断章 第30話 楽園統一編 蠱毒の術 ――友の決意――
『最後の楽園』の落下が明らかになる少し前。吹き飛ばされた狗神だが、如何な偶然か彼は草陰家の面々が横たわる泉にまで吹き飛ばされていた。なんとか泉の水がクッションになってくれたおかげで、彼にはほとんどダメージは無かった。
「くそっ!何なんだあいつは!お前らも何しくじってんだよ!」
草陰家の手勢の死体の一つに対して、狗神は容赦無くその鋭い爪を振るう。そうして鮮血が飛び散るが、彼は何度も何度もその死体に爪を突き立てた。そうして一つが完全に肉片になったと見て取ると、次の死体へと向かう。
「・・・居やがった。何が任せろだ!大口叩きやがって!」
そうして幾度か八つ当たりをしていた狗神だが、草陰家当主草陰 千夜の肉体を見つけると、大股に歩きよる。そうして、彼の身体に爪を突き立てたのが、彼の運の尽きだった。
『肉体は貰うぞ。我ら草陰の怨念を晴らす礎になってもらう。』
「なっ!お前・・・生きて・・・うぉ・・・うぉおおおおお!」
突き立てたと同時に響いてきた千夜の声に、狗神が目を見開いて絶叫を発する。だが、もう遅かった。周囲に散らばる三十と一つの遺体から、黒い瘴気の様なモヤが噴出し、狗神へと殺到する。
『術は成った・・・草陰流禁呪<<滅私蠱毒>>・・・これで、この全てを滅ぼせる・・・兄が無念、佳彦が無念・・・これで晴らせる・・・あやかし共よ、全て死に絶えるが良い・・・』
その言葉を最後に、千夜の声は聞こえなくなる。草陰家の当主である千夜が最後に使ったのは、彼らが独自で編み出した魔術だ。それは術者や関係者が全て死に絶える代わりに、その全ての恨みつらみを対象に注ぎこみ、その全てを変質させる魔術だった。蠱毒が最後の一匹が生き残るのに対して、これは術者も最後の一匹も完全に死に絶えるというまさに禁呪だった。
「ぐるるる・・・」
術の影響でもはや理性さえ失わされた狗神は、只々自身を乗っ取った恨みの感情に突き動かされ、手に入れるはずだった里の破壊を開始するのであった。
「開けて・・・お願い・・・」
エルザの慟哭が部屋の中に響く。カイト達が動き出していた頃。エルザは外の情報から完全に遮断されて、元々の部屋に閉じ込められたままだった。
取れる手段は何でも取ったのだろう。周囲には破壊の後が見えたし、その余波で彼女の衣服にしろ身体にしろボロボロだった。
「お願い・・・エリザ。無事で・・・」
涙ながらに、親友の無事を祈る。彼女が自暴自棄になりやすい性格だというのはエルザが誰よりも知っていた。それ故に、自分が大抵の場合は一緒に居たのだ。彼女が、エリザの自棄を止めるストッパーだった。エルザはただ守られている様で、その実エリザを守っても居たのだ。
「もう一回・・・」
彼女は気力を振り絞り、再び立ち上がって自身の放てる最大級の攻撃を準備する。
「<<水神の三叉>>!」
彼女の口決と共に、水で出来た三叉槍が顕現する。面として攻撃を放つわけではなく、点として攻撃力を一点集中した物だった。だが、その攻撃は扉に当たると雲散霧消する。
「駄目・・・どうして・・・」
エルザが大魔術の行使の余波で再び膝を屈する。彼女が行使したのは、かなり上位に位置する水系統の魔術だった。だが、それでも扉はびくともしない。だが、それでも、彼女も諦めはしない。
「もう一回・・・」
壊れた機械の様に、同じ動作を繰り返そうとする。無理な大魔術の連続行使は、草陰家の者達と同じく何時かは彼女の命を奪うだろう。だが、そうはならなかった。彼女がいままでどんな行動を行っても破れなかった窓が、唐突に割れた。
「え?」
背後から聞こえたガラスの割れる音に、エルザが後ろを振り向いた。そこに居たのは、まるで普通に蹴破った、と言わんばかりのカイトだった。
「ああ、いたいた。エルザ。ちょっとこの馬鹿女お願い。出来れば正気に戻しといて。」
「エリザ!」
カイトは手に抱いたエリザをエルザに見せる。親友の姿を見て、エルザは思わずエリザに抱きついた。
