断章 嵐の前編 第10話 ソラの旅路
逃げるようにして喧嘩の跡から逃げ出したソラだが、流石に直ぐに連絡が入ってきた。当たり前だ。そもそもアメリカに行く、という事で用意していたし、ちょっと時間が空いたから、ということで出掛けただけだ。それが数時間以上戻らなければ、忘れているのだろう、と電話も掛けてくるだろう。
『ぼっちゃん。そろそろお時間ですが、もうお戻りになられておりますか?』
「・・・ああ、雷蔵さんか・・・ワリ・・・ちょっと俺・・・アメリカ行かねえ」
『は?』
出て行くまではごきげんだったのに、電話から返ってくる声がかなり思いつめていた様子に気づき、雷蔵翁は電話の向こうで驚いていた。
『ぼっちゃん、どうされました? 体調でも崩されましたか?』
「・・・わり。そんなんじゃねえんだ・・・ほんとに悪い。親父にも俺から言っとくよ。だから・・・」
ソラはそう言うだけ言うと、電話を強引に終える。そしてそのままソラは父の秘書の一人に、父への取次を依頼する事にした。
「・・・ああ、天瀬さんか?」
『その声は・・・ソラ君? どうしたんだい?』
「わるいんすけど・・・親父に取り次いでもらえますか?」
『え、あ、ちょっと待って・・・ごめん。お父さんは今会議中だから、もう少しだけ、待ってもらえるかな?』
「そか、そうだよな・・・いや、すんません」
考えれば、すぐに分かる事だ。父は一国の大臣だ。それ故、普通に考えれば忙しい身だ。幾ら息子とは言え、直ぐに取り次いで貰えるはずが無いのだ。
『あ、なんか伝言があれば、お父さんに伝言しておこうか?』
「じゃあ、俺、アメリカいかず、ちょっとダチんとこ泊まってる、ってだけ・・・」
『えぇ!?』
そもそも滅多に父に連絡を取ろうとしないソラが電話をしてきた時点で何かあった、とは思っていたが、まさかの返答に天瀬は大いに驚いていた。だが、何かを問われる前に、ソラは電話を切ったのだった。
当たり前だが、そんな妙な行動をしたソラに対して、天城家が動かないはずがなかった。雷蔵翁が直ぐに指揮をして、何があったのか、を調べ始めるまでにそうは時間がかからなかったのだ。
「また、喧嘩ですか・・・」
そうして1時間もすれば、彼らには簡単に事情が理解出来た。それ故に雷蔵翁は溜め息を吐く。とは言え、ソラの様子を見れば、喧嘩をした自分自身に大いに困惑していた様子だった。そうして全ての情報を集めると、当然だが、ソラの父であり天城家当主である星矢に報告する事にするのだった。
丁度その頃。星矢は閣議を終えた後に、密かに閣議室に残り現総理である内藤 忠と少しだけ話し合いの時間を設けていた。
「内藤さん・・・本当に、良いのですね?」
「ああ。これしかない・・・今の日本、いや、今の世界に大戦を起こさない方法は、ね」
星矢の言葉に、内藤が頷いた。ここで話し合われているのは、一部閣僚には事の次第さえも知らせていない事だった。
「本当に、君たちは出られないのかね?」
「流石に私達は出られません・・・もし皇が負ける事があれば、日本の国力は大いに損なわれる。再建にどれだけの時間が必要なのかはわかりませんが・・・その穴は、流石に楽園も紫陽も埋めてはくれないでしょう。そうなれば、立ち直るまで我々がやらねばならない。我々は政治家として、100年先の国を見通さないといけない」
内藤の言葉にはどこか頼み込む様な感が滲んでいたが、星矢はそれに首を振るだけだ。だが、これは内藤とて既に承知の上だった。
「もし、彼ら皇が負けた時には・・・君に後事を託す事になる」
「承っています」
内藤の言葉に、星矢が同意を示す。実は、以前にソラに星矢が語った事は目指す、という目標では無く、既に確定した事象だった。ただ単に、以前の狗神のクーデターに伴う一連の騒動の所為でそれが早まったのである。
「君は、死なないでくれたまえよ」
「そもそも、最悪の事が起きるかどうかも未定ですよ・・・それ以前に、負ける、という事もですが」
内藤の言葉に、星矢は珍しく苦笑を浮かべて頭を振るう。今回の一件でもし、皇が負けた場合に何が起きるのか。それは既に彼らも試算済みだった。それ故、今の内藤ではその対処は無理だ、と判断していたのである。その為の対処として、数年後の総裁選で星矢を後釜に据える事が確定したのだった。
なにもカイトだけが、戦いの先を見通していたわけではない。当たり前だが、星矢達日本政府の上層部も、戦いの先を見つめていた。だがそれは皇花達皇一派とは異なり、彼女らが負けた後について、だった。
