断章 第18話 集結編 異なる世界の戦い
「なんだ、こりゃぁ・・・」
拐われた魅衣を救い出してマンションの一室から外に出てきた三枝の家人達だが、そのマンション内の惨状に目を覆いたくなった。殴られて昏倒した男達の死屍累々たる姿がそこにはあったのである。
「さっきの二人がやったのか。」
「凄い・・・」
「っと、さっさと行くぞ!ここでじっとしてりゃ竜馬さんの決意が無駄になっちまう!」
凄惨たる様相に一瞬唖然となった男達と魅衣だが、即座に我を取り戻して歩き始める。だが、この時。彼らにも先に行った筈のカイト達にも1つの誤算があった。それを成したのが、二人だけでは無い、ということだ。
「なっ!誰だお前!」
「あんたは!」
そうして幾つかの打撃音が響く。それが鳴り止んだ時、襲撃者が口を開いた。
「一緒に来てもらうぞ。」
そして、魅衣の姿が再び消えた。
「で、もういいですよ。」
「ああ、何だ。気付いていたのか。」
一方、部屋に残った竜馬だったが、魅衣達が去ったのを見て口を開いた。それに答えたのは、なんと先に行った筈のカイトだ。そうして、カイトは開口一番で聞こうと思っていた事を尋ねる。
「あんた、真っ当な人間じゃないよな?」
「断言ですか・・・ええ、そうですよ。」
ここまで見事に隠していないのは逆に見事だったので、カイトは別に構わないと判断して竜馬に問い掛けたのだが、カイトの予想通り、彼はなんら澱みなくカイトの問い掛けを認めた。
「どこまでが本当だ?」
「全部本当ですよ。たった一つを除いてね。亜依の婚約者も事実ですし、婚姻しているのも事実です。勿論、愛しているのもね。」
「嫁さん、知ってんのか?」
「ええ、亜依だけは、知っています。その上で、二人で隠そう、と言ってくれました・・・私はあの時、決めました。何があっても、この力を使ってでも、彼女の家族を守りぬこう、と。」
最上に電話した際、彼が電話口でも聞こえるぐらいに奥歯を噛みしめる怒りを見せたのは、このためだった。自分の愛する妻の妹が拐われ、その身を危険に晒されたのだ。怒るのも無理は無い。
ちなみに、実はこの時、彼と婚約者の亜依も知らなかったのだが、実は亜依と魅衣の父親もまた、彼が異族である事に気付いていた。だが、亜依がそれを知らされていたことと、二人が言い出すまでは、とじっと待っていたのである。
「嘘なのは、たった一つ。私が魅衣さんの親戚筋というのだけが、嘘です。私は孤児で、拾われたんですよ。まあ、多分、こんな角が生えている子供だったので、捨てられたのでしょうね。」
どこか儚い笑みを竜馬は浮かべる。そうして彼は自らの頭に生えた角に掛けられた魔術を解く。それはちょっとでも魔術を習った者ならば即座にわかるほどに簡単な隠蔽の術式であった。おそらく、独学なのだろうが、カイトからすれば、隠す気はあるのか、と問いたくなるぐらいだった。ちなみに、彼の頭に生えた角は鬼の様な短く尖った物ではなく、東洋の龍に描かれる太い木の棒の様な物であった。
「龍族独特の角・・・いや、麒麟か?まあ、どっちもまだ力の操作に慣れない奴は感情に合わせて表に出る事も多い部分の1つだ。」
「そうなんですか?私は隠せた事は無いんですが・・・」
「何だ。魔力の操作なんてやった事無いのか。姿を変えるのは簡単だぞ?」
「はい?そんな事出来るんですか?」
竜馬が不思議そうに問い掛ける。それにカイトは、自らの容姿を元に戻す事で答えてみせた。
「それは・・・」
「オレの本当の姿だよ。まあ、悪かぁねえだろ?」
「ははは、これは驚きましたね・・・」
まさかここまで簡単に力を使いこなす者が居るとは思わず、竜馬の顔には同じ秘密を抱える者との逢瀬を喜べばいいのか、その力の強さに呆れれば良いのかわからないという、複雑な笑みが浮かぶ。
ちなみに、カイトがここまで彼に親切に振る舞うのは何も彼がはぐれ者の異族やその係累であるからではない。彼がどことなく、自らを慕ったとあるダークエルフの少年に似ていたからである。つい、見過ごせなかったのだ。
「って、ことで。さすがに死亡フラグ立てられたら適わないから、さっさとお前も逃げろ。」
「あはは、さすがにそうは行きませんよ。こんな敵を目の前にしてはね。」
