断章 第4話 頭首襲名編 風邪 ――馬鹿では無かった――
それは、亜依が来てから数日後の事だった。その日は何時もと変わらずの一日が幕を開ける。その日、カイトがティナと一緒――由利の今日のお出迎えは良いと言われたらしい――に登校すると亜依や教育実習生達が校門前で挨拶を行っていた。
「亜依せんせー!おっはよー!」
「おはよー!」
朝から相変わらず亜依は人気だった。元々魅衣と同じくさばさばして面倒見が良い性格だし、結婚しているが故に年不相応な落ち着きもあった。おまけに実年齢としては生徒達にも近いし、夫である竜馬の関係から偏見も無い。誰しもを同じに扱うので人気は直ぐに出た。さばさばした姉っぽい性格だからか、特に女子生徒からの人気が高かった。
「三枝先生、おはようございます。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
カイトとティナの挨拶に、亜依が笑顔で返す。と、そこに一人の男と一人の少女が近づいてきた。
「ん?って、竜馬か。三枝も一緒か。」
「お久しぶりです、カイトさん、ティナさん。お嬢、お見送り出来ず申し訳ありませんが、ここで・・・」
「いいわよ。学校までありがと。お姉、お疲れ。」
「カイト、では余は先に行っておるからな。」
「はい、お疲れ。で、竜馬。どうしたの、こんな所で。」
魅衣を送り出し、竜馬に問いかける。それに竜馬が微笑み掛けるが、要件は妻である亜依ではなくカイトの方だった。
「カイトさん、申し訳ないんですが、少々お話よろしいでしょうか?」
「ああ、なんだ?」
「亜依、すいませんが、貴方も・・・」
幸いにして何か問題なく抜けられたらしい。亜依は他の面々に断りを掛けると、少し離れた場所へ移動する。
「本来ならば貴方にお伝えするべきことでは無いのですが・・・申し訳ありません。此方をご覧くださいますか?」
竜馬はカイトに向けて、一通のメールを送信する。メールアドレスは以前の一件で交換しておいたのだ。そうして送られてきたメールを展開して中身が音声ファイルだと見ると、カイトはワイヤレスのヘッドセットを取り出して中身を確認する。
「・・・おい。これは・・・」
「はい。すいません、巻き込んでしまい・・・」
そうして聞き終えたカイトの顔に浮かんだしかめっ面を見て、竜馬が謝罪する。音声ファイルの中身は三枝に対する脅迫だった。それも、さきごろ魅衣を拐った暴力団からの物だった。
「ちっ、警告は聞かなかったわけか・・・馬鹿が。」
ぞくり、と亜依の背筋が凍る。明らかに一介の中学生が出来る表情と威圧感では無かった。それほどの威圧感と殺気がカイトから放出されていた。
ちなみに、カイトが言うように実は此方にも警告を送っている。さすがに自分の住む街で知り合いが巻き込まれてはたまらないと襲撃者の記憶を抜き取って、同じ様に警告を送ったのである。
「申し訳ありません、せっかく警告を送って頂いたのに・・・」
「いや、いい。あれで聞かないなら、単なる馬鹿だ。次に来た時には容赦しないだけだ。」
そうして向こうだけで理解しあう夫と教え子を見て、亜依が首を傾げて問い掛けた。
「一体どういう事?」
「あ、いえ・・・よろしいですか?」
「親父さんに内緒にしてくれるならな。」
「はい。」
竜馬はカイトの許可を得て、亜依にこの間あった事の事情を説明していく。だが、亜依の方は大して驚かなかった。まあ、元々かなり昔から竜馬の正体を知っていたらしいのだ。それ故、近くにカイトの様な存在が居た所で驚かなかったのだろう。
「で、申し訳ないのですが・・・」
「わかってる。もし万が一何かあったときゃ任せろ。ここまでやったんだしな。」
カイトは竜馬が言いたいことを即座に理解すると、直ぐに笑みを浮かべてそれに同意する。
「あ、っと・・・三枝先生、これ、オレのアドレスです。」
「亜依でいいわよ。ここまで知っちゃったし、竜馬とも親しいみたいだし。魅衣も世話になってるみたいだしね。」
「はい、で、亜依さん。これ、オレのアドレスです。もし万が一何かあったら連絡ください。手助けしますよ。これでも竜馬よりは強いんで。」
「申し訳ありません・・・」
カイトの言葉に、竜馬が少し照れ臭そうに告げる。
「では、よろしくお願いします。」
その後も数個の連絡事項を受けて、竜馬がその場を後にする。どうやら三枝の家人達も動いているらしいのだが、竜馬は万が一に備えて密かにカイトに接触してきたのであった。亜依と一緒に居た時に会えたのは良かったと言っていた所を見ると、どうやら紹介しようとは思っていたが運が良かったのだろう。
