断章 第9話 八百万謁見編 夏休み前の一日
カイトの風邪らしき症状だが、澱の原因は世界間の魔力の質の差による何かが不純物の様に蓄積された事による物だった。
なので当初ティナも警戒していたのだが、どうやらこれはカイトがエネフィアから持ち帰った体内魔力があまりに膨大であったが故の現象だったらしく、彼女にも不純物の澱の様な物は見つかったが影響を与える程では無かった。
そしてどうやらこれは自然治癒で治癒出来る物であったらしく、カイトの体調不良は翌朝にはかなり回復していた。まさに風邪であった。尚、三日後には完治している所を見ると、症状的にも原因的にも風邪にそっくりだろう。
「良し。もう残ってないな。」
「次に世界を渡る時にはそれ用に魔術を開発しておいてやった。体調を管理している術式はそちらを使うと良い。」
カイトが身体の状況を精査している間護衛についていたティナが、問題なしと自己診断を下したカイトに告げる。さすがに世界間転移の度に同じことをやられても問題なので、ティナが開発したのである。
「で・・・お前結局一晩中やってたわけか。」
「うむ・・・作り物でここまで感動するとは・・・」
一晩中――しかも時間まで狂わせて――やりこんで、どうやら何とか最後までクリア出来たらしい。だが、ここまでやりこんだのは、ある理由があった。
「忠を尽くす・・・良い言葉じゃな。特にお主には響いたのでは無いか?」
「・・・否定はしないさ。お前も、思う所があったようだな。」
作中に出た敵部隊と、カイトの率いた部隊はよく似ていた。それ故に、カイトは苦笑を浮かべる。だが、それはティナも同じだった。
「余も、否定はせぬよ・・・のう、カイト。余は一つ思うた。」
「なんだ?」
どうやら初ゲームは色々と思う所がある結果になったのだろう。ふと、彼女がカイトに告げる。
「余も一度宇宙へ行ってみたいのう。そうすれば、また変わった世界が見えるのかのう・・・」
「やってみせろよ。出来るだろ?不可能を成し得たお前なら。」
ティナの言葉に、カイトが笑みを浮かべながら告げる。不可能を成し得た、というのは彼女の開発した飛翔機の事だ。エネフィアでも空を飛ぶのは人の夢で、それを技術的になし得る事は不可能とされていた。だが、彼女はそれをやってのけた。ならば、宇宙へ行くのだって不可能では無いだろう。カイトはそう、思った。
「その時は頼むぞ。」
「喜んで、魔王さま。」
カイトは少し演技っぽく優雅に一礼する。それに、ティナも浮かべて頷いた。
「うむ。まあ、それは良いわ。で、他にも何か無いか?」
「あ?どういう意味だ?」
「うむ。ゲームと言うてもなかなかに馬鹿に出来ん。他に何がある。」
どうやら初ゲームは他の部分にも影響を与えたらしい。まあ、カイトも綾音も神ゲーと認められるゲームなので仕方がないだろう。そんなティナに、カイトがため息混じりに告げる。
「母さんに聞いてくれ・・・あの人なら古今東西ここ三十年のゲームは殆ど持ってるよ・・・」
「あ、母さんは人生ってまで言われたゲームがおすすめ。あれ、ほんとに泣けるのよー。カイトなんてぼろぼろ泣いてたしねー。」
「って、うわぁ!」
後ろから掛けられた声に、二人が同時に跳び上がる。声の主は当たり前だが綾音だ。
「二人共、おはよー。カイト、身体大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。」
「・・・ん、大丈夫。じゃあティナちゃん。帰って来たら貸してあげるねー。とりあえず二人共ご飯食べちゃって。」
一度背伸びをしてカイトの額に手を当てて熱が無い事を確認した綾音は、そのまま踵を返してカイトの部屋を後にして廊下を歩き始める。それに続いて、ティナが返事をしてカイトと共に歩き始めた。
「うむ!」
「あれな・・・ガチ泣きしたな・・・ウチのパソコン版だからヘッドホン推奨な。まあ、初版だから声無しだけど。」
「知っとるのか。」
