断章 第32話 楽園統一編 統一者
クーデターから数時間。完全に夜も明けてセミが鳴き始めた頃。『最後の楽園』のエリザの執務室でカイトはようやく一段落つく事が出来る様になった。
ちなみに、執務室に来ているのはカイト、エルザ、エリザの三人だけだ。ティナは飛空石の調整に奔走し、『紫陽の里』の面々は破壊された『最後の楽園』の援助をするため、『紫陽の里』へと大急ぎで戻っていたのだった。『最後の楽園』の幹部達は当たり前だが里の復旧に奔走している。
「はぁ・・・というか、ひどい顔だな」
「あ、あはは。ごめんなさい、エリザ」
エリザの顔を見て、カイトが苦笑いを浮かべる。そしてその言葉を聞いて、エルザもまた、苦笑いを浮かべてエリザに謝罪した。と、言うのも、エリザの顔は真っ赤に腫れていたのである。幸いにして陰陽師たちには逆光で気付かれなかった様子だったが、部屋に来て見れば一目瞭然だった。
「痛かったわ・・・」
随分と厭世的な気配が消えたエリザだが、何処か拗ねた様な表情を見せる。
「折角の美人が勿体無い・・・というか、何やったんだ?」
「いえ、ちょっと・・・あの、その・・・エリザがああなってしまうと長いので、何時も頬を叩いて強制起動するのです。まあ、今回は少しいろいろとあったので、つい強めに叩いてしまって・・・」
エルザが少し照れながら頬を朱に染める。
「はぁ・・・まあ、エルザがストッパーだったわけね」
「はい・・・」
「とは言え、おたふくかぜのまんまじゃ見えが悪いな」
「おたふくかぜ・・・く、くくく・・・」
カイトの発した言葉に、エルザがエリザを見て、何故か笑いを堪える。それに、カイトが溜め息を吐いた。
「何が面白いんだ・・・」
「この子、笑いのツボが可笑しいのよ。大阪に来てから、テレビが普及して百年でそれに拍車が掛かったようよ」
「はぁ・・・とりあえず、エリザ。こっちに来い」
「?」
執務室の椅子に腰掛け、カイトがエリザを手招きする。理由はわからないが、エリザはとりあえずそれに従った。
「少し、じっとしてろ」
「あ・・・冷たくて気持ちいいわ・・・」
カイトは両手でエリザの頬を包み込み、治癒系統の魔術を展開する。腫れを引かせる為の術式だ。そして、ものの数分でエリザの頬は元通りに戻った。
「良し」
「あ・・・ありがとう」
カイトの手が離れていき、エリザは少し名残惜しそうにする。そうして、カイトはエルザが引いた執務室の椅子に深く腰掛けて、気づいた。
「いや、待て。なんでオレ、平然と執務机に座らされている?」
「あら、貴方が今の頭首よ」
「いや、正気戻ったら普通に頭首戻れよ」
クスクスと楽しげなエリザを前に、カイトが道理を説く。当たり前だがカイトはエリザが人事不省だから代役を務めただけだ。帰ると言っているのに、本職をやるつもりは無かった。
だが、そんなカイトに対して、エリザが再びクスクスと笑いかけた。
「あら、勝手に投げ出すな、なんでしょう?それに、貴方が言ったのよ?やらないなら、頭首の座をよこせ、って。私はその願いを聞いただけ。返却は受け付けていないわ?」
「なっ・・・」
カイトが絶句する。確かに、カイトは言った。勝手にほっぽり出すな、守る気が無いなら頭首の座を譲れ、と。そして、確かにカイトは急場であったが頭首として『最後の楽園』を指揮した。だが、それは一時的なはずだった。
「『紫陽の里』でも頭首をしているのでしょう?」
「いや、あのオレ・・・一応時限制の頭首なんっすけど・・・」
「? どういうこと?」
エリザの問い掛けに、カイトが仕方がなく事情を説明していく。その説明を聞いて、エリザもエルザも顔に満面の驚きを浮かべた。
「異世界に行って、自力で帰って来た・・・」
「す、すごいですね・・・村正の真打ちを使っても不可能なのに・・・」
二人共唖然とカイトの言葉を受け入れる。と言うか、カイトの実力を見れば、それが嘘では無い様な気がしたのだ。
「まあ、その間で良いわ。私だってお休みがほしいもの。それに、少しは自分も見直したいわ」
