断章 嵐の前編 第11話 裏で動く
ソラが大阪に来た翌日。聞けば此方で何かやることがある、という事でカイトは彼を好きにさせる事にして、久しぶりに家族と会話していた。
「おーう、どやった、ティナちゃん。こっちの観光は」
「うむ! 非常に面白かった!」
彩斗の問いかけに、ティナは満面の笑みで答える。これは偽らざる本心だった。さしもの彼女も異世界観光は非常に楽しかったのである。そうして雑談も少しに、カイトを含めた兄妹とティナ、そして綾音は出掛ける用意を整える。
「じゃあ、さーくん。私、一度カンナちゃんのとこ行って来るねー」
「おーう。いってらー」
彩斗はこの後、此方の友人達と昼から飲み会だ、ということだそうだ。なので、綾音達を送り出す側であった。そうして、一同は一路京都を目指して移動を始める。流石に車を走らせるつもりは無いので、全員で電車だ。
「カンナちゃーん!」
「やーん! 綾音ちゃーん!」
そうして一時間程で一同は神楽坂総本店へと到着する。お盆に入った事で京都も観光客で溢れかえっていたが、二人はお構いなしに楽しげに店前でハイタッチを交わし合っていた。
「・・・えっと、あの・・・カイト。この間はありがと」
「・・・おう」
「あら、何かあったの?」
「な、何も無いわよ?」
一方、子供達の方はかなり気恥ずかしげだ。まあ、あんなことがあった後だ。顔を突き合わせてどんな表情をすれば良いのか、という感じだ。
なお、そんな二人に何があったのかをだいたい見ていたティナはもう笑いたいと言わんばかりの表情を浮かべていた。
が、ティナが笑っていられたのはここまでだった。一通り挨拶を交わし終えた神無が、彼女の方を向いたのだ。
「とりあえず・・・綾音ちゃん! これ、お願いね! 浬ちゃんのティナちゃんも! 弥生! 貴方は浬ちゃんの着付けを手伝って上げて!」
「わーい!」
「はーい」
「う、うむ・・・忘れておった・・・」
当たり前だが、神無がここに三人を呼び出したのは他でもない。彼女らに可愛い服を着せる為だ。残念ながら既に自分の子供の三人がその趣味の範疇から外れて久しい為、今の神無の趣味は全て、彼女ら三人に向けられているのだった。だが、今日は更に一人、追加が現れた。
「失礼致します」
「あの・・・」
そうして、神楽坂本店に現れたのは、一人の中性的な人物と、一人の美少女だった。二人共着物姿だったので、神無は大慌てで大興奮で回転していた自らを止めて仕事用の顔を浮かべた。
「あ・・・いらっしゃいませ。着物のご入用でしょうか?」
流石に客前ではハイテンションではいられない。なので神無は営業用のスマイルを浮かべるが、その必要はなかった。来たのは言わずもがな、天照大御神ことヒメと月読尊ことヨミだったのである。
「いえ、あの・・・」
「ああ、神無さん。その子が、この間言ってたヒメちゃん」
「ああ! 貴方が! うわー! くぁいいわー! 綾音ちゃん! ちょっと並んで並んで!」
カイトの言葉で相手が客では無いとわかると神無は最早よだれを流さんばかりに興奮して、綾音とヒメの二人を並べる。二人共現段階で非常に絵になる構図だった。
「あう・・・」
「わー、肌真っ白。髪の毛つやつやー」
綾音が横に並んで、ヒメの髪質と肌の白さに驚いていた。まあ、ヒメは神様だ。それ故に人並み外れた美少女であり、髪質や肌の質についても並外れていたのである。
「あの・・・ありがとうございます」
どうやら見知らぬ人には相変わらず人見知りの気が出るらしい。ヒメはかなり真っ赤になりながら、綾音の称賛にお礼を言う。
「あの・・・貴方も綺麗ですよ」
「ありがと」
ヒメの称賛に、綾音が嬉しそうに頷く。それを見つつ、神無はよだれを流しそうな顔だったが、ふと、気を取り直した。
「うふふふふ・・・はっ! いけないいけない・・・今日の為に一杯服を用意したわよー・・・じゃーん! これから好きなの選んでね! まだまだあるわよ!」
神無は持って来ていた移動用のクローゼットから、可愛らしい衣服を何着も取り出す。ちなみに、流石にこの間の様な事にならないように、と神無はきちんと店主である母に許可を取り、店の一角を借り受けていた。
まあ、母としても三人の着物姿の可愛らしい女の子という客寄せパンダの存在はありがたいと思ったらしく、着物系統で、その後も近場を散歩してくれるなら、という事で許可を出したのだった。
