断章 第12話 集結編 紫陽の里
「・・・爺・・・まだやんのか・・・」
「ふむ・・・これで良い。」
カイトとティナが蘇芳翁が治める異族達の里『紫陽の里』を訪れたその夜。蘇芳翁の邸宅の裏にある鍛冶場にて、カイトの疲れきった声と蘇芳翁の満足気な声が響いた。この里を訪れた時はまだ日も高かったのに、今ではすっかり日が暮れていた。その間ずっと、カイトは蘇芳翁の鍛冶に付き合わされていたのである。
「終わった・・・はっきり理解したぞ。お前ら絶対双子で間違いねえわ。」
「かかか!そりゃ当たり前じゃろう!・・・儂が打って、海棠が向う槌。それが村正流の開祖よ!」
「オレはだから、向う槌は出来ないんだって・・・延々10時間ぐらい付きあわせやがって・・・」
カイトが半眼で睨むが、蘇芳翁はそれを笑って流した。近年稀に見る良作が出来て、非常に満足気であった。刀を打つ時の彼の顔と妥協しない姿勢は彼の弟の海棠翁にそっくりで、双子というのがよく理解できた。そんな強引な蘇芳翁に呆れ、弟の海棠翁を思い出し、カイトは作業の途中から完全にタメ口になっていたのである。そうしてそんなカイトを気に入ったのか、蘇芳翁はそれを許した。
ちなみに、蘇芳翁やカイトの言った『向う槌』とは所謂『相槌』のことである。本来相槌を打つのは弟子にあたる存在であるらしい。だが、別にこの村正兄弟は師弟関係というわけでは無く、ただ単に適正の問題でこうなっているだけである。別に逆でやっても出来なくはないとは本人達の言だ。この組み合わせの方が良作が出来るので、こうしているだけとのことであった。
「ほれ。持っていけ。影打ちじゃが、記念には良かろう。」
「おっと・・・駄賃にしちゃ、使えない奴渡すな。第一、これ刃引きしてんだろ。」
「くくく。まさかお主がそこまでの腕前とは思うておらんかった。まあ、お主の言った様に、刃引いてはいるが、美術品としては満足の行く出来じゃ。飾っても悪うはあるまい。」
蘇芳翁が非常に満足気に語る。よもや片手間40年ほどの若造がここまで繊細な調整を出来るとは思ってもおらず、予想以上の腕前につい、熱が入りすぎてしまったのだ。相槌を任せる者も居なかった為、それを任せたほどである。まあ、そちらの腕は並程度だったのだが。
「終わったか?」
「カイト殿、有難う御座います。」
と、そこへ鉄を打つ音が途絶えた事に気付いたティナと菫がやって来た。ティナも蘇芳翁が海棠翁の兄である事を理解すると、菫に案内を頼んで早々に出て行ったのである。とは言え、さすがに夜もふけると蘇芳邸に戻ってきており、二人でのんびりと話をしていたのであった。
「うむ。ほれ、菫よ。味栗の若造が今度の映画の撮影で刀の実物を欲しておったじゃろ。持って行ってやれ。」
「はい、確かにお預かりしました。」
「オレの頑張りは映画の小道具の参考資料かよ・・・」
嫌に真剣に打ち込んだ蘇芳翁だったのだが、何に使うかと思えば映画の参考資料であった。そんなあっけない結末に、カイトががっくりと肩を落とす。先ほど出来上がった逸品はどこかの美術館にでも飾れる様な名品で、それを参考にすれば、非常に良い小道具が出来ることだろう。
ちなみに、村正流の妖刀は安易に抜き放てば人斬りの衝動に駆られるのだが、カイト苦心の末、その衝動をなるべく抑えられる作となっていた。誰に渡すのか、と聞いたら、知り合いの人間と言われたので、衝動を抑えられる様に苦心したのだ。
「味栗の若造にでも頼んで、お主の名をクレジットぐらいには入れれる様に言っておいてやるわ。」
「どうでもいい・・・それより、風呂と洗濯機貸してくれ。着てる服洗濯して、汗流したい。」