「良かった・・・暖かい・・・」
「ちょっとこれからやることあるから、後お願い。」
エリザを抱きしめるエルザを見て、カイトは少し微笑むが長くそうしているわけにもいかない。なのでカイトは再び窓の淵に足をかけて告げる。
「え?あの、一体今何が・・・」
「あ?あー、まあ、ちょっとこれ落ち始めてる。ま、安心しとけ。なんとかしてやるから。」
「え?え?え?」
当たり前だが、いきなり言われた言葉をエルザが理解する事は出来なかった。なので幾つもの疑問符を浮かべているエルザだったが、カイトはそれを無視して外に踊りでた。
「じゃ!ちょっとやって来る!」
「あの、ちょっと!・・・一体何が・・・エリザ、一体何があったんですか?」
「・・・」
ぼう、として反応しないエリザに、エルザが何かに気づいたらしい。それから一つの快音が響き、女の怒鳴り声が響いたという。
天空に浮かぶ『最後の楽園』の更に上。『最後の楽園』の全てが見通せる場所にまで、カイトは上昇していた。
とは言え、もともと『最後の楽園』自体が高度数千メートルの所にあったので、今カイトが居るのは高度15000メートルぐらいの高さである。
「・・・け、結構でかいな。」
支えるとは言ったが、少しカイトの予想よりも大きかったらしい。少しだけ引きつった顔になっていた。
「ま、一時間もすりゃ止まるだろ。」
予想よりも大きかったが、出来ないわけではないのだし、そもそもでティナが飛空石の復元を終わらせるまでだ。なのでカイトはぐるぐると腕を回すと、気合を入れなおす。
「しゃあ!やるか!」
カイトは気合を入れなおすと、両手を前に突き出す。それは『最後の楽園』の全てを包み込む様な感覚だ。
「おぉおおおお!」
カイトは裂帛の気合と共に、自由落下を始めた『最後の楽園』を支える様に、超大規模な魔術を発動させる。それは、かつてヒメがスサノオに使った光の注連縄だった。それをカイトの出力で展開したのである。
流石にここまでの術式になれば何処からでも、誰にでも理解出来るクラスだろうが、数十万の命には替えられない。いや、それ以前にこんな物が落下すれば彼の友人たちや祖父母も無事ではいられないのだ。躊躇う理由が無かった。
「おぉお・・・って!重いな、おい!」
当たり前だが、カイトとてこんな重量物を持ち上げた事なぞ一度も無い。それ故予想以上の疲労感に思わず顔を顰める。まあ、彼の言動を見ればまだ余裕そうだったが。
「・・・やっぱ来るよねー。」
カイトが溜め息を吐く。そうして『最後の楽園』の巨岩を光の注連縄で支え始めたカイトだが、直ぐに眼下のある建物の残骸から一つの化物が上昇してきていた。速度自体はそこまで速くは無いが、それでも一直線に此方を目指してやって来ていた。
「ベースは狗神で・・・うぇ。なんかめちゃくちゃ取り憑いてるな・・・」
身体中に人面瘡の様な痣を無数に浮かべた5メートル級の狼の様な巨体にカイトがおもわず顔を顰める。見るからにおぞましい姿だった。
「ぐるる・・・」
「憐れだな、おい。そこまでいくともう狼でも犬でもねえぞ。」
口からヘドロの様な真っ黒のよだれを垂れ流し、自分を睨みつける狗神へとカイトが憐憫の情を向ける。既に聞こえてもいないだろうし理解も出来ていないだろうが、それでもここまでなってしまっては最早何か悪態を吐く事も出来なかった。そうして、狗神はカイトに攻撃を仕掛ける。
「っと。悪いが、今相手はしてやれなくてね。」
狗神の攻撃を、カイトは簡単に回避する。『最後の楽園』を支える為に両手を使っているが、動くことは出来る。いくら狗神が強化されているとはいえ、カイトにとってはそれでも児戯に等しかったので、避けることは簡単だった。
とは言え、攻撃出来ないのでは、討伐出来ない。余計な事をして、『最後の楽園』を支える術式に万が一は出したくなかったのだ。なので、しばらくの間、カイトは避けるだけを続け、ティナが飛空石を配置し終わるのを待つ事になる。
「さっさとおわんないかなー。」
