断章 第28話 楽園統一編 真王
蘇芳翁へと向けて歩き始めた狗神だったが、その歩みはたったの一歩で止められた。彼らの頭上を極太の光条が通り過ぎたからだ。
「なんだ!?」
幹部達が光条が通り過ぎた頭上を見ると、そこには天井がごっそりと無くなって夜空が見えていた。
「なっ・・・この建物は核の爆発にさえ耐える結界が張り巡らされてるんだぞ・・・」
現代技術による破壊では傷つける事も不可能な建物の天井をごっそりと持って行った光条に、幹部たちが戦慄する。
もともと、この建物は第二次大戦期に核兵器による東京への空襲に備えて、天皇家を匿う為の邸宅だった。それ故、核兵器による防御が可能なのは確証済みであったのだ。その障壁を打ち破った攻撃は偶然にして外れた様子だったが、もしこれが自分たちに直撃していたら、と背筋に薄ら寒い物を感じた。
「ちっ・・・運の良い奴だ。」
流石に狗神とて今の光条を見て、平然と蘇芳翁の処刑に取り掛かるわけにもいかない。あんなものを見せられては民草が不安になるのは当然だったからだ。たった今臨時で頭首就任を受け入れた以上、今後の混乱を避けるのならまず第一に民草を慰撫することが大事だった。
「警備体制を整えろ!まず第一に紫陽の生き残りを討伐しろ!里の安全は警備隊に」
「その必要はねえよ。」
狗神のセリフを遮って、カイトの声が会見場に響いた。
「誰だ!」
「てめえらのトップから臨時で指揮権貰った奴。」
幹部の誰何に対し、カイトが不敵に笑みを浮かべる。その言葉に、彼らがカイトの姿を認め、そうして更にその腕の中で力なく沈黙を保ち続けるエリザを発見した。
「何?・・・エリザ嬢!」
「貴様、エリザ様に何をした!」
「何?何もしなかったからこうなってんだろ。」
怒声を上げる幹部たちだが、カイトの方とて一家言あった。なので、カイトが怒号を飛ばす。
「てめえらこいつがやけっぱちになんのわかってんならきちんと補佐してやがれ!オレが助けに入らなかったらマジで死んでたぞ、この馬鹿女!」
「む・・・」
相変わらずカイトの腕の中で何のアクションも起こさないエリザを見て、事情を知らない幹部達が少しだけ、顔を顰める。と、そこである幹部が気づいた。エリザは死んだのではなかったか、と。
「いや、その前に待て。何故エルザ嬢が生きている?死んだのでは無かったのか?」
「ん?・・・狗神、どういうことだ?」
事情を知らぬ幹部達は、狗神やその賛同者達からエリザの死去を聞かされたのだ。そして、そこには遺体もきちんとあった。だが、どう見てもカイトの抱き寄せたエリザは本物だった。
それに、狗神は若干焦る。『紫陽の里』に居る護衛程度が、必死の覚悟を決めた草陰家の面々に加えて自棄になって自ら死ににいくと踏んだエリザを守り切れるとは思わなかったのである。
狗神としてもこの展開は予想して居なかったが、何も言わないのは得策ではない。なので彼は内心の焦りを隠して大声を上げる。
「いや、確かに死んだはずだ!あれは偽物だ!此方を混乱させようと考えた奴の策略だ!」
「ああ、てめえが狗神か。」
幹部達の注目と言葉から、カイトは人狼の男が狗神と判断する。そうしてカイトは総身に魔力と殺気を漲らせて彼を睨みつけた。
「草陰・・・だったか。そいつらなら勝手に自滅したぜ。命削ったが、それでもオレには届かねえよ。二発全力でぶっ放したらそれで勝手にぶっ倒れやがった。一応、放ったらかしにしてきてるから、後で回収して記憶ぶっこ抜きゃてめえの仕業だってのがはっきり分かるだろうよ。」
「なっ・・・」
エリザを確実に殺せるだろう術式を見る間に展開出来た事からもわかったが、草陰家は超が付く程の実力者達だったようだ。狗神と賛同者達の顔に満面の驚きが浮かぶ。
そうして、それでカイトは敵を見分けた。一瞬で顔色を見抜くのは、公爵として10年以上もやってきた事だ。見間違えるはずは無かった。
「チェックだ。てめえの仕業だってのはネタが上がってんだ。言い分があるなら聞くが?」
「どういうことだ、狗神?」
「あのエリザ嬢は偽物だ!惑わされるな!」
カイトの言葉を受けて、事情を知らされていなかった幹部たちの間に疑念が広がる。