「ぐ・・・いや、でも適時に仕事しても・・・」
「あら、じゃあ次に私が自棄になった時、貴方がまた面倒を見てくれるのかしら?」
「いや、そりゃ・・まあ、無理・・・」
「じゃあ、お願いね? 他の幹部達も貴方なら、受け入れざるを得ないでしょう? それに、実務なら幹部たちがやってくれるわ。私だってほとんどやってないもの。」
エリザの言葉は正解だった。現にこの事を幹部達に伝え、更に里の上役達に伝えると、クーデターを鎮圧し、更には『最後の楽園』を単身支えた事から逆にありがたがられたぐらいだ。そうして、結局実務をほとんどやらない、ということでカイトが就任を受け入れたのだった。
「うぐぅ・・・」
「お主は、本当に後先考えておらんな」
「いや、こうなるのはどう考えてもおかしいだろ」
そんな一件から数時間後。執務室にて、カイトは蘇芳翁と話し合っていた。流石に蘇芳は仕事があるというので、菫と共に関西に残っていたのだ。尚、菫はティナの補佐に付いて、ティナがアレンジした所為で使えなくなった昇降用の魔道具の調整を行っている。
どうやらカイト達が来た時に使った昇降用の岩盤は『最後の楽園』の飛空石とリンクしているが故に使えた物らしく、ティナがアレンジした所為で使えなくなってしまったのだ。これでは下に降りている里の者は帰ってこれないし、上に居る者は下に降りれない。早急に復旧しなければならなかったのだ。エリザ達幹部の様に飛空術を平然と使える方が珍しいのだった。
「お主、なんだかんだで帰れん様になるのではないか?」
「あら、それは嬉しいわ」
蘇芳翁の懸念に、エリザが笑う。それに、カイトが溜め息を吐いた。カイトとしても、なんだかんだでそうなりそうな予感はあったのだ。自分を縛るなら人の情が一番だということは、彼自身が一番理解していた。
「はぁ・・・まあ、最悪切り札を切る」
「切り札?」
「あんまり使いたくない術を開発してたんだよ、オレ」
エルザの疑問に、カイトがため息混じりに告げる。
「あの時は完成してなかったが・・・まあ、今もまだまだ完成までには程遠い魔術があるんだよ。ちょっとした古い友人が使ってた術なんだが、まあ、根幹は出来上がってる」
「魔王殿には言っておらんのか?」
「あいつには見せられないんだよ、それ。いろいろ理由があってな」
カイトが溜め息を吐いた。ティナの力が借り受けられるのなら、完成は早いだろう。だが、それが出来ない理由もある。そうなれば、カイト一人でやるしかなかった。
「その術とは?」
「世界間転移術。なんだかんだ言っても何時もホームシックが無かったわけじゃないからな。ティナとは別口で作ってる所だったんだよ。まさかホームシックで帰りたくなった、なんて言えないからな」
「・・・む?ティナ殿なら完成させているのでは無いか?」
「それとは別。更に上位だ。知れずに帰って、戻ってきたかったからな」
「どういうことですか?」
エルザが疑問を呈するが、唯一世界間を転移を経験して、その転移するという本当の意味を理解できている蘇芳翁が絶句する。
「それが・・・可能なのか?」
「さぁ?理論上は可能だ、と言うだけだ」
「そんな理論を提唱した者が居るのか・・・」
「オレの知る限りではたった一人だが、提唱したエロ爺が居たがな。まあ、その開発理由がくだらなすぎて発表前にお蔵入りしたらしいが。その論文見てるからな。頭の中に入ってる。それを応用してんだよ」
「なっ・・・」
蘇芳翁が再度絶句する。だが、カイトから告げられた名前を聞いて、それも納得出来た。
「爺も聞いたことあるだろ? 大賢人ヘルメスの名は」
「皇国建国の大賢人、初代宰相ヘルメス殿か! 確かに、かの大賢人なら可能かも知れん!」
「まあ、さすがにくだらない、と言う意味でやばいネタだからアウラは存在も知らないが・・・いろいろ爺さんの秘密は聞いていてな。伊達に養子やってない」
そう告げて、カイトが苦笑する。旅の最中も含めれば、地球時間にして4年ほど一緒だったのだ。その間に、アウラが知らない話でも聞いていて不思議では無かった。その一つが、カイトが開発中の魔術だった。
