断章 嵐の前編 第4話 デートへ行こう ――弥生編――
皇、カイトの両陣営が諸々の手筈を整え始めた翌日。カイトは予てからの予定通り、一人で待ち合わせの駅前まで来ていた。理由は言うまでもなく、弥生と服を買いに、である。流石にデートだ、と言っているのにティナ同伴は弥生に対して礼儀に反する。なので、カイト一人なのだった。
「はぁ・・・マジ疲れるな・・・」
一人となったカイトは、少しの疲れを滲ませてため息を吐いた。片方で血塗れの軍勢を動かしながら、片方ではこのように他愛無い日常を演ずる。自らの安寧を得ようとするのなら、例え傲慢であるとしても、どちらを怠ってもならない。その落差はあまりに激しく、強靭な精神を持つカイトにとっても精神的な負荷となっていたのである。
そうして暫く駅前のベンチに腰掛けて待っていると、弥生が一人でやってきた。まあ、デートなのだから、流石に皐月同伴では無いだろう。
「さ、おまたせ」
「・・・あ、弥生さん。おはよう」
「はい、おはよう」
そんな気落ちしているカイトの感情を知ってか知らずか、弥生は朗らかな笑顔でカイトに朝の挨拶をする。ちなみに、彼女は幼馴染とは言えデートということで、ちょっとおしゃれをしてくれていた。そうして、弥生も来た事だしいつまでも気落ちしてはいられないので、カイトは気を取り直して立ち上がる。
「じゃ、お願いします」
「ええ、任されたわ」
基本的に、カイトは専門家に任せる主義だ。この場合、如何に中学生といえども現役読者モデルである弥生が専門家だ。皐月の指定もあったことだし、カイトは予算内でお仕着せの人形になる事を決める。このようなお節介焼きはそもそもで弥生の好む所なので、弥生の方もお世話が出来て気分が良い。そうして、二人は一路駅前にある高級デパートへと入っていくのだった。
そして、店に入ってから約一時間。弥生が少し感心した様に頷いていた。
「やっぱりカイト、貴方男の子ねー・・・意外と筋肉あるし」
幾つかの服を見繕いながら、弥生が呟いた。もともと運動神経はあるが帰宅部だったので、筋肉はそんなについていない物だと思っていたのだが、ジャケットなどを着せてみると意外と肩幅が存在していた事に気付いて、感心していたのだった。
これには理由がある。カイトはエネフィアでは公爵だが、その仕事の一つには当然、実戦を含んだ軍事行動も含まれている。貴族になったて筋肉が衰えるどころか、仕事として運動もしなければならなかった結果、筋肉についてはより逞しくなったのだった。更に如何に容姿を若返らせた所で、身に付いた筋肉については衰えさせる事が出来なかったのである。
「あー、留学生が運動すごいやつで。その影響で運動してたら、こんな風に」
「へえー、あの小さな娘がねぇ・・・人は見かけによらぬもの、ってとこかしら」
この当時、弥生とティナの間にはそこまでの親交はなかった。なのであまりティナの事を知らない弥生は意外そうに頷いていた。
「行動力高すぎんだよ、あいつ。そもそも学んだ語学を試したい、ってだけで1年も留学をさっさと決めるわ急に元の留学先が無理になったから、って自分で色々伝手を探す能力はあるわ・・・」
「ふふ・・・面白い娘ね」
「まあ、それは否定しないな」
フィッティングルームのカーテンを挟んで、二人は楽しげに会話を交わし合う。が、流石にデートで他の女の話は無しか、と思ったカイトはここらで話題を転換した。
「そういや・・・弥生さん。弥生さんは結局高校でもそのままモデルやんの?」
「あー・・・どうしようかしら。そもそもモデルだってお母さんの仕事を手伝ってる時に偶然誘われただけだしねー」
「今日だって一応顔を隠してるだろ?」
「まあ、そうしないと判る子にはわかっちゃうものね」
カイトの言葉に、弥生が少しだけ疲れた様子を見せる。モデルとはどうしても見られる仕事だ。普段なら別にそこまで気合を入れた服装にしていない事で正体発覚の確率は高くはないが、今日はデートとして結構気合を入れた服装だったりする。
とは言え、流石にそのまま顔を晒せば弥生は雑誌を読んでいる読者には丸わかりになるので、日焼け対策とファッションの一環の意味も兼ねて帽子をかぶっていたのである。サングラスはおしゃれじゃないし目立つので使わない、との事だった。
「はぁ・・・まったく。私も一応、中学生なんだけどね」
「んあ?」
唐突にこぼれた愚痴に、カイトが首を傾げる。が、此方は着替えが終わっているし、今日は休日だ。流石にこのままフィッティングルームを占領しておくわけにも行かないので、カイトは外に出た。