「む・・・これはスマンな、気が効かんで。菫、案内してやれ。」
「はい、此方です。」
「どれ、洗濯は余がやっておいてやろう。」
菫の案内で、三人は一路蘇芳邸の風呂場を借りに行く。カイトはまさかこんなことになるとは予想もしていなかったし、強引な蘇芳翁に引っ張られて、服装を着替える暇も無かった。なので服は煤だらけだし、カイト自身にしても熱気と繊細な作業の影響で汗だくだったのである。
一方、蘇芳翁も汗だくだったのだが、彼は着物の上をはだけて筋骨隆々の上半身を晒していたので大して気にならなかったし、そもそもで煤が付着するのはいつものことだ。気にする事も無い。なので、火照る身体を鎮める意味で、近くの井戸の井戸水を頭から被るだけで済ませた。ひんやりとした水が、鍛冶で火照った身体に気持ちが良かった。
そうして、鍛冶場に残った蘇芳翁は、一人懐かしげに鍛冶場に備え付けた酒を傾けた。酒は機械式の循環型の流水で冷やされており、一口呷ると、きーんっ、とした痛みが、冴え渡る頭に響いた。
「くくく・・・海棠よ。良い作ではないか。ずいぶんと想像を刺激されたぞ。」
久々に納得の行く作を打てて満足気な彼が肴にするのは、1つの妖しくも美しい妖刀だ。それは彼の弟とその子供が打ち、カイトが『魔付き』を行った、もう一つの村正流の集大成とも言える大業物『霞』であった。カイトの切り札の1つであったのだが、蘇芳翁がカイトに頼んで見せてもらったのである。
その作はもはや自分達の目指す神仙の代物と呼ぶに相応しい逸品だった。ともすれば見ただけで呑まれそうな圧倒的な美しさを湛えながら、使えば如何に堅牢な魔物であろうとも刃こぼれ1つ起こさぬであろう強靭さを有していた。
ここまででも神がかっているに、更にはどんな強者の莫大で荒々しい魔力であっても耐えられる魔力の親和性が完全に一致させれていたのだ。如何にどんな武神であっても認めるであろう、神業の逸品であった。おそらく日本に現存する全ての最上大業物であっても、この刀を前にしては霞むだろう。まさに、『霞』の名に相応しい業物であった。
「ふむ・・・」
弟と甥、そして異世界の勇者という至高の存在達が神がかった領域で合一して作った刀を見つつ、蘇芳翁は一人、頭をフル回転させる。自分がこれを打つ、いや、これ以上の作品を打つならどうするか。弟になぞ負けてやるつもりは、たとえ手持ちの人材や材料が劣っていたとしても、一切無かった。
暫くして幾つかのプランは浮かんだが、やはり、そうなれば『魔付き』が要る。普段ならば単なる刀匠の自身よりも強い者が少ない『紫陽の里』の現状に涙する所だったが、今は違った。それ故、彼の顔には満面の笑みが浮かぶ。
「さて・・・相槌には誰をやらせるか・・・」
笑みを浮かべた彼が悩むのはそこだ。村正流で業物を打つのに『魔付き』が要るからといって、相槌が不必要というわけではない。刀匠は自分で確定しているし、『魔付き』はカイト以外に有り得ない。始めは魔王であるティナも考慮に入れたが、カイトを見て、それは―彼の中で勝手に―却下された。
数年後に天桜学園がエネフィアへと移転された時にティナが言うように、カイトは2つの世界で最大の魔力を抱えながら、異常なほどに魔力の制御が上手いのだ。その繊細さはもはや神業と呼んでよく、彼ほどの『魔付き』が居なければこの大業物も存在していなかっただろう。なので、悩むのは自身と彼に劣らない相槌の存在であった。
「だたら殿か、カグヅチ殿にでも聞いてみるか・・・いや、いっそ両方に頼むのも、悪くは無いのう・・・」