「じゃ、お願いします。」
「分かりました。でも、亜依さんも気をつけてください。」
「ええ。」
竜馬が要件を終えて戻った以上、二人もそのままじっとしているわけにもいかない。そもそもその用も無い。なので、二人はお互いに自分の居るべき場所に戻っていくのであった。
そうして、その日の授業中は一つを除いて大して何事も無く終了する。まあ、学校がある間に襲撃を掛ければ確実に警察が動く。そんな事をすれば確実に組織が瓦解するのだ。そんなリスクは犯せなかったし、彼らにしても本職だ。それがわからない程馬鹿でも無いだろう。
「じゃあ、今日のホームルームはこれで終わりです。」
最上の指示を受けて、亜依がホームルームの担当を変わる。
「はい、三枝先生、有難う御座いました。」
どうやら大して問題は無かったらしい。最上が更にその後を引き継いだのだが、大した注意――当たり前だが生徒側に対して、である――も無く終わる。
「お姉!今日は遅いの?」
相変わらず周囲の生徒から若干遠ざけられていた魅衣だったのだが、亜依のおかげもあって随分と周囲と馴染める様になってきていた。まあ、今みたいに姉に浮かべる朗らかな顔を見れば、印象も変わるだろう。
「うーん・・・最上先生、何かありましたか?」
「そうですね・・・一応明日の授業の用意で天草先生が呼んでらっしゃったから、それを聞いてからでいいでしょう。」
「わかりました。って、ことで魅衣。あんた帰ってもいいわよ。」
「いいよ、ちょっと勉強でもして待ってる。」
魅衣が苦笑ながらにティナと由利が居る一角を指さす。そこにはティナが笑顔で手招きしていた。竜馬が車で迎えに来てくれるのでここ最近は亜依と一緒に帰る事が多く、今日もそれに合わせようと思ったのだ。
「そう。じゃあ、終わったらまた来るわね。小鳥遊さん、ミストルティンさん、お願いね。」
「うむ!」
「う、うん・・・」
ティナが元気よく、由利が少し気恥ずかしげに頷く。一方のカイトはと言うと、今日は図書館で本を読むつもりだったのだが少し予定を変更しようか考えている所だった。
「はっくしゅん!あー・・・頭いてぇ・・・」
というのも、ソラがかなり調子悪そうだったのだ。横で何度もくしゃみにせきをされれば心配にもなる。一応当人も風邪を気遣ってマスクをしてきているのだが、朝に比べてかなり調子が悪そうだった。
「はぁ・・・こりゃ風邪だな。」
「うぅ・・・わぁってるよ・・・」
カイトの断言に、ソラも頷く。そのまま帰すのはカイトの主義に反するので、送って行こうと考えていたのだ。
「おい、天城。立てるか?」
「あぁ?」
「一緒に帰ってやる。さすがにそれで道中で倒れられたら寝覚めが悪い。」
「・・・わり。」
どうやらソラにもかなり具合が悪いという自覚はあったらしい。珍しくカイトの気遣いに感謝して、そのまま連れ立って歩き始める。
「おい、ティナ!こいつ送ってって来るからその間大人しくしとけよ!」
「余はガキか・・・わかっとるよ。」
カイトの言葉に呆れつつもカイトを手で追い払う。彼女は既に300歳以上の女性なので、確かにカイトの言葉の方が本来は無礼だろう。まあ、それでもここ当分彼女が自由気ままに動きまわった事を考えれば、本当に300歳を超えているのか疑いたくなるが。
「まあ、どちらにせよお主らの面倒があるから、ここで留守番なんじゃがな。」
「うぅ・・・次、ここわかんない。」
「ウチはこっちー・・・」
二人共偉そうなティナに文句の一つも言いたいが、教えてもらっているのは事実だし、首根っこを掴まれているのも事実であった。なので、彼女らは苦々しい思いを得ながらも、じっとそこで勉強をするのであった。
「はっっくすん・・・あー・・・わり、まだティッシュねえ?」
「はぁ・・・おらよ。もうそのポケットティッシュで最後だからな。」
「わり・・・」
ちーん、とソラが鼻をかむ。カイトは調子が悪いソラを連れてソラの家の近くまでやって来ていた。本格的に風邪らしく、時折くしゃみをしてはカイトからティッシュを借りていた。と、そこで一人の少年が近づいてきた。ソラの弟の空也であった。
「あ、お兄ちゃん!」
「おーう・・・」
「あれ・・・風邪?」
「おう・・・あ、こっちの知ってるか?」
「え・・・?」
