九十三話
(´・ω・`)今日は二話更新です
(´・ω・`)これは二話目なので、一話目を飛ばさないようにお気をつけ下さい
そいつは、まるで魔王だった。
俺が言うのもなんだが、まさしく魔王、俺が思い描き、再現しようとした姿によく似ていた。
俺とは違い、月のような淡い金髪を伸ばし、一纏めにして肩から前へと流していた。
そしてその両目は、透き通るような銀に、青い宝石を配したような魔眼。
角は黄金ではないが、大きな牛のような黒い角を二本、こめかみからはやしている。
そしてその翼は、一対とは言え、巨大な、まるでカラスのような漆黒の羽毛に覆われたもの。どちらかというと、堕天使を思わせる造形だ。
だが、そんな事はどうでもいい。
俺は剣を振りぬいたまま、動きを止めたヤツへと『テラーボイス』を発動させながら言葉を浴びせる。
「さぁ、宣言通り貴様の全てを奪いに来たぞ」
俺は一番初めに、ウィングレストの会議室でレイスに襲撃を仕掛けた男に伝言を託したはずだ。
『全てを捨てる覚悟をしろ』と。
警告は何度もした。そしてそれでも手を出したのはそちらだ。
ヤツは未だ動かない。だが、その表情は面白いものでも見るかのように愉悦に歪んでいく。
「クク……クハハ! そうか、お前か! なるほどなるほど。中々どうして、こいつは傑作だ」
さぁ、今のうちに好きに笑うが良い。
自分が強者だと、格上だと、侵されることのない絶対の者だと思うが良い。
俺には何のハッタリも、虚勢も通じはしない。
全て、全てを見通す事が出来るのだから。
[詳細鑑定]をこの瞬間だけセットし、俺はヤツの能力を盗み見る。
【Name】 アーカム・フィナル・ランドシルト
【種族】 最上位魔族
【職業】 剣聖(50) 魔剣士
【レベル】 207
【称号】 黒き剣聖
魔剣の担い手
殺戮の魔王
人心の支配者
乙女を喰らう者
【スキル】 極剣術 殺戮加速 剣閃読み 炎魔導 魂縛の魔眼
なるほど、確かに増長し、全てを支配し、傲慢に振る舞う事が出来るだけの力を持っているようだ。
『剣聖』は『剣士』を育てた果てにある最上位職であるし『魔剣士』は俺の『奪剣士』同様、特別な武器を装備する事で転職可能なユニークジョブ。
剣士でありながら、剣に応じた魔法、中には魔導をも放つことが出来る最強職の一角だ。
そしてヤツのレベルは驚愕の207、この世界に来たばかりの俺のレベルをも上回っている。
ああ……なんて美味しそうな獲物だろうか。
「どうりで我が配下が次々に取り込まれるはずだ。たしかに貴様のその姿、私と比べても遜色ない、いや認めよう、貴様の方が威圧的であると」
語る、ヤツは語る。
ただ楽しそうに、笑いを堪えるかのように。
だが次の瞬間、表情を大きく歪めて吠えるように叫ぶ。
「くだらぬ! このような見た目に惑わされ、我がもとを離れた愚か者共よ! 私を廃しようと紛れ込んだ愚か者共よ! 貴様達の中に一人でも、この紛い物が力を振るうところを見た者はおるまい! くだらぬ、ただの外見に惑わされ、ありもしない力に怯え、この私から離反するなど!」
ああ、なるほど。
こいつにも、イェンさん同様、相手の魔力の波動を読み取る力があるのか。
だが、恐らく読むことが出来るのは同胞の力のみ。ナオ君や俺のように、種族関係なく相手の力量を図る事は出来ないと。
……お前さ、自分が放った刺客の報告に耳を傾けたりしてねぇの?
大方話も聞かずに処分したか、それともまともに取り合わなかったのかね?
