断章 第26話 楽園統一編 クーデター
『最後の楽園』へと到着した一同だったが、その後直ぐにかつて幹部会が行われた建物へと案内される。そうして、挨拶も殆ど無し――そもそもで護衛は同室が許されなかったが――に会議が開始された。
「皆さん、此度はようこそおいでくださいました。不束かながら、私、エルザ・ローレライが・・・あら?」
どうやらエルザは幹部会ではなく護衛達の応対にあたる事になっていたらしく、カイトとティナが居る待合室へとやってきた。そうして当たり前だが、カイトの姿に気づいた。同じくカイトもエルザの姿には気づいていたので、それに片手を上げて答えた。
「よ。」
「『紫陽の里』の方だったんですか?」
何処か非難するような視線で、エルザがカイトを睨む。まあ、流れ者と言いながら相手組織の護衛として来ていたのだから、当たり前だろう。それに、カイトが笑って告げる。
「いや、故あって護衛を頼まれているだけだ。ほら、この間の蘇芳殿襲撃の一件があるだろう?あれを解決したのがオレでね。その縁で当分の間護衛を頼まれたんだよ。」
「あぁ。そういうことだったんですか。」
カイトは嘘を言っていない。真実も言っていないが。そうであるが故に、エルザも正解ではない事を見抜けなかった。
「っと、紹介が遅れたな。こっちがオレの連れで、ユスティーナ・ミストルティンだ。」
「あ、有難う御座います。エルザ・ローレライです。以後、お見知り置きを。」
「うむ。余は魔女族で、元は欧州の生まれじゃ。まあ、それ故に慣れぬ事も多いが、よろしく頼む。」
既に蘇芳翁からの情報で、魔女族が地球にも存在していることは調査済みだ。なのでティナはそう告げたのだが、その言葉に、エルザが沈痛な顔になった。そうして沈痛な面持ちのまま、頭を下げる。
「まだ・・・生きている魔女にお目にかかれるとは思いもよりませんでした。一族の皆様のご不幸、心より、ご冥福をお祈りします。」
「む・・・かたじけない。」
流石にティナもこのエルザの反応には少し面を喰らったが、それも致し方がない事だった。魔女狩り、というように、最も被害を受けた異族は魔女族だったらしい。地球ではもう殆ど全滅したとさえ言われていたのであった。まあ、そうであるが故にティナは安心して魔女族と言えたのだが。
「まあ、これとは長い付き合いでな。その縁で余もまた、里の護衛を請け負っておる。一時的な食客と思うてくれ。」
「そうでしたか。安住の地が得られる事を、私も及ばずながら祈らさせていただきます。」
「ありがとう。」
「すいません、他の方のもてなしもありますので、これにて。」
ティナの感謝の意を受けて、エルザは去っていった。そうして去っていったエルザを見て、ティナが顔を顰めた。
「どうやら想像以上に酷い様子じゃな。」
「らしいな。まあ、それでも隠れ住めている奴らは居ると思いたいが・・・」
「うむ・・・」
二人共、当たり前だが種族の差程度で隔意を持つ様な精神は持ち合わせていない。それ故に、地球で不遇の時代を生きた異族達が無事である事を祈る。それが、今の彼らに出来る唯一の事だった。
それから数時間。カイトもティナもその場をのんびりとしていると、どうやら会談は一時休憩に入ったらしい。その旨が護衛である彼らにも伝えられた。そして伝えられた時に、ふとエリザが一瞬だけ現れて、密かにカイトを手招きした。
「ちょっと行って来る。」
「む?」
「お呼ばれした。流石に向こうの頭首直々なら断れんだろ。」
「変な所で縁を結ぶからじゃ。まあ、どうせ何もする事も無い。行って来い。」
「あいあい。じっとしてろよ。」
「だから余は子供か。」
そんな不満気なティナの言葉を背に、カイトはエリザの影を追っていく。どうやら何か話ながら、というわけでは無いらしく、彼女が先に行き、カイトが後を追っていく様な感じだ。そうして、彼女が2階のテラスから身を躍らせ、空中に舞い上がる。
「はぁ、ここでも無いわけね。」
そうつぶやくと、カイトもまた空中に身を躍らせる。そうして暫く無言のダンスを楽しむ二人だが、辿り着いた場所は以前に来た泉の中の岩の上だった。
「聞いたわ。『紫陽の里』の護衛をやっているそうね。」
「金が無いとこのご時世、生きていけないからな。」
エリザの問い掛けに、カイトが肩を竦める。カイトの答えに、エリザは疑念を挟まなかった。カイト程の力量があれば、傭兵としてでも食いつなげて当然だと思ったからだ。そして、自分たちの様な宿命を背負った者達ならば、その護衛も必要だった。需要もあったのである。
「ふふふ・・・じゃあ、私達も雇ったら来てくれるのかしら。」
「雇ってくれるなら。あ、でも流石に任務期間中は請け負えないからな。」
