断章 第5話 頭首襲名編 大激怒
脅迫状が送られてきたその日の内に竜馬が密かにカイトに援護を頼んだのは正解だった。教室を後にして中学校を後にして暫く。ティナ達4人は一緒に帰っていた。
「そう、ティナちゃんはアメリカから来たの。」
「うむ。まあ、元々カイトとはネットで知り合ってのう。最近出ておるじゃろ?日本発祥のキズナとか言うSNSが。」
「ああ、ティナちゃんはあれのユーザーさんなの。」
亜依が納得した様に頷く。キズナとは最近天道財閥等が主導して開発されたインターネット上のサービスの一つの事だ。幾つかの種類の言語を同時に翻訳出来て、ゆくゆくは同時翻訳によるボイスチャットも可能にしようという試みを行っている物であった。
まだ利用者は少ないものの、今は試験的に日本とアメリカ、欧州の一部で先行公開で公開されていた。カイトとティナはそこで出会った、という事にしているのであった。
「うむ。まあ少々余は新しいもの好きでな。それに向こうの日系人の知り合いから教わった日本語がどこまで出来ておるか試したかった事もあって、利用してみたのじゃ。それで日本サーバーに偶然おったカイトに話しかけたわけじゃな。」
苦笑交じりにティナが語る。由利も魅衣もどうやら摩訶不思議な二人の出会いには興味があったらしく、黙って聞いていた。
そんな話をしつつ、大通りに差し掛かって少しした所で、事件は起きた。いきなり猛スピードで大型のバンが一同の横に横付けすると、男達が降りてきたのである。
「何じゃ!」
「きゃ!」
そこからは一瞬だった。明らかに誰の眼にもプロの犯行と分かる手際の良さで男達は亜依と魅衣にスタンガンを突き出す。
「させん!」
「つっ!」
「いい、構うな!ずらかるぞ!」
魅衣に突き出したスタンガンはティナの振り下ろした鞄によって防がれる。だが、彼らは迷わなかった。亜依だけでも確保出来た事がわかると、即座に撤収する。ものの十数秒の犯行だった。
「お姉!」
魅衣の叫び声に似た声が響く。そしてばたん、とバンの扉が閉まり、周囲の人が何事かと注目し始める。だがそれと同時にバンが勢い良くまるで射出されるかの様に飛び出した。
「お姉ー!」
魅衣の叫び声をバックに車が飛ぶように駆け抜けていく。
「カイト。」
ぼそり、とティナが呟いた。それを合図にしたかの様に、蒼い影が一同の横を通り過ぎるのであった。
亜依を拐った男達は、かつて魅衣を拐った男たちの大本の組織が雇った本職の犯罪者達だった。それ故、行動に無駄が無く、動きの全てはきちんと計画された物だった。
「後は事務所に運べば終わりだ。」
「う・・・く・・・」
超高電圧のスタンガンを浴びせられ、亜依がうめき声を上げる。だが、亜依はそれだけで何か身動きが取れるわけではない。おまけに、すでに拘束も済んでいた。だが、男達が亜依に何か非道をなそうという事は無かった。
彼らは依頼人に言われた仕事をするだけだ。要らぬ証拠を残さないという彼らなりのプライドだし、それ故男達は彼らの依頼人達から信頼されているのであった。
彼らにとって、仕事でも無いのに抵抗出来ない相手を陵辱したり暴行したりするのは二流のやる仕事だと思っていたのである。まあ、証拠を残しかねないのでそういった依頼はそもそもで拒絶するのだが。
「この先、5秒後に右だ。直進だと事故渋滞が起きている。信号は操る。タイミングを合わせろ。」
「おう。」
一人がパソコンで道中の監視カメラをハッキングしながら、自分達の痕跡を残さぬ様に移動していく。それは確かにプロの犯行で、これまでも何度も同じような行動をして、全てを迷宮入りにしてきた彼らの何時もの手はずだ。
それ故に彼らには確たる自信と慣れがあり、たとえ土地が違っても何かを失敗することは無い、はずだった。
「何!?おい、馬鹿!素人でも無いのに事故る奴があるか!」
一応念の為に亜依の監視についていた男が、いきなりの衝撃と轟音に気づいて声を荒げた。明らかに何かに衝突して車がストップした様な感じがあったのだ。
「ちっ、さっさと出せ!おい!・・・あ?」
失敗はしたが、仕事の完遂が先。そう考えた男だが、前の二人が呆然となっているのに気づいて、彼もフロントガラスから前を見る。
すると、そこにはあまりにあり得ない光景が広がっていた。一人の蒼い髪の青年が、まるで片足で車を止めたかの様な姿勢で車の前に立っていたのだ。いや、まるで、では無い。まさにそうだったのだ。