「えっと、ヒメちゃんはお着物着れるかしら?」
「あ、はい。一応私服に着物も持ってるので・・・」
「あら、嬉しいわー。じゃあ、今後はウチもご贔屓にしてくれると、もっと嬉しいわね」
「あ、はい。考えさせてもらいます」
神無の実家の神楽坂は、古くは神社仏閣などに着物を納品していた実績もある。なので実は彼女の納屋の中には大昔の神楽坂家が作った着物もあったりする。それを思い出したのか、ヒメは少し懐かしげに二つ返事で神無の言葉に了承を示して、自身が着たい衣装を探し始めるのだった。
そんな一連の動きを見ながら、カイトはヨミと話し合っていた。
「進捗はどうですか?」
「そんな進展は無い。そもそも敵方はお国が相手だ。万全を期しても足りる事は無い」
「ですが・・・面白い事を始めたみたいですね」
「既に把握している、か。隠し事は出来んな」
ヨミの言葉に、カイトは楽しげな笑みを浮かべる。何をしているのか、というと、誰もが考え、されど出来なかった事だ。
「魔術と科学の融合・・・誰もが目指して、そして出来なかった事を・・・たかだか3ヶ月で・・・空恐ろしい」
「オレが唯一、総合力では勝てない相手だ。異世界の神・・・いや、例え三貴子とは言え、あいつを舐めてもらっちゃ、困るぜ」
ヨミの称賛に対して、カイトは獰猛な笑みを浮かべる。その笑みは絶対の信頼を合わせた物だった。その笑みを見て、ヨミは自らと自らの姉の見立ての正確性を確認する。
「彼女は・・・いえ、敢えて詳細は問いません。一つ、想像通りの相手ですか?」
「・・・やはり、神は気づくか」
ヨミの発した言葉に、カイトは気配を今までの獰猛な物から、真剣な物に変える。だが、気づかないとは思っていない。なにせ相手は世界の末端の一つ。わからないとは、思っていなかった。だが、どうやらそれだけではなかったらしい。
「いえ、かつてある存在が、奇しくも魔王と名乗りある神に喧嘩を売りましたので」
「あいつらは魔王と名乗らんと気が済まんのか」
ヨミの言葉に、カイトは頭を掻いて苦笑を浮かべる。とは言え、ティナと同じ存在が此方の世界にいても不思議ではなかった。おそらく、ティナもこれを聞けばカイトと同じく奇妙な偶然の一致に笑みを浮かべるだろう。
「そいつの名前は? 出来れば一度会ってみたいな。あいつと同じ存在なんぞ滅多に会えるもんじゃない。オレも向こうじゃ、あいつを含めて片手の指でも足りる程しか知らない・・・死去した奴、そうじゃないか、と思われる奴も含めてな」
「それはそうでしょうね・・・まあ、それはさておいても、無理です。その名は、魔王ルシファー。かつてかの唯一神に挑み、敗れ去っていますから」
「ひゅー・・・でけえ名前だな」
出された名前に、さすがにカイトも口笛を吹いて苦笑する。魔王ルシファー。魔王サタンとも同一視される名前だ。その名は例えカイトであったとしても、いや、一神教に関わりの深くない日本人であったとしても、知らない者は居ない名前だ。そして、同時にティナと同じであったとしても、納得の出来る話だった。
「そいつを、負かすか。そりゃ、恥も外聞も無くオレに協力を求めるわけだ」
「かの魔王のその後の去就については、私達も存じていません。その当時の実力についても」
「<<八咫の鏡>>は?」
「他国には通じません。過去は加護の無い人間には無効です」
カイトの問い掛けに、ヨミは頭を振るう。聞けば、<<八咫の鏡>>の効力はヒメの権能が及ぶ範囲。つまり、この日本にとどまる、という事だった。
「そいつらが動く、か」
「楽しそうですね」
「戦士の性でね」
獰猛な笑みを浮かべたカイトに対して、ヨミが少しの頼もしさを滲ませる。だからこそ、ヨミは、いや、その上のヒメは、カイトに肩入れをしている。カイトにはこの次の戦いで絶対的な勝利をしてもらわないといけないのだ。
神が人の子に協力を依頼する、とはなんとも巫山戯た話だとは思うが、それほどまでに、彼らにもかの一神教の唯一神は見過ごせる状況ではなかったのである。
「ほう・・・どうやら、貴様を見込んだかいはありそうだな」
そこへ、ふわりと一人の若者が舞い降りた。それは修験者の服を脱いで洋服に着替えた鞍馬だった。そうしてカイトの側に着地すると、その横のヨミに気付いて即座に跪いた。