「どういうこと?」
「完成したら、教えてやる。まあ、あんま使いたくないんだが・・・」
とは言え、カイトも言った様に、一度引き受けて背負った以上、勝手に止めるのも勝手に投げ出すのも本意ではない。それ故、実はこれは『紫陽の里』の頭首に就任した時から、密かに本格的に取り掛かっていたのだ。
まあ、それが完成するのは今から数年先、カイトが再びエネフィアへと舞い戻る少し前、神々の援助を受けて、なのだが。如何にカイトと言えど、ティナ無しで超高度な術式を開発するのは困難を極めるのであった。
「はぁ・・・とりあえず、オレは帰るぞ。流石に朝飯前には戻らんと、大目玉どころじゃすまん。それに、明日にはまた東京にとんぼ返りだ。明後日には登校日で竜馬の結婚式で・・・で、更にその翌日にはまたこっちに戻ってくる事になる」
「ええ、ありがとう。詳しい話はその時に詰めましょう」
エリザの礼を聞いて、カイトは執務室を後にする。そうして、カイトはティナをキャプチャーして再び大阪の実家へと帰還するのであった。
彩斗の実家で朝食を食べたカイトは、そのまま大急ぎで荷物を纏めて京都までやって来ていた。理由はスーツとドレスを受け取るため、だ。宅配便として送ってしまおうと考えたのである。
「おーう・・・」
「な、なんか疲れてるわね・・・」
店先に現れた疲れた様子のカイトに、皐月が苦笑する。当たり前だが、カイトはここまで一睡もしていない。疲れた様子なのは当たり前だった。
ちなみに、ティナは眠い、とのことで、異空間にて睡眠中である。まあ、表向きは近くの喫茶店で休んでいる、ということにしているが。
「色々と疲れたんだ・・・スーツとドレス受け取りに来た。先に宅配しちまいたい」
「あ、ちょっと待ってて」
「あ、カイトさん。おはようございます」
「ああ、睦月。おはよう・・・まあ、女性物も似合うよな」
「あはは・・・」
皐月と入れ違いに出て来た睦月に、カイトが苦笑する。というのも、睦月は実家では女性物の着物だった。
まあ、風習として幼い男子に女物の着物を着せる風習はあるし、神楽坂家もその風習を採用している。今でも女装をしているのは、睦月からその流れと聞かされていた。
奇妙とは思ったが、カイトも異族の存在を知ってしまえば、独自の風習がまだ残っていても可怪しくないと思ったのだ。
「あ、カイト。聞いたらお母さんがもう実家の綾音さんの方に送ったって。返却も郵便でそのままお願いって。綾音さんには電話してる、って言ってたから、そっちで忘れられてるんじゃない?」
「あ、そうか。ソッチのほうが良いもんな。サンクス。後で神無さんにも礼言っとく」
「うん。」
店内に入った皐月だが、直ぐに出て来てカイトに告げる。どうやら神無は採寸が問題無いと見ると、服を宅配便で出してくれた様だ。そうしてカイトもそれに礼を告げた所で、ふと、皐月がスマホを取り出した。
「そうだ、カイト。これ、見た?確か大阪に居たんでしょ?」
「あん?」
「これよ、これ。朝からニュースになってるのよ」
「あ、これ今、すごい話題ですよ」
スマホに出ていたのは、ニュースの速報だった。そうして、そこに映っていたのを見て、カイトがおもわず顔を顰めた。
「げっ!」
「見てたの! どうだった!?」
「いや、うん、まあ、すごかった。」
皐月が身を乗り出して問いかけるが、カイトは曖昧に答えた。皐月のスマホに掲載されていたニュースは、夜空に浮かぶ虹色の光の話。多くの人が目撃していながらも、何度撮影しても何も写らなかったというニュースだった。
まあ、考えるまでもなく、昨夜の時点で虹色の光となると、カイトしか居ない。幸いにしてまだ夜が明けていなかったおかげでカイトの姿は誰にも見られていなかったのだが、その身に纏う光は見えたらしい。何故その光が撮影できなかったのかというと、純科学の産物であるスマホの写真やデジカメには魔力の光は写らなかったのであった。
「ちょっと、失礼・・・」