「おい。オレは警告を送ったんだが?」
怒髪天を突く。まさにそんな言葉が似合う様な気迫だった。だが、男達は誰もその光景が現実とは思えなかった。
なにせ、車の前面の鉄板を突き破って青年の右足が自分達の乗る車の前部座席の間にあったのだ。そうして、カイトはそう告げると足を引き抜く。
「らよっと。」
そう言うと、呆然とする男たちを他所にカイトが車の上に登る。そうして、カイトはまるで車が紙で出来ているかの様に車の天井をひっぺがして、無造作に捨てた。男たちの耳に響くバキバキ、という金属が強引に割れる音がなんとも、非現実的であった。
ちなみに、無造作に捨てられた天井だが、誰かにぶつかる事は無かった。なにせ、回りには誰も居なかったからだ。彼らの車が曲がると同時に、カイトが周囲から少しだけ位相をずらした異空間の中に捕らえたのである。
「あ、あはは・・・なんだよ、これ・・・」
「う、撃て!いいから撃て!」
男達は呆然としていたが、その中の一人が我に返って拳銃を取り出してカイトに銃口を向ける。そうして何ら躊躇うこと無く引鉄を引いた。
その銃声をきっかけにして、他の男たちも正気を取り戻して同じ様に引鉄を引く。この拳銃は当然本物で、彼らの雇い主から貰った物だ。それ故、引鉄を引けば実弾が発射される。
だが、それはカイトに命中する事は無かった。いや、それ以前にカイトまで届くことさえ無かった。
「あ?んなもんでオレを殺せるとか思ってんのか?」
「・・・は、ははは・・・嘘だろ・・・なんで銃弾掴めんだよ・・・つか、なんで止まってんだ・・・」
カイトの声は男達の耳に届いていなかった。まるで映画見たいだ、現実感を完全に喪失した男達はそう思った。自分達が乱射した銃弾の全てがカイトの前方30センチ程度の所で完全に制止しているのを見て最早乾いた笑みしか浮かばなかったのである。それを放置して、カイトは亜依に手を伸ばして声を上げた。
「竜馬!」
「有難う御座います、カイトさん。幾ら私でも事務所まで連れて行かれては対処に困りました。」
亜依を受け取って、竜馬が礼を言う。カイトから念話を受け取ると彼は大慌てで全速力でここまで来たのであった。
尚、亜依の奪還だが、男達の誰からも妨害は無かった。それほどまでにカイトの姿は恐ろしく、手の出しようが無かったのだ。本能が、手を出してはならない、と悟ったのだ。
「竜・・・馬・・・?」
「悪い、亜依。遅れた。」
「ううん、いいの。来てくれるって信じてたから・・・」
「ああ・・・カイトさん、彼らをどうしますか。」
亜依が無事な事を確認すると、竜馬がカイトに問いかける。やはり婚約者に手を出されては彼もかなり怒っているらしく、その頭には彼の特徴である角が浮かび上がり、周囲には魔力が目に見えていた。
「再起不能にする。先に行っとけ。亜依さんには見せたくない。」
「では、私がやり」
「いや、もっと確実に、丁寧にオレがやる。お前の分も全部、だ。後、ついでに一個情報が欲しいしな。」
「・・・分かりました。では、お願いします。」
自身の言葉を遮ったカイトに浮かぶ怒気があまりに物々しい事に気づいて、竜馬が怒りを抑えてその場を後にする。その背に、カイトが言葉を掛けた。
「ティナ達がまだ拐われた場所に居る!学校前に喫茶店があるから、そこで合流だ!」
「わかりました!」
竜馬の返事を聞いて、カイトは男たちに向き直る。その時見た顔で、男達は自分達の命運がそこで尽きた事を知った。
「ぎゃーーーー!」
そうして、男たちの叫び声が響き渡る。だが、それも少しして聞こえなくなった。そうしてこの事件は殆ど誰にも気付かれる事無く、殆ど誰にも知られる事無く、終わるのだった。
「お姉!無事だったの!」
竜馬が車を飛ばして右往左往する魅衣と由利、そしてそれを宥めるティナが待つ場所へと移動した。そうして車から下りた亜依を見て、魅衣が涙目で抱きついた。
「よしよし・・・皆、心配掛けたわね。」
「良かった・・・」
亜依が三人に告げる。魅衣が抱きついて、心から安心したような声を漏らした。横の由利にしても何も言わないが、その顔には安心した様な表情があった。二人共根は優しい少女なのだ。それ故、心配だったのである。
「竜馬、お姉をありがと。」
「いえ、私がやったわけでは・・・」