茶化す様なエリザの言葉に、カイトも茶化すように答える。どうやらただ単に雑談がしたいだけだった様だ。そうして、暫く二人は雑談を楽しむのだった。
一方、狗神はというと、自分に賛同してくれる幹部たちと一緒に、部下からの報告を待っていた。実はエリザが会談や会議の休憩で件の岩の上で一人で休憩を取るのはいつものことだった。それ故に、そこを狙っていたのだ。なので今はその報告を待っていたのである。と、そうして5分程でついに、待ちわびた連絡が入ってきた。
『此方見張りの亜門です。対象が岩の上に現れました。』
「そうか、合図を送ってやれ。後、お前はそこから離れろ。まかり間違って巻き込まれるなよ。」
『いえ、その、それが・・・向こうの護衛の一人と一緒です。』
彼は純粋な科学技術で作られた無線機から聞こえてきた言葉に、顔を顰めた。始めノイズが入ったかと思ったぐらいだ。親友であり補佐役であるエルザが居るのなら、まだ分かる。だが、居たのが相手方の護衛とはどういうことだ、と思ったのだ。
ちなみに、彼がなんの魔術も使わない無線機を使ったのは、魔術によって気づかれない様にするためだ。魔術が使える者は意外と科学技術を過小評価しやすく、連絡をとっている事に気づかれにくかったのである。
「何を考えているんだ?」
「わからんが・・・好機には違いない。」
龍洞寺がそう告げると、狗神もそれもそうかと思い直す。相手の護衛が一緒だ、ということは全ての罪をそいつになすりつけられるのだ。これほどの好機は無かった。
「草陰の奴らに伝えろ。一緒に殺しておけ、と。」
『・・・はい。』
そうして、その言葉と同時に、轟音が鳴り響いた。
「さぁ、行こうか。クーデターの始まりだ。」
狗神の言葉に、彼に賛同を示した他の幹部たちも頷く。だが、彼らは知らない。今回から参加した二人は、たった二人で全ての戦局をひっくり返す化物であったことを。
それと時同じく。カイトは護衛として所持を許されていた刀を振るっていた。
「誰だ!」
見通しの良い泉の中に、カイトの誰何する声が響いた。
それは、いきなりの事だった。話し合っている最中に、いきなり横合いに自分たちめがけて魔術による攻撃が仕掛けられたのだ。そうして現れたのは、揃いの陰陽師の服装を着た、30人程度の男たちだった。
「・・・陰陽師?何故ここに?」
エリザが怪訝な顔でつぶやく。当たり前だ。基本的に、彼ら陰陽師は『最後の楽園』とは敵対関係にある。表立って戦いはしないものの、それでも決して『最後の楽園』の地を踏ませた事は無かった。いや、何度かあったのだが、それは彼らの墓場がここだっただけだ。それ以外には無かった。
それが『最後の楽園』の奥深く、こんな場所に居たのだ。疑問に思うのは当然だった。
「『最後の楽園』頭首、エリザ・べランシア・・・・」
男たちを率いていたのは当然、草陰家当主だ。彼は恨みの篭った視線で、エリザを睨みつける。
「問答は無用・・・佳彦と兄上の敵・・・討たせてもらう!」
そうして、一斉に攻撃が仕掛けられる。それを受けて、カイトは即座に防御行動に移った。
「ちっ、マジで問答無用か!」
流石に状況が掴めない状態で曲がりなりにも人を殺すわけにもいかず、とりあえずカイトは攻撃を防ぐ事に徹する。だが、一方のエリザには動きが無い。それを見て、カイトが怒鳴り声を上げる。
「何やってんだ!死にたいのか!」
「そう・・・」
かなり小さな声で、カイトの言葉に反応する。彼女はこの時クーデターである事を理解していた。そうでなければ、こんな奥深くにまで敵が入り込めるはずが無かった。自分に突きつけられた仲間からの刃に、自暴自棄になってしまったのだ。
「そうって・・・お前死ぬぞ。」
「ええ、そうね。」
「あ?」
どうでもいい、その返答は、戦闘で血の気だっていたカイトの頭に血を上らせるのに十分だった。
「・・・死ぬ気か?」
「ええ。クーデターでしょう?」
エリザの言葉を聞いて、攻撃が一度だけ止む。まあ、カイトがあまりに強すぎて、攻めあぐねた事も大きかった。そうして、次の大規模術式が展開するまでの間、草陰家当主が答えた。
「その通りだ。狗神がお前を殺す様、我らを手引した。」
「そう・・・あの子が・・・」
おそらく、クーデターだとわかっていても、信じたくない気持ちはあったのだろう。エリザはその言葉に、かなり悲しげな表情を浮かべる。それが余計、彼女の自棄に拍車を掛けた。
「あ、おい・・・」
「私が目的なんでしょう?しっかり狙いなさい。」
一歩前に出て、エリザが自らを守る障壁を可能な限り解除する。完全に無防備。これなら少し力のある者なら、エリザ程の力の持ち主を殺すことが容易だった。
「拍子抜けだ・・・こんなのに二人は殺されたのか・・・」