「で、どうだ?」
「うん! ばっちり!」
どうやら今回の着替えはお気に召したらしい。今回は、ということは裏を返せば何度かフィッティングをしていた、ということだ。が、そちらは何かが気に入らなかったらしい。曰く、少し幼い印象が強かった、との事だった。
「やっぱりカイト。貴方はちょっと大人めの服装の方が良いわ。最近になってどうしてか雰囲気が落ち着いたから、柄物とかは似合わなくなっちゃってるわね」
服はその人の持つ雰囲気に合わせる、というのが弥生の好みらしい。服屋の娘だからか、服はその人を飾る飾りであって、メインと捉える事は無い様子だった。それ故、彼女のコーディネートはその人の持つ個性や持ち味を最大限に活かせる、として人気なのであった。
服でその人の印象をガラリと変えるのでは無く、その人個人が持つ個性を最大に高める。それが、弥生のコーデに対するこだわりだった。まあ、そのこだわりも自身の趣味に走った時には、鳴りを潜めるのだが。
「今度のデート・・・は遊園地だから・・・ちょっとアクティブに、でも、大人の余裕を。今回のコーデのポイントはそこ・・・かしらね」
「すいませんね。男同士でデートで」
笑いを堪えながらの弥生の説明にカイトが少し不機嫌そうに告げる。皐月の手に負えなくなって巻き込まれるのは何時ものことなのだが、何時ものことであるがゆえに、何時も笑うのだった。
「くくく・・・まったく、ねえ。本気で付き合ってる、って噂が出た時は大笑いしたわ」
「はぁ・・・」
一年ほど前に出たあらぬ噂を思い出し、弥生は大笑いして、カイトはため息を吐いた。ちなみに言うが、その噂を流したのは面白半分で級友達に今回と似たような一件についてを語った弥生だったりする。更におまけに言えば弥生は笑っているが、実は彼女も時折彼氏役としてカイトの貸し出しを申し込んでいたりする。なにげにこの姉妹の便利な道具として扱われていたのだった。
まあ、今回の様に弥生とデート出来るし、彼女らと折半で服を買えるのでカイトとしてもあまり文句は言い難いのだが。なお、折半なのは昔からである。結局は損しているのだが、既にカイトは諦めていた。
「うん、じゃあ、それで良いわね。皐月ちゃんにちょっとメール送るわ」
一応店員に断りを入れて、弥生はデート用の服を着たカイトの写真を撮影してメールに添付。それを皐月に送信する。すると、ものの1分足らずで返事があって、ゴーサインが出た。出たは良いのだが、その時にあった着メロにふと、聞き覚えがあったらしく、カイトが少しだけ、顔を悩ませる。
「・・・あれ・・・なんか聞いた事あるな・・・」
「オッケーだって・・・ってどうしたの?」
「弥生さん、さっきの着信音ってなんだった?」
「ああ、ネットで今話題の歌手の曲よ。今朝も新曲出てたし有名でしょ?」
「ああ、それでなんか聞いた事があったのか・・・っと、じゃあ、さっさと買うか。デートは明後日だし、汚れない様に着替えてくる」
「はい、いってらっしゃい」
再びフィッティングルームへと入っていくカイトを、弥生が見送る。一応、店員に言えば着て帰る事は出来る。だが、この後も小物を見繕ったりするので、デートは続く予定なのだ。そこで服を汚しては本末転倒だ。なので再びカイトはフィッティングルームへと入り、元の服へと着替える。
「さて、じゃあ次は・・・帽子ね。夏場に合う男物の帽子あるかしら」
「さぁ、それは見てみないとな」
そうして店を出てから暫く出歩いた二人だが、ところどころで弥生のファンらしき少女達に遭遇して、遂には騒動に発展しかかる。なので、二人は思わず階層を移動して逃げこむ様に外からは見えにくいカフェへと入った。
「はぁ・・・」
「人気なのはいいこと・・・でもなさそうだな」
着席してそうそうにため息を吐いた弥生に対して、カイトが苦笑する。弥生の顔には滅多にない疲労感が浮かんでいた。
「みんな私が中学生だ、ってわかってないのかしら・・・高校生の人からお姉様、って言われてもねぇ・・・」
「まあ、弥生さんも大人びているからな。仕方がないさ・・・なにせ、中高生は憧れが大きい。現実と区別がついていない様な、な。オレが見る幼馴染の弥生と、彼女らが見るモデルの弥生は違うからな・・・彼女らが思う弥生さんは、弥生さんじゃない。単なる偶像。そこが理解出来るのは、もっと先だろうさ」
弥生から飛び出してきた愚痴に、カイトが紅茶を飲みながら告げる。そう告げる時のカイトの顔には非常に苦笑に近い達観した笑みが浮かんでおり、それが演技では無い事を弥生に悟らせた。