エリザを偽物だという狗神だが、幹部たちにはそれが偽物かどうかわからなかった。それ故、当たり前だが狗神に説明を求める。彼が、エリザは死んだと言ったのだ。
「おい!遺体を持って来い!」
「あ、ああ・・・」
狗神は賛同者の一人に、狗神独自の伝手を使って作らせた精巧なエリザの遺体を持ってこさせる事にする。何日も掛けて精密に検査すれば分かることだが、それでも里の幹部たちにさえ、一見して偽物とは悟らせない物だ。彼がトップに就任して、直ぐに遺体は火葬する予定だった。
それ故、ばれないと思い、誰の目にも付く場所に安置したのだ。数年掛けて準備した一品だった。そうして直ぐに、1階に安置されていた死体が持ってこられた。
「これが何よりの証拠だ!この死体を見れは一目瞭然だろう!?あのエリザ嬢が何も言わぬ事こそが、偽物の証!本物だと言うのなら、何か言わせたらどうだ!」
「ふむ・・・土塊か。」
狗神の問い掛けに対してはエリザではなく別の女の声が返した。確かに、里の者にはわからなかった。だが、ティナは別だった。異世界において最高と謳われる魔王だ。その眼を誤魔化す事は出来なかった。
「誰だ!」
「単なるお節介よ。いや、コヤツの連れ合いと言った方が良いな。」
狗神の誰何に対して、超超空で待機していたティナがふわりと着地する。
「かような土塊で余の眼は謀れん。どれ、分かるようにしてやろう。」
ティナはそういうや、杖の先端で地面を叩く。それだけで、この世界最高レベルの魔術が発動した。当たり前だが、この程度は彼女にとっては手慰み程度だが。
「なっ!?」
幹部たちの驚きが夜空に響き渡る。幾重もの術式を重ね、数年掛かりで創られた精巧なエリザの人形は、それだけで元の土塊へと変わり果てた。それは、明らかに彼女の遺体が偽物である証拠だった。
「どういうことだ!」
「くそっ!」
何も知らぬ幹部の問い掛けに、手の内を明かされた狗神が思わず悪態をついた。最後の最後で、予想外の事が起きたのだ。
それが、決定的だった。悪態を聞いて彼の狂言であった事を悟った真相を知らぬ幹部たちが、狗神と共にエリザが死んだと流布していた幹部たちへと詰め寄る。
「我らを謀ったな!」
「これは貴様らが仕組んだことか!」
「くっ・・・いや、我らは狗神にそそのかされただけだ!これら全ては狗神が企んだこと!」
「冥合!」
一人の自白に、他の賛同者達が声を上げる。そうして、全ての事が発覚した事を悟った狗神は、カイトへと一気に肉薄する。それは彼がかつて言ったように、人狼の王者の末裔に相応しい速さと獰猛さを持っていた。
「お前さえ居なければ!」
「遅いな。それでカイトに触れようなぞ、出直してくるが良い。」
カイトは動きを見せなかった。代わりに動いたのはティナだ。彼女は携えた杖で狗神を横薙ぎに打ち据えて、吹き飛ばした。そうして、狗神が吹き飛ばされた後。カイトが大音声で告げる。
「問おう!恭順か、死か!」
エリザを抱き寄せ、抜身の刀を突き付けて、カイトが幹部たちに問いかける。その身にはまるで後光の様に蒼い虹色の魔力が光輝き、圧倒的な存在感を示していた。
「オレは『紫陽の里』頭首・天音 カイト!この馬鹿女が完全にやけっぱちになってる所為で、勝手に指揮権を移譲された!だが、この状況も見捨ててはおれん!この場の混乱は全てオレが取り仕切る!文句がある奴は、今この場で申し出ろ!悪いが、敵に容赦する慈悲は持ち合わせていない!これ以降、敵対を示せば容赦なく叩き潰す!ここが最後の場だ!クーデターに賛同した貴様らもだ!」
カイトの名乗りと宣言を聞いて、『最後の楽園』の幹部たちが顔を見合わせる。どう反応すべきか悩んだ事もあったが、それ以前におかしな名乗りを聞いた、と思ったのだ。
「待て。貴様が『紫陽の里』の頭首だと?」
「・・・然り、よ。」
幹部の一人の疑問に答えたのは、ようやく意識を取り戻した蘇芳翁だった。彼は少し前から目覚めて、成り行きを見守っていたのだ。
「これを見て、お主らは敵対を選べるか?」
「ぐ・・・」
現状、エリザはされるがままのほぼ人事不省だし、クーデターの煽りを受けて指揮系統は大混乱だ。更に言えばこの状態で指揮者として名乗り出るのは愚策に近い。自分もクーデターの賛同者だと思われかねないからだ。
