アルマン・ブーシェの婚約事情
今日も俺の婚約者は可愛いなー。
つい、むにむに動いて元に戻らない俺の口。凛々しく見せたいんだから、もうちょい頑張れー。無理か。ま、いっか。
え? 家門に見放されてたくせに、なんでちゃっかり婚約者がいるのかって?
あはははー。なんでだろうね?
まー、なんていうか。彼女も俺とおんなじで、家門に見放されちゃった人だからかなー。
ははっ。おそろいで嬉しいね。
メレーヌ・ヴィニュロン子爵令嬢。
少し縮れた黒髪。低めの鼻。三白眼気味の藍色の瞳は、やぶにらみって言って、片方の目がちょっと違う方向を向いてる。貴族令嬢としての美人とは外れちゃうから、容姿で求婚するやつはいないんだよね。
加えて表情も暗めで、独特な話し方をするんだよ。それも敬遠される理由の一つかな。
「あ、アルマン、は」
「ん?」
ね。ちょっとどもるって言うかさ。俺はそれが可愛いと思うんだ。みんな分かってないねー。
ま、分かってない方がいいかな。俺だけがメレーヌの可愛いとこ知ってるって感じ。へへっ。なんかいいでしょー?
「私と、婚約破棄、し、しないの?」
メレーヌがちょっと下を向いたまま、俺を見る。片方の藍色の瞳が上目遣いに俺をうかがってた。
彼女は自分の目つきにコンプレックスがあって、自信がない。だからいつもこうやって俺を見る。
「しないよー。するわけないじゃん」
安心させてあげたくて、俺はいつも通りのほほんと返したんだけど。
「ど、どうして?」
メレーヌはいつもより食い下がった。
あれ。もしかして、マジなの?
「えっ、メレーヌは破棄したいの? 俺なんかした? 悪いとこあるなら直すよ」
俺は慌てて背筋を伸ばした。
ヤバいヤバいヤバい。
最近ちょっとシモン様のことでバタバタしてたし。
いや、そもそも俺ちゃらんぽらんだし。全体的に肉ついてるし。嫌になっちゃったのかも。
「ごめん、デート足りなかった? いい加減過ぎがダメ? やっぱ痩せた方が好み?」
シモン様の従者になってから、毎日一緒に鍛練してるんだけど、動く以上に食べるもんだから痩せないんだよー。でもメレーヌが望むんだったら、甘いもの我慢する。多分。
いやいや、嫌われたのってそういうとこかもー。多分じゃなくて絶対! 絶対我慢する!
貴族の大半は家のための政略結婚とか、余り者同士とりあえずくっつける感じの結婚で、俺たちは後者。
昔っからちゃらんぽらんで適当。真面目に勉強もしない俺を早々に見放した父親が、見繕った婚約者がメレーヌだったってわけ。
ヴィニュロン子爵家はブドウ農家の地主だった家門で、今でも領地の大半はブドウ畑。収益はそこそこだけど、天候に左右されるからあんまり裕福じゃない。可もなく不可もない家門ってとこ。
伯爵家を継がせられない駄目な長男には、家格も器量も丁度よしって感じで婚約したっていうかさせられたんだよ。
まあ俺も、貴族の結婚ってそんなもんだって思ってたしー?
なんでもいいやーって感じで、メレーヌと会ってたんだけどさー。
なんか嵌まっちゃったっていうか。要するに惚れちゃったんだよね。
俺って勉強や鍛練もだけど、人付き合いも適当でさ。へらへら笑って、浅ーく当たり障りなくなのよ。
だってさ。一生懸命やったって、出来ないものは出来ないじゃん? んで、頑張ったって出来ない事実に傷つくじゃん? それって結構キツいじゃん。
だったら最初からやらないか、適当にやればいいじゃん。そしたら出来なくても仕方ないし。出来なくて当たり前だし?
だけど、メレーヌやシモン様は違うんだよね。努力して失敗しても、努力して失敗して、努力して、失敗して。傷ついても笑われても進むのを止めない。
メレーヌは研究者だ。農業っていうのは天候に左右されやすいからさ。領地を少しでも良くしようと、気象観測のための装置を小さい時からコツコツ研究して、数年前に試作機を完成させたんだよ。
貴族令嬢が朝から晩まで魔道具いじって、空見上げてぶつぶつ言って、こつこつデータ集めして。
完全に奇人変人扱いだよ。
それでも毎日毎日諦めないで、完成させたって誰にも理解されなくて。
そういうのって俺みたいなのからすると、すげーまぶしいわけよ。尊敬なわけよ。
だから俺、シモン様とメレーヌには真面目に‥‥‥まあ、俺なりに、がつくけども。真剣に真面目に接してるわけよ。あ、バティストはなんか別枠ね。
とにかく真面目にしてるからかな。メレーヌってすごい引っ込み思案で人見知り激しいんだけど、俺にはいっぱい喋ってくれるし。可愛い笑顔も見せてくれる。
だから俺、メレーヌも俺を好きでいてくれるって思ってた。勝手に。
でもそれは俺の独りよがりだったのかも。
「ち、違う。違うの。アルマンに、悪いとこなんて、ない、よ」
メレーヌが両手を振る。
「その反対。わ、私が悪いとこ、ばっかり。か、可愛くないし。暗い、し。まともに、しゃべれない、し」
しゅんと項垂れた。いや、そういうとこが可愛いんだけど。
って思ってから気がついた。
俺、それを言葉にしてない……。
うわー。駄目だ、俺ー。
いやいや。落ち込んでる場合じゃないっての!
