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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第4章 楽園統一編

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断章 第27話 楽園統一編 僭王

 カイトがエリザを守り始めた丁度その頃。当然だが、ティナ達が居る公民館の方でも動きが起きていた。

 唐突に鳴り響いた轟音の連続に、一同が驚いて周囲を見渡す。それと同時にいきなり狗神が率いる人狼族を主力とした警備隊が部屋へと雪崩れ込んできた。


「お主は・・・狗神?一体なんの騒ぎじゃ?」

「居たぞ!陰陽師や流れ者達を手引した奴らだ!」


 蘇芳翁の問い掛けを無視し、狗神が連れて来た者達に号令を掛ける。それと同時に、一気に集団が『紫陽の里(しようのさと)』の面々へと斬りかかる。


「これは一体なんのつもりじゃ!」

「なんの?お前らだろう!陰陽師や流れ者の異族達をこの里に手引したのは!そうでなければこの爆音をなんて説明するのだ!」

「狗神、一体どういうつもりですか!」


 狗神の言葉に、蘭人が驚いて問いかける。当たり前だが蘇芳翁達は彼が案内したのだ。そんな事があり得ないのは彼が一番よく理解していた。だが、そんな蘭人の問い掛けを狗神は無視して告げる。


「居たぞ!夜摩だ!あいつが流れ者や陰陽師達を手引したんだ!エリザ嬢も討たれた!あいつが手引きした内通者だ!何としても討ち果たせ!」

「おおおおぉ!」

「なっ!?」


 反論も何もかもを一切許さず決めつけた狗神に、蘭人が目を見開いた。だが、そんな蘭人へも一気に警護隊の面々が殺到する。あまりにいきなりの事態に、蘭人は抵抗することも出来ず、昏倒してしまった。それを見て、ティナと共に護衛についていた一人がティナに声を上げる。


「つぅ!ティナ殿!」

「承った。」


 流石に状況が掴めぬ中での戦闘は避けるべき、ティナはそう判断して蘭人も含めた一同を外へと転移させる。


「なっ!消えた!」

「追え!何としても探しだせ!エリザ嬢の無念を討ち果たせ!」


 驚愕に包まれた警備隊の面々へと、狗神が号令を掛ける。そうして出て行った警備隊の面々であったが、最後まで残っていた狗神に対して、目を白黒させていたエルザがようやく我に返って問い掛けた。


「狗神!何があったんですか?エリザが討たれたとは一体なにがあったのですか!?」


 問い掛けられた狗神は、努めて沈痛な面持ちを湛えたまま、エルザの質問に答えた。


「エルザ嬢・・・残念ながら、あの蒼い髪の男はどうやら蘇芳の刺客だった様子。エリザ嬢は安心した隙にあえなく、卑劣な魔の手に掛かり抵抗する間もなく後ろから・・・男はなんとか討ち果たしましたが、エリザ嬢は助命間に合わず、そのまま・・・それに、どうやらあいつらが里に陰陽師の草陰一家を手引した様子。ですが、ご安心を。所詮流れ者の烏合の衆。もう暫くすれば鎮圧いたしますので。」

「なっ・・・」


 そうして足早に去っていった狗神に、エルザはいきなりの事態に何も言えないまま、その背を見送るしかなかった。だが、直ぐに我に返ってようやく事態が飲み込めて、エルザも事のあらすじを理解した。


「あり得ない・・・これは・・・クーデター!」


 カイトが演技をしていたとはエルザには思えなかったし、そもそもでエリザの実力は誰よりも把握していた。いや、もしエリザよりもカイトの実力が上と仮定しても、カイトがエリザを狙うのならもっと前、それこそ二度目の逢瀬の時に可能だったのだ。あの時は、援軍さえあり得ない状況だった。その時を狙わずにこんな敵陣のど真ん中で事を起こすことは、馬鹿としか言えなかった。

 だが、狗神とてエルザに気づかれるのは予想済みだ。なので、エルザが立ち上がり、外に出ようとした所で、異変に気づいた。扉が押せども引けども、それこそ蹴破ろうとしても動かないのだ。


