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【連載版】愚かな王太子に味方はいない   作者: 遥彼方
【番外編】愚直な国王の味方は頼もしい

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9/12

元王太子の努力の足跡

本編後なので、ゆるゆるのわちゃわちゃです。

ふんわりとお楽しみください。

 久しぶりにやられた。


「おいっ、はは、まだ政務の途中……ははは!」


 俺は、脇腹をわしゃわしゃとくすぐられて、身をよじった。が、くすぐられていると肝心なところに力が入らないし、両脇の下にはバティストの腕が、両足はアルマンががっしりと抱えている。二人とも騎士並みに鍛えているから、抜けられない。


「バティストー。シモン様、まだくすぐりが足りないみたいだよ」

「よしきた、アルマン」

「ははは! もういい! はは、分かった! 降参だ、下ろせ」

「聞こえませんな」


 暴れるのを止めるとくすぐりは止まったが、担がれたままだった。


「まさかベネディクトに俺を寝かしつけさせるつもりじゃないだろうな」


 子どもの頃はよくやられていたが。互いに大きくなってからは気恥ずかしくなり、代わりに城下町に連れて行かれるようになった。


「それもいいですけどねー。流石に今のお二人にそれは無理でしょー」

「当り前だ」


 ということは、行先は城下町か。


 ちなみに国王が担がれて連れ去られているというのに、誰も何も言わない。近衛の騎士や資料の束を持った官僚たちからでさえ、生温かい目で見守られた。母の目がなくなってから、色々と緩くなっている気がする。


「はあ」


 ため息をはいて力を抜く。諦めの境地だ。もうどうにでもしてくれ。


「シモン様、完全に力を抜かれると重いので、もう少ししゃんとしてくれませんかな」

「知らん。重たいのなら運ぶのをやめろ。政務に戻らせろ」


 好き勝手するわりに注文が多いんだよ。


 戴冠式は国王が退位したあの断罪劇から、半年後に決まった。俺とオレリアの結婚式も、戴冠式の前に執り行われる。

 国王が退位した瞬間、俺が継承者としてみなされたので空位時代はない。なので戴冠式は単なる儀式と、対外的なものだ。国内だけでなく他国から貴賓を呼ぶことになるから、彼らのスケジュール調整と準備・移動などを考えれば半年はいる。

 無論、他国の貴賓を呼ぶこちらの準備も。


 半年などあっという間だ。

 やることは山積みだというのに、何でこの二人は政務の邪魔をして、他の者はそれを止めないんだ。

 戴冠式にかかる補修予算案決議だけでも、数日紛糾したんだぞ。


 ここ数年国政をほったらかしていた父に代わり、政務をこなしていたとはいえ。俺は若輩者である上に、オレリアとベネディクトの手を借りてやっと一人前という、半人前以下だ。抑えつけていた王政派の重鎮が抜け、元々敵対的であった貴族派が何かにつけて難癖をつける。

 おかげで一つの議題だけでも、毎回荒れてなかなか決まらない。


「ヴァスール公爵閣下もおっしゃってましたが、今の状態で予算が数日で決まったのはシモン様の手腕ですからな。隙あらば水増しして余剰を着服しようとするタヌキどもに、全く隙を与えんのですから」

「あれは公爵の世辞だ。それに事実を述べただけで、隙を与えないためじゃない」


 俺の両脇を抱えたバティストを見上げると、げんなりとした顔をされた。


「お世辞を言う方ではありませんがね」

「言う。公爵は俺には甘い」


 二人にくすぐり倒されたのは、ようやく予算案が可決された会議後、ヴァスール公爵を交えて執務室に戻る最中だった。

 足取りの重い俺をみかねたのか、ヴァスール公爵が励ましてくれたのだ。


「すまないな、公爵。励ましは有り難いが、クーザンとブーシェがよく城下町に連れて行ってくれていたおかげで、幾人か商会主の知り合いもいる。彼らの知恵を借りただけだ」


 父が国政をおろそかにしていたばかりに、王都城下町でさえ治安が悪かった。そのためかよくもめ事に遭遇し、解決する上で様々な者と知り合った。騒動の元を辿っていくと、それなりの地位や影響力のある人間に行き当たることも多かったので、商会主とも縁故を結べたわけだ。


「世辞などではなく本気でございますが。それに陛下の人脈の広さは武器でしょう」

「そう気を遣うな。単に虎の威を借る狐なだけだ」


 流石は専門家。商会主たちの見積もりと助言は適切かつ完璧だった。


 王が目にする国の予算は、官僚貴族が作成したもの。前国王である父は、ろくに内容も見ないで全て承認していたため、水増しして甘い汁を吸うのが常態化していた。

 俺は王太子の頃から政務に関わっていたから、何度もそれを指摘していたのだが。若造の戯言と、一蹴されていた。

 国王になった今でも、同じようにあしらおうとしてきたが、商会主たちの見積もりを突きつけ、助言通りに質問さえ挟めないほど全ての詳細を理由も添えて説明したら、見事に黙った。


