断章 第7話 魅衣・由利編 闇の曙光
「ひゃっほー!」
柄の悪い少年の楽しげなが響いた。そこには、天神市から少し離れた山近くに生い茂る森近くの道路にて、轟音を轟かせながらバイクや自動車を疾走させる一団が居た。
が、その彼らの疾走は今は止まっており、そこかしこで殴りあう音が聞こえてくる。
「ウチに勝てると思ってんの?」
ドゴン、ガードレールに大の男が吹き飛ばされて、大音が鳴る。先ほど叫んでいた少年だった。彼らとの乱闘の最中に、由利は居た。今の一撃は由利が蹴り飛ばして出来た轟音だった。
同時刻の魅衣の居る場所とは異なり、ここは天神市周辺で最も混沌とした場所だ。由利はその乱闘に女だてらに乗り込んで、取り巻きに近い年上の少女達と共に乱戦を戦い抜いていた。
結果は、やはり此方も圧勝だ。それなりに強いとは言え、タイマンでナンパ男を相手にする魅衣とは異なり、強者も群れを成して襲い掛かってくる事が少なくないストリート・ファイトだが、由利は自らの才覚と取り巻きの少女達との連携でそれら全てを乗り切っていた。
「らぁ!」
「由利さん!後!」
「知ってるよ。」
ブオン、後ろから上段に振るわれた鉄パイプの一撃だが、由利は取り巻きの少女達の忠告を聞くまでもなくく、それを余裕で躱す。後で大声を上げて襲いかかれば、幾ら乱戦の最中といえど感付くだろう。
「次、どいつ?」
「つっ、こいつらホントに女かよ!」
「ちっ、数じゃ押してた筈なのによ!」
由利に睨まれた年上の男達が後ずさり、由利から距離を取る。一匹狼で気分屋の魅衣は、戦いで時折、遊ぶことがある。それが闘技場ではウケに繋がっているので良いが、由利は魅衣とは異なり、ほぼ全て冷徹かつ冷酷に敵を始末していく。それは取り巻きの少女達も一緒だ。だから、遊びのある男達では年上であろうとも、勝ち目が無い。
「構わねえ!どっちにしろ今も数じゃ勝ってんだ!一気に押せ!」
「はぁ・・・」
由利が深い溜め息を吐いた。ここ一ヶ月、この繰り返しだった。御子柴達がチームを解散し、更には御子柴が引退を表明して行方を眩ました為、今までは彼の武名によって抑えられていた敵対組織の者達が天神市とその周辺という巨大なパイを切り分けようと、見境なく他のグループに襲撃を仕掛けていたのである。
「ウザ・・・さえ!後!」
「あ、うっす!すんません!」
「いいよ・・・はぁ。」
再び、由利が深い溜め息を吐いた。だが、これは巻き込まれた方からすれば大迷惑だ。何も全てのグループやチームが天神市を含めた巨大なパイのお零れに与ろう、と言うわけではない。
由利達の様に、覇権に興味の無い者達も少なからず存在していた。そんな者達からすれば、今の群雄割拠の状況は最悪に近い。なにせ勝手気ままに走ろうとしても、今の様に向こうから喧嘩をふっかけてくるのだ。
ならば、早々に群雄割拠からリタイアすれば良い、というわけでもない。当然だが、相手もアウトローの男達だ。そんな男達の前に同じくアウトローの少女達が膝を屈すればどうなるのかなぞ、考えるまでもなかった。自分たちは切り分けられるパイには興味無いが、自分達の皿が汚されるのは遠慮したい。それ故、負けるわけにも行かない。そうして勝ち続ければ、当然名は上がる。この悪循環だ。その悪循環に、由利は辟易していた。
「だから、ウチらはトップとか興味無いんだってば。」
「知るかよ!てめえを打ち倒して俺らは名を挙げる!そんだけだろ!」
これもまた、繰り返しだ。勝ち続ける限り、戦いは続く。由利達が幾ら拒絶しようと、勝ち続けているという結果こそが全てだ。