「さぁ、侵略者よ、私にこけおどしは通じぬぞ。剣を抜け、遊んでやろう」
「……思い上がるな、羽虫が。どこの世界に羽虫如きに剣を抜く奴がいる。お前など、これで十分だ」
宣言する。
俺は剣を背負ったまま、片手を上げて宣言する。
剣は使わないと、素手でお前を蹂躙すると。
対等な立場で死合が出来るとでも思っていたのか、こいつ。
式典に来ていた魔族も、アーカムの発言に驚き俺へと視線を集中させていたが、俺の宣言にさらに驚愕し声を漏らす。
「……己の領分を超え思い上がったか……愚かな男だ」
愉悦に歪んだ表情を消し、再び剣を構え、アーカムは壇上から駆け出す。
段差を飛び降りながら、それを壁として強く蹴ってさらに加速し、こちらへと肉迫する。
口元が歪み、深い紫の刀身を持つ魔剣が煌めく。
低姿勢のまま地面を滑るように駆けながら、腰だめの一撃を右手で放ってくる。
俺の腰目掛けて刃が迫り、もはや避ける事も出来ない位置まで迫ってきている。
速く、そして鋭いその一撃は、これまで戦ってきた魔物とは明らかに違う威圧感を放っている。
「さらばだ、侵略者よ」
だがそこまで来て、俺はようやく上げていた右手を振り下ろし、刃の進路を妨害する。
なぁ、もう気づけよ。今のお前、とんでもなく滑稽だぞ?
「……なるほど良い剣だ。だが戦いの最中に武器を態々見せに来るとは、どこまでも顕示欲の強い男だ」
下ろした右手が、自慢の魔剣を握りしめる。
完全に避けられないタイミングの斬撃を、一瞬で受け止め、完全にその運動エネルギーをゼロにする。
その剣を一度引こうと力を込めているようだが、ギチギチと筋肉が脈動する音と、剣がしなり悲鳴を上げる音しかしない。
視線を下げれば、低姿勢でのまま剣を引こうと足掻き、無様に頭頂をこちらに晒しているヤツの姿。
「……放せ……その手を放せ下郎。貴様が触れていいものでは、技ではないのだぞ」
現実を理解出来ないのか、暗い、低い声を出しながら剣を引こうともがく姿は、まるでお気に入りの玩具を奪われた子供のようだ。
……俺は、道理をわきまえず、人様に迷惑をかける子供には、時として手を上げるのも良しと思うような人種なんですよね。
「跪け!」
剣を握りしめたまま拳を振り上げ、奴の手から剣を奪いそのまま振り下ろす。
つむじに真っ直ぐ振り下ろすのは、こんな見た目だがしっかりとした格闘術である[ハンマーナックル]。
純粋な攻撃技。近距離の相手専用の、隙の少ない序盤で習得可能な、基本の技。
それが、まるで空間を押しつぶすかのような勢いで振り下ろされる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
叩き落とされる頭にひっぱられるように、全身が地面に伸びる。
頭は半分地面に埋まり、小さなクレーターすら出来ている。
しかしそれでも[弱者選定]の効果で頭が潰れトマトのようにはならずに済んでいる。
ヤツの両足は、まるで解剖されるのを待つカエルのように、ヒクヒクと痙攣を繰り返す。
その一撃は[震撃]の効果も合わさり、奴の角にヒビを入れ、羽根から羽毛を散らさせる。
そして手に持っていたヤツの剣を、横たわる羽根へと突き刺し、まるで貼り付けにされた蛾の標本のような姿にする。
一瞬、ほんの一瞬で地面に伸びる領主の姿に、会場にいる全員が声を失い、唖然としている。
だがその静寂を破ったのは、この潰れたカエルのようになっている男だった。
「……許さんぞ……」
瞬間、奴の身体が青白い炎に包まれ、その猛火から逃れようと距離を取る。
次の瞬間、その炎が輝きを強くし、奴が倒れていた地面が解け溶岩と化した。
……マジかよ、石の融点にまで到達するのかあの炎。
ゆらりと立ち上がると、全身を覆う炎が剣へと向かい、刀身を青白い、もはや炎を通り越した光となり包み込む。
そしてその縫い止めるように突き刺された剣を抜き放ち、八相のような構えをとる。
