセイ自身も少し気にしてはいるが、こればかりは、如何ともし難い物だった。
アレクセイはエリナが宿泊するホテルに着くやいなや娘の姿を見つけると、まずは抱きしめてから、目線を合わせて笑顔でお説教をする。そうして娘の謝罪をしっかり聞いて、横に居る二人の少女に顔を向けた。
『桜ちゃんも瑞樹ちゃんも、わざわざすまないね。エリナが迷惑を掛けたみたいだ』
『いいえ、アレクセイさん。久しぶりに瑞樹ちゃんとエリナちゃんとお泊り出来て、非常に楽しかったです』
『ふふ、3日程でしたが、実家も気にせずパジャマパーティーなんて久しぶりでしたわね』
エリナの横に居たのは、なんと桜と瑞樹だった。アレクセイの言葉に、桜と瑞樹は楽しげな笑顔で首を振った。
瑞樹の従姉妹が、エリナだ。それ故、というわけでは無いが、この三人は仲が良い。なので覇王と神宮寺家の当主が気を回して、アレクセイの為にこの二人をエリナと一緒に居る様に手配を整えたのだった。
まあ、英国から今の日本に居る不可思議な存在を調査する、ということで恩を売っておきたかったという感は否めない。
『アレク。こっちの黒髪の彼女は?』
『ああ、ヨハン。君にもすまなかったね・・・えっと、彼女は天道のご令嬢だよ』
『ああ、そうなのか・・・初めまして、愛らしいお嬢さん。私はヨハン・B・ジョーンズ。以後、お見知り置きを』
『ありがとうございます。私は桜 天道。此方こそ、よろしくお願いします』
二人は上品に一礼を行い、挨拶を交わし合う。以前の船上では二人は殆ど滞在していなかったため、桜とヨハンの間で挨拶を交わす時間はなかったのだ。そうして、お互いに挨拶を終えると同時に、娘との再会を喜んでいた
『それで、えっと・・・瑞樹ちゃんも桜ちゃんも、当分の間私は仕事があるから、その間エリナの事はお任せしていいかな?』
『ええ、承っておりますわ』
『はい、お任せください』
瑞樹と桜は笑顔でアレクセイの言葉に了承を示す。元々は少し年下の妹の様に面倒を見ている少女なのだ。おまけに、両家の因縁からそこまで表立って仲良く出来ない相手とも大手を振って一緒に居れるのだ。断る理由はなかった。
『うん、ありがとう。じゃあ、エリナ。きちんと二人の言うことを聞いて、ヴァイオリンの練習も忘れいない、って約束出来るね?』
『はい、お父様』
『良し、じゃあ、京都に居る事を許してあげるよ』
『はい!』
娘のまさに天使の微笑みを見て、アレクセイは至福の表情で頷いた。仕事は激務で疲れているが、それも吹き飛んだ様な気分がした。本来は仕事が終わってから呼び寄せるつもりだったのだが、彼にとっては、悪くない結果だった。そうして、その笑顔に疲れを癒やされてから、アレクセイは口を開いた。
『さて・・・じゃあ、君たちも一緒に、晩ごはんでもどうかな? エリナがお世話になったし、実はここらに僕の秘密の隠れ家があるんだ。教えてあげるよ』
『お願いしますわ』
『ヨハン。君も来てくれるかな?』
『ええ、もちろん』
アレクセイの言葉に、ヨハンは笑いながら同意を示す。そうして、一同はホテルから移動を始めるのであった。
ちなみに、アレクセイの隠れ家とは本当に隠れ家的なお寿司屋で、ヨハンが迂闊にも隠しメニューのわさび菜の巻き寿司を頼んで涙目になったことは、彼にとって良い思い出になるだろう。
アレクセイとエリナの再会から、更に数日後。ヴァイオリンの練習を昼までで切り上げた三人は今日は良い天気であった事もあって、少し遠出して京都観光、とすることにした。
『うわー! 綺麗なお着物! ねえ、桜はこんなのを毎日着てるんでしょ!?』
『ええ、まあ、毎日、では無いですけど』
『良いですわねー。私は家ではドレスを着ますから、こういったお着物は殆ど縁がなくて・・・』
桜の言葉に、瑞樹がかなりの羨望を含んでため息混じりに告げる。ちなみに、ドレスというが本当にドレスを彼女は普段着として着回している。
なので普段着としてほぼ毎日洋服を着る様になるのは、これから数年後。天桜学園が転移してからが始めてなのであった。
『ふふ、まあ私の家でドレス、ではあまり合いませんから。変わりに、瑞樹ちゃんのお家だとこういったお着物はあまり似合わないでしょう?』
『そうですわね。まあ、私も日本人として残念ではありますけど・・・』
やはり、如何にお嬢様といえども、無い物ねだりはあるようだ。二人はお互いの家にあるものに羨望の表情を浮かべる。そうして一通り話し合って満足したのか、ふと、瑞樹が一つの看板を見つけた。
『あら、エリナさん。向こうで扇子を売っていますから、アレクセイさんへのお土産にどうかしら?』
『あ、見てみたい!』
瑞樹が見つけたのは、扇子を取り扱っているらしい店の看板だった。それもどうやら自分で柄を描かせてもらえるらしい。それから三人は一時間程、各々の扇子に絵を描き続ける。
『エリナさん、出来ましたら、そちらの方に』
『うん』
「お願いします」
「ご店主、申し訳ありませんが、此方の扇子を先に仕上げてくださいな」
「はい、分かりました」
瑞樹の言葉を受けて、体験教室の先生がエリナから彼女が描いた地紙を受け取ると、即座に作業に取り掛かる。
「少々、お待ち下さい。色々とパーツを取り付けたりしますので、少しお時間を頂きます」
「わかりました。じゃあ、瑞樹、桜。私ちょっと外行って来るね。集中したら風に当たりたくなっちゃった」
「わかりましたわ。できたら、私が受け取っておきますわね」
「お願いね」
エリナはそう言うと、二人とお付きの使用人たちを残して、体験教室を後にする。
『ふぁー! いい天気ー。ちょっと腰が痛くなったわ』
外に出て、エリナは一度伸びをする。ずっと座布団の上に座って作業をしていたのだ。それ故に、少しだけ背中が痛くなったのである。
『早く出来ないかなー』
彼女は自分が作った扇子の出来栄えを楽しみにしながら、少しの間時間を外で潰す。そうして、何故か、彼女の意識はそこで途切れたのだった。
お読み頂きありがとうございました。




