断章 第29話 楽園統一編 魔王の業
落下を始めた『最後の楽園』だが、それは当然陰陽師たちにも知る所になっていた。
いや、それ以前に『最後の楽園』で起きているクーデターそのものから見ていたのだ。当然だが、京都・大阪の陰陽師達は大騒ぎになっていた。
鏡夜は就寝中だったにも関わらず即座に着替えを終えると、父の下に顔を出した。だが、そこは当然騒然となっていた。それこそ父の下に辿り着くのに彼が人を押しのけるのに使い魔を使う程だった。
「親父!何が起こっとる!」
「鏡夜か・・・千夜が事を起こした様だ・・・『最後の楽園』の岩盤が落下を始めた。」
「なっ・・・草陰のおっさんが?こんな所で何ぼさっとしとんねんな!」
父から告げられた言葉に、鏡夜は一瞬愕然となるも即座に怒鳴る。そんな鏡夜に対して、父は真剣な面持ちで答えた。
「わかっている。だが、現状で『最後の楽園』に乗り込めば我々も敵とみなされる。」
「んな事言う取る場合か!もしあんなデカブツが落下したら数万・・・いや、数十万が犠牲になるぞ!」
「わかっている!だから少し待てと言っているのだ!今秋夜くんが使い魔で状況を見定めてくれている所だ!安易に動いても無闇に戦火を撒き散らすだけだ!お前は少し考える事を覚えろ!」
鏡夜の父が怒鳴り声を上げて顎で部屋の中心部を示す。そこには意識を集中し、何体もの使い魔を操る秋夜の姿があった。流石に秋夜としてもこの状況で巫山戯るわけもなく、全力で使い魔達を操っていた。
まあ、それ以前に草陰の当主がまさかここまで大事を起こすとは思ってもみなかったので、それこそ疲労困憊に成る程に全力だった。流石に数十万の命が失われては後味が悪いでは済まなかった。この点、まだまだ彼の認識は歳相応に甘かった。
「つっ・・・わかった。何時でも出れる様に式神整えとく。皇花に付けとる護衛も全部引き上げさせんぞ。流石にこの状況でそっちに回してもおれんやろ。」
「・・・ああ、そうしろ。」
父親の言葉に、鏡夜も少し頭を冷やす。それと同時だ。秋夜が声を上げたのは。秋夜が口を開いたと同時に、騒然となっていた室内が静まり返った。
「見えたよ。どうやら草壁の当主が蠱毒を使ったみたいだね。連れて行った31人全員が自害して、それを蠱毒として編みこんだみたい。蠱毒についての詳細はわからない。更に、それでも身体が崩壊しないように、人狼のかなり力のある奴・・・多分あのクラスだと狗神かな・・・をつなぎとして利用したおかげで、とんでもなく強い化物になっているよ。それが、飛空石を破壊して回っているみたい。」
「なっ・・・」
周囲の全員が絶句する。赤っ恥もいいところだった。裏社会の警察を自認している彼らの身内が、数十万の命を奪う事に加担したどころか首謀者なのだ。とは言え、状況が掴めてからは早かった。
「状況が判断出来たな・・・涼夜殿は居るか!」
「此方に。」
皇花の問い掛けに答えて、鏡夜の父が跪いた。その横には出発前だった鏡夜も一緒だ。
「草壁家が最前線に立ち、草陰家当主を討て。自らの分家の咎は自らで濯ぐ様に。」
「御意に。」
「待った!」
涼夜が応じたが、それに待ったが掛かる。声の主は秋夜だった。彼は相変わらず目を閉じて状況を見ながら、何か訝しんでいる様子だった。膨大な魔力の渦と、更には現状での近付く事の拙さから音声が拾えず、状況の確認が遅れてしまったのだ。
「これは・・・!あの男も居る!千年姫が人事不省らしいから、あいつが代わりに陣頭指揮を執ってるみたい!」
「ばっ・・・馬鹿な!あの男まで此方に居るのか!」
最悪の状況に、更に輪をかけて最悪の男が居たのだ。誰もが目を見開いて愕然となる。それは、皇花や横の監視達、更に監視を通して状況を見ていた皇家の上層部達も一緒だった。だが、直ぐに我に返った監視達は皇花に耳打ちした。
「・・・」
「っつ!・・・わかった。御子神、土御門、安倍の三家は草壁の護衛に入れ!何としてでも今回の崩落を防げ!最悪の場合はあの男との一戦もありうる!その他分家にしてもその援護に何時でも入れる様に準備しつつ、被害が最小限になる様に街に散らばり、最悪の事態に備えよ!秋夜!お前も辛いだろうが、援護に出ろ!」
「うん。」
皇花の指揮を聞いて、集まった全員が騒然となる。皇花が涼夜達の補佐に入れたのは、草壁家を入れて彼らの中でも有数の力を持つ家だったのだ。
