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【連載版】愚かな王太子に味方はいない   作者: 遥彼方
愚かな王太子に味方はいない

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2/12

正しい婚約者の罪

「オレリア・ヴァスール・ド・ユベール。君との婚約を破棄する」


 婚約者であるシモン様の20歳の誕生日パーティーの場で、私は婚約破棄を言い渡されました。

 本当なら今日この日。私との結婚を宣言するはずだった誕生パーティーの場で、別の令嬢を腕にぶら下げられて。


「シモン様」

「気安く名を呼ぶな。もう君とは婚約者でも何でもない。将来の王太子妃は、君のような悪女より、このマノンがふさわしい」


 覚悟していたことですが、辛いです。ふらりと体を傾けると、シモン様の弟のベネディクト様が支えてくださいました。


「兄上。オレリア嬢が悪女とはどういうことですか。それにマノン・トリュフォー嬢は聖女で男爵家の養子とはいえ平民出身。王太子妃にはふさわしくありません」


「黙れベネディクト。陛下と母上には話を通している」


 私をシモン様の婚約者に推したのは王妃殿下ですが、それはヴァスール公爵家の力が欲しかっただけのこと。王妃殿下は私自身のことは気に入らないようでした。

 トリュフォー男爵家はこの国一番の商会を持っていますし、トリュフォー男爵令嬢は王妃殿下に可愛がられておりました。

 ですから国王陛下と王妃殿下にとって、私よりもトリュフォー男爵令嬢の方がよかったのでしょう。

 

「オレリアはマノンが気に入らず、階段から突き落とした。殺人未遂と傷害の罪だ。聖女の力はこの国を守る結界の要。大事に扱わねばならないというのに、害そうとするなど言語道断。それだけではない。マノンの実家、トリュフォー男爵家の商会の馬車を野盗に見せかけて襲撃しただろう!」


 はじめて向けられるシモン様の表情が、言葉が、声が、痛いです。


「違います!」

「うるさい! この期に及んでまだ言うか。潔く認めたらどうだ!」


 怒りに任せた叫びが悲しいです。


「兄上‥‥‥」


 私を支えてくださる、ベネディクト様が瞑目されました。彼もまた、兄の変わりように胸を痛めているのでしょう。


 ──断罪が始まりました。



****


 あの方に出会ったのは、私が7歳の時でした。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます。はじめまして。オレリア・ヴァスール・ド・ユベールと申します」


 私はおめかしをして、たくさんたくさん練習したカーテシーを披露しました。


「‥‥‥王太子のシモン・オベール・ド・ゴールだ」


 掠れた声が、なんだか大人の人みたいで恰好よく感じました。私と1歳しか違わないのに。


 茶色の硬そうな髪。意志の強そうな太い眉。落ち着いた灰色の瞳。ぐっと引き結ばれた唇。眉間に寄ったしわ。おまけに首を横に向けて、私を見てもくれません。


 失敗してしまったのかしら。


 心配になりましたけれど、言われた通りにしなくてはなりません。

 そっとシモン様の手を引くと、素直に動いてくださいました。ほっとしました。


 お父様は寡黙で気難しいとおっしゃっていたけれど。確かに寡黙ではいらっしゃったけれど。

 喋らないシモン様の代わりに、私がたくさんお話して、たくさん笑いました。シモン様はずっと私の顔を見て、真剣にお話を聞いてくださったわ。従兄弟の男の子や兄だったら、途中で飽きて上の空になるのに。気難しいなんてお父様の勘違いではないでしょうか。


 初顔合わせは、とても楽しくて心地よく終わりました。


 月日は流れていきました。

 私も成長しましたけれど、シモン様は特に成長なさりました。


 背は一般男性より少し低いですけれど、骨組みががっしりとされていて。エスコートされる時に触れる腕にドキドキしてしまいます。

 幼いあの時よりも、低く掠れた声が響いて。手はゴツゴツとしていらっしゃって。木々から漂うような落ち着く香りがするのです。


 シモン様はとても努力家です。手袋越しに触れる手のひらは、とても硬いです。毎日剣を振ってらっしゃるから、豆だらけ。時々血がにじんでいることもあって、私が心配するとばつの悪そうな顔をなさって謝ります。

 政務だって頑張っておられて、目の下に隈を作っています。


 5年ほど前から、シモン様は陛下の代わりに国政を担うようになりました。表向きは王太子としての勉強ですが、陛下が国政をシモン様に押し付け遊び呆けていらっしゃるのは周知の事実です。