竜馬の言葉は、謙遜として処理される。まあ、彼が連れて来たのだから、そう思われても仕方がないだろう。
「お主の手柄にしておけ。あれも大して目立ちたいわけではなかろう。」
「はぁ・・・」
そうして亜依に注目している魅衣と由利を横目に、ティナが小声で竜馬に告げる。
「ご迷惑をお掛けしました。一度そこの喫茶店で休憩でも・・・」
「ええ、お願い。」
竜馬の言葉に、亜依が頷く。カイトの指示を受けた事もあるが、同時に自分がまだ不安であった事も大きかった。それを示す様に、魅衣を撫でる手は少し震えていた。
そうして喫茶店に入って紅茶等を頼んで暫くした所で、カイトがやって来た。パフェやケーキ等好きな物を好きに頼んで良いという事で安堵もあって多めに食べている女性陣を横目に、カイトは竜馬の前に腰掛ける。
「カイトさん。有難う御座いました。」
「ああ、いい・・・っと、竜馬。ここ、知ってるか?」
「っつ・・・はい。」
カイトから差し出されたメモを見て、竜馬の顔が歪み、頷く。それを受けて、カイトが再び立ち上がる。
「どちらへ?」
「潰す。」
短く告げられた言葉に、竜馬でさえ唖然となる。そうして漂っている圧倒的な威圧感に、ティナが気づいた。
「む・・・あまりやんちゃするで無いぞ?」
「無茶言うな。ちょっと大暴れしてくる。晩飯までには帰る。」
「余も一緒に行きたい所じゃなぁ・・・」
陶酔に近い笑みを浮かべて、ティナが告げる。それほどまでに、今のカイトは殺気立っていた。
「あそこの事務所なら車を」
「天神市にある事務所はもう壊滅させた。ちょっと本部潰してくる。別に車は必要無い。」
「なっ・・・」
カイトの言葉に、竜馬が絶句する。よく聞いていれば、それを示す様に警察のパトカーのサイレンの音が鳴り響いていた。
だが、ちょっと、と言葉は軽いが、言っていることは三枝に非合法の手段で喧嘩を売る様な組織との敵対だ。それも、単なる小競り合いではなく、全面抗争だ。しかし、カイトの方には気負いは一切無かった。
「まあ、頭潰しゃ黙るだろ。なに、痕跡は残しゃしねえよ。安心してろ。」
絶句する竜馬を前に、カイトが片手を上げて背を向けた。そうして、カイトは店を後にする。
「あれ?天音は?」
「・・・あれ?」
パフェに夢中になっていた魅衣と由利がふらっと現れてもう消えたカイトに気付く。だが、その時にはカイトの姿には店の前どころか、天神市にはどこにも無かったのだった。
さて、その後のカイトだが、既に東京を後にして他県のとある3階建ての雑居ビルの中に居た。さすがに遠すぎたので、魔術で転移したのである。カイトは雑居ビルに入ると同時に、指をスナップする。それだけで、建物の中の全ての電気が消失する。別電源で動いている監視カメラも全て、だ。
既に男達から今回の一件の首謀者達に関する全ての情報を抜き取っており、この建物にはその関係者しか居ない事は知っていたのである。なので、遠慮は抜きだった。
「なんや・・・ん?誰やお前・・・」
電気が消えたのを見て、部屋の一つからガタイがよく、人相の悪い男が出て来た。停電か、と思ったのだろう。始め上を見て電気を確認して、そこで目端に入ったカイトに気づいたのだ。
「おう、ちょっと聞きてえんだ。」
「何やわれ・・・なにもんや。」
「権堂だか権化だか・・・ああ、なんか別の名前でも名乗ってたな・・・・なんかそんな名前の親分さん居るだろ。ちょっと案内してくれ。」
「あ?わけわからん事言っとらんで出てけや。」
自分達の親分の名前を言われ、男が不機嫌そうにカイトに告げる。だが、不機嫌そうなのはカイトも一緒だった。カイトはすたすたと歩いて行くと、男を睨みつける。
さすがに暴力団組織の男もそういった睨みには慣れているはずなのだが、修羅場の数と濃度が違いすぎた。カイトの睨みに一瞬、男が怯む。そして、怯んだ自分を鼓舞するように、怒声を響かせた。
「あぁ!いい加減にせいや!痛い目みたいんか!」
「いいから出せ。」
懐から取り出した匕首を抜いた男に対して、カイトが睨みつける。そうして、男がついに匕首を振るう。だが、それはカイトに近づいた所で、少しも動かなくなった。カイトが手首を握りつぶしたのだ。
「いでぇ!」
「いい加減にこっちもムカついてたんだ・・・てめえら覚悟しやがれ!」
