断章 第13話 集結編 大騒動
「蘇芳さーん!サインお願いします!」
カイト達が『紫陽の里』を訪れて数日後。蘇芳翁はいつも通りに芸能活動に勤しんでいた。今日はとある生放送の式典での司会進行と、その式典に伴うレッドカーペットの上を通ってファンへと自身の姿のお目見えであった。蘇芳翁は実は自身を見世物にする事はあまり好きでは無かったのだが、芸能人という社会的なステータスの大きさを鑑みれば、熱も入った。
いろいろな事情を抱える自身やその周辺がこうやって社会的な地位を得られておけば様々な面での便宜は図りやすいし、何より、世界的に有名となっていたお陰で世界中の番組等だけでなく、個人としても普通はお目にかかれない様な様々な物を見れるのが、何より有り難かった。
「おっとぉ。これでいいですか?」
芸能活動を始めた頃は熱心なファンのサイン攻勢に気圧された蘇芳翁だったが、それも数十年と続ければ慣れも出る。今みたいに強引に割り込む様なファンの色紙の差し出しにも、平然と対応出来ていた。
そうして、蘇芳翁は平然と色紙にサイン―スタッフからは握手だけにしてくれと頼まれているのだが、彼はファンサービスの側面から勝手に応じていた―を行いながら、レッドカーペットを少し早足で歩いて行く。内心では今度の鍛冶の事についてを考えながら色紙にサインをし続ける蘇芳翁だが、この時、彼の内心には油断が無かったと言えば、嘘になるだろう。
「レッドカーペットの中には入らないでくださーい!」
「む?」
スタッフの声に気付き、蘇芳翁が目の前に一般客らしいフードを深く被った中肉中背の人物が現れた事に気付いた。その時、蘇芳翁は生放送では時々ある暴走したファンか、程度にしか気付かなかったのが、この事件の関係者全員にとって不幸であった。もし気付けていれば、次に起こったであろう不幸は避けられたかも、しれなかった。
「くきゃ!」
「むぅ!」
声の質からして、フードの人物は男らしい。そうして妙な掛け声と共にいきなり飛び掛かられた蘇芳翁だが、そこはさすが数百年を生きた龍族、と言った所だろう。襲撃者の違和感に気づくと、即座に防御態勢を整えて致命傷は避けられた。だが、それでも万全とはいかず、彼の指から滴り落ちる血を見て、会場が騒然となる。
「・・・なんとか致命打は避けられたかのう・・・」
一瞬たりとも激痛に顔を歪める事無く、蘇芳翁が敵を見据える。だが、その傷は重傷といえる。左手の指の何本かが肉ごとめくれあがり、わずかだが骨が覗いていた。魔術を使えば直ぐに治療出来るし、今の医療技術でならば、それなりに早く治癒するだろう。だが、今はそんなことは二の次であった。
会場には密かに彼本来の護衛達も密かに待機しているのだ。それの監視の眼を掻い潜った挙句、不意打ちとは言え、里でも有数の強者である自分に浅くはない怪我を負わせたのである。戦国乱世を生き抜いた蘇芳翁には暗殺者として特化した敵の様にも見えたが、身に纏う魔力に嫌な物を感じていた。
それらを鑑みれば、怪我の治癒を考えるよりも、如何にして敵から生き延びるかを考えるのが先決であった。最悪、魔術で応急処置を施した瞬間に、何らかの手立てで仕留められる可能性さえあったのである。
「お主、何者じゃ?」
「くきゃきゃきゃ!」
蘇芳翁の問い掛けを一切無視し、男は鳴き声の様な声を発して、猛スピードで逃げていった。蘇芳翁は若干逡巡してそれを追おうかどうか悩んだが、現状を考えてやめておいた。既に会場は騒然となっており、敵を追おうにも大慌てで駆け寄ってきた御影が止めるだろうことは容易に想像出来たからだ。
「先生!ご無事っ・・・誰か大急ぎで救急車を呼んでくれ!先生が重傷だ!」