「なっ・・・三童子二人に補佐四家全てを出すのか!」
「いや、今の状況だとそれが最善だ!落下だけは是が非でも避けねばならん!最悪は阻止しながら『最後の楽園』、『紫陽の里』との全面抗争もあり得る!」
「そういうことだ!私はここから全員の総指揮を執る!散開!」
「御意!」
皇花の号令を受けて、陰陽師達も全力で動き始める。
「ちぃ・・・頼むから、全員都市部からは離れといてくれよ・・・」
鏡夜が焦りを滲ませながら呟いた。流石にいきなりの事態で、彼の友人達の現状なんぞ把握していなかった。そうであるが故に、エゴと言われようとも避難を教えてやる事さえ出来なかったのだ。
彼に後出来るのは、必死で事の進行を食い止める事と、誰も都市部に居ない事を祈る事だけだった。
「<<雀祭>>!親父、流石に先行くで!」
「ああ、そうしろ!お前一人でもいい!先に行ってなんとか抑えろ!俺も全員を引き連れて直ぐに向かう!気を付けろよ!」
鏡夜は外に出て、使い魔の一体を呼び出すとその上に跨った。呼び出した使い魔は彼が乗れる程の大きさの鳥だった。そうして、彼は父親に許可を取って、一人使い魔を飛ばせる。
「全速力や!後ろは気にすんな!」
『御意に。』
使い魔の返事と共に、一気に速度が増す。そうして、風を切って鏡夜も大阪の空を目指し、南下するのであった。
一方、飛空石の防衛に就いたティナ達だが、動き出して少し。道半ばと言うところで、目的の方角で爆発が上がる。
「間に合わなかったか!」
「ぐっ・・・揺れが!」
どうやら最後の飛空石も破壊された様だ。最後の飛空石が破壊されると同時に今まで少しだった振動が一気に酷くなり、立っていられない程になる。
「なんだ!」
それと同時だった。目的の建物から何か得体のしれない存在が飛び立ったのは。それは一直線に、天高く舞い上がったカイトを目指していく。
「つっ!拙い!カイト殿を狙っているぞ!」
「放っておけ。カイトがあの程度でどうにか出来る輩では無いわ。それより、案内を急げ。」
騒然となる幹部たちを他所に、ティナが平然と告げる。
「だが、あれは蠱毒と呼ばれる術式だ!先に倒せたかも知れぬが、今のあれの力は先の比ではないぞ!」
「だからどうしたというのだ。あの程度でどうにかなれば、余でも余裕じゃろう。あれは、そんな並の化物ではない。気にするな。」
「なっ・・・」
目の前のティナでさえ、絶句するような化物なのだ。それをして並ではないと言わしめる存在とは、と思うが、その異変が起きたのは次の瞬間だった。天空に、青みがかった虹色の太陽が生まれた。
「揺れが・・・治まっていく?」
「ほれ、言うておるじゃろう。お主らの物差しであ奴は測れん。」
「支えて・・・いるのか・・・たった一人で・・・」
ティナの言葉に、だんだん小さくなっていく揺れに、何が起きたのかをはっきりと認識させられる。彼らとて、もしかしたら、とは思っていたのだ。それが言及されたことで、認知せざるを得なくなったのである。
「早う案内せい。あ奴とていつまでも支えておれるわけではないぞ。」
「わ、わかった。」
ティナの言葉を受けて、幹部たちが揺れの収まった足場を駆け抜けていく。そうして辿り着いた飛空石の管理場所という場所にあったのは、建物の残骸だった。
「これは・・・大丈夫か!」
「・・・龍洞寺様・・・申し訳ありません・・・」
「いい!俺の認識が甘かっただけだ!お前らが嘆く事じゃない!誰か手当てを!」
ティナの案内を買って出ていた龍洞寺が、自分の配下のボロボロになった姿を見て不明を恥じる。そうして手当てが始められると、龍洞寺は医療隊に彼を預けて、大急ぎでティナを飛空石があった場所へと案内する。
「飛空石があったのは・・・確かこっちだ!急いでくれ!」
「うむ。」
「ここだ!確かここの台座に・・・大きさは3メートル程もあるんだ!絶対に見つからないはずが無い!」
龍洞寺は瓦礫をかき分けながら、周囲を捜索する。台座、と彼は言ったが、その建物そのものもボロボロで、完全に崩壊していた。
「あったぞ!台座の破片だ!」
幹部の一人が声を上げる。台座のあった場所からかなり遠くだった。おそらくそちらの方角に吹き飛ばされたのだろう、そう判断した幹部達は、なんとかまだ傷の浅い警備隊隊員達にも命令し、周囲の捜索を開始させた。