自分の弟子では頼りない。いや、生まれ出づる我が子に申し訳がない。若干チート臭いが、やるならば、満足の行く作品だ。蘇芳翁はそう考え、結局は自分の弟子ではなく、自分たちの力量に合し得る逸材を選んだ。これほどの作の誕生に立ち会えるとなれば、神々とて、否やは言わないだろう。神の存在を知る彼は、密かにほくそ笑む。そうして、彼はまだ見ぬ自らの傑作の産声を幻聴し、嬉しそうに美酒を傾けるのであった。
翌日日曜日の朝。結局蘇芳邸に宿泊したカイトとティナだったが、朝一で蘇芳翁は俳優の仕事に出かけるとのことで、カイト達は見送りに出ていた。俳優業には土日も関係が無いらしい。
「いや、スマヌな。すっかり案内しそびれた。」
「はぁ・・・爺。こっち客人なんだから、仕事あんならこっち優先してくれよ・・・」
「かかか!いや、申し訳ない。その代わり、今度刀を打ってやるからそれで許せ。」
「どーせ、オレが『魔付き』やるんだろ。」
「わかるか。」
悪びれもせず、蘇芳翁が笑みを浮かべる。既に彼の中では確定事項だし、彼の弟から考えれば、是が非でも巻き込むだろうことはカイトにもティナにも容易に想像が出来た。おまけに、カイトが彼の弟からの餞別としてエネフィアの希少素材を大量に持って来た為、完全に上機嫌で乗り気であった。
「まあ、取り敢えず今日はもとより菫に案内を任せるつもりじゃった。頼むぞ。」
「はい、では、ご武運を。」
「うむ。」
そう言って、蘇芳翁は出発するのであった。そうして、彼を見送り、ティナが口を開いた。
「ふむ・・・では、今日も頼むぞ、菫よ。」
「はい・・・では、今日はどちらをご案内致しましょうか?」
「そうじゃな・・・取り敢えず、カイトが昨日どこにも行っておらんから、先に昨日言っておった里を見渡せる小山の上を頼む。まずは全貌を見ておいた方がわかりやすかろう。」
「分かりました。」
そうして、一同は小高い小山の上へと移動する。そこまで行けば、魔力で視力をブーストしている二人には、里の全貌が隅々まで見て取れた。
「はぁー・・・」
「これは見事じゃな。」
二人は感心した様に、ため息を漏らした。そこから見れたのは、現代地球の町並みと、異族達の生活が融合した、まさに自分たちの目指す町並みがあった。そうして、カイトが自分の見慣れた制服姿の子供達を見つけた。
「学校もあんのか。」
「む?」
「はい。幼い子らにはまだ、きちんとした隠蔽の術式や变化の術式を使えぬ者も多いですし、姿を偽る事を好まない者も少なく有りません。そういった彼ら用に、です。」
子供達が着ているのは、どこかの学校の制服らしかった。その普通にブレザー姿だったのだが、この時代のティナにはブレザーは馴染みが無い。それ故、ティナには理解しにくかったのだが、カイトに言われて、おそらくあの揃いの服装が学校の制服なのだろう、と思った。
「他にも市役所や病院、警察、消防署なんかの公共機関もひと通り存在していますよ。」
「どう見ても、普通の街じゃなぁ・・・」
町並みは普通の日本だし、暮らしている人々の性格も、異族としての特色を考えなければ、普通の街だ。休日に呼び出されたのだろう普通のスーツ姿の犬耳の異族の姿も見受けられたし、部活のカバンを抱えた有名進学校の学生服姿の悪魔羽の女の子の姿も見受けられた。
そういったちょっとだけおかしな所を除けば、いや、ティナにとってはこれこそが本来のあるべき姿だ。それ故、彼女はなんの感慨も無く呟いたのだ。だが、それに菫が少しだけ、遠い目をする。
「ここまで来るのに、だいたい300年掛かったらしいです。」