ただただ本能のままに振るわれる攻撃を避ける事数十分。そんな時だ。鏡夜がそこに現れたのは。
「草陰のおっさん!何やっとんねん!これが落ちたら下におる数十万の奴が全員死ぬねんぞ!」
巨大な鳥の背に跨った鏡夜は、巨大な狼の化物へと声を掛ける。と、そうして声を掛けて彼と相対していたカイトに気づいて、彼が単身『最後の楽園』の落下を食い止めている事に気づいた。
「って、こりゃ・・・お前がやっとんのか・・・」
「あ?って・・・あ。」
鏡夜は流石にカイトがやっていることに唖然となっていたが、カイトの方はまさかこんな所で鏡夜と出会うとは思っておらず、陰陽師の格好の友人に唖然となる。
「・・・なんや?」
「い、いやなんでも・・・」
自分の顔を見て唖然となっていたカイトを見て、鏡夜が怪訝な顔をする。そんな奇妙な間が降りた二人だが、狼の化物が声ならぬ声を発した。その声は狗神の物では無く、千夜の声だった。彼は途切れ途切れの声で、鏡夜に告げる。
『君は・・・鏡夜君か・・・君が来たか・・・そうか・・・やはり本家は君達まで動員してくるか・・・』
「つっ、おっさん!わかっとんねんやったら、さっさと術解けや!まだ落ちとらん今やったらなんとか交渉が出来るやろ!最悪命ぐらいは助けられるかもしれん!」
どうやら、鏡夜はあくまでも助けるつもりだったのだろう。鏡夜がそう告げる。だが、千夜はその申し出を拒絶した。
『・・・無理・・・だ。草陰流・・・蠱毒を・・・使った。』
「なっ!」
どうやら鏡夜は草陰流の禁呪を知っていたらしい。その言葉に思わず絶句して、顔に嘆きを浮かべた。
「助けられんのか?」
「・・・なんや。手、貸してくれんのか?」
「お前次第だ。」
「ありがとうな・・・でも、無理や。もうおっさんの身体は破壊されちまっとる。他の術者も一緒やろ・・・こうなってもうたらもう、誰も助けられん。」
カイトの心遣いに、鏡夜は泣きそうな顔で感謝を示す。だが、彼とて一流の陰陽師だ。そうであるが故に、それが不可能である事が理解出来ていた。
『もう私も意識を失う・・・後は全て滅ぼす・・・だけだ・・・鏡夜くん・・・こういう事を・・・言うのは・・・エゴ・・・だが・・・君だけでも・・・逃げ・・・たまえ・・・幼き日から知る・・・君を・・・私の手で・・・殺した・・・くは・・・な・・・い・・・』
段々と、千夜の声はかすれ、聞こえなくなっていく。本来は優しい男だったのだろう。彼は最後に何処か申し訳無さそうな声で鏡夜に告げる。だが、それに対して鏡夜は懐から何枚もの呪符を取り出した。
「・・・悪いな、おっさん。俺もこれでも一端の陰陽師の端くれや。他人に呪術使って悪害を成す奴を見過ごす事は出来ん。それに・・・草壁家次期当主として、外道に堕ちた傍流草陰の当主を討たなアカン。」
『・・・』
鏡夜の言葉に、千夜はもう何も答えなかった。おそらくもう完全に意識は消滅したのだろう。鏡夜は呪符を何枚も宙に浮かせ、彼は顔を上げて決意を告げる。
「草壁家嫡男草壁 鏡夜!次期当主として、無垢なる民に悪逆を成さんとする悪鬼を討つ!草陰のおっさん!せめてでかなった俺の姿見て、安心して佳彦さんのとこ逝ってくれや!」
それが、戦闘開始の合図だった。狗神の身体を乗っ取った千夜の戦闘能力も然ることながら、三童子と称賛される鏡夜の腕前も見事な物だった。だったのだが、それでも。
「うーん・・・やっぱ劣勢か・・・」
流石に巨大な『最後の楽園』を支え続けていてはカイトとしても避けに徹せざるを得ず、カイトの防衛を鏡夜が努めることとなっていた。その結果は、劣勢のままだった。
当たり前だが、31人もの陰陽師の恨みつらみを手に入れた狗神の力は元々の強さも相まって、鏡夜一人では手に負える物では無かったのだ。
「つぅ!さすがおっさんや!こないな化物創り出すとはなぁ!」
「っつ、馬鹿言ってんじゃねえよ!鏡夜、右だ!」
感心とも苦笑とも取れる感情を露わにした鏡夜へと、思わずカイトが指示を飛ばす。彼が一瞬油断した隙に、右側から人面瘡の様な顔の形をした黒い霧が迫っていたのだ。鏡夜はそれに気づいて大慌てで幾つかの呪符を使い、霧を防ぐ。