 それでも私との時間を大切にしてくださり、嫌な顔一つ、苦しい顔一つなさりません。なんてできた方なのでしょう。

 でも私は、それがちょっぴり寂しく思います。時には弱さを見せてくださってもいいのに。


 今日だって聖女の仕事である結界の補強をしていたら、疲れただろうと私をねぎらい、終わったらお茶を飲もうと誘ってくださいました。

 ご自分の方が疲れてらっしゃるでしょうにと申し訳なく思う反面。好きな人に気にかけてもらえて、一緒にお茶を飲めるのはやはり嬉しいのです。悪い女です。


 鼻歌でも歌いたい気分で、私は王宮の回廊を楚々と歩きます。気分はるんるんですけれど、おさえます。だってシモン様にはしたないところを見られては嫌ですもの。


「これはオレリア嬢。今日も兄上のところですか」


 離宮近くに差し掛かった時、第二王子に出会いました。


「これはこれは、ベネディクト様」


 私は完璧なカーテシーを決め、勝ち誇るように微笑んで差し上げました。


「今の顔を兄上に見せて差し上げたい。百年の恋も冷める」


 ふん、と鼻を鳴らすベネディクト様。貴方のその顔こそシモン様に見せて差し上げたいわ。

 こんなに生意気なのに、シモン様は素直で可愛い完璧な弟だと思ってらっしゃるのだもの。


「あら。シモン様なら貴族令嬢らしいと褒めてくださいます」

「そうでしょうね。兄上は優しいから」

「ええ。ベネディクト様とは大違いですから」


 私たちはバチバチと火花を散らしてから、ふんっと顔を背けました。


 もちろん私もベネディクト様も、こんな顔をシモン様に見せるつもりはありません。誰かに見られて、シモン様に告げ口されても困ります。

 なので、さりげなく離宮に移動してから言い合っています。

 ベネディクト様の離宮は、あまり人がおりませんからね。シモン様はそのことで心を痛めておられましたけれど、ベネディクト様は気楽だと伸び伸びしています。


「ご令嬢方は、ベネディクト様のどこがいいのかしら。シモン様の方が何倍も優しくて可愛らしくて、男らしくて、落ち着いた色気がありますのに」


 見る目のない他の令嬢方は、シモン様よりベネディクト様を麗しの王子だのときゃあきゃあ言っていますけれど。


「それは僕も同意です。世のご令嬢は兄上のしかめっ面しか見ていないから、僕の嘘の笑顔に騙されるんです」

「そうですよね! 滅多に笑わないシモン様の笑顔の破壊力ときたら!」

「いや、それがさ。従者たちと軽口叩いてる時だけ、声を上げて笑うんだよ」

「ええっ!! なにそれ、見たいっ」

「隠れて見ないと無理だよ。兄上は中々気を抜いてくれないから」

「ずるいですね、あのお二人」

「だよね」


 深く頷いてから、ふと目を合わせて、ぷっと吹き出しました。


 生意気でいけ好かない人ですけれど、シモン様が一番なのは一緒です。他のご令嬢方はちっとも共感してくださりませんから。こうやって心ゆくまでシモン様の推しポイントを話すのは、大変楽しい時間です。


 私たちは肩を寄せ合って、シモン様の話に花を咲かせました。


 けれど、その日を境に。シモン様はお茶会に誘ってくださらなくなりました。

 パーティーのエスコートさえ。


 代わりにマノン・トリュフォー男爵令嬢を伴うようになりました。


「シモン様。マノン・トリュフォー男爵令嬢。お二人の関係をお聞かせください」


 謁見を申し入れると、拍子抜けするくらいにあっさりと通りました。通い慣れたシモン様の部屋で待っていたのは、シモン様と、シモン様にべったりと体を密着させたトリュフォー男爵令嬢でした。


「分かりますでしょぉ。こういう関係ですよぉ」


 鼻にかかった甘ったるい声でトリュフォー男爵令嬢が頭をすり寄せると、シモン様は彼女の肩を抱きました。


「俺のパートナーは、君ではなくマノンだ」

「‥‥‥っ」


 世界が真っ暗になりました。


「大変申し訳ございません。気分が優れませんので、失礼させていただきます」


 声が震えるのを抑えきれないまま、退出の挨拶をして部屋を出ました。


 ずっとずっと。私はシモン様の婚約者という立場に胡坐をかいていました。物心がついた頃から当たり前のようにいた、素敵な素敵な、私の婚約者。

 私はシモン様が大好きで。シモン様も私を好きでいてくださると信じていました。


 でも、そんなものは幻想。都合のいい夢。


「馬鹿ですね、私」


 本当は分かっていました。


 私たちの婚約は政略です。シモン様の王太子としての地位を盤石にするために、王妃様がヴァスール公爵の力を欲しただけ。家と家の契約。そこに当事者の意思はありません。


 けれどシモン様があまりに優しくて。誠実で。素敵で。恰好よくて。

 私は勘違いしてしまったのです。


「お待ちください、オレリア様ぁ」


 階段に差し掛かった時、後ろから声がかかりました。シモン様でなく、トリュフォー男爵令嬢の声が。


 本当に馬鹿ね、私。シモン様が追いかけてきてくださることを期待していたなんて。


「何の御用でしょう」


 自嘲しながら、なるべく優雅に毅然と振り返ります。


「わぁお。こんな時でも完璧な貴族令嬢様なんですねぇ」


 近づいてきたトリュフォー男爵令嬢は、私の耳元に唇を寄せて囁きました。


「そんなだから、シモン様に見限られるんですよぉ」

「無礼ですよ、トリュフォー男爵令嬢!」


 たまらず声を荒げた時、彼女がにぃっと笑いました。


「きゃああああああああ!」

「‥‥‥え?」


 触ってもいないのに、階段から転げ落ちるトリュフォー男爵令嬢を、いつの間にか階下にいた男爵令息が抱きとめます。他にもシモン様の従者たち、侍女や侍従がいました。


「マノン!」


 私の横を、シモン様が走り抜けました。樹木の香りがふわっと漂って、消えて。


「怪我はないか」

「シモン様ぁ。あの女がぁ」


 私は罪人になりました。

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