そうして、二人は目の前で鎖で拘束された男を見る。薄い隠蔽の魔術で隠していた為に魅衣や三枝の家人達には気付かれなかったらしいが、どうやら異族の血を色濃く引いている竜馬には見えていた様だ。
ちなみに、彼を拘束しているのは、カイトの左腕から伸びた鎖だ。だが、それも長くは持ちそうに無かった。なぜなら、如何に魔術の使用が解禁されたからといえど、それにも限度がある。彼を抑えられるギリギリの強度で封印を施した結果、長くは抑えられないからだ。だから、戦闘に巻き込まれないように魅衣達を急いで脱出させたのである。
とはいえ、言い訳として言った様に外にやくざ者達の援軍が来ていたのは事実なので、道を作るためにティナは外に脱出していた。
「いや、別にこいつ強くは無いんだがな。」
「え?」
ちなみに、この場合は竜馬の驚きが正しい。この相手を強くないと言い切れるのは、エネフィアも地球も含めて、カイトを含めた極少数だけだ。蘇芳翁でさえ、強い、と言い切るだろう。
「この部屋、ぶっ壊れて大丈夫か?」
「さて・・・私共にはどうでもいい問題ですね。此方の彼らが所有するマンションですので、価値が下がった所で三枝には何の影響もございません。まあ、部屋が大きく壊れた所で、三枝で手を回してガス爆発とでも処理しておきますよ。」
「んじゃ、思う存分やるかね。」
そして、次の瞬間、男の封印がはじけ飛んだ。
「く・・・てめえ!一体何のつもりだ!この俺様の動きを封じるたぁ、良い根性してやがる!」
「おぉ?お前、喋れんの?」
開口一番に普通に話してみせた彼を見て、カイトが意外感を露わにして問い掛けた。先頃の蘇芳翁の襲撃の状況はカイトも生放送で見ており、喋れないと思っていたのだ。だが、続く彼の答えを聞けば、それがある意味正解で、ある意味間違いである事が理解できただろう。
「ええ、当たり前でしょう!私ほどの知性の持ち主が話せないはずはありませんよねぇ!」
「何?」
急に変化した口ぶりに、カイトと竜馬の顔に疑問符が浮かぶ。いや、急変したのは、口ぶりだけではない。彼の纏う雰囲気そのものが変質していた。封から解き放たれた瞬間はどこか荒々しい雰囲気が漂っていたのだが、今はどこか、狂騒じみてはいるが知性的な雰囲気が漂っていた。
「っつ!」
「けきゃきゃ!」
「すいません!恩に着ます!」
そうして、二人の顔に訝しみが浮かんで、彼の様子を観察しようと注視した瞬間、彼の姿が消える。そうして現れたのは、竜馬の前だった。竜馬の顔には驚愕が刻まれ、危うく男の不可思議な攻撃をくらい掛けるが、その直前にカイトが割って入って、事なきを得る。そうして男が過ぎ去った後を見れば、何かが通り過ぎた後らしく、木張りの床がめくれ上がっていた。
「おやおや・・・これを防ぎますか。凄いですねぇ。」
「・・・爺の言ってた事はこういうことか。」
蘇芳翁が彼に相対した時、嫌な予感がしたのは、わずかだが質の異なる魔力を感じていたからだ。今見た狂気を纏った男は、蘇芳翁を襲撃した時の男であった。だが、襲撃が失敗したと見るや、直ぐにいつもの何処か狂気じみて、知性的な雰囲気が現れる。
テレビで報道されていた顔と一致していたし、それなりに強い魔力を感じたのでカイトはこの男こそが襲撃犯と確信していたので、捕まえてティナ編入での恩を返しておくかと考えていたのだが、どうやら一癖も二癖もある相手だったようだ。
そうして、男のまるで別の人間が何人も居る様な様子を見て、竜馬が思い当たる節を口に出した。
「解離性同一性障害・・・ですか。」
「いや、どちらかと言うと、魂の変質だな。3つ・・・いや、もう少しあるか。」
「魂の変質?」
「んぁー・・・ちょっとミスったな。一個で済むと思ったのに。」
二人は狂気じみた男を前に、注意深く観察しながら会話する。カイトもこれは少し予想外だった。元々そんな雰囲気があったのだが、この1つが暴走しているのだろうと考えていた為、抑えつけて封印を施す等すれば解決だと思っていたのだ。その後警察に自首するのも、逃走するのも彼の自由だ。だが、どうやら男はそれら複数が全て狂気じみていたのだ。
「ふぅん!」
「っと。こっちはパワータイプか。」
と、ぶつくさと呟くカイトの居た場所に、豪風が通り過ぎる。振るったのは細腕の男だが、その魔力の性質は荒々しかった。
「ちょこまかとうぜえ!」
「あまり攻め続けるわけにも行きませんねぇ!」