詳細を問おうとしていた皐月と睦月にそう断りを入れて、カイトは大急ぎでスマホを取り出す。連絡先はとりあえず影響力のデカそうなヒメだった。
『はい、天照大御神です』
「おはよ! カイトだ! 今良いか!?」
『あ、はい・・・あ、カイト。昨夜はお疲れ様でした』
どうやらヒメはまた見ていたらしい。そうそうにそう伝える。
「と、とりあえずその事はどうでもいい! 誰でも良いから、隠蔽要員貸して!」
『あぁ、ニュースに成ってますね』
「ああ! 揉み消したい! つーか、いろいろ考えてももみ消さないと拙い!」
『ああ、それなら大丈夫ですよ』
「ヨミか! おはよ! で、どういうことだ?」
どうやらヒメから電話を変わったらしいヨミが答える。だが、彼女には何らかの自信がある様子だった。
『いえ、今回の一件では京都の陰陽師達が動いています。現状、日本は世界各国から注目の的です。貴方という存在が表に出て来ている事は、是が非でも隠さないといけない』
「・・・そこまでか?」
『ええ。日本はこの地球最大の妖族・・・貴方達風に言えば異族のたまり場です。特に異族を目の敵にしている西や中東の一神教の神使達から見れば、貴方はおそらく最悪の存在として認識されかねない。それこそ、かのサタンとさえ同一視されかねないでしょう』
「おいおい。オレは神への叛逆者になぞなる気は無いぞ?」
少し驚いた様子のカイトの問い掛けに、ヨミは茶化す事無く真剣に返した。それほどまでに、現状は危ない状況だったのだ。
『向こうがそう考えてくれるかどうかの問題です。そうなれば、向こうとてそれこそ表向きの外交手段を使ってさえ、日本に乗り込んでくるでしょう。調査員は既に日本に入り込む手段を得て、日本に向かっています。日本の異族達は強くはないと言えど、決して弱いわけではない。それが今まで三つ巴の状態だったからこそ、世界は今の平穏が保てているのです。それが一つになるとすれば、なりふり構ってはいられない。優れた武器を提供可能な蘇芳達に、使い手として優秀なエリザ達。紛うこと無く一大勢力となる。その前に叩き潰そうと思うのは道理です。おそらく、もう一度。何か異変が起きれば、世界的に動き出します』
「・・・潰すなら今、か」
『ええ。世界を今のままにしておこうとするなら、陰陽師達が貴方を叩き潰そうと考えるのなら、今しかありません。貴方の地盤が固まる前に、動かなければならない』
カイトの真剣な眼差しでの断言に、ヨミが電話先で頷く。彼らは中立を保たざるを得ないが、それを助言する分には問題がない。それは、一日本人に対して問題がある事ではない。
『動くのはお盆明け。あちらもお盆には様々な怪異を抱えますので、動きようがありません。ですが、9月以降となると近くに神無月があり大々的に動くのは我々が快く思いません。おまけに、貴方の地盤もより盤石になるだろうことは目に見えています』
「道理だな。宴会を潰されて快く思う奴は居ない。盤石になるのを見過ごすのもな」
ヨミの言葉に、カイトも同意する。陰陽師達は彼ら八百万の神々の力を借り受けているという。なのに神々が集まる時期に大立ち回りをするのは以ての外だろう。
『ええ。ですが、お盆明けには封印の儀式も控えている。それに対して動かれない様に、万全を期して来るはずです。貴方がどう出るかわからない以上、絶対に動かれない様に討伐隊と儀式隊は同時に動くはずです。早ければ貴方からの報復がブッキングする可能性があり、それ以上に遅ければそれまでに盤石になってしまう可能性がある。最悪討伐隊が全滅しても、時間稼ぎで儀式さえ完遂してしまえば良い、そう考えるでしょう。まあ、これは貴方の実力を見誤っているのですが・・・』
「ちっ・・・平穏は遠いな。叩き潰せば世界大戦で、潰さなければやられる。嫌な話だ」
『貴方が神々をも遥かに超える力を持つ以上、争いからは逃げられませんよ』
ヨミは苦笑した様に、忌々しげに舌打ちしたカイトに告げる。もしカイトが両方の里を束ねる事が出来ないほどならば、ここまで問題には成り得なかった。だが、誰もが呆れ返るほどの実力だったからこそ、問題だったのだ。