次の瞬間、俺の耳に飛び込んできたのは、この場に似つかわしくないどこか無邪気な空気を読めない言葉だった。
「あ! 本当に炎が青い!」
リュエさん、頼むからここはシリアスに決めさせてくれませんか。
「撤回しよう、貴様は私の障害となりうる強敵だ。全力を持って相手をして――」
「煩い黙れ」
アビリティ構成が真価を発揮する。
一瞬で背後に回りこみ、その青白い剣を闇で侵食して熱を奪い取り周囲に四散させる。
結界の影響か、多少魔法の発動に通常よりも多くのMPを持っていかれる。
だがそれでも、魔導なんて発動させねぇよ。
そのまま剣を後ろに引き、肩の関節を無視するように引きずり下ろすと、痛みにとうとう剣を手放す。
俺はすかさずそれを回収し、アイテムボックスへと仕舞いこむ。
武器破壊は基本。そして、貰えるものはなんでも貰うのも基本。
「貴様! 私の剣をどこにやった!」
「お前には過ぎた玩具だ。大人しく棒でも振り回していろ」
肩を抑えながら振り返る表情は、ついに余裕が失われ、驚愕へと染まりつつある。
その顔をするのが、もう二ヶ月程早ければ、こうはならなかったのにな。
ようやく崩れたその表情めがけて、全力で拳を振るう。
ガードも出来ずに、衝撃でヒビの入っていた片方の角が折れ、ギャラリーへと吹き飛んでいく。
だが、またしてもその吹き飛ぶ先に回りこんだ俺が、肘を突き出してヤツの背骨目掛けて技を繰り出す。
『頂肘』貴重な拳を使わないこの技は、ゲーム時代にも剣を持ったまま発動出来た貴重な格闘術だ。
その効果は、防御の固い相手にほど、部位破壊が発動しやすいというもの。
そしてその効果が[震撃]によって全身へと伝わり、背中に近い部位、即ち翼から羽毛をさらに散らす結果となった。
既に散った羽毛だけで布団が一枚作れそうなくらいだが、まだ奴の翼も、心も折ることが出来ないようだ。
頂肘を喰らい、再び壊れたステージの近くへと飛ばされたアーカムが、今度こそ若干の恐れを抱いた表情で口を開く。
「……貴様は何者だ」
「……魔王は二人もいらん。それが全てだ、紛い物」
はじめに言われた紛い物という言葉を、そっくりそのまま返してやる。
お前は確かに魔王と呼ぶに相応しい姿をしているが、俺に言わせたら二流も良いところだ。
なんだ、その中途半端に美しい羽根は。
なんだ、その宝石のように美しい瞳は。
魔王に、美しさなんて必要ないんだよ。
禍々しく、ただ相手に恐怖を与えるのが全てだろうが。
「……くく……そうかそうか、お前が本物の魔王だと、そう言うのか」
「お前には過ぎた称号だ。剣同様、俺が貰い受ける」
先ほどの攻撃の激しさに、身の危険を感じた周囲の人間が避難し、この場に残ったのはアーカムの私兵と、俺の傘下についた冒険者と、反乱を企てていたイクスさんの部下、そして屋敷で働いていた一部の人間のみ。
だが人が減った事により、アーカムはその中に自身の切り札を見出した。
「やれ!」
その言葉を聞き、イクスさんが魔導を放つだろうと身構える。
だが、いつまで経ってもそれが訪れず、一瞬だけ、俺とアーカムの意識が完全にシンクロした。
「どうしたのだろうか?」と。
「……どういう事だイクス! この外敵を殺せ!」
「……これは、一体……」
振り向くと、イクスさん自身も何が起こったのかわからないのか、困惑しながら自分の身体を調べ始める。
……強制させる事が出来ない?
「どうやら強制する力が失われているようですね。申し訳ありません、私の業務には、殺しは含まれておりませんのでご命令には従いかねます」
驚きながらも、とても良い笑顔でそう言い放つイクスさんと、その姿に喜びを隠せず、近寄っていくイェンさん。
……お婆ちゃんたちまだいたのか。こっから先は少々心臓に悪い展開になりますぜ?
「くっ、どうなっている!」
「部下に助けを求め、そして命令を聞いてもらえないとはな。どこまでも無様な男だ」
「黙れ! レイス、お前はどうだ! この男を撃て!」
は?
よりにもよってレイスに俺を?