だが、今日は違っていた。普通ならばこのままどちらかが戦意を失うまで戦い続ける事になるのだが、今日は戦いも中盤を迎える頃に、乱闘騒ぎの端の方からざわめきが響き渡り、それが全体へと伝播したのである。そうして、乱闘は一時停止する。
「御子柴だ・・・」
由利と敵対するチームの誰かが、怯えを含ませながら呟いた。何故、行方知れずだった彼らがここに。そんな疑問を含みながら、一気に静けさが広まっていく。
御子柴の武名はたとえ敗北の二文字が刻まれて尚有力らしく、乱闘を一時であれど停止させるだけの力を持っていた。が、やはり敗北の二文字は大きかった。以前ならば彼らが出ただけでも乱闘を制止するだけの力があった名前も、傷が刻まれた事で効力が薄まっていた。結局、それは一時停止させるだけの効力しかなかった。
「何が御子柴だ!ガキ二人に負けた挙句、尻尾巻いて逃げる様な奴を怯えてんじゃねえ!どうせ無敗だなんだって噂ははったりに違いねえんだ!やっちまえ!」
由利と相対していたトップの少年が号令を下す。誰かが勝てたのなら、自分たちも勝てる可能性は十分にある。そう考えても、可怪しくはなかった。それを見て、由利の取り巻きの中でも特に地位が高い少女が由利に指示を請う。
「由利さん、どうしますか?」
「ユキだってわかんでしょ。ウチらはこの隙にあいつら潰すだけ。御子柴さんに手を出す必要は無いよ。」
「はい・・・御子柴さん達にはてぇ出すんじゃないよ!」
「はい!」
それからは、単なる一方的なワンサイド・ゲームだ。当たり前だが、御子柴達の武名は相手がカイトという異常でなければ、未だに健在だろう。単に相手が悪かっただけなのだ。
元々武闘派の由利達に御子柴という戦力が加わって、襲撃を仕掛けた男達に勝ち目が有り得るはずが無かった。ものの10分もすれば、ほぼ全ての襲撃者達が地面に倒れ伏していた。
「悪いな、襲撃の最中に。」
「ぐっ・・・くそ・・・なんでこんなにつええ・・・」
由利と戦っていた相手グループのトップの男に、御子柴が少しだけ申し訳無さそうに告げる。が、謝罪を受けた男の方にまともに答えられるだけの力は残されていない。由利によってボコボコにされてしまったのだ。
「で、御子柴さん。この騒動の原因が何の用?」
「耳が痛いな。さて・・・小鳥遊。少し聞きたい事があるがいいか?」
「ウチの事知ってたんだ。」
少しだけ恨めしそうに告げた由利だったが、御子柴が平然と自分の名前を呼んだ事に、少しだけ驚いた顔で尋ねた。これに御子柴は険の取れた柔和な表情で答えた。カイトに負けた事で1つの踏ん切りが付き、憑き物が落ちた様な表情だった。
「これでも自分の配下のチームのヘッドぐらいは把握しているつもりだ。解散した後だがな。」
「ふーん・・・で、ウチに何の用?」
「小鳥遊は確か、天神市第8中だったな。」
「そうだけど・・・」
由利に確認を取った御子柴は、先ほどまでとはうってかわって真剣な顔で由利に問い掛ける。
「あそこに天城以外に強い奴はいるか?」
「え?・・・・・・知らない。」
「そうか・・・」
御子柴は少しだけ残念そうな顔だった。が、由利は暫く考えて、ふと、思い当たる節があった事を思い出した。
「あ、でも・・・そういえば少し前に天城が負けた、って聞いた事がある。ウチが学校行った時も、天城が負けてない、って言ってたけど、かなり歯切れが悪そうだった。」
「何?」
「天音って奴。ちょっと前までは聞かなかったけど、ここ最近急に3年に絡まれてた、って噂。」
「リョータ、何か聞いてるか?」