いや、それ以前にカイトの覇気を見て、誰も何も言えなかった。それは、クーデターに賛同した幹部達も同じだった。そうして、ついに一人が行動に移った。
「私は・・・貴方に恭順を誓います・・・」
「な・・・龍洞寺!貴様どういうつもりだ!」
そう告げたのは、なんとクーデターに賛同した龍洞寺だった。それに、誰もが目を見開いた。その声には震えがあり、怯えがあったのだ。
彼は龍族の生き残りの一族を取り仕切る者だった。龍族は元来独立独歩の風潮が強く、認めぬ者の下に付くことは良しとしない。それ故にエリザの事を快く思わずクーデターに賛同したのだが、龍族であるが故に、誰よりもカイトの力が圧倒的である事を理解出来たのだ。
「駄目だ・・・この御方には絶対に逆らうなと本能が言っている・・・俺に逆らう事は出来ない・・・」
戦場でのカイトの覇気を受け、龍洞寺が脂汗を流しながら同じくクーデターの賛同者の糾弾に答えた。
だが、それはこの里に居る全ての彼の指揮下の龍族も同じだった。龍洞寺の指揮に翻弄された、自らクーデターに参加したの如何を問わず、カイトの覇気を浴びた誰もが戦闘行動を中止していた。
「私も、恭順を示そう。」
龍洞寺の行動が、決定的な流れを作った。他の幹部達もなし崩し的ではあるが、恭順を示し始める。そうして、狗神の賛同者以外の幹部達が恭順を示したところで、カイトが狗神の賛同者達に問い掛けた。
「貴様らは、どうする?罪と罰は後で聞いてやる。貴様らも曲がりなりにも里の幹部だと言うのなら、先にやるべきことがあるんじゃねえか?」
「くっ・・・分かった。貴殿に恭順しよう。」
一人が恭順を示し、なおかつ今罪を問わないと明言されたのなら、後は早かった。どちらにせよカイトには敵わない事は明らかだったのだ。それで、趨勢が決定した。そうして、全員が恭順を示したので、カイトが号令を下した。
「ならば命令を下す!クーデターに賛同した奴らが中心となってまずは賛同した配下の者共を鎮圧しろ!貴様らの説得に応じない場合は捕縛しろ!それ以外の奴は里に入り込んだ他の陰陽師や流れ者の対処に当たれ!そちらは攻撃するようなら反撃して構わん!だが、なるべくは生かして捕らえろ!後々罪を償わせなければならん!」
「承知した。」
だが、号令と受諾の声が終わると同時に、異変が起きた。地面が揺れている様な感じがしたのだ。その異変には、クーデターに賛同した幹部達も驚いていた。
「なんだ?・・・待て・・・岩盤が剥がれている・・・?」
「まさか、高度が下がっているのか?」
周囲を見渡していた幹部達が、『最後の楽園』外周部を見て、目を見開いた。よく見れば、いくつもの剥離した岩盤の一部が、飛んでいっていた。
それが意味する物はたったひとつ。『最後の楽園』そのものが落下を始めていたのだった。落下するに従って、風圧で岩盤が剥がれていたのだ。
「おい!一体貴様らは何をするつもりだったんだ!だんだん高度が下がっているぞ!」
「いや、知らん!俺達も何も聞かされていない!」
クーデターに賛同していた幹部達に、何も知らされていなかった幹部たちが詰め寄る。だが、詰め寄った所で賛同していた幹部達も知らないのだ。答えは出ない。そうして、再び騒然となる幹部たちに対して、カイトが怒号を飛ばした。
「静まりやがれ!警備隊!聞こえているな!北東の方角!そっちに狗神が飛んでいきやがった!死んでようと生きてようと連れて来い!こっちには死体からでも情報ぶっこ抜ける奴が居る!強引に情報を吐かせるから連れて来い!各員!討伐を警備隊任せにして、原因の究明を優先しろ!」
「了解した!」
さすがにこれは焦ったのだろう。幹部たちは異論なくカイトの指揮に従う。それと同時だった。ティナに殴られた衝撃で狗神が落とした無線機に、連絡が入っていた事に気づいたのは。
『狗・・・ん!聞・・・て・・・か!・・・飛空石守備隊!応答を・・・!』
その無線連絡は、ノイズ混じりで不鮮明だった。だが、確かに飛空石守備隊と言っていた。それに、幹部の一人が気づいて慌てて無線機を取った。
「長瀬だ!何があった!