「そう慌てるでない。別段命に別状があるわけでもなかろう。」
「先生!大怪我を負われてるんですから、気丈に振る舞わないで下さい!スタッフ!さっさと撮影を中断しろ!」
大慌てで蘇芳翁に駆け寄った御影だが、その左手を見て顔を顰め、大声でスタッフに命ずる。そうして平然としていた蘇芳に苦言を呈して、スタッフ達に指示を送りながら仕事の関係で習った応急処置を蘇芳翁に施した。
「これで取り敢えずは止血が出来ました!後は救急車の到着を・・・」
「担架通りまーす!どいてください!通して下さい!」
御影が蘇芳翁に告げたと同時に、救急隊らしい怒号が響き渡った。どうやら救急車が到着したらしい。御影は日本の救急車両は早くて助かる、と安心し後を引き継ぎを少し慌て気味に行う。そうして、担架で運ばれていく蘇芳の姿はテレビでお茶の間に放送され、日本中が騒然となった事は言うまでもない。
当たり前だが、この生放送での大御所俳優の襲撃がお茶の間に流れる事は誰も止めることが出来ず、天神市での猟奇殺人事件との関連性を嗅ぎつけた一部週刊誌が、天神市の事件と共に報じる事になる。
『えー、この度は、まことに申し訳なく・・・』
『対応が遅いとは思わないんですか!』
『それについては、まことに申し訳なく・・・』
『今後の対応は?』
『近隣の警察署からも増援を行い、天神市周辺を大規模に捜索する予定で・・・』
蘇芳翁の襲撃から明けて翌日。天神市に起こる奇っ怪な事件について遂に報道がされてしまったため、警察の記者会見が開かれていた。今テレビでは、天神市警察署トップの多摩川署長と事態の重大性を鑑みて、警視庁からわざわざ足を運んだ警視総監が頭を下げていた。
それを、幸人達は自分たちのデスクでテレビ越しに眺めていた。会場は今彼らが居る数階下で行われている会見だが、そうにも関わらず、捜査一課の部屋の前にも多くの記者達が待ち構えていた。
「こりゃ、明日からは苦情の電話で大荒れだな。いっそ、夜勤可能な英語の出来る電話番も用意したほうがいいだろ。バイリンガルを大量雇用だな。」
「笑い事じゃないぞ。」
遂に大々的に事件が報じられ、今の今まで事件を隠していた事が広まると、案の定大バッシングを浴びていたのだ。とてもではないが、冗談を言える状況では無かった。ちなみに、この彼が不満気にそういったのには、きちんと事情があった。
蘇芳翁は英語も堪能だし演技力も高かったお陰でよく海外出演しており、世界的に有名な俳優だったのだ。それ故、生放送での彼の襲撃は世界中で大々的に報道され、時折彼の海外のファンから警察と警備を担当していた警備会社、それにテレビ局に向けて英語でのメールや苦情の電話が送られてきたのである。今回の記者会見にも海外の報道関係者が大挙して訪れており、これが流れれば世界中、昼夜問わずで苦情やお叱りの連絡が増えることは確実であった。
「ったく・・・なんでこんな事に。どうせならはじめから生放送を襲撃してくれよ。」
捜査一課の課長が、溜息混じりに忌々しげに呟いた。まだ、精神異常者による警備の穴を突かれたと言い訳できる一番初めから生放送への襲撃のほうが、警察へのダメージは少なかった。当たり前だが、今まであれだけ目立つ方法で犯行に及びながら一切足取りが掴めなかったのが、いきなり生放送での襲撃なのだ。
まだ事件と襲撃の関連性については不確か、というのが警察の公式発表だが、鑑識からの報告では、『ほぼ』同一犯で間違い無い、というのが結論だ。と言うより、そう何人も不可思議な方法で人体を裏返せる存在が居て欲しくない、というのが警察の考えであった。