「・・・っ!開けなさい!出しなさい!・・・っつ!開けなさい、て!」


 扉は開かない。そう諦めたエルザは窓を破ろうとするが、魔術を行使してもびくともしない。

 だが、それでも親友の事を思えば、諦めきれるはずは無かった。そうして、彼女は一人、必死で脱出を試みるのだった。




 一方、外に逃れて警備隊の面々と刃を交えていたティナだが、一人静かな怒りを堪えていた。というのも、彼女はかつてクーデターを起こされた身だ。それ故に、思う所があったのである。


「余に対してクーデターを見せるとは・・・良い度胸じゃのう・・・」


 正直に言って、古傷を抉られている様な感覚だった。カイトという伴侶を得て、ルクスやウィル、バランタインという仲間たち、ユリィにクズハ、アウラという友を得てようやく癒えた傷を再び抉られている気分だった。

 当然、良い気分では無かった。普段ならば苛立ち紛れに何ら躊躇なく殺戮に及ぶ所だったが、残念ながら今の現状でもし相手を討てば此方へ攻撃する格好の理由になってしまう。後ろに守る者が居る以上、それは避けたかった。そんなティナに、本職の護衛達が声を上げる。


「ティナ殿。ここは我らだけで十分。他の地にて流浪人達を抑えてくだされ。」

「む?」

「あれらはただ単に暴れているだけ。多くの警備隊員にしても狗神の戯れ言に踊らされ、我らを敵と見定めているだけでしょう。あれらを討てば多少は我らへの風当たりも薄くなりましょう。何故手引した者を討つのだ、と疑問に思うはず。」

「・・・良かろう。お主らも気を付けよ。」


 カイトからは陰陽師の集団と交戦中、という連絡が来ており、もう少し時間が掛かりそうだと判断する。ティナ一人でも守りきれなくはないが、それでも此方の里の被害は時間経過と共に増大するだろう。なので、ティナは今後の事を考えて行動する事にした。

 そうして彼女は、空高く舞い上がる。そして、圧倒的な魔術を展開し始めた。超高空から暴れている流れ者達を狙撃するつもりだったのだ。


「居たぞ!」


 そうして空高く舞い上がったティナを見送った一同だが、それと同時に狗神達警備隊の本隊に発見される。

 ティナにはああは言ったものの、地力は明らかだったし、数も狗神達が圧倒的だ。それ故にものの5分足らずで全員が地に倒れ伏して、昏倒した。彼が出て来た所為で、即座に蘇芳翁達は鎮圧されてしまったのだ。


「蘇芳は連れて行く。そいつは里の全員の前で殺す必要がある。」

「他は?」

「殺せ。俺は騒ぎがもう収まるであろうこと、エリザ嬢が身罷られた事を里の面々に伝えなければならない。後は、蘇芳の始末とな。」

「・・・はい。」


 隊員たちは沈痛な面持ちで、狗神の言葉に頷いた。紫陽の護衛の一人が言った通りだった。警備隊の殆どが、狗神や賛同する幹部達の言葉に踊らされていただけだ。それ故、エリザが死んだというのも鵜呑みにしていた。


「貴様らが来なければ・・・!」


 そうして、狗神が去った後。ついに蘇芳翁を除く面々に刃が振り下ろされようとしたその時。剣閃が走った。蘇芳翁達の危急を知りティナも近くに来ていたが、手を出さなかったのは更に激怒した男を見つけたからだった。


「おい・・・てめえら誰に手ぇ出してんだ?」


 全員、後ろに声の主が居るのは理解出来た。理解できたが、本能が後ろを振り返るのを拒絶していた。それほどまでに、圧倒的な殺気が渦巻いていたのだ。


「オレの守ってる奴らに剣を振り下ろそうか・・・いい根性してるじゃねえか。」


 その声の主、カイトは誰も振り向かないのを見て自らが前に回る。そうして前に回ったカイトを見て、警備隊の面々が顔に驚愕を浮かべた。死んだと聞いたはずのエリザがその手の中でピンピンしていたのだ。


