断章 第15話 八百万謁見編 高天原
カイトがうかと出会った翌日。カイトとティナは朝から再び伏見稲荷を訪れていた。祖父と祖母には伏見稲荷に見忘れた物があるから今日も京都観光に行って来ると告げている。
「おはよ。」
「はい、おはようございます。」
カイト達の挨拶に、うかがにこやかに挨拶を返した。彼女はどうやら朝から今日も巫女姿で普通に巫女の仕事――表向きはアルバイトらしい――をしていた。
「一応言われた通りに来たけど・・・」
「あ、一応伏見さんに言付けしてきますね。」
伏見とは伏見稲荷の宮司である。後に聞いた話だと、彼と極少数はうかがバイトの美女では無くこの神社の御祭神であると知っているらしく、色々と便宜を図ってくれているらしい。そうしてうかが神職らしい服装をした少し年老いた老人と幾つか話をした後、再び此方に来た。
「では、此方へ。」
うかはカイトとティナを連れ立って、神社の本殿にある職員専用の通路からのみ見つけられる魔術的に隠蔽された秘密の通路へと招き入れる。そうしてその通路を歩いて連れてこられた場所は、部屋の中に外の千本鳥居と同じぐらいの大きさ鳥居が幾つか並んでいるというなんとも不思議な部屋だった。
「一応、こういう部屋が実は全ての神社にあるんですよ。小さな神社でも魔術で密かに隠蔽されているだけで。まあ、そこの宮司さんさえ知らない事も多いですけどね。」
部屋に入って戸締まりを確認してにこやかな顔でうかが告げる。そうしてティナが室内にあった少し小さめの鳥居を注意深く観察して、ふとある事に気づいた。
「これは・・・もしや<<転移門>>の類か?」
「よく知っていますね。はい、<<転移門>>の一種です。繋がっている先は高天原。ここからでしか出入り出来ません。転移咒を除いては。」
<<転移門>>とは二つの門の間を転移させる魔道具の一種だ。二つの門の間でしか行き来出来ないというデメリットこそあるが、その代わりに転移術を使えない者でも自由に転移出来るというメリットがあった。
とは言え、そもそもで転移術自体が困難だし、それを応用した<<転移門>>の製作自体困難極まりなく、さすがのティナも転移系統の術式の第一人者であるアウラと組んでも出来ないのだった。
「誰が、作った?」
「さて・・・これはこの世界のシステムが製作しているとしか・・・神社が出来た時には、私達も無意識的にこういう空間があると察知出来るだけで・・・」
ティナの問い掛けに、うかが困った様な顔で答えた。彼ら八百万の神々が高天原から此方へと移動する為に世界そのものが作ったのだろう。
「何故に、世界はこのような物を作るのかのう・・・」
「さあ・・・高天原が出来た時には向こう側の門が既に有り、アマテラス様を祀る伊勢神宮が出来た時には既にあった、とお祖父様が・・・お祖父様の言葉では、花の窟が神社になった時には神社に門が出来ていたと・・・」
「ふむ・・・数多<<転移門>>を作っておるとは。世界は未来を見通しておるのかも知れんのう・・・」
うかの伝聞にティナが何かを考える様に呟く。元々高天原側にあったということは、それは即ち此方の世界にも対となる神社が出来る事がわかっていた事になるのだ。だが、うかはこれを一部否定する。
「<<転移門>>は神社には無数に有りますけど、高天原には一つだけです。それが神々の意図と権限で行ける所を選別しているわけです。所謂ハブの様な機能を・・・どうしました?」
「気にしてやるな。色々ある。」
ティナが何かを考える様な顔をしているのを見てうかが問い掛けたが、それにカイトが苦笑して断りを入れる。それに、うかも納得する。
「まあ、お互いに長生きですからね。そう言う事も有るでしょう。ティナはそれに魔術研究が好きみたいですからね。」
「そう言う事。気にするな。大方新しい魔術でも考え付いたんだろ・・・と、いつまでもここでぼさっとしているのは天照大神様に悪いな。おい、ティナ、行くぞ。」
「ああ、うむ・・・ありがとう。」
相手はこの日本の総氏神だ。流石に待たせるのは拙いと思ったカイトが歩き始めたのに合わせて、うかも歩き始める。それに合わせてティナも歩き始めたが、その前に何かを小声で呟いた様な気がしたが、もしかしたらカイトの耳に聞こえた幻聴なのかもしれない。