ちなみに、犯人確定には、警察の失態との誹りが避けられなかった事が大きい。犯人が奇声を上げるというあれほどの奇行を晒している以上、普通に見れば今まで掴めなかった警察の大失態に他ならなかった。そこに来て、これが模倣犯となれば隠していても無駄だったではないか、との誹りが避けられなかったからだ。
「ウチなんてばあちゃんからお叱り来ましたよ・・・」
「あぁ?なんで田舎のばあさんからお叱りが来るんだよ。」
「ウチ一応三世帯ですよ。で、ほら、襲撃にあったのってあの俳優の蘇芳 政宗でしょ?ジジババに人気だから・・・今度サインをもらってくるってことで許してもらいました。なんで、課長。次の面取りもできれば、蘇芳さんに・・・」
完全に疲れきった風海の言葉に、幸人が若干苦笑しながら納得する。だが、そんなことは差し置いても、今回の襲撃で得られた情報は大きかった。それこそ、今ここで彼らが少しだけ安堵の表情を浮かべ、冗談を言える者が出るぐらいには、安心していたのである。下で記者会見をしている署長や警視総監にしても、応対には余裕があった。
当たり前だ。今まで掴めなかった犯人の姿が、数多の目撃者と、唯一の生存者と共に手に入ったのだ。しかも、逃走ルートの監視カメラの映像も鮮明に残っていた。騒然となっていた所為で会場からは逃げられたものの、どのマスコミも警察上層部も数日中の犯人逮捕は確実、と捉えていたのである。
特に警察の方はすでに沽券が懸かっており、関東一円の警察関連組織を大規模に動かして捜査しているぐらいである。これで逮捕が間近で無いと思う方が、常識的にはどうかしているだろう。
「はぁ・・・考えておいてやる。それで、風海。その蘇芳さんはなんて?」
「えーっと・・・心当たり無し。顔もフードで隠れていて見えなかった、だそうです。」
「会場に居たファン達は?」
「そっちは今目撃証言を統合中です。さすがに人数が多すぎますよ。まあ、でもすぐに終わると思います。」
「だろうな。日本の警察を舐めるのも、ここまでだ。まあ、問題があるといや、あるがな。」
課長が苦笑して、風海に同意する。唯一問題があるとすれば犯人が精神異常者で、逮捕時に暴れたり、逮捕後に精神鑑定で不起訴となる可能性であったが、逮捕してしまえば、彼らの仕事は終わりだ。その後は医者や弁護士達の仕事だ。彼らが気をつけるべきは、逮捕時に怪我人が出ない事であった。
と、そうして状況の確認をしていた捜査一課とその応援の面々だったが、そこで捜査一課の課長がFAXで送られてきた指示書を読む。
「ん?・・・お前ら。総監から直々に指令がでたぞ。捜査一課と応援の警視庁組は全員拳銃所持と、防刃チョッキの着用命令だ。応援で来る奴らも全員拳銃の携帯命令が下りたらしい。」
「そこまで必要ですかね?と言うか、防刃ですか?」
「ああ。蘇芳氏の怪我の状況から、鋭利な刃物での裂傷だと確定したそうだ。切れ味の鋭さから、裏返しの犯人とほぼ同一犯と確定。まあ、あんだけおかしな行動やられて、逮捕時に俺達に怪我人でも出られたら厄介だ、って判断だろ。お偉方もこれ以上の失態は避けたいだろうからな。」
風海の問い掛けに、捜査一課の課長がおおよその当たりを付けて答えた。そして、これは事実であった。そうして一同は総出で部屋から出て、部屋の前に待ちかまえていたマスコミ勢をスルーして、防刃チョッキと拳銃を携帯する。
ちなみに、拳銃というが、実は殺傷能力のある実弾を射出する物ではない。弾丸には衝突と同時に電気ショックを発する特殊弾丸を採用しており、正確には『パラライズ・ガン』と呼ぶ特殊な拳銃なのだが、誰もそちらで呼ばずに拳銃と呼んでいた。昨今の警官の拳銃自殺や誤射による世間の批判等に対処した結果、天道財閥と共同で開発された物であった。