リュエと共に避難していたレイスの視線と俺の視線が、ようやく交わった。
すると、レイスが微かに目を細めて、俺に笑いかける。
その瞬間、俺にだけ聞こえる音が脳裏に鳴り響く。
[差出人 レイス]
【じぶんでかかないてがみははじめてなのでよみにくくてごめんなさい
わたしがいまからやることをみていてください】
ひらがなだけのその文面に、ちょっと可愛いな、なんて思いながらも、俺は頷き彼女を見る。
「アーカム、貴方は私を求め、長い間あらゆる手を尽くしてきたのですね」
「そうだ! それをこんな男に、こんな突然現れた男に奪われてなるものか! レイス、私と共にこいつを倒すのだ!」
「本当、どこまでも執念深くて情けない人ですね」
そう言いながら、レイスは弓を取り出し魔力で出来た矢をつがえる。
そのまま、真紅の光で出来た弦を引き絞り、こちらへと向ける。
矢はしっかりと俺に向けられている。そしてそれを見て、アーカムが声を大きく上げて宣言する。
周囲が驚きの声を上げ、リュエまでもが一瞬泣きそうな顔をしてしまうが、俺のニヤけ顔を見て納得したのか、この後どうなるのかと期待を込めた眼差しを向けてくる。
「これが! これが現実だ! いくら貴様が強かろうと、これが現実だ! レイスの心はすでに私のッ!?」
飛沫が飛び、地面を汚す。
緑の芝生に、真紅の装飾が施される。
まるで勝利を確信したかのようにこちらへと振り向きかけた顔が、痛みと驚きで歪んでいく。
なるほど[ホーミングシュート]か。
あれは、範囲内の対象をロックオンすると、どこに向けて射っても必ず命中する攻撃だ。
その優秀すぎる追尾性能のかわりに、威力を抑えられているその一撃は、せいぜい威嚇か気をそらすのが精一杯。
だが、確かにレイスの一撃は、自分より遥かに格上であるヤツの腹を貫通し、魔力の矢の先端がこちらへと飛び出していた。
気が付くと、戦いの余波で崩壊しつつある庭の草木が、レイスへと向かって渦巻くように倒れていた。
そうか、レイスはこの戦いでばら撒かれたアーカムの魔力と、この敷地全体を覆う結界の魔力を『再生術』で自身へと集め、攻撃を強化したのか。
広大な敷地を覆うだけはあり、使われている魔力は膨大。そこから漏れ出す量もそれ相応。
そして、ヤツ自身が先ほどから放とうとしていた魔導もまた、俺に消されて辺りに魔力を四散させている。
先ほどの一撃は、それら全てを一点に集約させたものだった訳だ。
「……見ろ、これが現実だ。いくらお前が彼女を求めようと、これが現実だ。レイスは生まれたその瞬間から、余すところなく、身体も心も全て私のものだ」
なぁ、今どんな気持ちだ?
地獄のような苦しみの果てに、思いを寄せる相手が自分を選び、手を差し伸ばしてくれた。
そう思った次の瞬間、その手で貫かれるのはどんな気分だ?
勝利を確信したかのような宣言を、そのまま相手に転用される気持ちはどうだ?
ははは、本当に愉快だ。こんなに『ねぇ今どんな気持ち?』というフレーズが似合う場面もないだろう。
「……ふざけるな……グゥ……こんな所で、終わってなるものか! もう良い、こんな場所、私には必要ない! ここは貴様に勝ちを譲ってやろう、だが忘れるな! ……クッ」
絶望に染まりつつあった表情が、痛みに耐えながら再び憎悪の炎を宿したかのような凶悪なものとなる。
逃げるつもりか? この状況で? こっちはまだ切り札を何枚も残しているのに?
「道連れだ、精々貴様が大事にしてきた家畜共を守ってみせるが良い! 来い! 我が眷属達よ!」
腹から血を流し、角は片方が折れ、翼の羽毛も乱れ残り僅か。
そんな状況でもなお、ヤツは不遜な態度を崩そうともせず、新たな手札を召喚しようと試みる。
その執念深さはもはや尊敬に……は値しないな。何せ、慢心していたが故に、その執念すらも空回りするのだから。
「ククク……貴様は運がよかったようだな。だが、これで終わりと思うな」
「ああ、貴様の信奉者が随分と遅れているようだからな。本当に……本当に運がよかったなぁ?」
「……貴様……何をした」
「さてな? それで、お前はここからどうやって逃げるつもりだ?」
次の瞬間、屋敷の背後から、次々と翼龍が現れ空を覆い尽くす。
飼いならされているのか、数十に及ぶ空の王者達が、号令を待つかのように滞空しながらこちらを見つめている。
確かにこの数で一斉に攻められては、俺はともかく街への被害を抑えきるのは難しいだろう。
この場から避難した大勢の住人達も、恐らく唐突に空を覆い尽くすその龍の数に、恐れを抱き慌てふためいている事だろう。
「己の力だけが全てではない。どこまで行っても、所詮貴様は個人に過ぎぬ。いずれ、この大陸の全てが貴様の敵となる! その時を震えて待つが良い! 来い!」
捨て台詞とも、負け惜しみとも、死の宣告ともとれる言葉を吐きながら、アーカムは大きく腕を振り下ろし、号令を下したのだった。
あーかむは なかまをよんだ