そうして、三人は<<転移門>>となっている小さな鳥居をくぐり抜ける。すると、その先にあったのは木造の大きめの一室で、三人の後ろには大きめの鳥居が今度は一つだけ存在していた。当然だが目の前には木造の扉がある。おおよそ来る時に入った伏見稲荷の部屋と同じような見た目だ。
「トンネル抜けたら雪国だった・・・って、訳は無いか。」
「単なる部屋じゃな。」
「神様いっぱい風光明媚な桃源郷とかなら面白かったんだけどな。」
「高天原は中国じゃ無いですよ。」
カイトの言葉にうかが苦笑して告げる。一応はそう言った世界観に則った世界になっているのだろう。とは言え、神様が居る世界らしくないかと言えば、そうではない。魔力を使える者なら当たり前に感じられる魔力がとんでもない事になっていた。
「とは言え・・・この空気は懐かしきかな、って奴か。」
カイトが顔に笑みを浮かべる。と言うのも、神族と言うのは総じて戦闘能力もかなり強い。まあ数万人分、下手をすれば億単位の祈りを自らの力にしているのだから当然だ。そもそもで入出力が普通の人の比にならないのである。
「ここへ来てそんな顔が出来たのはカイトが初めてですよ。」
抑えていたのだろう。今のうかの身体からは日本でも有数の信仰を集める稲荷神としての力が満ち溢れ、茶色だった髪は金色に光り輝いていた。流石に稲荷神であって神使では無いのできつね耳と尻尾が生える事は無い。間違われ易いがお稲荷さんこと稲荷神は彼女であって、そのお使いが狐である。
「だが・・・少し少なくないかのう?八百万は確かたくさん、という意味じゃろう?これは少々・・・」
「10月じゃ無いですからね。神様も色々な所に行きますから。色んな所を旅している様な神様も居ますからね。10月になって皆帰って来るとすごい人ですよ。」
ティナの疑問に、うかが笑って答える。と言うのも、ティナが感知できる範囲では高天原に居る神様はその数およそ百も居なかった。これを八百万とは言えないだろう。そうして疑問に答えた所で、目の前の扉が開いた。
「宇迦之御魂神さまー、おかえりなさい。」
「はい、帰りました。」
うかが本来の姿になったからだろう。その圧倒的な気配を嗅ぎつけて、何処からとも無く狐達が彼女の回りをくるくると回り、帰還を祝う。そうして狐達は一通りくるくると回って満足したのか、それとも回っているウチにカイト達に気付いたのか、二人の臭いをかぎ始めた。
「・・・こっちの男は宇迦之御魂神様の臭いがする。氏子だー。」
「こっちの女は何も臭わない・・・何?多分、外人さんだー。多分。」
カイトの方は直ぐに自分達の守る存在だとわかったのだが、異世界出身のティナはわからなかったらしい。そのウチにカイトの臭いを嗅いでいた狐達までティナの臭いを嗅ぎ始め、全員で首をひねっていた。それに、ティナが苦笑して告げる。
「まあ、余は異世界で生まれておるから、臭いがせんでも仕方があるまいよ。」
「異世界さんだー。」
どうやらティナの答えで満足したらしい。彼?らはうかの横に集合する。
「じゃあ、行きますよ。」
「はーい。」
うかの掛け声に元気よく狐達が答え、一同は歩き始める。保育園の引率。わいのわいのと狐達が騒がしかったのでそんな印象が頭に浮かんだカイトだが、あながち間違ってはいなさそうである。<<転移門>>があった部屋はどうやら建物の中だったらしい。部屋を出るとそのまま板張りの廊下に出る。そうして臭ってきた臭いに、ティナが怪訝な顔になる。
「ん?なんじゃ、この臭いは。」
「檜だな。オレの部屋の風呂の香り。」
「ああ、そう言えばこんな臭いじゃったなぁ・・・」
ちなみに、当たり前だが公爵邸には全員が入れる大浴場も有るし、各員の部屋の風呂が壊れたらそちらを使う事が多い。なので何故カイトの部屋の風呂をティナが知っているのかはお察しである。そしてその理由を察したうかが赤面して告げる。
「ま、まあお付き合いしているのですから、当然・・・では無いですよ?婚前交渉は控えましょう。」
「こりゃ行き遅れるのう・・・清いお付き合いなぞ幻想じゃぞ。」
ティナが呆れ混じりにうかに告げる。が、それにカイトがうかを手招きする。怪訝なうかだが、取り敢えずは呼ばれたのでカイトの近くにまで行く。するとカイトはすっ、と彼女の横に移動して、その金色の髪をかき分けてその耳に口を寄せる。
