断章 嵐の前編 第2話 前哨戦 ――情報戦――
魅衣の姉・亜依の結婚式を終えた翌日。カイトとティナは再び神無の車に乗り込んで京都を目指していた。
「今回もありがとうございます」
「いいわよー、どうせ私達も京都に戻るんだし・・・それで、ティナちゃん。何か面白い物は見れたかしら?」
「うむ! 伏見稲荷の千本鳥居等は実に面白かった! 先ごろ母にメールで添付したら、非常に興味をもっておった!」
神無の問いかけに、ティナが笑いながら答える。メールは嘘だが、千本鳥居等に心惹かれたのは真実だった。他にも那智の大滝等有名な観光名所にも出掛けているので、異族達との交流をそこそこに夏休みの前半戦は心の底から観光旅行を楽しんでいたのであった。そんな二人を横目に、皐月がカイトに問いかける。
「で、カイト。忘れてないでしょうね」
「わーってるよ・・・」
「じゃ、明日難波の駅前ね」
カイトのため息混じりの言葉に、弥生が笑いながら待ち合わせ場所を指定する。明日は皐月とのデート用の衣服を弥生が見繕う日なのであった。ちなみに、名目は弥生とのデートである。
「はいはい・・・あ、ジョーカー抜き忘れてる」
「あら・・・」
カイトは持っていた手札の中から紛れ込んでいたジョーカーを抜き取って、勝負を先に進める。今日の内容はテキサスホールデムだった。そうして、数時間後。再び一同は京都へと足を運ぶのであった。
「・・・んん?」
そうして6時間程車に乗っていた一同だが、ふと、神楽坂家の実家の前に奇妙な巫女服の美女が居る事に気付いた。そうして首を傾げる神無達に断りを入れて、カイトは一足先に車から降りる。
「うかちゃん?」
「お久しぶりです、カイト。少々伝言を預かって参りました」
立っていたのは、宇迦之御魂神ことうかだった。彼女はどうやらカイトを待っていたらしく、カイトに気づくと早々に駆け寄ってきた。
「アマテラス様よりの情報ですが・・・政府も動いた、と」
「ちっ・・・エシュロンでも使ってんのか・・・」
うかの言葉にカイトが舌打ちをする。わざわざうかを使いに出してメール等でやり取りをしなかったのは、どうやら傍受される可能性を考慮しての事だったのだろう。
ちなみにエシュロンとは米国で作られた軍事目的の通信傍受システムの事だ。数年前までは公式には認められた事はなかったのだが、数年前に情報がハッキングを受けて流出し、最早隠し通せないとその存在が明らかにされたのだった。
「似たような物、ですね。日本政府も数年前から独自の国内傍受システムを構築しています。それの使用に許可が下りた様子です」
「わかった・・・ティナに対処させる。一応、エリザ達にも何か対策は無いか聞いてみる」
「わかりました。その間、連絡は念話で?」
「そうするよ」
本来通信の傍受はプライバシーの問題や人権等を孕む為、それに関する情報流出はありえないのだろうが、なにせ対象は更に上の次元で覗き見が出来る天照大御神ことヒメだ。流出しない方が可怪しかった。
ちなみに、カイトはプライバシーを覗き見る様な方策を取った陰陽師や日本政府に何か文句を言うつもりは無い。なにせカイトもかつては密偵を放って同じことをしていた側だ。言えるはずがなかった。
「と、言うわけだ」
その後諸々の打ち合わせの後、カイトは場所を<<最後の楽園>>に移す事にして、得た情報をティナやエリザ達に伝える。それを聞いて、二人は少し顔を見合わせた。
「流石に私はどうしようもないわね」
「むぅ・・・余は流石に考えられる術は・・・いや、少し待て。確かスマホは電波でやり取りをしておるんじゃったな?」
「ええ、そうよ」
ティナの問いかけを受けて、エリザは自席のパソコンを使ってスマホだけでなく携帯電話全体の技術情報を提示する。