「……」
って、あれ。いざとなったら恥ずかしい。
嘘だろ。その辺の令嬢への社交辞令だったらいくらでも言えるのに。
なんで言えないんだー! 馬鹿なのかー。馬鹿なんだけどー。
俺は赤くなったり青くなったりしながら、口をぱくぱく開いたり閉じたりした。
ええい、なんか言えよー。俺ぇ。
その間も、メレーヌはぼそぼそと続けてる。
「し、シモン様が国王になられて。あ、アルマンって、出世を約束されたじゃない。う、家は、名家じゃない、し。お金持ちでもない、し。釣り合わないよ」
うああああ。ヤバい。これ、家格が釣り合わないとかを言い訳にして、体のいい感じにお断りされる流れだ。
「国王の側近候補っていったって、あくまで候補だし。俺はブーシェ伯爵家は継がないよ。今んとこ子爵」
「アルマンは、これから、もっと、昇爵されるよ」
「ん~、そうかもだけど。メレーヌもさー。今はすごい立場なんだよー? シモン様がすごい褒めてたもん」
誰にも相手にされなかった天気の観測魔道具だけど。シモン様が食いついて今じゃ国内に普及させてるんだよねー。で、今までほわっと経験則だった天気予報がかなり正確になったわけ。
農業にとって天気予報ってめちゃくちゃ大事で。コスト削減と収量アップに貢献したのよ。
シモン様が国民に人気あるの、こういう地道な施策が多いからなんだよね。あと、みんなが馬鹿にするような人材発掘がすごく上手い。
「だから負い目に感じる必要ないし、そもそもがそんなの関係ないよ。釣り合うとか釣り合わないとか、どうでもいい。俺がメレーヌと一緒にいたいんだから!」
「えっ?」
メレーヌが目を見開いた。
「わ、私と一緒に、いたいの?」
「俺はいたい」
「私、なんかと?」
「メレーヌは、なんかじゃない! 俺はメレーヌがいいの」
立ち上がって、すこしでもいいように見えるように背筋を伸ばして、必死にまくし立てる。
「メレーヌは可愛いよ。つっかえつっかえのしゃべり方も可愛い。すぐ落ち込んじゃうとこも可愛い。片っぽの目が違うとこ向いてても、もう片方の目が見てくれるし。その不完全なとこも可愛い!」
ああ~、言っちゃった。言っちゃったよー。
そこはよくやった。でもさー。可愛いしか言えてない。
仕事してくれよ、語彙力ぅぅぅぅー。
「私、が、可愛い‥‥‥」
心底驚いた顔でぼんやりと呟いたメレーヌが、一拍を置いて真っ赤になった。
「‥‥‥その顔も可愛い」
メレーヌがぱしっと真っ赤な両頬を手で挟み込んだ。藍色の目がじわじわと濡れてくる。
えー、嘘。泣かした?
「あ、ごめん!! 一緒にいたいっていうの迷惑だった? 違うんだよー。押し付けじゃないから。メレーヌが嫌だったら婚約破棄するから」
俺の馬鹿ー。子爵より上位の伯爵家の俺が、婚約破棄したくないって言ったらメレーヌは従うしかないじゃないかー。
「違う、の。嫌じゃなくて、う、嬉しい、の」
「へ?」
「アルマンは、は、伯爵令息で、し、将来有望で、明るくて、み、みんなに好かれてて、恰好よく、て」
今度は俺の顔が火を噴いた。
え。そんな風に思っててくれたの。マジでー?
伯爵令息なのは生まれだけで、シモン様のことがなければ爵位なかったかもだし。明るいのは、とりあえず適当に笑って誤魔化してるだけだし。みんなに好かれてるってのは、誰にでも当たり障りなくしゃべるからそう見えるだけの錯覚だし。恰好いいっていうのは。??? 恰好いい要素ないよー?
でも、メレーヌは俺をそう思ってくれてるんだ。
俺あんまり褒められ慣れてないから。いやちょっと、かなり、めちゃくちゃ嬉しいー。
なんか感動で。俺は真っ赤な顔のメレーヌを穴でも開けちゃいそうなくらい見つめた。
顔中が熱いから、俺も真っ赤なんだろうなー。
「えっと、ありがとう。その、メレーヌも俺と一緒にいたいって思ってくれてるってことで、オーケー?」
「う、うん。ずっと一緒に、いたい」
「じゃあ俺と結婚してくれる?」
「うん!」
ああ。やっぱり俺の婚約者は可愛い。
メレーヌの弾けるような笑顔を見れて最高に幸せだー。
お久しぶりです。こんな感じでのんびり更新です。
お読み下さりありがとうございます。誤字報告も大変助かっております。
ブーシェ伯爵令息の甘々話でした。婚約者にはメロメロです。
クーザン(バティスト)の方は今のところ婚約者も恋人もいません。そのうちお相手を見つけてあげたいですね。