「まずっ!すまん!」
「戦闘の最中に油断するな!相変わらず周りが見えてねえな!もっと注意しやがれ!」
「すまん!つか名前で呼ぶな!・・・ん?」
鏡夜はカイトから何気なしに言われた注意に、違和感を感じる。だがそれと同時に、同じように鳥型の自分の使い魔に乗った秋夜がやってきた。そうして見た光景に、彼も思わず目を丸くした。
「これは・・・どうなってんの?」
「秋夜!ええ所に来た!お前も防衛戦に参加せえ!」
「え?どういうこと?」
「こいつが落下する『最後の楽園』の巨岩を支えとる!そやけど、草陰のおっさんはこいつ狙いや!何かあったら下の奴ら全部お陀仏やぞ!」
鏡夜から告げられた言葉に、秋夜もカイトを見る。すると、そこには巨大な魔法陣が展開されており、そこから放たれる光の注連縄は『最後の楽園』の全域へと伸びていた。
「な・・・うあ、マジだ・・・よくこんなの持てるね・・・」
「うっせガキ!そうは言っても重いんだよ!」
呆れた様な恐れを含んだ様な秋夜の呟きに、カイトが怒鳴る。
「おい、ガキ!この間の爺襲撃は見過ごしてやる!だからさっさと手をかしやがれ!」
「ガキじゃない!というか・・・あれも知ってるんだ。はぁ・・・なんで僕があやかしの護衛なんかに・・・」
「とやかくいうんやない!元々俺らの尻拭いや!キリキリ働け!」
「はいはい!わかったよ!」
年上二人から怒鳴られて、少し涙目で秋夜が応じる。まあ、ここまで素直に応じたのはそもそもで彼もここまで大事になるとは思わず見逃した事への罪悪感が大きかった。だが、秋夜が加わって尚、劣勢は覆らなかった。
「俺ら三童子の二人相手にしてここまでやりおるか・・・」
「あー、もう・・・眠いし、こいつさえ居なければもっと楽になったのに・・・」
「もう少し待っとりゃ全員来るやろ。それまで耐えろや。」
「うん。」
鏡夜の励ましに、秋夜も素直に頷く。ちなみに、秋夜が眠いのは当たり前で、狗神のクーデターの時点で既に丑三つ時も近かったのだ。それから既に数時間。寝ている最中に叩き起こされた小学生の彼にとっては眠いのは当然の時間となっていた。
「あ・・・」
「あ!?何や!まさか何ややばい事になったんや無いやろな!やめてくれよ!こんなデカブツもう無理なんていきなり言うの!」
そうして更に続いていた戦闘の最中、いきなりのカイトの呟きを聞いた鏡夜が怒鳴り声を上げる。だが、カイトの顔に浮かんでいたのは不敵な笑みだ。
「お、マジだ。さっすが。」
「だからなんやねん!」
「ちょ!兄ちゃん!反応しないでよ!僕一人じゃ無理だよ!」
「っと、すまん!」
そうして再び戦闘に戻ろうとした鏡夜だが、次の瞬間異変が起きる。
「里の全域に告げる!たった今飛空石の復旧が進み、重力との釣り合いが取れた!これより『最後の楽園』を強引に持ち上げる!」
「なっ!?」
「おぉおおおおお!」
再び、カイトの裂帛の気合が響き渡る。そうして、異変が起きた。下の『最後の楽園』が、ゆっくりとだが確実に上昇し始めたのだ。それに、二人が絶句する。
「マジでやりおった!?」
「うそぅ・・・」
「だから鏡夜!ぼさっとすんなや!ガキ、お前もだ!」
二人が絶句したのを見て、再度カイトから怒号が飛ぶ。当たり前だが、こんな異変が起きても理性を失った敵は止まってくれないのだ。
「だからお前に名前で・・・や、待て・・・お前まさか・・・」
「ガキって言わないでよ!僕は秋夜!」
「だからぼさっとすんな!」
「っと!」
鏡夜が何かに気付くが、それも一瞬だけだ。再び戦闘を再開する。しかし、それと同時に、カイトから展開していた光の注連縄が消え、同時に涼夜達が到着した。
「しゃあ!これで重労働終わり!」
「鏡夜!秋夜くん!無事か!」
そうして、役者が勢揃いしたことで、戦いは終局を迎えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