かなり調子悪そうな様子を見て、空也が風邪を気にする。それに頷いて少し距離を離す様にジェスチャーで指示して、横のカイトを指さした。それを受けて空也は少し頭を悩ませるが、直ぐに答えが出たらしい。笑みを浮かべて少し慌てた様子で頭を下げた。
「天音さんのお兄さん!お久しぶりです!浬さんはお元気ですか?」
「ああ、久しぶりだ。浬は相変わらず元気だ。そっちも元気そうだな。」
「はい、幸いにしてお兄さん・・・あれ、お兄さんの名前って聞いていいですか?」
「・・・ああ、そういえば言ってなかったか・・・オレは天音 カイト。カイトでいい。」
ふと思い出せば、カイトも自己紹介していなかった事を思い出した。まあ、既に結構ソラとも仲が良くなっているので、名乗っても良いだろうと考えたのだ。それにソラにも知られている以上、隠す意味も無かった。
「はい、カイトさん。幸いカイトさんに助けていただいたおかげで問題なく。それで、今日はどういったご用件ですか?」
「こいつの見送りだ。さすがにこれで放置するのは気が引ける。」
「あはは・・・有難う御座いました。お兄ちゃんも雷造さん呼べば良かったのに。」
「あの爺さんにお小言言われんの嫌だ・・・」
風邪の所為で若干精神が幼児退行を起こしているソラは子供っぽく弟の問い掛けに答えた。よくよく考えればソラの家は名家だ。そこから人を寄越してもらえば良かったのだが、どうやら実家を少し嫌厭してしなかった様だ。
「ったく・・・」
「あ、カイトさん。そこがウチの実家です。」
「ああ、ここか。やっぱ天城ともなるとデカイな。」
「あはは・・・まあ、そんなぐらいの反応で終わった人は初めてです。」
少し苦笑を浮かべて実家を紹介した空也だったのだが、カイトがあまり驚いていないのに気づいて今度はそちらに苦笑する。そんな空也に対して、カイトも苦笑するしか無かった。
「まあ、オレは少し異常だからな。気にするな。」
「あはは、知ってます。じゃあ、兄を有難う御座いました。」
「おーう、カイト、わりいな。」
ソラの家の前に辿り着くと、空也とソラがカイトに頭を下げる。そうして、カイトは二人に背を向けて再び歩き始めるのだった。
一方、ティナはと言うと、相変わらず魅衣と由利の勉強を見ていたのだが、その最中。一つ意外な事を発見した。
「む、由利。お主家庭科得意なのか?」
「え、あ・・・うん。」
かなり恥ずかしそうではあったが、由利がティナの問い掛けを認める。今日は副教科の復習をしよう、ということで期末テストの問題を見なおしていたのだが、由利の家庭科のテストはかなりの高得点だった。こと料理に関係する事に限れば満点だった。
「ほら、ウチって結構昔にお母さん死んじゃってて、ウチが料理してたから・・・」
「え、あんた料理出来んの?」
由利の言葉に驚いたのは魅衣だ。もう既に半月近くも一緒に居るお陰で、険悪に話す事は殆ど無くなっていた。だが、今回は少し不機嫌そうに由利がそれに返した。
「なんか悪い?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて・・・ちょっと意外だっただけ。」
どこか拗ねた様な由利の言葉に、魅衣が少し慌てた様子で告げる。だが、意外そうだったのはティナも一緒だった。
「少し食べてみたいのう。」
「え?」
ティナの言葉に、由利が少し怪訝な顔をする。まあ急にそんな事を言われても困惑するだけだろう。
「うむ、実はカイトの家でもそれなりに日本食は出してくれるのじゃが、何分カイトの家の料理じゃからのう。他の料理というのも食べてみたくはあったのよ。」
「ああ、成る程・・・でもやだ。気が乗らない。」
「気が乗った時で良いよ。材料も必要なら買っていくしのう。」
「あ、じゃあその時は私も。」
「・・・考えとく。」
材料も用意すると言われてしまっては、由利にも拒絶はしにくかった。なので二人の言葉にかなり気恥ずかしげに答えて、問題に向き直る。そうして勉強する事1時間と少し。教室の扉が開いた。
「やっほー。」
入ってきたのは亜依だった。どうやら仕事が終わったらしく、帰る用意が出来ていた。
「あ、お姉。」
「ティナちゃん、勉強見てくれてありがとうね。」
「うむ、別に構わんよ。乗りかかった船じゃしのう。由利、どうする?まだ続けるなら、もう少し付き合うぞ。」
「ウチももう帰る。食べ物の話してたらおなかへった。」
どうやら今日の授業はこれで終わりらしい。一同は用意を纏めると教室を後にするのであった。
お読み頂きありがとうございました。