 俺だけではこうはいかなかっただろう。俺は彼らの力を借りただけの狐だ。

 まあ、狸の相手には丁度良かったのだろう。


「「‥‥‥」」


 しかし俺がそう言うと、全員がなんとも言えない顔で無言になった。


「どうした?」


 眉を寄せると、オレリアとベネディクトがにっこりと笑った。


「お父様。前々から言っていたことを今実行しても?」

「ああ。その方が良さそうだ」


 オレリアの言葉に、ヴァスール公爵は困ったように眉を下げたが、目尻と頬が緩んでいる。


「? 何のことだ?」


 バティストとアルマンがにやぁっと顔を見合わせた。従者二人のあの表情は、見覚えがありすぎるのに、最近はなかったから対応が遅れた。


「お前たち、まさか‥‥‥っ、うわはははは!! ちょ、はは、やめっ!」

「行ってらっしゃいませ、陛下」

「ではシモン様、先に支度をすませてきますね」

「兄上、後で」


「おいっ、はは、まだ政務の途中……ははは!」


 こうして俺は、国王になってまで従者二人に担がれて、くすぐり倒されたというわけだ。


「なあ。俺は本当にこんなことをしている場合じゃないんだ」

「はいはい」


 いつものように平民の服に着替えて裏門に向かうと、やはり平民の恰好をしたオレリアが待っていた。


「シモン様!」

「オレリア。君も行くのか」

「はい」


 聞いていないぞ。


「おい、警備の騎士は?」


 俺だけならバティストとアルマンがいれば十分だが、オレリアがいるならそうはいかない。


「表から数名、影も数名つきますよー。俺たちもお側にいますし、影の中には『最強』が一人いますからご安心をー」

「認識阻害と防御の魔道具もどうぞ。全く。本来ならヴァスール公爵令嬢よりも、国王陛下の御身の方が大事なのですぞ」


 苦虫を嚙み潰したような顔のバティストから魔道具を受け取ってつける。

 アルマンの言う最強とやらは初耳だな。


「では、行きましょうか」

「ああ」


 つい癖でオレリアをエスコートしようとして、それでは不自然だと気づく。少し迷ってから手を握った。小さくて柔らかい。


 困った。エスコートだと握らないから、力の入れ具合が分からない。


 普段との違いに戸惑いながら裏門をくぐると。


「‥‥‥っ」


 通い慣れた城下町でさえ、普段と違っていて、俺は固まった。


「人通りが多い‥‥‥」


 道を行き来する人々の数が記憶より多い。以前は充満していた淀んだ空気もなく、人々の表情も明るく、活気があった。


「シモン様がやってきたことの成果ですよ」


 隣のオレリアが柔らかく微笑んだ。


「俺はまだ何もしていない」


 国王になってたった一ケ月だ。父が課していた重税だって、まだ算定中で戻していない。腐っていた憲兵もそのまま。何もできていない。


「ヴィードの時にやっていたではありませんか」

「なぜそれを」


 知っているのか、と言いかけてやめた。愚問だ。

 バティストとアルマンに視線をやると、にんまりと口の端を吊り上げた。あいつらめ。


「いや、だとしても『ヴィード』がやれたことなど大してない。これは俺の成果じゃない」

「シモン様。謙遜しすぎるのはシモン様の美徳ではなく、悪癖です」


 少し強い口調でオレリアが俺の手を引っ張った。立ち止まると、頬を膨らませたオレリアが新緑の瞳を半眼にしていた。


「ほら、貴方の民の声を正しく見て聞いてください」


 オレリアがくるりと振り返る。宙を舞う彼女の金髪が、きらきらと光の粉を散らすその向こうで、明るい声が賑やかに弾けていた。


「いやあ、新国王様がでかい顔してたギャングをしょっぴいてくれたおかげで、商売がしやすくなったもんだ」

「あいつら、新国王様が断罪した、なんとか男爵とかいう貴族と繋がってたんだろ?」

「国王と王妃と一緒にしょっぴかれた貴族どもって、どいつも高い税金かけてたやつだったしね。いなくなってせいせいしたよ!」

「税金も見直してくれるって通知があったしなぁ!」

「新国王と仲のいいでかい商会が、新事業やら支店やら増やすから、従業員の募集がかかってたぞ」

「俺も応募するんだよ! なんせ給料がいいらしいからな」


 頭も、剣も、話術も、魔力も。

 背も、顔も、体格も、性格も。


 俺は全てがぱっとしない。何一つ秀でていない。

 手を伸ばしても伸ばしても、何一つ届かない。


 そんな俺ができることは、努力すること。俺の手の届く範囲で、俺のできることをすること。それだけだった。


「無駄じゃなかったんだな」


 でもそんな凡人の俺がやってきた、地味で小さな種が、様々な人の手で育てられて、今花を咲かせている。


「最強の影くんが頑張って安全確保してくれるそうなんで、これ外しちゃいましょーねー」


 近づいてきたアルマンが、ひょいと俺の認識阻害の魔道具を外した。


「あ、おい、あの人」

「新国王様?」

「国王陛下‥‥‥?」

「なに? 陛下だって?」


 人々が次々と俺に気づき、ざわめきが一度落ち着いて静寂が落ちる。


 次の瞬間。


「国王陛下!!!」

「ばんざーい!!」


 わあああああっっと一気に爆発した。


「ありがとうございます!!」

「陛下に光あれ!」


 数えきれなほどの感謝と歓喜と祝福の言葉が、俺の疲れとか自分の不甲斐なさとか、悔しさを洗い流した。


「シモン様がどれほど民に好かれているかを、見せて差し上げたかったんです」

「‥‥‥ありがとう」


 まだ俺は国王として何も成せていない。課題は山積みで、頂きさえ見えないが。

 今まで歩いてきた道に、何かしらの花が咲き、実をつけようとしている限り。


「この光景を忘れない」


 俺は王でいられる。

次話で、この裏側を。

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