「けきゃきゃ!」
どうやら、メインで表に出て来る三つはそれぞれ役割があるようだ。荒々しい性質は単純なパワー・ファイター、カイトや竜馬と話す時の理知的な性質が出過ぎる他の二つの抑え、人語を解さず狂気を孕んだ性質が予想不能なスピード・ファイター。この三つを巧みに操り、カイトと竜馬を翻弄する。
「けきゃきゃ!」
「つぅ・・・これは・・・マズイですね・・・」
「あー、やっぱダメか。ここまでなのはちょっと予想外だな。」
「おやおや、これで音を上げますか?ちょっぴり残念ですよねぇ。」
竜馬が切り傷による血と汗まみれになり、カイトが若干苦々しい顔になり、攻撃の応酬が止まる。そうして、狂気を孕んだ性質が収まると、再び理知的な性質が表に出る。その顔には嘲りが浮かんでいた。
どうやらカイトが歴戦の戦士と見て取ると、単純なパワーでは相性が悪いと考えたのか予測不能な動きをするスピードとインテリを交互に織り交ぜながら攻撃を仕掛けてきたのである。単純なパワーに頼るのは、どちらからの援護も来ない状況で、確実に仕留めれると判断した時だけであった。彼は戦士としてもそれなりに頭が回る様だ。
「吊るされるのが良いか?」
「何?吊るし?」
「そうですよ?知りませんか?・・・これは残念ですねぇ。では、あなた方は私の芸術作品として干からびた死体として電柱にでも飾って差し上げましょう!」
意味不明な単語が吐かれてカイトと竜馬の顔に疑問が浮かぶ。だが、それに男は少しだけ残念そうに肩を落として、再び狂騒と共に顔を上げると、遂に最大の狂気が放たれた。
「つっ!マズイ!」
「かっはぁ!」
「悪い!こうしなけりゃまずかった!」
竜馬が急加速のブラックアウトで昏倒しかけるのを見て、カイトが謝罪する。カイトは男がいきなり赤い光を発したのを見て、竜馬を抱えてガラスを突き破って外に脱したのだ。
だが、こうしなければ、彼もあの部屋に残された死体と同様の結末を迎えただろう。死体は、あの部屋で昏倒していたやくざ者達の成れの果てだ。それらは全て、干からび、しわくちゃになっていた。
そうしてカイトは竜馬を抱えたまま一旦空中で制止し、カイト達が脱出して尚も狂気を振り撒き狂騒の笑いを上げる男を観察し、呟いた。
「ちっ、なるほどな。ありゃ、混血が進んだ挙句に祖先帰りしちまったのか。各種族の因子が複雑に絡み合って暴走した挙句、精神にまで影響しちまってる。普通なら、幾つかの因子を封印する事で事無きを得るが・・・魔術知識が無くなった弊害か。封印出来なかったんだろうな。一つ一つの因子が最早性格を得ちまって、手のつけようがない。今は只々暴走するだけ、か。」
ようやく彼の原因を把握し、カイトは少しだけ哀れに、狂気を放ち続ける男を睨む。今でも地球に普通に魔術が存在していたならば、彼も普通の生活を送れたのだ。ある意味、彼もまた、地球の異族狩りの犠牲者だった。
混血が進めば、稀に起こる事だった。異族達の因子の中には、相性が良く無い物が時々ある。因子とは異族達に固有の力の源の様な物である。それ故、どうしても相性が良くない物が出て来てしまうのだ。それらが交じり合ってしまった時には、時折こういった風に暴走を起こして凶行に走る事も少なくない。だからこそこういう情報は広く伝わり、何時でも対処出来る様な状況がエネフィアでは整えられていたのだが、魔術が消え去った地球ではどうしようも無いだろう。
ちなみに、彼が放った赤い光は、夜の血族の吸血の効果を持っているようだった。原理まではさすがにカイトにはわからなかった。スピードはそもそもでカイトにも理解が出来なかった為、もしかしたら地球独特の異族なのかもしれない。パワーはおそらく、獣人族の中でも腕力に優れた種族だろう。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「こっちはダメか・・・」
元々傷だらけだった所に、カイトによる急加速だ。竜馬はかなり意識が朦朧としていた。カイトは仕方がなく更に浮上し、彼を隣のビルの屋上に寝かせ、休ませる。
そうして、カイトは死体の中にカイトと竜馬が無いのに気付いて此方にスピード・ファイターの脚力で壁を蹴って飛んできた男を睨みつけ、最後通牒のつもりで、問い掛けた。
「封じられるつもり、無いか?」