そうして、半ば犯人逮捕を確信しながら警察官達が仕事に取り掛かる。だが、彼らやおおよそのマスコミ、そしてお茶の間の市民達の予想に反して、数日経っても手がかり1つ掴めぬまま、更に数日が過ぎ去るのであった。
『今頃警察たちは大慌てじゃろうな。数日経過しても犯人の影さえも見つけられぬのじゃから。』
「言ってやるなよ。魔術を使える奴を見つけろ、なんて魔術を使えないと不可能だろ。」
その数日後のある日。傷の縫合は上手く行ったが傷跡が残っては困ると事務所やテレビ局から完治まで病院で安静をお願いされた蘇芳翁だったが、あまりに暇だと言ってカイトに対して電話があった。此方は授業もあるというのに、お構いなしであった。話の内容は今話題の蘇芳翁の襲撃事件の犯人について、である。
『ふむ・・・とは言え、手練は手練じゃったな。警官たちの中には応援として魔術が使える者もおった。今なおその眼も掻い潜っておるとなれば、いよいよ手練じゃろうて。お主も気をつけろよ。』
「おいおい、ティナは一応歴代最強の魔王だぞ。で、オレはそれを上回る勇者だ。まあ、状況がしょうがないんだろうが、爺さんを不意打ちの一撃でも仕留め切れない奴が、たとえ不意打ちでやっても勝てると思うか?」
『かかかっ!道理じゃな!逆に返り討ちにあう未来しか想像できん!』
カイトの言葉に、いらぬ心配だったと蘇芳翁が爆笑する。
「どっちかつーと、爺さんのほうが心配だ。そっちは本当に心当たり無いんだろな?」
『ふむ。まあ、異族狙いの襲撃犯じゃ。大方血の衝動にでも抗えず、目についた儂に襲撃を仕掛けたのじゃろうな。』
「なら、『紫陽の里』の方は?」
『里の者も心当たりは無い、と言うておるが、そちらは無論万全を期しておるよ。あそこには力の無い幼子達も多い。今は菫を筆頭に警備を厳重にさせ、魔王殿にも依頼して更に多重に展開、強度を高めてもらっておる。お主の所からもファナ?殿が来ておるしな。』
幸人達一般の警官達はつかめていなかったが、実は犯行に遭った被害者達には共通点が存在していた。それは、誰も彼もが異族であった、ということだ。
それ故、まず第一に蘇芳翁が心配したのは、彼の治める『紫陽の里』が襲撃される事だ。さすがにカイトも見知った者の危急を見て見ぬふりは出来ず、自身の使い魔達を派遣したのである。派遣した使い魔はかなり力のある者で、蘇芳翁よりも上だ。蘇芳翁が居なくても守りは万全と言えた。
「そうか。で、爺。月花はいるな?」
『うむ。さすがにかの『月天』に守られるのは恐縮じゃが・・・致し方があるまい。御影も見知った者が見舞いに来てくれているだけ、と思っておるしな。』
「手出すなよ。」
曲がりなりにも、蘇芳翁は『紫陽の里』のトップだ。万が一があってはならないし、場合によっては再度の襲撃もあり得た。それ故、カイトは月花を派遣したのである。と、そんなカイトの言葉に、再び蘇芳翁が大笑する。
『かかかっ!さすがに恐れ多くて出来んわ!『月天』なんぞに手を出せば、中津国では不敬者じゃぞ!それに平然と手を出したお主が恐ろしゅうてならんわ!』
「いや、普通にわけありだから・・・っと、すまん。こっち休憩終わりそうだ。そろそろ切るぞ。」
『うむ。勉学、がんばるんじゃぞ。』
そうして、二人は打ち合わせ―と言うより単なる雑談―を終えて、蘇芳翁は傷の手当てに、カイトは授業に戻る。
この時、まだ彼らは知らない。この襲撃犯が引き起した事件こそが、この後の様々な事件の全ての始まりであったことを、日本の異族集団の再編に繋がる第一歩であったことを。
お読み頂きありがとうございました。