「ちょい待ちを・・・」
由利の言葉に、御子柴は一緒に来ていたリョータに問い掛ける。すると、彼は直ぐに懐からメモ帳を取り出して、該当するページを探し始める。
この時代の若者には珍しい事だが、実はリョータはスマホのメモ機能等の電子媒体での記録とは別に、手書きのメモを多用していた。バッテリー切れや喧嘩の果てにスマホが破損する等で使えない状況を想定して、電力を不要とする実媒体での記録を心掛けていたのである。一見するとチャラい印象のあるリョータだが、曲がりなりにも『アウターズ』の参謀を自負していないのであった。
「あー、あったっすね。最近むちゃくちゃ強いって噂の2年が天城相手に喧嘩して、引き分けたって噂が流れてるっす。名前はまだ判明してなかったんっすけど、一ヶ月ほど前に天城相手に喧嘩売る奴が増えたのは、そいつが引き分けたからだ、って話っすよ。まあ、そいつらは天城が全滅さたんすけどね。」
「ああ、そういえばそんな事もあったな・・・そう言う裏だったか。小鳥遊、どんな奴だ?」
リョータの言葉に、御子柴がようように思い出した様子で頷く。そう、彼らは顔を見た筈のカイトの事を思い出せないでいた。他の面子からすれば不可思議過ぎる現象ではあったが、曲がりなりにも魔力を扱える彼らには、それの方が納得行く様な気がした。
「どんな奴・・・普通な奴よ。まあ、少しかっこいい感じだったけど・・・でも、あんな感じの奴はウチの学校には居なかった様な気もするんだけど・・・久我山さんはなにか知らない?」
「んぁ?・・・なーんも?どーせそっちもガッコ行ってないんだから、知らなくてもしょうがなくね?」
「そう・・・有難う御座いました。」
由利の問い掛けに少しだけ間を造り、リョータこと久我山 涼太が答えた。はぐらかしたのは自分たちの秘密にも関わる物だったからだ。由利には若干訝しまれたが、それを差し引いても、この情報は大きかった。
「いや、助かった。」
「いえ・・・で、御子柴さん達はどうするつもり?」
曲がりなりにも嘗ては自分たちの取り纏めをやっていた男だ。由利は彼の後釜に興味は無くても、その去就には若干の興味があった。
「・・・奴を探す。」
小さくそう告げると、御子柴は涼太を連れて一同に背を向けた。
「負けたままは性に合わねぇ。が、おそらくもう一度襲撃を掛けた所で、結果は同じだ。だから・・・」
だから、探す。小さくそう告げた御子柴の背には、今まで誰も見たことが無い様な決意と闘志が宿っていた。何を、と由利は問い掛けたかったが、それを遮るような闘志であった。
「おい、リョータ。行くぞ。小鳥遊、お前らもさっさと逃げたほうがいいぞ。」
「うっす。」
「え?」
「サツが近い。」
「っ!皆、急いでバイクに乗れ!」
御子柴が告げた言葉に由利の取り巻きのユキが声を上げて命じ、大慌てで逃走準備が整えられる。サイレンの音は聞こえてこないし、人気も少ないが乱闘騒ぎが始まってからそれなりに時間は経っている。どこかで誰かに見られて警察に通報されていても可怪しくはなかった。
そうして、大慌てで準備を整える中、移動手段を持っていなさそうな御子柴と涼太に対して、由利の取り巻きの女の子の一人が声を掛けた。
「御子柴さん!一緒に乗りますか!」
「いや、俺達は森を突っ切る。」
「え?夜の森は危ないですよ!ここらは山も近いですし!」
「気にするな。来た時もそうした。」
そう言ってずんずんと森に分け入っていく御子柴と涼太を前に、由利の配下の少女達があっけに取られる。