「エ、エリザ様!身罷られたのでは!」

「・・・助けられたのよ、この男に。」

「なっ・・・ですが、狗神殿が確かに、貴方が此方の男に討たれた、と・・・」


 小さく、か細かったがたしかにエリザの声だった。そんなエリザに対して、驚愕と混乱の中、警備隊の一人が問いかける。だが、それに答えたのはカイトだった。


「あ?死のうとしてたのを勝手に助けさせてもらった。文句があるなら聞いてやる。」

「は・・・」


 この場の誰もが、エリザが自棄に陥りやすい性格である事は理解していた。だからそうであるが故に、判断が出来なくなる。狗神は彼らを討てと言った。だが、その理由であるエリザはこの通り生きていたし、カイトが危害を加える様子は無いのだ。菫達を討つ理由が無くなってしまったのである。

 そうして困惑する警備隊の面々を見て、カイトがクーデターを鎮圧する様に命令する様にエリザへと言外に告げる。


「おい、命令出してやれ。お前が頭首だろう。」

「貴方にあげたわ・・・好きにして頂戴・・・」


 カイトの言葉を受けて、エリザがか細く、小さな声で自棄気味に答えた。もはやカイトにされるがままで、彼の手の中から動こうとさえしていなかった。

 そんなエリザに対して、カイトが溜め息を吐いた。片手にエリザ、もう片方の手に刀を持っていなければ、思わず頭を掻いただろう程に苛立っていた。


「お前な・・・」


 そうして再び怒号を飛ばそうとした所で、それを遮る事態が発生したのだった。




 カイトが菫達を救い出した丁度その時。狗神は公民館の一室。エリザが会見等を行う時に使う部屋に蘇芳翁を伴って来ていた。

 姿は人狼のそれで、敢えて怒っているという印象を与える様に荒々しさを出した。横には、同じく本来の姿に戻った自らの賛同者達、何も事情を知らぬ幹部達も一緒だ。


「里の者!全員聞いてくれ!今日、我らが敬愛なるエリザ嬢が身罷られた!」


 それから、狗神は内心の歓喜を隠して涙ながらに、怒りの声を上げながら、里の者達にエリザが不意打ちで討たれた事、蘭人が蘇芳翁達と内通して仇敵である陰陽師達や流れ者達を招き入れ、里に騒乱を起こした事を伝えていく。全て、手筈通りだ。怒っている様に見せるのも、泣いている様に見せるのも、全て、狗神の演技だった。

 まあ、確かに予定外もあるにはあった。だがそれにしても、今回の襲撃の嘘の自供をしてくれるはずの『紫陽の里(しようのさと)』の内通者がカイトとティナの割り込みによって来れなかった程度だ。

 それは、問題では無かった。彼の役目は蘇芳翁の命令により襲撃犯達を雇い入れた、と言わせるだけだ。そんなものが無くても、蘇芳翁を糾弾した上で気絶している内に殺してしまえば、誰も疑問に思わない。彼が居なくても問題があるはずがなかった。それに、その彼にしても後々処分するつもりだった。命脈が少し伸びただけに過ぎなかった。

 そうして、話が一段落落ち着いた所で、狗神の賛同者である幹部の一人が提言する。それは敢えて唐突を装い、狗神も知らなかった風を装って、だ。


「我はこの一件の対処に最も素早く動き出し、尽力している狗神をエリザ嬢の後任に据えたい。」

「私もそれに賛同する。」

「私もだ。」

「なっ・・・いや、今はそんな事を言っている場合では無い!今は里に入り込んだ敵を討ち果たすのが先だ!」


 あくまで、唐突に推挙された、いきなりの事態に困惑した風を装い、狗神がそう提言する。流石にこの一件の真相を知らない幹部達は驚いていたが、それもまた、狗神さえも驚いているという印象を深めていた。


「皆もそうだろう!?」

「ああ、その通りだ。まずは里の騒動を治めるべきだ。」


 事の真相を知らない幹部の一人が、狗神の問い掛けに応じる。だが、それに対して狗神の賛同者の一人が言葉を返した。


「だが、エリザ嬢が身罷られた今。この騒動を治めるにも誰かが指揮を取らねばならぬ。それを考えれば、現状では警備隊長である狗神が指揮を取るのが妥当だろう。」

「ん・・・確かに、そういうことなら・・・」


 真相を知らない幹部達も、そう言われては納得せざるを得ない。当たり前だが、今回の一件が狗神達によって仕組まれ、入り込んだ流れ者達にしても実は『紫陽の里(しようのさと)』の幹部を騙った狗神に雇われた者であるなぞ、誰も知るはずが無いのだ。