とは言え、苦々しい思いをしているだろうカイトに対して、ヨミがフォローに乗り出した。
『とは言え、何も悪いだけの話ではありません』
「どういうことだ?」
『貴方を庇護者として求める者も現れる、ということです』
「いや、それ有り難くないぞ」
『わからないのですか?』
カイトの言葉に、ヨミが苦笑する。そう、カイトは一つ失念していたのだ。彼は、神様よりも強い。それは、つまり。
『あまり言いたくない事なのですが、我々多神教の神様は、かの一神教とはあまり仲がよくありません。それは、地球中で同じです。となれば、他国の多神教の神様も貴方を見極めようとやってくるはずです』
「成る程。そちらの力も借り受けられる、ということね」
『そういうことです』
カイトが理解したのをみて、ヨミが頷いた。カイトとてタコ殴りなら困るが、敵の敵は味方ということもありなのだ。向こうが広大な勢力ならば、此方も勢力を整えれば良かったのだ。
「ちっ・・・しゃーない。てめえの尻ぐらいはてめえで拭くか。ヒメちゃんによろしくな。オレはもう帰って明日の準備をするわ」
『そうしなさい』
その会話を最後に、二人は通話を切る。そうしてカイトは、嵐の訪れを感じながら、最後の休息へと向かうのだった。
その翌日。カイトはティナと共に、一時帰宅の用意をしていた。
「まあ、また明後日にはとんぼ返りだから、そんなに荷物無いけどね」
「じゃあ、これで最後ですか?」
「ええ、ありがと。じゃ、私は弥生と一緒にお母さんに挨拶してくるわね」
カイトの問い掛けに、神無が笑って頷いた。まあ彼女の言うように登校日が終われば取って返す様に此方に戻ってくるので、荷物が少ないのは当然だった。そもそもでお土産も買ってないのだ。と、そこに、皐月の声が響いた。
「カイトー! お客さんー!」
「オレにか!?」
皐月の大声に、カイトも用意をしながら大声で返した。
「ええ、めちゃくちゃ美人な女の人。」
「ん?」
その言葉に、カイトが振り返る。すると、そこには確かに美女が居た。まあ、エリザだったのだが。
当たり前だが、エリザがこんな所に来る事自体、カイトの警戒の対象にしかなり得ない。そうしてカイトは彼女が居る場所まで歩いて行く。
「・・・何の用だ?」
「そんなに警戒しなくていいわ。用は一つだけよ」
そう言うと、彼女は一歩、前に出た。訝しむカイトを前に、彼女はカイトの首筋に手を回して顔を抱き寄せて、その口にくちづけする。
「ん・・・」
ほんの少しの間だけ、カイトの余韻を楽しむ様にエリザが顔を近づけたままに停止する。だが、それもほんの僅かの間だけだ。彼女はそのまま、カイトの首筋に吸血姫の特徴である鋭い牙を立てた。
「いつっ!」
「ふふ・・・やっぱり、甘いわ・・・」
自分で付けた傷から流れる血をエリザが舐めとり、光悦とした、至福の表情を浮かべる。
「お礼と、鎖よ。貴方は私を救った。だから、私を、この痛みを忘れないで」
カイトの耳元で、エリザが囁く。そして、最後にもう一度、カイトの血で紅を引いた唇を近づけて、カイトにくちづけする。
「ん・・・お願いね?」
そうしてエリザはカイトから離れて、踵を返し、歩き始めた。
「ちょ、待て! やるだけやって帰んな!」
「数日後。会える日を楽しみにしているわ。」
カイトも追いかけるが、エリザはそう告げると、そのまま彼女は皐月達には見えない物陰だったのを良いことに、霧となって消えた。
『ふふふ』
そんな楽しげな声だけが、響いていた。当たり前だが、彼女が見せなかったのは霧になる所だけだ。つまりは。
「ちょ! カイト! 今の相手誰! と言うか、どんな関係! お姉ちゃんはどうなってるの!」
「うわ・・・すごい・・・」
二人の声が響き渡った。この場には、祖父母に出発の挨拶をしていた弥生と神無以外全員居た。つまり、もろに今のロマンスを見られていたのだ。そうして、カイトの最後の一仕事が確定したのだった。
お読み頂きありがとうございました。