「君たち<<秘史神>>が我々と共に行動してくれていて、本当に良かった」
「いえ、我々も貴方達と同じく、末端の子孫に過ぎませんよ。楽園や紫陽の様にほぼ純粋な妖族というわけではない。私達は日本人として、日本の為に行動するだけです。それは我らの長である覇王も一緒です」
「それでも、世界のどの組織よりも遥かに深く、広く魔術を秘匿し、それを国防に活かしてくれる君たちが居てくれるお陰で、日本はこの100年の安寧を得られた」
偽らざる本心として、内藤は星矢に頭を下げる。彼とて、曲りなりにも一国の長にまで登り詰めて、様々な非難や激務に耐えているのだ。当たり前だが、日本が好きでないとやってられない。
「現に今回の一件とて、君たちの協力が無ければ、ここまで後先を考えない手段に承認は出せなかっただろう。感謝は絶えん・・・そして、今後100年の安寧の為。今暫く、力を貸してくれ」
「ええ・・・」
内藤の感謝に、星矢は笑みの一つも見せずに頷いた。それが、会話の終わりだった。そうして閣議室を後にすると同時に、天瀬が星矢に先のソラの一件を報告する。
「そうか」
「え、それでいいんですか?」
短く告げられた了承の言葉だけで歩き始めた星矢に、久しぶりに天瀬が驚きを浮かべる。これではまた昔のなぞり直しだ、と危惧したのである。だが、その後に短く、星矢が呟く様に返した。
「・・・なんとかする」
車に乗り込んで、星矢は即座にメールを打ち始める。移動の時間は短いので電話をする暇は無いし、今のソラにしても自分と話したくは無いだろう、と思ったのだ。そうして、短く、こうソラにメールをしたのだった。
『好きにしろ。チケットのキャンセルや先方への連絡は此方でやっておいてやる』
ソラが悩んでいるだろうことは、雷蔵翁から聞くまでもなく理解していた。それぐらいの人を見る目はあると彼も自負している。だから、彼はソラの悩みが解決出来るまで、彼の好きにさせる事を決めたのだった。
ソラがメールを受け取ったのと、ほぼ同時。涼太と希は名古屋のホテルの一角にて、話し合っていた。
「あー・・・流石に事情知っちまうと、やっちまったなー、とは思うっすねー」
「ちっ」
二人は苦々しい顔で、少し離れた所で悩んでいるソラを流し見る。
周囲から殆ど情報を得ようとしない希はともかく、そもそもで涼太は関東から離れていた。そのせいもあって今の天神市がどうなっているのか、というのは詳細には把握しておらず、今日の宿泊地の格安のカプセルホテルに着くやいなや天神市に残してきた涼太の情報網で事態の把握に努めていたのである。そうして、彼が荒れ果てる一方の天神市の騒動に巻き込まれた事を知ったのだ。
「にしても・・・希さん。全然そこら辺知らなかったんっすか?」
「あ? そりゃ、俺は何時もは部屋で寝てるかトレーニングしてるからな」
「いや、師匠探してくださいよ・・・」
平然と自分達の目的をサボって自分のトレーニングに励んでいた希を見て、涼太が何度目かの溜め息を吐いた。
「あぁ? そう言ってもどこ探すんだよ?」
「・・・そりゃ、図書館とかで郷土史調べるとか」
「お前の仕事だろ」
「俺、東北居るんっすから、無理言わないでくださいよ・・・」
自分の仕事をぶん投げした希に、がっくりと涼太が肩を落とす。
「とは言え・・・ちっ。流石に後味がわりいな」
この日何度目かの溜め息を吐いたソラを見て、希が忌々しげに舌打ちする。彼ら自身は更生の一歩を踏み出している、と自覚している。だが、それでも早急過ぎた、とは彼ら自身が今しがた、思い知らされた。
「なーんか、考えないといけないっすねー」
「まあ、任せるわ」
「うっす」
希の言葉に、涼太が了承を示した。一応はソラも多方面に喧嘩を売っている以上、ソラにも原因がある。だが流石に彼らとてその全ての発端が自分達である事ぐらいは把握していた。それを改めて見せつけられては、なんとかしよう、という気持ちも起きるのだった。
「はぁ・・・ちっ」
そんな彼らの心情を露知らず、ソラは溜め息を舌打ちを繰り返していた。
「あー、くそ・・・なんであそこまでやっちまうんだよ・・・」
ソラが繰り返すのは、自身のしでかした事への自責の言葉だ。流石にあそこまでやられて怒らない方がどうかしているので、確かに怒った事自体は責められる事では無いだろう。だが、明らかにやり過ぎた。それぐらいは把握していたのである。