「敢えて内容は語らない。アドバイスはハンカチかティッシュは忘れるな。忘れると大変な事になる。」
そうして、ようやく体調が回復したカイトと、ゲーマーとして確実に一歩を踏み出したティナは連れ立って元の一日を歩み始めるのだった。
それから数週間。結果として何か問題も無く、平穏な日々が続いていた。
「えっと・・・まあ、二人共見て分かるように、座学は完璧です。これはさすがに私も文句の付けようが無いです。私も去年の天音の成績を知ってるので、何があったんだかはわからないんですが・・・」
綾音に対して、最上が成績表を見せて告げる。この日は一学期の総括を行う三者面談だった。まだ終業式は終わっていないが、この三者面談の二日間だけは学校が臨時で休み――とは言え、別室で追試が行われているのだが――となる。仕事をしている親に対処する為、仕方がなかったのだ。カイトの場合だけティナも一緒なので四者面談になっているのはご愛嬌だ。
「ほへー・・・ティナちゃんはまあそうなのかもだけど、カイト、いつの間に勉強してたの?去年赤点すれすれだったじゃん。」
「まあ、いつの間にか。」
提示された息子の成績表を見て、綾音が目を丸くして間の抜けた声を上げる。それにカイトは少し照れ臭そうに答えた。とは言え、なにも褒められるばかりではなかった。最上が少し苦笑して告げる。
「でも、まあその・・・どうにも体育の方を少しやる気がなさそうといいますか・・・二人共運動能力は悪くはないと思うんですけどね。」
「すいません、一応本気でやりたいとは思ってるんですけどね・・・」
「むぅ、こればかりはのう・・・」
「事情があるなら聞くんですが・・・この通り、歯切れの悪い答えで・・・」
苦笑気味な最上の言葉を聞いて、綾音が二人に問いかける。だが、返す言葉は歯切れの悪い物だ。
「どうして?」
「まあ、ちょっと・・・」
「のう・・・」
二人共苦笑するしかない。まさか他人より圧倒的――と言うか最早人外の領域――に身体能力が高いので、なぞといえるはずも無く、二人は返答に困って魔術を使用して話題の方向性をずらす事にした。
「あ、いえ、そうは言っても体育だけですし、問題になる程ではありませんので、やる気が出た時にやればいいと思いますよ。」
「そうですか。お手数をお掛けして申し訳ありません。」
最上のフォローに、綾音が頭を下げる。そうして次の話題は、先に提出した進路の紙だった。
「で、ユスティーナはまあ関係が無いんで少し聞いておくだけで悪いんだが・・・天音。お前は天桜学園希望でいいのか?」
「ええ。ここらで一番の学校だとそこだと。」
「まあ、最近のお前のテストの成績見れば余裕だな。そのまま頑張れとしか俺にはアドバイス出来ん。お母さんの方は何か聞いてますか?」
「んー・・・カイト、それでいいの?」
「まあ今のままだと特待生は取れるだろうから、それ目指すつもり。」
何気なく放たれた言葉には気負いは無く、ただ事実として答えていた。確かに家計を気遣ったのではあるが、カイトの成績からすればそれは結局として妥当な結論でもあった。
「まあ、それを見ればユスティーナの方も惜しくはあるな。この成績なら特待生は確実なんだが・・・」
設定が英系アメリカ人なので英語ペラペラだし、入学して受けた全てのテストで満点だ。それ故、最上は茶化す様に告げる。
「まあ、余が5年程おれるなら考えよう。」
「あはは、そうしてくれ。で、二人共生活態度は良好ですし、天音もユスティーナも帰宅部ですが私の仕事を手伝ってくれたり他の生徒の勉強を見たりと非常に助かっています。」
最上はティナの冗談に笑って、次の議題に移動する。次の議題は二人の生活態度だったのだが、此方も一学期始めのソラの一件を除けば表向きは何も問題を起こしていない。なので終始問題なくほぼ賞賛だけで三者面談は終わるのだった。
「有難う御座いました。」
「失礼しました。」