だが、彼女らとて時間は残されていない。御子柴が告げた時には聞こえなかったパトカーのサイレンの音も既に彼女らにも聞こえており、かなり近くに来ている事が理解できた。
「急ぐよ!」
「うっす!」
由利の号令の下、全員が大慌てでバイクに跨がり、バイクを走らせる。だが、少しだけ警察の方が上手だった。由利達が通るであろう道路に、規制線が敷かれていたのだ。結果、あえなく由利達は捕縛され、警察署に連れて行かれることになる。
「はぁ・・・風海、本当にすまん・・・もう帰る頃だってのに・・・」
警察署にて、深い溜め息が響いた。それは、由利の父親の物であった。由利達が補導された最寄りの警察署から連絡が入り、天神市の警察署勤務の父親が呼び出されたのだ。そうして警察署に来て早々はカンカンだった父親だったが、一時間近くも激怒していると熱も冷めたのか、今はただただ同僚たちに申し訳なさそうに頭を下げるだけであった。
「は、ははは・・・ま、まあ、捜査も行き詰まってたんで、丁度良い息抜きですって。」
「ははは。小鳥遊も大変だな。由利ちゃんもいい加減にお父さんを安心させてやれ。」
「明石さん・・・笑わないでくださいよ。」
由利の父親と一緒に仕事をしていた所為でこの警察署に来る事になった年下の同僚は複雑な顔だが、この警察署で少年課を担当する由利の父親の先輩警官の明石は逆に含蓄のある朗らかな笑みを浮かべていた。
彼は元は天神市の警察署勤務の警官で由利の父親が新任の頃の先輩で、再開発に伴う警察署の新設でやり手の警官を欠いていた此方に転属したのである。由利のことは生まれた時から知っており、最近グレている由利に対しても自身の娘の様に扱うのであった。
「おい、由利。お前も頭を下げろ。」
そう言う由利の父親だが、警察署に備え付けられた椅子に座る由利はそっぽを向いたまま、それを無視する。それに、由利の父親が頭を抱え、再び深い溜め息を吐いた。
「ははは・・・まあ、こればかりは時間だけが解決することだろう。俺の息子もこの年齢の時にはえらく親に反発してな。まあ、今は思い出すのも嫌だ、ってぐらいに恥ずかしがってるがな。」
「そう・・・ですかね。」
警官の先輩であると同時に、人生の先輩でもある明石は少しだけ親の表情を覗かせ、そっぽを向いて言うことを聞かない由利に悩む彼女の父親にアドバイスを送る。信頼し尊敬する先輩の親としての表情に、気落ちしていた彼は若干元気を取り戻す。
「まあ、そういうもんだ。まあ、その時は頭が痛いがな。」
「ははは、確かに今は頭が痛いですね。」
どこか冗談めかした明石に、若干元気を取り戻した由利の父親も、少し冗談めかして返した。と、その時風海があくびをしたのに二人が気付いて、ふと、時計を見ると既に深夜と言っていい時間であった。
「あ、すんません。」
「ああ、もうこんな時間か。由利ちゃんは明日も学校があるんだろう?補導票は書いたから、そろそろ帰れ。」
「ほんとにすいません。風海、悪いが車を回してくれ。」
「ははは。」
「はい。直ぐ持ってきます。」
由利と由利の父親、そして父親の同僚の風海は夜勤だという明石に見送られ、由利を家に送る。そして、そのまま風海は自宅に帰っていった。
「おい、由利。明日は学校まで送るからな。」
「ちっ・・・」
由利は父親の言葉に舌打ちし、部屋に入る。何時もならばここで溜め息を吐く由利の父親だが、先ほど受けた明石からのアドバイスもあり、今日は溜め息を吐くことは無かった。
そうして、何の因果か、再び由利と魅衣、そしてソラが一同に会する事が決定したのであった。
お読み頂きありがとうございました。