「何?」
「ユスティーナさん。魔女狩り、は知っていますか?」
「む?」
まだ全ての教科についてを学びきれていない彼女にとって、世界史は特に学習が進んでいない教科であった。まずは今の地球の根幹を成している基礎科学に近い分野から学んでいた為、歴史の学習はまだ遅れたのである。
それ故、彼女はカイトを覗き見る。すると、カイトの方はおおよそ理解出来ていたのか、かなり沈痛な面持ちであった。為政者をやってれば、何が起きたのかは容易に想像が出来たのだ。
「ありゃ、別に民衆の暴走とかだけじゃなかったわけか。」
「はい。私はこの里で生まれ、育ちましたが・・・千年姫が治める里などに逃げてきた方の中には生きたまま火炙りにされた者等、凄惨な過去をお持ちの方も少なくないそうです。かの千年姫でさえ、逃げてきたのですから。この日本は隠れ住まないと行けないことを差し引いても天国だ、とはこの里にいる古参の方の言葉です。」
「カイト、魔女狩りとは何じゃ?」
理解できたカイトに対して説明を行った菫だったが、それ故にティナへの説明は疎かであった。そうしてカイトに問い掛けたティナに対して、カイトが少しだけ間を空けて語り始める。
「・・・簡単にいや、教国の教義をもっと過激に徹底した様な感じだ。まあ、あっちと違って冤罪が大多数ってことか。」
「む・・・それはまた・・・なんともまあ・・・」
「いや、もしかして・・・あの数百万の犠牲者、つーのはマジってことか?」
ティナとて為政者として、隣国の国教の教義は把握している。それだけで理解出来たので、彼女もかなり眉を顰めていた。
そうして、そんなティナに語ったカイトが菫に問い掛けたのは、近年になって否定されていた筈の犠牲者が数百万という学説だ。だが、今の説明では逆に数万の犠牲者だけの犠牲では済まない様な気がしたのだ。元々は作り話が都市伝説的に広まって通説となったらしいのだが、逆に異族達の存在を考慮に入れると、数万の犠牲者では足りない気がしたのである。
「らしい、としか。」
「そうか・・・」
「数百万とは・・・愚かしいとしか言えんのう・・・」
菫は歯切れが悪かったのだが、彼女とてその時代を生きたわけでもないし、日本から出た事があるわけでも無いとのことらしい。聞けば、彼女はまだ生まれて50年にも満たない、木精としてはかなり若い部類に入るらしかった。実感的にはカイトとそんなに変わらないのだろう。
「聞きに行く・・・いや、傷をほじくり返すわけにも行かないか。」
カイトは小高い小山の上から、楽しげに通学する学生達を、せわしなくスマホを片手に通勤している会社員達を見ながら、小さく呟いた。
自身の仲間にも、かつて奴隷であった者は居た。その彼は平然と奴隷時代の事を大笑して語ったが、彼が異常なだけだ。彼の奴隷時代からの仲間の中には思い出すだけで身体の震えが止まらなくなる者も居た。それを思えば、未だ覚える者も居るであろう場所に、そんな事を聞くためだけに訪れるのは憚られたのである。
「何時か・・・」
そうしてカイトが呟いた言葉は、どちらの耳にも届かなかった。それは嘗て自身が目指した世界が故郷でも実現すれば良いな、というだけの願望だった。なんら手立てもない単なる願望であったが故に小さな声だったのだが、今はまだそれが実現出来る、いや、彼が実現してみせるとは彼も知らない事であった。
カイトの呟きを最後に、三人は無言で街の全貌を観察する。若干湿っぽくなった三人だが、暫くして、快晴の空に見守られながら、再び街の探索に戻るのであった。
お読み頂きありがとうございました。