「はぁ・・・くそっ・・・どうすっかな」
とりあえず、この場から離れたい。そう思ってソラは希の言葉に応じたが、それは勢いで、だ。それ故にこれからどうするか、とは全く考えていなかったのである。
「京都行く、つってたな・・・」
当たり前だが、ソラもどこに行くのか、と言うのは聞いている。それ故にそこまでは、一緒に行こうと思っている。だが、そこまでだった。だが、そこでふと、一つ思い出した。
「ちっ・・・あいつ頼るしかねえ、か・・・あー、くそっ・・・」
あいつ、とは言うまでもなくカイトしか居ない。今の京都、ひいては関西に彼の知り合いと言えるのは、カイトしか居なかった。だが、その顔には忌々しさが滲んでいた。
「はぁ・・・俺はあいつが居ないと、抑えも出来ねえってか・・・」
そうして、カイトしか頼る相手が居ない事に、ソラは忌々しかった。だが、それ以外に頼れる相手が居ない。聞けば希達は数日滞在するということだし、帰りは乗せてくれる、と言っていた。なので、京都についてからまでは世話には慣れない、と思っていた。ならば、腹をくくるだけだ。そうして、ソラは腹をくくり、眠りにつくのだった。
その翌日。昼ごろになって京都に到着したのだが、どうやら連絡が取れない総司を除く全員集合する事になっていたらしい。そうして当然、ソラが居る事に全員が疑問を抱く。
「・・・何があった?」
「えっと、っすね・・・」
和平の疑問に、涼太が事情を伝える。するとやはり、全員苦々しげに顔を歪めた。そうして一同がなんとかしないと、という認識を一致させ、ついでソラに問いかけた。
「まあ、とりあえず俺達は図書館へ行こうと思うが・・・天城。お前はどうするんだ?」
「図書館?」
和平の問いかけに、ソラが顔に疑問を浮かべる。当たり前だった。元とは言え不良の彼らに、図書館での調べ物とは、一切繋がりがない様に思えたのだ。
「人手が居る、ってんなら、手伝うぜ。ここまで連れて来てくれたしな」
「・・・頼めるか?」
別にこの状況を想定していたわけでは無いが、陽介がソラの申し出を受ける事にする。これから総司の足跡を辿るにしても、まずはどこへ向かったのか、という前段階の調査から始めないといけないのだ。それには危険性もなかったし、人手がどうしても必要だ。それ故の判断だった。そうして、一同は一度京都の府が管理する図書館へと移動する。
「じゃあ、このメモの従って調べてくれ」
「おう・・・んぁ?」
「ああ、気にすんな」
涼太から手渡されたメモに書かれていた内容に、思わずソラが全ての悩みも忘れて目を丸くする。書かれていた内容は、全てが妖怪か陰陽師に関連する事だったのだ。
「じゃあ、お前こっちの棚頼むな。俺達は別の・・・って、希さん! いきなりあきらめないでくださいよ!」
「あぁ? 俺、こんな本読んだ事ねえよ・・・」
とりあえずソラ受け持ちのエリアを決めた一同だったが、速攻で希がサボタージュを決め込む。それに、涼太が指導に入り、それを横目に、ソラも捜索の手伝いを開始するのだった。
それから、数時間。日が落ち始める頃になり、ソラが一段落つけて口を開いた。
「あー、わりい。俺一回こっちでの宿探すわ」
「あ? 別に俺らと一緒でいいだろ」
「いや、そこまで世話になんねえ・・・ってことで、また明日もここ来るわ。こっちにちょっとダチも着てるからな。そっちあたりゃ、なんとかなる」
「あ・・・おう。頼んだ」
希の言葉を躱し、そそくさと歩き去ったソラに、希達はそれを送り出すしか出来なかった。まあ、あてがある、と言っていた事も大きかった。
ちなみに、希達は全員でこの図書館の近辺のマンスリーマンションの一室を借り受けている。流石に彼らも調査も捜索も一日で終わるとは思っておらず、数日掛けて調査して、更に探索を行うつもりだったのである。なので明日も図書館で調査を続行するつもりだった。
そうして図書館を出ると、ソラはスマホの電源を入れて、まずは大阪までの行き方を調べ始める。流石にここまで迎えに来てくれ、というのは恥ずかしすぎて言えなかったのだ。なので、とりあえずは都市部にまで移動しよう、と考えたのである。
「はぁ・・・腹、くくるか」
そうして大阪駅まで到着したソラは、一つ気合を入れて、再びスマホで電話を始めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