「封じる?何を?私をですか?」
「ああ。今ならまだ、幾つかを封じて終わらせてやる。それで普通の生活を送れるはずだ。後は、自首するなりなんなり好きにしろ。」
「お断りですねぇ!ここまでの高揚感!ここまでの全能感!捨てられるはずがありませんよねぇ!貴方だってそうでしょう!」
カイトの最後通牒に対し、男が陶酔に浸る様な感じで、両手を広げて答えた。それはまるで自身が神になったかの様な陶酔感に浸っているようであった。
「イマイチそんな風には思えないな。まあ、一応はこれでも民の守護者なんで、力を捨てる事は出来ねえけどな。」
「けきゃきゃ!・・・じゃあ、てめえはここでおねんねしてな!」
そうして、陶酔していた男は、その次の瞬間には再び狂気を纏わせカイトに肉薄し、近接するや荒々しい語感となり、大きく右腕を振りかぶった。だが、意味は無かった。
「なんだとぉ!」
「その神が如き傲慢さ、万死に値する!ってね。」
「ぐ・・・ぬぅりゃあああああ!」
「はっ!」
大ぶりに振るった男の右腕は、同じくカイトに右腕で強引に止められる。そうして、男は一気に押し込んでカイトを吹き飛ばそうとするが、カイトは何ら問題なく、彼を空中へ向けて放り投げた。10数階建ての屋上から放り出されては本来ならば無事には済まないが、男も魔力を扱えるのだ。何ら問題ないだろう。
「くきゃ!」
「遅えよ。」
「ナメんな!」
空中で見事に転身し、姿勢を整えて着地に備えた男だが、その瞬間、彼の真横にはカイトが居た。それに気付いた男の顔には驚きが浮かび、大慌てで防御の姿勢を取る。だが、カイトは防御の上から空中で彼を殴りつけ、元々彼が居た斜め下の部屋の窓へと吹き飛ばした。
そして残っていた窓ガラスの割れる音と、更に壁を突き破る様な轟音が響き、ガシャン、という室内の食器類が割れる音が響き渡る。どうやらマンションの部屋の壁を突き破った挙句、台所へと突入したようだ。
「・・・まあ、こんなもんか。」
空中で浮遊し続けていたカイトは、一度部屋を覗ける高さにまで降りると、彼の気絶を確認する。そうして気絶を確認して、更に幾つかの暴走している因子に対して封印を施した。
「・・・これでもう、お前は単なる人間だ。罪の意識は辛いだろうが、向き合えよ。」
カイトはある意味歴史の被害者である彼に小さくそう残して、自身は再び浮かび上がり竜馬が横たわる隣のビルの屋上へと着地した。そうして見ると、轟音に気付いた近隣の住人達が外に出てきており、騒動になり始めていた。
「さて・・・取り敢えず応急処置は施しておくか。あ、後衣服も直しとかないと、外に出られないか。」
カイトは横たわる竜馬の側に立つと、急場だが簡単な治癒魔術を使用する。簡単な処置なのは、いくら治癒魔術と言えど本格的な治癒魔術師が使う専門の魔術でなければ、感染症等が対処出来ない為だ。なので実はティナでさえ、戦場などの危急の事態でなければ即効性の高い傷を治すだけの治癒魔術は使わない。専門の術式を使うにはかなりの集中力が必要なのだ。なのでカイトがやったのは、痛み止めと簡単な止血、気付け、身体の治癒能力の促進に近かった。
「う・・・くぅ・・・はっ!」
「おう、お目覚めか?」
そうして、簡単だが傷の治療がされると竜馬が直ぐに目を覚ました。彼は自身の身体から痛みが引いているのを感覚的に理解し、衣服が修復されているのを見て取ると、目を丸くして驚いていた。
「これは・・・貴方が?」
「まあな。っと、傷の方は簡単に、だから、帰ったら嫁さんにでも手当てしてもらえ。今は一時的に塞がってるだけだからな。まあ、身体の方の治癒能力も底上げしておいたから、直ぐに傷は癒えるはずだ。」
「そうですか。まあ、有難う御座います。」
「じゃあ、俺達も帰るか。」
「はい。」
そうして、二人は歩き始め、だがしかし、ビルから出ると直ぐに止まる事になる。
「平次!風太!あっちは・・・颯太!」
魅衣達が捕えられていたビルの直ぐ近くに倒れた三枝の家人達を見て、竜馬は大慌てで彼らに駆け寄る。
「何があった!お嬢は!」
「すん・・・ません。竜馬さん・・・お嬢・・・拐われました・・・」
「誰にやられた!」
「三島だ。」
そうして、三枝の関係者では無い男の声が、響き渡るのであった。
お読み頂きありがとうございました。




