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【連載版】愚かな王太子に味方はいない   作者: 遥彼方
愚かな王太子に味方はいない

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6/12

凡愚の策と憂慮

「どうしましたぁ? シモン様」


 頭の中にかかっていた霧が晴れて、ぴたりとペンを止めた俺に、マノン嬢が甘ったるい声をかけた。


「いや。何でもない」


 マノン嬢は俺に魅了がかかっていると思っている。怪しまれないように再びペンを走らせた。

 そもそも政務をおろそかにはできない。なるべくベネディクトに負担なく引き継いでやらないとならないからな。


 くそ。書きながらだと考えがまとまらないな。


 俺は二つのことを同時進行なんて器用なことはできない。ベネディクトなら難なくやってのけるのだが。凡人の身がうらめしい。

 理解が遅いから、時間だってベネディクトの倍かかる。要領が悪いから、無駄なことも多い。


 王の器ではないんだ、俺は。


「シモン様ぁ。私飽きちゃったから帰りますね」

「ああ。政務があるから送れないが」

「大丈夫ですぅ」


 お茶を飲み終えたマノン嬢が執務室を出た。ほっと息を吐く。彼女に魅了魔法がかかっていないことを知られるわけにはいかない。


「ふう」


 ペンを置いて背もたれに体重を預けた。片手で目を覆う。


 バティストとアルマンは、何も言わないでも俺の意図を汲んでくれるだろう。俺がベネディクトに王位とオレリアを譲ろうといることを。

 トリュフォー男爵家の不正の証拠書類を、分かりやすく置いた意味も。


 俺を止めるな。裏切れ。


 直接言わずに証拠書類を用意することで、反論の機会を奪い、裏切りを命じた。

 家門の方針に合わないから見放されただけで、あの二人は優秀だ。ベネディクトの力になってくれるだろう。


 しかし、あの二人はああ見えて情に厚い。もし俺が単に破滅するだけなら、俺の命令を無視するかもしれないが。

 あの二人に連れられて行き来していた城下町で、俺は料理も洗濯もできるようになった。平民落ちしても十分生きていけることを、あの二人は知っている。

 王太子より料理人の方が向いているかも、とか、料理人になりたい、とか呟いておいたから。俺が平民落ちを望んでいると思ってくれて、見切りをつけてくれるだろう。ベネディクトに証拠書類を渡して、共に断罪してくれるはずだ。


 二人に持たせた証拠書類があれば、無能な父王と、ベネディクトを目の敵にする母を男爵と共に引きずり下ろせる。

 我が国を狙う隣国の策にも気づき、何らかの形で阻止するだろう。俺はそれを高らかに指摘して、墓穴を掘ればいい。


 あとの問題はベネディクトだ。


 あいつは賢くて優しい。俺の破滅を望まない。全力で俺の策を潰そうとするはずだ。


「潰そうとしても潰せないだろうが」


 おそらくベネディクトはヴァスール公爵に助力を求める。


 二人がベネディクトにつかず、証拠書類を渡さなかった場合に備え、念のためブーシェ伯爵家とクーザン侯爵家にも秘密裏に証拠書類を送っている。第二王子派は貴族派だから、国王と母に取り入った男爵の不正・売国行為・国王陛下と王政派貴族の摘発を喜んでやるだろう。


 王政への国民の不満は高まっている。城下町で第二王子を旗印に立てるよう、扇動もしておいた。


 二人がベネディクトに証拠を渡さなくても、たとえベネディクトが証拠を握り潰そうとも、流れは止まらない。


 また、王政派のヴァスール公爵家では、王政に不満を持つ国民をなだめられない。武力による鎮圧となれば、国王の許可がいるが。今の父上に、ヴァスール公爵の忠告は耳に入らないだろう。

 俺がヴァスール公爵に反意ありと吹き込んでおいたからな。


 そもそも父上はヴァスール公爵を煙たがっていたから、俺が吹き込まなくても信じなかっただろうが。


 後の懸念は、マノン嬢の魅了魔法だ。魅了魔法にかけられていたことが証明されれば、操られていただけの俺に非はなくなる。俺は王太子のままで、オレリアを自由にしてやれない。これが一番困る。


 絶対にマノン嬢の魅了魔法にはかからない。意地でも跳ね返し続けてやる。


 俺はかかったふりをしているだけでかかっていない。かかっていなければ、魔力探知にもひっかからない。解呪されたところで変わらないし、かかっていない魔法の痕跡を証明するのは無理だ。


「抜けはない、よな‥‥‥」


 どんなに策を講じても不安だ。俺は凡愚だから。


「念には念を入れておくか」


 政務が済んだら城下町に出かけて、もう一度扇動しておこう。


 ベネディクト・ベルジュ・ド・ゴール。

 俺が何一つ敵わない、完璧な弟。


 今回ばかりは俺がお前を出し抜く。

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