カイトも弥生と同じぐらいの年齢で、勇者になったのだ。当たり前だが、山程の羨望を集め、山程の嫉妬を集めたのだった。弥生の今の心情は嫌というほど理解出来ていた。だからこそ、先達として助言を送る。
「こうなりたい、こうありたい、という憧れ。それは送る側、それを見る側にとっては羨望や嫉妬の的だが、受ける側からはその想いの強さに比例した苦笑しか返せん。返せるはずも無い。なにせ、その子達を知らないからな」
「それでも、応えてあげたい、って思うのよねー・・・にしても、ほんとに体験談みたいに語ったわね」
「受け売りだよ。弥生さんも、そこまで気負う必要はないだろ。できうることは限られる。全てに答えようとすると、人間やめるしか無いぞ」
「それはいやね」
カイトのおちゃらけた言葉に、弥生は笑う。どうやら幾ばくかの気分転換にはなってくれた様だ。が、それは今の事象に対するアドバイスにしかなり得なかったらしい。再び弥生はため息を吐いた。
「まあ、それは良いんだけど・・・ラブレターとか恋愛相談をしてくれ、って言うのは困るのよね」
「そ、それはまた・・・」
弥生の言葉に、カイトは流石に苦笑するしかない。遊び慣れている、というわけではない見た目の弥生だが、どうやら早熟だったらしく、既にこの時分で数年後にも劣らない程にスタイルは抜群で、顔付きも大人びている。精神もそれ相応に、おまけに実家の手伝いや大人に混じって仕事をする関係上、精神についても、年よりも高い。
それらがあいまった結果、高校生達から見ても年上に見える包容力のある容姿であった。それ故に、何故か恋愛相談を持ち込まれるのである。
その後もほとぼりを冷ます名目でカフェにとどまり続けている間、弥生の愚痴は続いていく。
「笑っちゃうわよねー。そもそも私、恋人居ないって書いてるのに、恋愛経験豊富そうって。今年は受験で忙しいし、そんなの考えてる暇も無いし・・・」
どうやら義務感や面倒見の良さが相まって、弥生にとって恋愛相談をされること自体がかなりの負担になっている様子だった。ため息混じりに、外で自分でない自分を慕う少女達には聞かせられない悩みを口にする。
「そもそも、私も所詮は同じぐらいの年齢なのにね。人生経験なんてそんな変わるわけ無いわよ」
「変わってたら不思議だな」
「よねー」
自身は同年代に比べて変わった経験をしまくっている事は棚に上げて、カイトが笑いながら道理を告げると、弥生も苦笑しながらそれに頷く。
「もういっそあんたと付き合っちゃおかなー」
「やけくそなら、遠慮しとくよ。弥生さんを不幸にするつもりは無いからな」
どこか諦観に似た口調で告げた弥生の言葉に、カイトは苦笑を返すしかない。こういう発言が出るということは脈が無いわけでは無いのでカイトとしても嬉しい限りではあったが、それでも、今のカイトには受け入れる事は出来る話ではなかった。
だが、どうやらカイトは一つ忘れていたらしい。この発言は、二人の間では一度目ではなかった、ということを。弥生としてみれば、少し前に同じセリフを言ったのに、全く変わったセリフが出て来て目を丸くしていた。
「・・・ほんとにあんた変わったわ」
「?」
弥生の楽しげな顔に、カイトは首を傾げる。以前のカイトは、初恋の相手からのこのセリフに大いに焦り、オロオロと狼狽えた。それが、今は余裕たっぷりで相手への気遣いまでしてくるのだ。変化を実感するには、十分な出来事だった。
「やけくそじゃない、って言ったら?」
「・・・」
真剣な目で問われ、カイトは少し悩む。心情としては、受け入れたい。だが、自分の考え方が現代日本では異端である事も把握している。それ故に最適な答えは拒絶だったのだが、どうしても、僅かに残るかつてのカイトがそれを惑わせるのだった。
そんな悩みを弥生は把握しているわけは無いが、カイトが何か自分にはわからない悩みを抱えている事は把握出来たらしい。
「じょーだんよ。じょーだん。そんな悩まなくて良いわよ」
「・・・そか」
弥生の言葉が真実か冗談なのかは、カイトは考えない事にした。いや、知りたくなかったのかも知れない。もし真実だとするのなら、自分もそれ相応の覚悟を必要としている様な気がしたのだ。その覚悟は、勇者となった今のカイトにも、厳しい物であったらしい。弥生はカイトにとって日本の象徴の一つであったが故に、公爵としての自分と日本人としてのカイトの間にせめぎ合いが起きていたのだった。
そうして二人はほとぼりが冷めた頃を見計らい、再び買い物と言う名のデートへと出かけていくのであった。
お読み頂きありがとうございました。