「あー、それだめ。」
カイトの行動を見た狐達がそう言うが、もう遅かった。
「あれ、うそだからな?」
「・・・きゅう。」
カイトが触れた途端に、うかが再び赤面して倒れこむが、地面に倒れこむ前にカイトが抱きとめて事なきを得た。そうして抱きとめて、カイトが目をパチクリと瞬かせる。抱きとめるまで身体が完全に条件反射で動いていたのだった。
「・・・オレへの耐性が無いのか、男への耐性が無いのか・・・」
「スサノオ様が箱入りで育てたから・・・」
ため息混じりのカイトの言葉に、狐達がため息混じりに告げる。どうやら男そのものに耐性が無かったのだろう。とは言え、今は魔力を抑えていないからなのか、うかが直ぐに復帰した、かに見えた。
「あ・・・れ・・・きゅう・・・」
直ぐに復帰したのは復帰したのだが、先ほどよりも目の前にあったカイトの顔を見て、再び赤面して気を失う。カイトはティナに助けを求めるが、どうやら自分のしたことと助けてくれるつもりは無いらしく我関せずを貫くつもりらしい。周囲の様子を探っていた。
「はぁ・・・」
カイトは溜め息一つ吐くと、姿を変える事にする。取る姿は小学校低学年程度だ。流石にここまで幼ければ男としてカウントしないだろう、と考えたのである。それから数分して、ようやくうかが再起動した。
「あ、れ?カイト。その姿はどうしたんですか?」
「誰かが気絶しまくるからこの姿にしたんだよ・・・これなら大丈夫だろ。」
「ええ、なんとか・・・」
この頃のカイトは非常に母親似で、非常に中性的な顔立ちだった。その御蔭かうかは赤面する事も無く、抱きとめてくれていたカイトから離れて立ち上がる。そうして、漸く一同はその場を後にする。そうして、歩き始める直前。ティナが呆れた声で呟いた。
「お主が離せば良かったと思うんじゃがなぁ・・・」
そんなティナの呟きは風に乗って消えるのだった。
<<転移門>>のあった建物は神使達が居たのみで、神族は誰も居なかった。そうして建物から出た一同だったが、そこは少し物寂しい光景だった。
建物だけは本当に八百万という感じでたくさんあるが、人影が乏しかったのだ。まあ、神様が少ないのだから仕方が無いだろう。とは言え、逆に言えばこれだけの建物が有るのだから、それだけ神様が多い事の左証でもあった。
「こりゃ、10月は壮観だろうな。」
「是非来てください。人の子が紛れ込んだ所で、多すぎて誰もわかりはしませんから。」
「その時は是非。」
「余も共に来ようかのう。これだけの数の神々が集まるのはおそらくエネフィアでもあるまいよ。」
うかの言葉に、カイトが嬉しそうに、ティナが興味津々といった表情で答える。場所は覚えたのだ。転移術が使える二人にとって、この場所に密かに訪れる事は不可能ではなかった。
「で、アマテラス様がいらっしゃるのはあの建物?」
「よくわかりますね。」
「3つ。馬鹿でかい魔力が有るからな。」
うかの少し驚いた様な感心した様な表情に対して、カイトが少し自慢気に答えを述べる。3つとは考えるまでも無いだろう。日本においておそらく知らぬ者は居ないであろう神々の三姉弟の物に違いなかった。
「遠くに一つ・・・じゃがこれは少し弱いのう。そして、更に遠く・・・いや、これは最早別世界になっとるの。そこにもう一つ。」
「感じられるんですか?」
ティナの言葉には、うかは本当に驚いた様な声を上げる。
「多分、お祖父様とお祖母様の物だと。お二人は滅多に外界に出ませんから。」
「ふーん・・・ん?伊弉諾尊って外に出れるのか?」
「・・・どうなんでしょうね。多分、としか・・・」
カイトの疑問にうかが少し困った表情で答える。片方の遠くの物は黄泉平坂に居るというイザナミだろう。確か黄泉平坂の出入り口は伊弉冉尊によって岩で封じられている筈なのだが、まあ、そこら辺は神話と実話の差という所でアバウトなのだろう。
「さあ、行きましょう。」
「そうだな。」
三人は再び歩き始める。とは言え、やはり神様は殆どおらず、出会う事は無かった。そうして、誰にも会わないまま、アマテラス達が待ち受ける神社の様な建物へと入って行くのであった。
お読み頂きありがとうございました。