「ん・・・おや、これはツクヨミ様。ここにおいででしたか」
「ああ、鞍馬。どうしましたか?・・・ああ、立ち上がってくださって結構ですよ」
「かたじけない・・・私はそこの御仁に要件が」
流石に鞍馬とて、神様相手には礼儀を尽くす。それに、カイトは少しだけの訝しみを浮かべた。
「・・・鞍馬山の大天狗が如何な用事だ?」
「何。ちょっと頼みを聞いてもらいたいと思ってな」
「申し訳ない。現状、そちらも把握していると思うが、何分忙しくてな。もしかしたら、聞けぬやもしれんが・・・」
「いや、そっちは聞くだろう」
カイトの遠回しな拒絶に、鞍馬が楽しげな笑みを浮かべる。当たり前だが、鞍馬とてカイトの事情を把握している。それでなお、拒絶されないだろうという判断があったが故の笑みだった。
「ふむ・・・では、聞こう」
「ああ・・・ウチの馬鹿弟子を、次の戦いにてお前の戦場で戦わせてくれ」
「・・・その馬鹿弟子とは・・・総司か?」
「ああ」
鞍馬が頷いたので、カイトは意図を図りかねて顔を顰める。それを見て、鞍馬が苦笑して説明を行った。
「なるほど。既に向こうには通達済み、おまけに了承済み、と」
「あぁ。後は、そちらが援助の申し出を出してくれるかどうか、だ」
「それで? そう言う内容ならば、そちらも此方に何かを差し出していただかなければな」
二人は、悪どい笑みを交わし合う。当たり前だが、鞍馬は総司や一部の面々の供出を自ら申し出るということは颯夜達と約束していない。だが、このぐらいは皇一派にしても織り込み済みだ。なにせこんな大きな戦いを見過ごす手は無いからだ。
「そうだな・・・俺達は山に篭って訓練する以外にも情報屋も兼ねていてな。貴様の生の情報の隠蔽に一役買おう」
「なるほど。それはありがたい。いいだろう。総司とそのお目付け役達の受け入れ、許可しよう」
「感謝する」
鞍馬達は武力と繋がりを以って中立を保てる事や、彼らの使い達が烏というどこにでも居る存在である事もあり、多くの情報が集まっていた。それ故に彼らの情報網を以ってカイトの正体が隠蔽されるのなら、更に確実な隠蔽が可能だろう。
総司達に危険性が無いと言うのなら、カイトとしても聞けぬ事ではなかったのである。なので、カイトは笑って了承を示す。そして次に問いかけるのは、それからの段取りだ。
「では・・・そうだな。8月の26日頃に依頼した、という事でどうだろうか? 実際の派遣は翌日27日だ」
「わかった。馬鹿弟子の調練をそれまで行っておこう・・・では、ツクヨミ様。これにて」
「ええ。では、また」
打ち合わせを終えると、鞍馬は背中に黒々とした翼を生やして再び立ち去る。それを見送り、再びヨミが口を開いた。
「ふふ・・・空恐ろしいのは貴方も、ですね。この上子供まで加えても、絶対に勝つ自信があるとは」
「ティナ一人でも、この国を余裕で壊滅させられんだぞ。負ける道理がねえな」
ヨミの言葉にカイトは口端を歪める。日本とエンテシア皇国の武力を比べれば、明らかに後者の方に分がある。それは現代日本の戦闘機などを含めても、だ。人数差では無く、純粋科学の産物が効かない相手が多すぎる。それと戦って勝てるカイトやティナが負ける道理など、ありはしなかった。
そんな二人の事など露知らず、ヒメから二人に対して呑気な声が掛けられた。
「わー・・・ねえ! つーちゃん! 綾音ちゃんの方みてみて! 無茶苦茶可愛いー!」
「ヒメちゃんもティナちゃんも浬ちゃんも可愛いよ!」
「む、むぅ・・・あ、ありがとう、綾音殿」
どうやらヒメと綾音はきせかえを楽しんでいる間に仲良くなったらしい。二人はぴょんぴょこ跳ねながらフリフリの衣装で踊るようにお互いの姿を称賛しあっていた。
一応、言っておくが片方は子持ちの母親で、もう片方は日本の総氏神だ。こんなので良いのだろうか、と思わずカイトは溜め息を吐いた。
なお、一方のティナは着せ替え人形になる事なぞ慣れていない為、苦笑しか出せなかった。浬は既に諦められているので、されるがままだ。
「・・・あれ・・・一応オレの母親・・・なんだよな・・・ふつーに天照大御神とじゃれあってるぞ・・・」
「ですね・・・はぁ・・・姉上・・・もう少し威厳が欲しいですね・・・」
二人はそうして、気が赴くままにきせかえを楽しむ一同の元へと、歩いて行くのだった。
お読み頂きありがとうございました。