三者面談が終わり、カイトとティナ、綾音の三人は教室を出る。そうして次の親子に声を掛けてその場を後にしようとしたところで、一組の親子に出会った。
「よぉ、天音。」
「ん?ああ、天城か。」
出会ったのはソラだ。どうやらカイトの次の次が彼ら親子だったらしい。隣にはかなりお上品そうな母親が居た。彼女はソラでは無くどこか空也に似て、お上品さが全面に出た柔和そうな美女だった。
「ああ、貴方が天音くんですか?」
「はい、ソラ君とは仲良くさせて頂いております。」
「空也から聞いています。過日はあの子を助けてくれてどうもありがとう。」
「あはは、いえ、出来ればその話題は・・・」
「ん?どういうことー?」
カイトはなんとか話題を逸したかったのだが、やはりそうは問屋が卸さなかった。隣に居た綾音がカイトに問いかけると、ソラの母親が綾音にもお礼を言おうとして、綾音の姿を見て戸惑いを浮かべた。
「・・・あの、貴方が天音くんのお母様で・・・すよね?」
ソラの母親が綾音の対して母親と思っても思わず問い掛けたのは、当たり前だが彼女の見た目故に、だった。明らかにティナと並んでも姉妹と見れそうな年齢の容姿――もちろんティナが姉――だが、来ている服は一応の礼服だ。それ故に母親だとは思っていても、思わず問い掛けてしまったのである。
「はい、カイトの母親で、天音 綾音です。貴方は天城 美冬さん、でしたよね?」
「あら。どこかでお会いしましたっけ・・・」
「あ、一応ウチも末端ですけど天道家の分家筋なんですよー。つい三ヶ月程前に、天王寺家の結婚式でお見かけしただけです。」
「ああ、そういえばいらっしゃった様な気もしますね・・・」
母親達の雑談が始まる。どうやら分家筋の話にそれてくれたお陰で、少しは時間が稼げそうだった。そして運命もカイトを見放しては居なかったらしい。そこに更に声が掛けられた。
「あー!綾音ちゃん見っけ!」
「あー!カンナちゃん!」
自分の名を呼ぶ女性の声に気づいて、綾音が後ろを振り返る。そこには大学生程度のスーツ姿の女性が教室から出て来て、大股に駆け寄ってきていた。一応廊下を走らない様にしたらしい。
「あーん、やっぱかわいいわー!っと、美冬さん、お久しぶりです。」
「あ、あら・・・神楽坂さん、お久しぶりです・・・」
カンナは頬ずりしながら至福の表情で綾音を抱きしめる。美冬の方はどうやらこのハイテンションのカンナを見たことは無かったらしい。少し引きつった表情だった。
「カイト、久しぶり。」
「あ、弥生さん。久しぶり。なんだ、皐月の所が終わった所だったのか。」
「ええ。ふーん・・・やっぱり少し落ち着きが出てるわね。」
「でしょ?」
そんな母親たちを他所に挨拶したのは、中学生時代の弥生と皐月だった。カンナのフルネームは神楽坂 神無で、三人の母親だった。
「まあ、こっちでもいいんじゃない?」
「落ち着いてない方がいいみたいな言い方はやめてくれ。」
弥生の言葉にカイトが苦笑しながら答える。と、そこで更に後ろの一人に気づいた。中学校入学したてでも数年後と殆ど変わらない容姿の睦月であった。
「よ、睦月・・・その短パンは少しどうよ。」
「な、何か変ですか?」
「いや、まあ、似合っちゃ居るが、ちょっと女っぽいかな、って・・・まあ、似合ってるからいいんじゃないか?」
「そ、そうですか?」
睦月がすこしどもりながらカイトに笑顔を向ける。実はカイトの得た感想は当たり前だった。この時睦月はなんとかスカートは避けたものの、白無地にピンク色の柄が施された上着に革のミドルブーツ、ホットパンツと女物で統一させられていたのである。おまけにレディースのハンチング帽を被って居た。
まあ、それでもカイトが男と思っていて睦月が似合っていたが故になんとか気づかれないで済んだのだが。睦月としては喜んで良いのか嘆いて良いのか判断のしにくい所だった。
「で、お前は相変わらず似合ってんな。」
「えへへ、ありがと。お姉ちゃんのコーデよ。」