 それ故、真相を知らない幹部達は今、里のどれだけ深くにまで敵が入り込んでいて、どれだけの規模なのかもわからない。この状況を見せられては、誰かが指揮しなければならないと納得するのは当然だった。


「わかった・・・そういうことなら、我々も狗神を臨時の頭首に推挙しよう。正式な頭首は騒動が収まった後だ。狗神、貴殿は受けるか?」


 何も知らない幹部のこの問い掛けに、彼は内心で大喜びしたかった。全てが、彼の掌の上だったのだ。だが、そんな事をするわけにもいかない。

 なので彼は努めて真剣な表情で、しばらく考える。それはあくまで、里を第一に考えている風を装って、だ。


「・・・わかった。そういうことなら、臨時での頭首就任を承ろう。だが、理解して欲しい。これはあくまで一時的な物で、この騒動が収まるまでの物だ。里の皆、中座して申し訳ない!これより私の指揮の下、騒動の鎮圧にあたらさせてもらう!そして、私の覚悟とエリザ嬢の無念!その二つを人狼の誇りたるこの牙に乗せて、ここに示そう!」


 狗神は里の全員にそう宣言すると、大きく口を開けて牙を見せ、完全に昏倒して意識を失った蘇芳翁へと歩み寄るのだった。




 その少し前。当たり前だがカイトもカイトの到着を見てその側に降り立ったティナもその茶番を見ていた。


「あー、くそっ!説教してる暇もねえのか!ティナ!」

「うむ!容赦は要らぬな!」

「一応殺すな!後で洗いざらい吐かせる!」

「むぅ・・・」


 カイトの言葉に、ティナが少し不満そうだった。だが、カイトがそれを認めるはずは無かった。


「むぅ・・・」

「拗ねてもダメだ!おい、エリザ!さっさとしろ!」

「・・・」


 ティナの不満をスルーしたカイトの問い掛けに対して、エリザは何も言わない。最早完全に何もかもを放り投げたのだ。それに、カイトが再びキレた。


「あー、もう!わーった!なら頭首の座をオレに渡せ!さっさと鎮圧してやる!」

「だから、言ったはずよ・・・貴方にあげた、って・・・」

「良いんだな!」

「好きにして・・・」


 力なく告げた言葉だが、それでも警備隊の面々にもしっかり聞こえていた。それに、カイトが号令を下した。


「聞いてたな、てめえら!臨時だ!オレが指示を下す!異論があるなら今この場で申し出ろ!」

「え・・・」


 流石にいきなりの事態に困惑を浮かべた警備隊の隊員達だったが、周囲で尚も続く演説と爆音を聞いて、選択肢は無いとカイトに跪いた。


「良し!命令だ!里の各地に散って、逃げ遅れたりしてる里の奴らの救護に奔走しろ!同じく里や警備隊の面々でなければ、攻撃は自由に許可する!もしクーデターの賛同者に出会った場合もだ!オレは今から狗神のとこ行ってぶっつぶしてくるから、踊らされている奴にはクーデターだということをきちんと説明しとけ!」

「はっ!」


 カイトの命令を受けて、警備隊の面々は三々五々に騒動を治める為に奔走し始める。それを見て、カイトはティナに命令を飛ばした。


「ティナ!いいからぶっ放せ!後のことは後で考える!」

「うむ!」


 カイトの命令を待ってましたとばかりに、一条の光線をぶっ放す。狙いは当然、狗神達が居る部屋だ。とは言え、流石に蘇芳翁も居るので直撃はさせないが。


「エリザ!お前も来い!ティナ、行くぞ!ルゥ、ファナ、月花!菫達の守りを任せる!この状況で攻撃する奴は敵と見做して構わん!」

「うむ!」

「承りましたわ。」


 ルゥの返事を聞いて二人は頷き合うと、カイトは転移術で一瞬で公民館へと移動するのであった。

 お読み頂きありがとうございました。

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