男の手首を掴んだカイトは片腕だけで男を振り回し、そのまま自分が立っていた出入口の方向に放り投げる。それだけで、男はまるでダンプカーにでも衝突されたかの様に勢い良く吹き飛んで行き、そのまま出入口に衝突して動かなくなった。
「襲撃ー!」
それを見ていた男の誰かが大声を上げると、それに合わせて大慌てで多くの男達が現れる。当たり前だが、その手には拳銃や匕首、様々な凶器が握られていた。電気が落ちた時点でもしかして、と警戒していたのである。
「悪いが、警告は既に送ってんだ・・・生きて帰れるとは思うなよ。」
「てめえの方じゃぼけぇ!」
その会話を合図に、大乱闘が開始される。男たちの誰もが直ぐに終わると思っていた乱闘だが、それから先に見たのは絶望だった。
「うぐ・・・」
ドゴン、という音と共に男の一人が壁にひび割れを作る。容赦はしない、そう言ったカイトだが、本当に容赦はしなかった。
殆ど手加減抜きで振るわれる殴りは一撃で男たちの骨を折り、内蔵を破損させ、身体をガラス窓を突き破った隣のビルの壁に衝突させる。おそらく生きては居るだろうが、あまり放置していては命は無いだろう。
「オレに喧嘩売っといて二度目があると思ってんじゃねえよ。」
出て来た敵の全てを掃討すると、カイトはエレベーターへと足を向ける。そうしてカイトがスイッチに触れると、それだけでエレベーターに電気が戻る。
ちなみに、カイトに売られた喧嘩ではないが、彼の友人に売られた喧嘩なので、彼にとっても自分の喧嘩なのだ。
「最上階だな。」
潰した男の一人から魔術で情報を入手したカイトは、狙う男が居る場所を既に把握していた。そうしてカイトはエレベーターに乗り込むと、それだけでエレベーターが自動で動き始めた。移動先は勿論狙う男の居る最上階だ。
「撃て!」
エレベーターが到着して扉が開くと同時に、声が響いて銃弾が飛んできた。だが、意味は無い。少し前と同じく、カイトの数十センチ手前で全て停止していた。
「あ・・・」
あまりの光景に男たちが動きを止めて呆然となる。だが、カイトが動きを止めてくれるはずが無かった。カイトは一瞬で間合いを詰めると、再び一撃で男たちを潰していく。そうしてものの数秒で全ての敵を始末し終えると、最後に残った一番上役っぽい男を親分が立て篭もる部屋のドアに投げ込んだ。
「な、なんやお前!」
カイトが投げ飛ばした男は、ドアを吹き飛ばしてそのままドアと一緒にガラスを突き破って外に吹き飛んでいった。自動車の警報音が聞こえてきたので、おそらくその上に落下したのだろう。運の良い事だった。
そしてそれを見たらしい親分の男は顔を真っ青にして、カイトに問いかける。彼はどうやら自分の机から取り出したらしい拳銃の銃口をカイトに向けていた。
「よう。オレ、警告送ったよな・・・これ以上天神市に関わんな、って。」
「あ、あれはお前か!何の用だ!」
「あ、用?」
だみ声でカイトに問いかける男に、カイトが睨みつける。どうやら男は恐怖で関西弁も忘れたらしく、素の口調だった。
「んなもん一個しかねえよ。死ね。」
命乞いさえさせず、カイトは即座に刀を突き刺した。心臓を一突き、喉を一突き、脳を一突きだ。確実に助命の余地を残さぬ様にしたのである。あまりの速さに、喉の動脈から血が吹き出したのは刀が抜かれてから暫くしてからだった。そうして噴水の様に吹き出す血を背に歩き始める。
「オレに二度目はねえんだよ。やるな、つー教えだしな。まあ、それでもくれてやるときは、そいつが惜しい時だけだ。残念だったな。」
貴族の、上に立つ者の義務として、一度の敵対は目を瞑ってやれ。それがティナやウィルの教えだった。そしてそれを破った以上、初めから彼らに情けは無かったのである。
「はぁ・・・腹減った・・・帰って飯だ飯。」
人を殺したというのに、カイトの声はのんびりしていた。当たり前だった。カイトは冒険者であり、戦争の最前線を生き抜いた戦士だ。人を殺すのは日常茶飯事だった。いや、人に限らなければ、殺すという行為自体が日常の一環だった。
そしてカイトは自身の敵を、特に彼らの様な卑劣な者を人として見ることは無い。それ故、今の殺人はカイトにとって殺人では無かった。そうしてカイトは部屋を出ると同時に、カイトの姿は再び消え去り、天神市に舞い戻る。そうして帰って来たカイトを見て、ティナを除いて誰もカイトが殺人を犯したとは思わなかったのであった。
お読み頂きありがとうございました。