「さすが弥生さん。」
「あら、ちょっと見ない内に女の子の扱いがうまくなったわね。ありがと。」
弥生の記憶の中にあったカイトは照れくささ等で滅多に女性を褒めることは無かった。それがいつの間にか普通に褒めていたのをみて、弥生が少しだけ驚きを露わにしつつ、礼を言った。
ちなみに、皐月は完全に女物と分かるミニのスカートに、タンクトップの上に更にキャミソールを重ねていた。此方は敢えて帽子をかぶらず、素肌を見せる服装にしていた。可愛らしい印象を与えるコーデだった。
「えっと・・・誰だ?」
「うむ、カイト。勝手に話を進めんで欲しいのう。」
「あ、おっと。悪いな、紹介が遅れて。オレの幼なじみだ。」
カイトの紹介を受けて、神楽坂三姉妹が自己紹介を行う。当然性別は伏せて、だ。それに返す様にソラ達も自己紹介を行った。
「はぁー、そういうことね。」
「余はそういえば数度カイトから聞いた事があったのう・・・未だに忘れられぬ幼なじみがおる、と・・・む?」
どうやらカイトから聞いた事がある、という所でティナが何かに引っかかったらしい。奥歯に何かが挟まった様な複雑な顔になる。だが、そんなティナを他所に話は進む。
「そういえばカイト。あんたやっぱり今年もお盆には大阪行くの?」
「ん?ああ、いや、オレだけは今年は夏休みに入り次第大阪に行こうと思う。ティナが居るからな。京都は是非見ておくべき所だろうからな。」
皐月の問い掛けに対して、カイトが答える。当たり前だが、お盆にはカイトも家族と共に父の実家に顔見せに行っていた。母親の実家はカイトの家から自転車でも行ける距離にある為、彩斗の実家の方に気を遣ったのである。だが、今年はティナが居る事もあって、カイトとティナだけは先に行こうと予定していたのであった。
「あ、そう?じゃあ一緒に行く?」
それを聞いて声を上げたのはカンナだった。此方も京都にあるカンナの実家に帰るのが何時もの夏休みなのである。なのでいっその事一緒に、と声を掛けたのであった。それに、一度カイトはティナと顔を見合わせて、綾音を窺い見る。
「えっと、カンナちゃん。お願いしていい?」
「綾音ちゃんが今度かわいいお洋服来てくれるなら、喜んで!」
「わーい!」
どうやら母親たちは利益が一致したらしい。二人はハイタッチで応じ合っていた。
「・・・まあ、一緒に行く。」
「・・・見たいね。」
そんな母親たちの結論を見て、カイトは皐月と二人で溜め息を吐いた。尚、送り届けられる先は皐月の実家の京都だが、問題は無い。なにせ皐月の実家からカイトの実家まで電車一本三十分も掛からないからだ。
「まあ、ついでに伏見稲荷でも拝んで来るさ。」
「うむ・・・」
カイトの言葉に相変わらず生返事なティナだったが、やはり答えは出ない。それをやはり無視して会話は進む。
「そういえば天城はどうするんだ?」
「あ?あー・・・おりゃ多分今年も海外だな。今年は天道の長男が誕生会外国でやるんだと。それに出ろってよ。なんか外国の他ん所の奴と一緒に誕生会をしようって決めたらしくて、それに巻き込まれたんだよ・・・」
「・・・すげーな。」
「代われるもんなら代わってくれ・・・」
カイトの引きつった顔での賞賛に、ソラは非常に嫌そうな顔で答える。曲りなりにも彼は分家筋でも有数の天城家の長男だ。逃げられなかったのである。
尚彼は今年『も』、なので去年もその前も海外だったようだ。ちなみに、来年も受験前なのに海外である。再来年は高校に上がった事もあってさすがに嫌になってカイトの所に転がり込んだ。その更に翌年は異世界に逃げ?込めたが。
「そういえばよ。大阪ってことはなんか土産頼むわ。八つ橋却下な。いやっつーほど食った。」
「あいよ。お前も海外の土産買ってこいよ。」
「おう。」
そうして更に暫くの雑談の後。ソラの三者面談の順番になった事もあって、ようやくその場は解散となったのであった。
お読み頂きありがとうございました。