『長瀬・・・ナーガ・・・長殿ですか!飛空・・・守護を・・・る竜ヶ崎・・・す!龍洞寺様・・・おいでですか!』
「ああ!何があった!」
「待て!音声を拡大する!良し!話せ!幹部陣は全員揃っている!」
かなりの大事と思った長瀬が、無線機に魔術を施して受信した音声を拡大させる。そうして響いたのは、轟音とノイズ混じりの返答だった。
『助け・・・さい!奇妙なば・・・襲撃を・・・ています!・・・石も半分破壊・・・た!このままでは・・・もあり得ます!今直ぐ・・・を!』
「飛空石は複数あるのか?」
「ああ。『最後の楽園』は全部で10個に予備の2個の飛空石で制御している。今の返答だと、半分は破壊された様だ。」
カイトの問い掛けに、幹部の一人が説明する。それと同時。再び轟音が鳴り響いた。それは、『最後の楽園』の中心部に近い所だった。
「あそこは・・・飛空石の場所か!あそこには2つあったはずだ!守備隊!残存する飛空石は何処だ!」
『・・・残存・・・後は・・・です!』
「聞こえない!もう一度頼む!」
『ざん・・・は後南西の・・・だけです!』
ノイズ混じりではっきりとはしなかったが、幹部達にはそれで理解出来たらしい。だが、その返答を聞いて顔には焦りが浮かんでいた。
「あそこか!予備の2つ、あそこが破壊されれば完全に自由落下を始めるぞ!」
「ティナ!お前は今直ぐ飛空石の所へ行け!誰か案内しろ!道中での襲撃もあり得る!半数はそちらに向かえ!」
「こっちだ!」
カイトの指示を受けて、幹部の半数がティナの案内と護衛に動き出す。そうして、それと同時にカイトが身を屈めた。
「貴殿はどうするつもりだ!」
「あぁ!?こんの馬鹿女をちょっとエルザに預けてこのでかい岩支えんだよ!」
「なっ!?」
「貴方・・・何を・・・」
「後は任せる!死にたくなけりゃ、誰にも邪魔させんじゃねえぞ!」
あまりにあり得ない答えを聞いて、幹部たちだけでなく呆けていたエリザさえ僅かに我を取り戻す。
この『最後の楽園』は厚さ100メートル全長数キロに及ぶ巨大な岩盤だ。その重さは当然、数万トンでは到底足りない。それを支える、と言ったのだ。
だが、驚きはそれで終わらない。歩き始めていたティナの背に、カイトが声を掛ける。
「ティナ!」
「何じゃ?」
「修復は一つ5分で終わらせろ。この程度の魔道具なら、それだけで十分だろ?」
「抜かせ、小僧。もう2分くれれば改良もしてやろう。お主こそ、しくじるなよ。」
「ババアこそ、誰に言ってる?」
二人はかつてのやり取りを交わし合い、獰猛な笑みを交わし合う。だがそこには一切の気負いが無く、お互いがお互いに出来ると信頼しあっている事が誰の眼にも明らかだった。そうして、二人は同時に、建物を後にしたのだった。
お読み頂きありがとうございました。