「見つかりました!飛空石の破片です!」
「こっちもありました!第9飛空石の欠片です!」
「急いであちらのお方の下に持っていけ!他にも欠片が見つかり次第持っていけ!」
「はい!」
幹部の一人が、ティナを指差して指示を下す。飛空石の欠片を見つけた者達がそちらに持って行く間も、幹部達も捜索に加わり、瓦礫の山をかき分けて行く。
「なるべく多く持っていけ!それだけ里が助かる可能性が高くなる!」
「はい!」
幾ら多くが惰性で生きているからといっても、こんな仲間達も全て巻き込んだ終わり方はゴメンだ。それが全員の思いだった。だから、全員必死で捜索する。
「ふむ・・・まだ生きる活力はあるようじゃのう。」
それを見て、ティナが一人頷いていた。カイトからかなり死にかけた里だと聞いていたが、まだ、自暴自棄には遠かったらしい。そんなティナへと、次々と飛空石の欠片がもたらされる。
「見つかりました!」
「此方も有りました!」
「ふむ・・・これでひとつ分かのう。まあ、破壊されておるが、それはどうでもよいか。」
ここに来る時に飛空石の完成品を見ていてよかった、とティナは思う。そうしなければ完全に自己流で作りなおさなければならなかったのだ。そこからは、ティナの下に来ていた隊員達が目を見張る早業だった。
「・・・良し。理解した。まあ、若干術式が無くなっておるが、そこは余なりのアレンジで構わんな?」
「は?も、もうですか?それに、アレンジ?」
「構わん!やってくれ!」
一瞬で解析を終わらせて、更にはアレンジする、と言ったティナに驚く警備隊員だったが、幹部は即断で答えた。本来は幹部会で決定すべき事だったのだが、後で何か問題が起きても、彼が責任を持つつもりだった。
「魔石はあるか?」
「少し待ってくれ!今大急ぎで取りに行かせている所だ!だが、流れ者達の妨害で少し遅れている!流石にあれだけの大きさの物を持ってくるのは容易では無いのだ!」
「ふむ・・・なら、余の在庫から使うとするかのう。」
流石にこれだけ巨大な岩盤を浮かせる魔道具を一個作るのに、一瞬というわけには行かないのだ。なので彼女は成人男性程の魔石を取り出した。
「小さくはないか?」
「あれは無駄が多すぎる。少々アレンジを加える。」
幹部の問い掛けに、ティナが少ししかめっ面で答えた。緊急事態だが、やるときは徹底的に、だ。そして、きっかり5分。ティナは魔石に術式を刻み終えた。
「これでよし。台座はどうなっておる!」
あまりの早業に呆然となる周囲を他所に、ティナが捜索を続けていた者達へと問いかける。飛空石はどうやら台座とセットらしく、そちらも復元しなければならなかったのだ。
「台座の破片はあらかた見つかりました!」
捜索していた一人が、ティナの答えに応じて破片の塊を見せる。どうやらティナが作業をしている間に此方は此方で台座を元の形に戻そうとしたらしく、幾分台座の形が取り戻せていた。
「此方は一から読み取らねばならぬか・・・面倒じゃのう。」
「面倒って・・・」
そんなことを言っていられる場合か、と思ったが、ティナが行動に移った為に何も言わなかった。
「むぅ・・・ぶっちゃけ、これ、無くて良いな。」
「はぁ!?」
そうして台座を一分ほど読み取っていたティナだが、結局はそう結論付ける。当たり前だがそんなティナのトンデモ発言に、周囲の隊員達だけでは無く、幹部達まで目を見開いた。
「もう捜索を終えて良いぞ。後は量産する。ま、正味15分程で3つ出来るから、それを所定の位置に運べば落下は阻止出来るじゃろうな。」
首を鳴らしながら、ティナが尚も捜索を続けていた一同へと告げる。手筈は全て整ったのだ。後は材料の到着を待つだけだ。
「持って来ました!」
ティナが全ての手筈を整えたと同時。魔石を持って来ていた部隊が到着する。彼らはどうやらかなり急ぎ足だったらしく、全員息を荒げていた。
「良し。では、始めるとするかのう。出来た物から指定する場所へと運べ。その防備も頼む。」
「了解した。」
杖を構え、準備を整えたティナの言葉に全員が頷く。そうして、異世界の天才魔王による、まさに神業と呼べる制作作業が始まるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