「この部分にアンテナがあって、そこから電波を放出しているのよ」
「ふむ・・・」
かなり細かな部品を指さされて、ティナはそれだけの小ささを作り出せた地球の科学技術に改めて感心しつつ、少しだけ頭を捻らせる。
「この電波のやり取りについてはどうなっておる?」
「それはこういうふうに基地局があって・・・」
暫くの間、二人は携帯電話の通信技術に関する談義を行っていく。そんな二人に、カイトは念のために言い含める事にした。
「あー・・・出来ればパソコンの方にも対処してもらいたいんだが・・・その為にエリザも呼んだんだし」
「あ・・・そうね。ごめんなさい」
エリザが少し照れた様子でカイトの言葉に謝罪する。そんなエリザに対して、ティナは平然と口を開いて、相変わらずの天才さを発揮した。
「む、そっちは既に対処を考えておる。特にお主が使う様なワイアードの物なら、そう悩む必要はなかったからのう」
「・・・は?」
この言葉には、流石にエリザも唖然となる。自分がこれから考えようと思っていた事に、既に対処法を考えついた、というのだ。
「ほれ、要はこれらは全て科学技術のみの産物。余は魔王。そもそも盗聴も傍受もさせぬのなら、魔術を一つ噛ませれば良いわけよ」
「ダメよ。それでも陰陽師達は対処出来るわ」
「阿呆。余を誰だと思っておる。まあ、流石に即興品じゃから遠からず解除されるじゃろうが・・・今後一年は保つじゃろう・・・ほれ。これをパソコンのLANケーブルアダプタに接続しておれば良い」
LANケーブルのアダプタを改良した魔道具をカイトに手渡すと、ティナは再びパソコンの画面に戻る。それをカイトとエリザはしげしげと眺める。
「えーっと・・・ティナ? この原理は?」
「なんじゃ。お主何時も要らぬというではないか・・・まあ、ぶっちゃけると、単にそれは送り出される信号を魔術で暗号化させておるだけじゃな。科学技術は所詮ゼロイチ。魔術が噛んだ複雑な信号になれば理解出来るはずはあるまい」
カイトの問いかけにパソコンから顔を上げて、ティナが胡乱げな顔で告げる。
何時も聞かない事を聞かれて訝しげではあったが、とりあえず面倒だったので噛み砕いて説明した。まあ、そのお陰で、カイトにもエリザにも理解できたのは、幸いだろう。
「・・・で、これがなぜあるんだ?」
「・・・実は何時か使えるかな、と開発しておった。意外と難しかったんじゃぞ。受け取り手側にそんな魔術の痕跡を見咎められるわけにもいかぬし、道中でハッキングされて盗まれる可能性もあり得る。それらに対処して尚且つ魔術で傍受されても問題の無い様に・・・と、まあ、案外役に立ったから良しじゃろう」
カイトの問いかけに、ティナは少し恥ずかしげに答えた。後にカイトが問い詰めた話によると、エシュロンというシステムを知ったその日から、面白半分にそれを回避する手段を作っていたらしい。今回はそれが功を奏した形だ。
「これ、量産出来ないかしら?」
「む・・・大して難しい術式は使っておらん。このアダプタと小さめの魔石の在庫さえあれば量産出来る」
「少し待って・・・」
ティナの言葉に、エリザは即座に内線を使って人を呼び出す。そうして来たのは、エリザの持つ会社の重役を務める異族だった。
「悪いのだけど、そいつに案内された先でその技術をウチのに教えてもらえないかしら」
「良いぞ。その代わり、余にプログラミング等の資料を見せてもらえるか?」
「いいわ・・・そちらにもご案内しなさい」
「わかりました」
エリザの言葉を受けて、異族がティナを案内して移動を始める。もともとエリザの会社は老舗IT企業だ。プログラミングやパソコン技術に関しては一家言存在している。その為、ティナとしてもその技術を得られるのはありがたい事だったのであった。