草陰家の当主が、恨みの篭った声に無念さを滲ませる。自ら死を選ぶ様な女に彼の大切な者が殺されたとわかり、無念にしか感じられなかった。
「撃て。」
だが、それでもエルザを殺す手を躊躇うはずは無い。なので彼は無慈悲に配下の30人にそう告げる。それを受けて、30人掛かりで作られた大規模な術式が発動する。
そうして現れたのは、直径50メートル程の超巨大な銀色の光だ。吸血姫である彼女を確実に殺す為だけに創られた術式を、更に彼らが死力を尽くして強化しまくった物だった。
「ちっ。」
だが、それは、たった一人の男の刀の一振りで消滅していた。当たり前だが、カイトの斬撃だ。吸血姫で無くても必殺の威力を誇っていたはずの一撃は、カイトの苛立ち紛れの攻撃で跡形もなく消滅したのだった。
「死ぬ?何勝手に言ってやがる・・・」
一歩前に出たエリザより、更にカイトが一歩前に出る。そうして、彼は苛立ちを滲ませながら告げた。
「てめえはどうあろうとこの楽園の主!背負ってるもんがあるなら、それを勝手にほっぽり出すのも許さん!ついでに言やあ勝手に死のうとするんじゃねえ!」
「主・・・ね。なら、そんな物貴方に上げるわ。」
「あ?」
「元々私とエルザが逃げこむ為だけに作らせた場所。あの娘が安寧を得られたのなら、もう私に生きる意味は無いわ。」
この里の者の多くは惰性で生きている。それは、エリザもそうだった。エルザとの出会いによって逃避行を再開した彼女だったが、そうであるが故に、エルザの安寧が保たれた時点で生きる目的を失っていたのだ。それ故に、ここに来てクーデターの精神的ショックで再度生きる活力を失ったのである。
「それに、そこの男達も私を殺したいんでしょう?それでこの里が保てるなら、それが一番よ。犠牲は少ないほうがいいもの。」
草陰家当主も混ざって再度攻撃の準備に移っていた男達を指さし、エリザが告げる。その間も当然弓矢や簡易な魔術で彼女の身を狙う攻撃は放たれ続けていた。どうやら全員が必死の覚悟らしく、身体中の穴から血が吹き出していた。そうしてさえ、命さえも削っているのが目に見える程の魔力を捻出していた。
そうしてそれを正面に続いた彼女の独白に、今までずっとエリザに放たれる攻撃を対処し続けていたカイトが完全にキレた。ただでさえ戦闘で血の気を帯びているのだ。沸点が何時も以上に低かった。
「死ぬなら勝手に死ね。」
「そうさせてもらうわ。」
「だがな・・・オレの目の前で死ぬんじゃねえ!」
再び現れた銀色の魔術の弾を見て何もしないエリザを見て、カイトが彼女を引き寄せる。今度の魔術はどうやら圧縮して威力を高めた物らしく、大きさは1メートル程で、その見た目はまるで銀で出来た杭の様だった。渦巻く魔力の密度は比ではなく、確実にエリザを殺せるだけの出力が込められていた。
「おぉおお!」
30人の男たちが吠える。必死の思いで捻出された攻撃が、それと同時に轟音を上げて放たれた。狙いは彼女の心臓。外すことなどあり得ない。だが、それが結果を結ぶこともまた、あり得ない。
「あ?」
誰かが呆然と呟いた。自分達が必死の思いで、命を削ってさえ創り出した渾身の弾丸は、蒼い髪の男の右手一本で受け止められていたのだ。そうして、右手で銀の弾丸を防いだカイトが怒号を上げる。
「オレが居る限り、勝手に死ぬことは許さん!お前が勝手に死ぬなら、オレは勝手に助けさせてもらう!」
何処か自分の知らない所で死ぬなら諦めもつく。だが、目の前で見知った女が死なれるのだけは、カイトには許容出来なかった。そうして、カイトは何時もは抑えている魔力を一気に活性化させる。
「はっ!」
ただ、気合を入れただけ。それだけで、30人の男たちが必死の思いで紡いだ弾丸が消失する。
「悪いな。貴様らがどんな思いでここに来たのかは知らねえよ。だが、オレはこいつに肩入れする事に決めた。来いよ。マジで死ぬ気なら、相手してやるよ。」
エリザをかばう様に後ろに移動させると、カイトはふた振りの剣を取り出す。片方は身の丈程もある大太刀。もう片方は同じく身の丈程もある片刃の大剣だった。この異質な双剣こそが、カイトの本来の戦い方だったのである。
「来ねえのか?なら、先に進ませてもらう。悪いが、時間が無さそうだ。」
一歩も動けぬ男たちに対して、カイトが告げる。『最後の楽園』の各地から轟音が鳴り響き、戦闘の音が聞こえていた。どうやら彼ら以外にも動いている奴が居る様子だった。
「来い。」
「あ・・・」
血反吐を吐いて、攻撃を仕掛けようとしない――それ以前に最早攻撃が出来ない――男たちを前に、カイトがエリザを再び抱き寄せる。そうして、カイトはエリザを抱いて飛び立ったのだった。
お読み頂きありがとうございました。