「当分はスマホではなくて、パソコンの電話を使って話をする事にしましょう?」
「そうするべきだな」
「ふふ」
カイトの同意を受けて、エリザが小さく笑みを浮かべる。パソコンの電話は今時は殆どテレビ電話だ。以前ヒメ達との電話の様にゲームをプレイして必要が無い、というのでは無い限り全て相手の顔が見えるのだった。そうして、エリザはカイトと二人きりになると、その顔を引き寄せた。
「・・・ん」
どうやらずっとキスしたかったらしい。エリザはカイトの口に自らの口を寄せる。
「はぁ・・・この間は見られていたから、満足に出来なかったもの」
「そうか・・・ったく。真面目な会話をしてたはずなんだけどな」
「ふふ、これも真面目な会話よ」
それはそうだ、とカイトも思うが、流石にこれ以上脱線するわけにはいかない。なにせ、これは前哨戦。本戦まで時間は無いのだ。こんな所で時間を使っている暇はなかった。
「準備は?」
「蘇芳達は帰らせたわ。協同か統一か・・・それは曖昧なままにしておきたい、でしょう?」
「ああ。それに、楽園に比べて紫陽は弱い。敵にしても多方面作戦は取らないはずだが、万が一もあり得る。今回の作戦には参加させない方向だ」
エリザの言葉に、カイトが頷く。今回の最大の標的はカイトだ。それ故にカイトは今、陰陽師達に対して複数のルートから京都か大阪に滞在している、という情報を流している。これは戦略上の判断だった。
もともと自分達だけではカイトに勝てないと判断している上、同時に何らかの封印の儀式を施そうとしている彼らなので、蘇芳達にまでアクションを起こす事は考えていないだろう、とはカイトも推測している。
だが、万が一蘇芳達からの援軍を厭って陽動作戦ぐらいは考えるかもしれない。なので、念のためだった。
「さて・・・別に手を貸す必要は無いぞ」
「ふふ・・・あなたはそれでも私達の長。出ない訳にはいかないわ」
カイトの実力は、エリザは既に確信している。喩え自分達が100人掛かりで挑んでも勝てない、と。そんな相手が、たかだか普通の人間が出せる実力の存在を幾ら束にしても勝てるとは思わなかった。
だが、まあ曲がりなりにも自分が当主を押し付けた相手だ。関係ないと言い張るのは問題だし、見捨てるのは論外だった。
「武器については、蘇芳達に修繕をお願いしたわ」
「妥当か」
エリザの報告にカイトが頷く。最早、楽園も紫陽も共にカイトの配下だ。そのお陰で今までは不可能だった事が出来るようになったのだ。
「さて・・・向こうは必死で来るだろうな」
「でしょう」
カイトの呟きにエリザが応じる。ここが、今後の分水嶺なのだ。ここでカイトが勝てば、世界中で魔術の存在を知る者達は動き始める。一大勢力が現れるのだから、当たり前だ。なのでカイトが考えるのは、勝った先の事だ。
「まずは何処が来るか・・・」
「それなら分かるわ。多分、中国の占術師達か英国の調査官達よ」
エリザが即座に応じたので、カイトが少しだけ意外そうに眉を上げて問いかける。意外ときちんと当主としての仕事をしていた事を知らされたのである。
「その根拠は?」
「占術師達は第2次世界大戦の緒戦で私達・・・いえ、正確には陰陽師達と衝突して、とんでもない恨みを抱いているらしいわ。どうにも実戦経験値が違いすぎて戦いにならなかったようね・・・大恥を掻かされたと思っているらしいわ」
「はぁ・・・大戦から何年だと思ってるんだ・・・既に上層部も第一線級の奴らも揃って退いてるだろうに・・・」
告げられたセリフにカイトはため息を吐いた。既に第2次世界大戦から80年以上。未だに恨みを持ち続けているのは逆に感心出来た。だが、そんなカイトに対してエリザが実情を告げる。
「いえ、違うわ」
「うん?」
「あちらのトップは軍部の中でも仙人とか呼ばれる老いぼれ達よ。私が知る限りだと、多分日清戦争から生きているわ」
彼女はそう言うと、自身のパソコンを操作して何かの映像を探し始める。そうして画面に映ったのは、かなり昔に撮られたと思しき写真と、比較的最近撮影されたと思しき盗撮写真だった。
ただ可怪しいのは、どちらも同じ風貌の老人達が映っていた事である。それはただ単に老化して似たような風貌になっているのではなく、見るからに同じ人物に見えた。
「・・・整形とかじゃあ、無いんだな?」
「ええ、同一人物よ。古い物は日清戦争当時に帝国陸軍が寄越した物よ。彼らと敵対派閥が流した物らしいわ。新しい物はまだ狗神が当主になる前に撮影してきた物。彼の一族は大戦期に避難する際に大陸を通過して、その際に一度彼らと戦闘になっていたらしいの。何時か倍返しにしてやる、って息巻いてたのを覚えているわ」
少しだけ悲しげにエリザは目を伏せると、頭を振った。少しだけ何時もの厭世的な気配がにじみ出たが、流石にエルザのお陰で既に吹っ切れたのか再び顔を上げると、机の引き出しを探し始める。
「確か、ここに・・・あったわ。昔戦闘の際に狗神の祖父が囚われて、脱出時に奪った資料よ。当時の日本政府に提出して、安全を保証させるつもりの切り札の一つよ。これはコピー。ここに占術師達の上、道士達と呼ばれる者達のことが書かれているわ」
エリザはかなり古びた資料だったが、まだ辛うじて読む事は出来そうな紙の束をカイトに渡す。それを受け取って、カイトは一読して、少しだけ感心した声を上げた。
「ほう・・・一説には200年以上生きている、か・・・いや、今も生きているなら約300年か。なら清朝中期からか」
「かなり、執念深い相手よ。多分、今も虎視眈々と機会を伺っているわ」
感心しているカイトに対して、エリザは注意を促す。当たり前だが、人間の寿命はどれだけ長くても100年と少しだ。それを大幅に魔術で延命しているとするならば十分に感心出来る事だったので、仕方がなくはあるだろう。
「わかった。次は英国を教えてくれ」
「英国はもともと私達と同じような国の裏の構成だから、基本的に私達に融和的よ・・・まあ、それでも人間の国である以上、あなたを見極めに来る、という所でしょう」
「こっちに喧嘩は厳禁か・・・それは各員に徹底してくれ」
「わかったわ」
エリザの返事を聞いて、カイトは黙考を開始する。次の戦いに勝つのは、全ての前提条件だ。そちらはティナが帰って来次第、全てを動かし始める。
「・・・表立って来るであろうは、調査官達か。なら、此方は星矢さん達に対処を任せよう」
「星矢・・・って、あの天城 星矢外務大臣?」
カイトの呟きに、エリザが少し驚いた表情を見せる。彼と既知であるとは全く思っていなかったのだ。ちなみに、流石にカイトとしてももう既に星矢達が動いているとは思っていなかったのだが。
「・・・オレの表の友人の一人があそこの息子でね。その縁で知り合っているんだ。少なくとも、あの人は動くだろう」
「そう・・・」
カイトは苦笑して更に再び黙考に入る。が、出た結論は一つだ。
「良し。狗神家はどうなっている?」
「まだもめているわ・・・当たり前でしょう」
「だろうな。なら、お家取り潰しや追放を無しとする代わりに、一つ条件を飲ませろ」
「何を命ずるつもり?」
「大陸に加えて、半島にも密偵を放て。密偵・隠密行動は人狼族の得意とする所だろ。だが、深入りする必要は無い。来るか来ないか、それだけで良い」
「わかったわ」
表立って来る方は、対処が出来る。だが、そうではない相手には、此方から積極的に情報を収集するしか無い。なので、今から動き始めたのであった。そうして、カイト達は動き始めるのであった。
お読み頂きありがとうございました。




